29話 帝国の騎士①
長年クロイツ領に引き籠っていたセレスティナが王宮を訪れるのは、先日の夜会に続いて二度目だった。なので帝国騎士団の鍛錬場を訪れるのも初めてだった。
前日の夕食時に、外務副大臣職に就いている父親から付き添おうかとも言われたが、それを断ったセレスティナは、侍女を二人連れているだけだった。
セレスティナの行き先は、アルウィンがいるはずの第三騎士団で、侍女たちには、クロイツ家の料理人が作ったサンドイッチの入った大きな籠をそれぞれ持たせている。
差し入れを渡すだけなら使用人に頼めばいいのだが、セレスティナは自分の目で、クロイツ家以外の場所にいるアルウィンを見たかった。
母親とのお茶会の後に思い付いた事なので、約束なんてしていないから会える保証はない。父親に付き添ってもらえれば、その辺りも上手く取り計らってくれたのだろうが、遠征を控えている騎士団に、父親の力を使って彼らの鍛錬の邪魔をしたくはなかった。
会えない可能性の方が高い事は分かっていたが、それならそれでいいとセレスティナは思っていた。
セレスティナには彼が帝都を離れる前に、どうしても渡したいものがあり、それが王宮に来た一番の目的だった。
これは今まで彼がしてくれた色々な事に対するお礼と、自分のしてきた事への謝罪の気持ちを込めて作ったものだった。
こんなものではまだまだ足りない事はわかっていたが、彼がセレスティナからもらって喜んでもらえそうなものといって思い浮かんだのがこれだけだった。
小さな時の事を思い返してみても、セレスティナは彼が何を好んで何を苦手にしていたのかが全く思い出せなかった。彼はいつもセレスティナの話を聞いてくれて、セレスティナのペースの合わせてくれていた。
自分が彼に話していた事は微かに覚えているのに、彼が彼自身の事を話していた記憶がない。セレスティナが好きな絵本を一緒に読んでくれた事は覚えているのに、彼がどんな本を読んでいたのかは分からない。
レーデンの学院にいた彼はいつも本を読んでいたが、彼が本と剣のどちらが好きなのかも知らなかった。
アルウィンは小さな頃からのセレスティナの癖まで覚えているのに、セレスティナがアルウィンについて知っている事は、レーデンの学院で彼との会話の中で知った事ばかりだった。
彼と交流を断ったのが十一歳の時だった。もしもあの時セレスティナが攫われなかったら、彼とは手紙を送り合ったり、お互いの誕生日にだって贈り物をしていたのかもしれない。観劇だって母とだけではなく、アルウィンとも一緒に行っていただろうし、彼についての事だってもっとたくさん知っていたはずだった。
歩きながら、セレスティナは手に持っていた小さなバッグを持つ手にギュッと力を込めるのだった。
夜会の晩、しばらく顔を合わせる事もないとアルウィンは話していた。しかし、騎士団に来ないで欲しいとは言われていない。
決められた手順さえ踏めば、騎士団へ行く事は出来る。忘れ物や差し入れを持って行く事は、騎士達の家族や婚約者に許された事だった。
正式に婚約を結んではいないが、アルウィンとの事は婚約者と周知されているし、既に婚約を結んでいると思っている貴族も多い。何よりセレスティナが筆頭侯爵家令嬢という高い身分を持っているから、問題はないとセレスティナの父親は話していた。
しかし、突然訪ねてきたセレスティナを、アルウィンがどう思うのかまでは分からない。
真面目な彼の事だから、公私混同する事を嫌悪するかもしれないし、何より今は遠征前の大切な時なのだ。そんな時に令嬢に訪ねられるという事は士気に影響してしまうかもしれない。
もしもこれがヒューゴだったら、きっと嫌がられる。すぐに帰れと追い出されるかもしれない。
それに騎士団に来る事なんて初めてだから、勝手が分からなかった。
事務室へ行って差し入れを渡して帰るだけにするのか、面談の申請までするのかを、セレスティナはまだ迷っていた。
◆◆◆
王宮の西側の敷地は騎士団のために割り当てられており、騎士団に関係する施設がいくつも置かれている。まずは窓口となる事務室を尋ねるように父親から言われていたので、セレスティナは事務室を探す事にした。
門番をしている騎士や玄関口に立つ騎士に、クロイツ家の精巧な紋章が彫り込まれた木製の身分証をその都度見せたセレスティナは、王宮の正面玄関から左側の方へ向かう。
正面玄関から左へ向かうと事務室はすぐにあると言われていたのだが、初めて来たセレスティナは事務室の場所を見過ごしてしまったようだった。
敷地の奥の方へ入り込んでしまったセレスティナは、騎士達が鍛錬している最中の鍛錬場の前まで来てしまった。
鍛錬場では騎士達の掛け声が聞こえてくる。レーデン王国の学院では騎士科の学生たちの鍛錬を見ていたセレスティナではあったが、実際の騎士と学生とでは動きが全く違い、鍛錬場が見える回廊でつい立ち止まってしまった。
騎士達はいくつかのグループに別れて鍛錬をしているところで、この中のどこかにアルウィンが所属している第三騎士団もいるのだろうが、セレスティナのいる場所から一番近い場所で鍛錬をしている騎士達の中に彼の姿は見つけられなかった。
一番奥の方で鍛錬しているグループでは遠過ぎて、誰がいるのかまでは判別まで出来ないから、この場所からアルウィンを探す事は無理そうだった。
周りを見ても見学に来ている令嬢はおらず、ここは大人が働いている場所であり、学院とは違うのだと感じられる。
「これが帝国の騎士団……」
令嬢が気軽に来るような場所ではないと思ったセレスティナは、事務室に差し入れだけをして帰ろうと思った時に、背後から声を掛けられた。
「お嬢さん、差し入れでしたら事務室を通してもらわないと駄目ですよ」
驚いて振り返ると、そこには濃紺の騎士服を着た騎士が立っていた。




