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30話 帝国の騎士②

 セレスティナを呼び止めたのは、茶色の髪に青い瞳を持った騎士で、彼はレーデン王国の学院に臨時講師として来ていたヨハン・バッケルだった。ヨハンは気難しい表情をして立っている。


「……まあ」


 思わぬところで知っている顔を見た事にセレスは瞳を大きくしたのだが、ヨハンの方はセレスティナの事が分からないらしく、表情を崩さない。


 セレスティナは元の姿でいる事に慣れるために、今日も腕輪をしていなかったので、レーデンで会った時とは髪と瞳の色が違うし、銀色の髪色が目立たないように帽子を被り、令嬢らしくドレスを着ている。


 雰囲気がかなり違うので気付かないのか、レーデンで少し話しただけの学生の事なんて忘れているのかもしれない。


「申し訳ございません、鍛錬場がありましたのでつい立ち止まってしまいました。事務室にはすぐに行きますが、第三騎士団の方々はこちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 授業を受けた時にヨハンが自ら帝国の第三騎士団に所属していると話していた事を思い出してセレスティナは聞いてみたのだった。


「その質問に答える義務が? こちらは今忙しくしているので、関係のない令嬢の見学は禁止をしています。特に今の第三に所属している騎士への面会は、家族や婚約者以外は禁止をしています。最近婚約した者はいませんし、あなたは初めてお見かけしますが、第三の騎士の中にご家族がいらっしゃるのでしょうか?」


 やはり遠征前でピリピリしているのか、ヨハンの口調は丁寧ではあったが、明らかに警戒の色が伺える。


「申し訳ございません、こちらへは初めて来たので存じておりませんでした。差し入れを事務室の方にお渡ししましたらすぐに帰ります。ただ、お手数をお掛けしてしまい申し訳ございませんが、バッケル様からアルウィン・ヴェルスによろしくお伝えしていただけるととても助かります」


 注意を受けた事にセレスティナは慌ててしまい、レーデン王国にいた時のように、つい何度も頭を下げてしまった。これが社交の場だったら、高位貴族令嬢らしくないと、母親に怒られていただろう。


 見知らぬ令嬢に自分の名前を呼ばれて不快に感じたのか、ヨハンが眉を顰める。


「アルウィンに妹はいなかったが……ん、待てよ? 銀髪に紫の瞳、……まさかクロイツ令嬢ですか? どうして俺の名前を知っているのですっ?」


 不審者から高位貴族に対するものへと、急に口調を変えたヨハンが疑問を口にする。


「レーデンの学院でバッケル様の授業を受けさせて頂いた折に、ご自分で第三騎士団所属とおっしゃっていらしたので、アルウィン様と同じだと思いましたの。もしも私が令息でしたらバッケル様の推薦で私も第三騎士団で同僚だったかもしれませんわね」


「あっ! あの時の魔力持ちの学生か……。何だよアイツ、留学と言いながら結局婚約者と一緒にいたのかよ」


 ヨハンはレーデンでのセレスティナの事を思い出したようで、驚いた声を上げた後は、ぼそぼそと小さく呟いていた。


 ヨハンは改めてセレスティナに向き直ると丁寧に頭を下げる。


「クロイツ家のご令嬢とは知らずに失礼しました。ご足労をお願いしますが、騎士団内での決まりですので一度事務室へ足を運んでいただき、その後は私が第三騎士団専用の鍛錬場へご案内いたします。侍女殿の籠も私がお持ちいたします」


 そう言ってヨハンはセレスティナを案内するために歩き出す。社交経験の少ないセレスティナは改めて王宮は身分社会なのだと思うのだった。




 ◆◆◆




 騎士団への食べ物の差し入れには必ず事務室で手続きをしてからというのがカルス帝国騎士団の決まりだった。


 騎士というものは屈強な身体があってのものなので、食べ物への毒の混入を防ぐために、形式的ではあるが、差し入れをするには書類ヘの記載と身分を証明できる物を見せる事を必須としていた。


 セレスティナの場合は立場が侯爵令嬢と身分が高いのと、ヨハンが付き添っていたので、身分証として持ってきた木札を見せただけであっさりと差し入れの許可が降りて、ヨハンの案内で第三騎士団の鍛錬場まで来る事が出来た。


 第三騎士団は魔剣を扱える騎士が多い事から、先ほどセレスティナが見ていた屋外の鍛錬場ではなく、特殊な結界が張られた室内の鍛錬場で鍛錬をしていた。セレスティナは結界の外から鍛錬の様子を見学する事になった。


「……ここにいると鍛錬の邪魔ではありませんでしょうか?」


 セレスティナは隣に立つヨハンに話しかける。


「結界の中に入らなければ大丈夫ですよ。皆集中していますし、今日は他に人がいませんが、昨日は三組ほど見学者がいましたから。遠征直前はこうやって来てくれた方が本人のやる気に繋がるんです。アルウィンの面会に来るのはお父上か兄君でしたから、アイツは面会の度に毎回剣術の事で叱咤されるんですよ。騎士団長から直接指導を受けるなんて羨ましい事ではあるのですけれどね」


 ヨハンは言葉にこそ出さなかったが、騎士団長や第一の隊長が来るとかなり気を遣っているのだろう。小さくため息を吐いていた。


 結界の外からではあったが、遠目ではあってもすぐにアルウィンを見つける事は出来た。


 彼の姿をよく知っているからすぐに見つけられたというよりも、素人目に見ても彼は他の騎士たちに比べて動きが良いので目立っていたのだ。魔剣は使っていなかったが、彼の動きは速く、一度に二人の若い騎士たちを相手に剣の稽古をしていた。


「アルウィンが相手をしている二人は、今年学院の騎士科を卒業して入団したばかりの騎士です。二人のうちの片方は騎士科を首席で卒業しています。スキップをしなければアルウィンと同級だったのですが、騎士団の中ではアイツの方が三年先輩になります」


 アルウィンと稽古としているのは、黒髪の騎士と茶色の髪色をした若い騎士だった。特に黒髪の騎士の動きが良く、彼は何度もアルウィンと剣をぶつけ合っている。


「仮にアルウィンがスキップをせず、年齢通りに学院を出て騎士団の入団が今年だったとしても、同年齢の騎士の中ではかなり出来る方だったと思います。あの二人が学院高等部の騎士科にいた同じ頃のアルウィンは、既に騎士団に入って学生以上に鍛えていたので、今はもうかなり差がつきましたね。アルウィンは年齢や経験を考えると、騎士として今が一番良い時期です」


 ヨハンはセレスティナの知らないアルウィンの事を話してくれる。小さな頃にアルウィンから剣を習っていると聞いた覚えがあったが、彼が剣を振るう姿を見たのはこれが初めてだった。


 セレスティナはレーデンの学院で、週に一度だけだが騎士科にいる生徒たちが鍛錬をする姿を一年以上見てきた。


 剣術についての話題はヒューゴが一番好んだので、セレスティナなりに色々な生徒たちの動きを見て、ヒューゴとのお茶会の時の話題にしてきた。セレスティナが見てきたのは学生だから比べるまでもないのだが、彼らとアルウィンの一番の違いはその速さだった。


 セレスティナには剣の経験は無いから技術的な事はさっぱりだったが、今は二人の騎士を相手にしている事もあって、アルウィンの動きはとにかく早かった。よくあれだけの動きが続くものだと感心してしまうくらいに次々と繰り出される二人の騎士からの剣戟を捌いている。


 これで魔剣を持たせればさらに強くなるのだと思うと、魔狼討伐に駆り出されるのも納得がいく話だった。


 セレスティナはしばらくアルウィンが鍛錬するところを見学させてもらっていたが、やがて甲高い笛の音が鳴り、鍛錬場の騎士達の動きが一斉に止まる。


 剣を鞘に収めたアルウィンは腕で額の汗をぬぐう。汗なんてかいた事が無さそうに、取り澄ましている彼ばかりを見ていたせいで、彼の男性らしい仕草にドキリとしてしまった。


「おい! アル、お前に面会だ!」


 ヨハンに名前を呼ばれたアルウィンがこちらを見る。鍛練中は眼差しも鋭く真剣な表情を見せていたのに、セレスティナの姿を目に入れた途端、厳しそうな表情が一瞬にして変わる。


 セレスティナがいた事に驚いたアルウィンは、一度目を大きく見開いた後に、顔をほころばせて、子供が見せるような無邪気な笑顔を見せてくれたのだった。


 セレスティナの胸がドキリと再び高鳴る。大人の男性でもあんな表情をするのだと驚いてしまったのだ。


 先触れもなく、勝手に見学に来た事を嫌がられる可能性も考えていたので、まさか彼が嬉しそうな笑顔を見せてくれるとは思わなかった。


「来てくれたんだ、ティナ!」


 すぐにセレスティナの元へ駆け寄るアルウィンは嬉しそうにそう言う。ついさっきまで張り詰めた空気の中で剣を振るっていたのが信じられないように、アルウィンの口調は穏やかだった。


 セレスティナの胸の鼓動は、まだトクトクトクトクと速かった。


 来てしまった事を喜ばれた事が嬉しくて、鼓動は速いままセレスティナの胸の辺りがじんわりと温かくなっていく。


「え、ええ……。忙しいのに、突然来てしまってごめんなさい」


 どうしてなのか、セレスティナの声は少し震えてしまった。


「大丈夫だよ、気にしないで。……ヨハン、少し休憩してくる」

「ああ、隊長には伝えておくよ」

「わざわざ来てくれてありがとう。ここは男所帯でむさ苦しいところだから、少し外を歩こう、ちょっと待ってて」


 そう言うとアルウィンは一度セレスティナから離れて、鍛錬場の端の置いてあった大きめの手巾で顔の汗を拭うと、同じ場所に置いてあった紺色の騎士服を稽古着の上から身に纏って戻って来た。


「じゃあ、行こうか」


 そう言うとアルウィンは、小さな頃に庭でいつもそうしていたように、セレスティナの手を引いて外へ向かう。


 子どもの頃みたいだとセレスティナが思っていたら、背後からアルウィンを囃したてるような高い音の口笛がピュウと聞こえたのだった。

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