25話 帝国での社交
「お母様、またグリーンのドレスですか……」
「当たり前でしょう、今日は家門の夫人や令嬢とのお茶会なのよ。ここでしっかり主張しておかないと、あなた後で苦労する事になるわよ」
クロイツ領から帝都へ戻ってきたセレスティナを待っていたのは、デビューの準備を兼ねたお茶会に参加をする事だった。
これまでクロイツ領に籠り、その後はレーデン王国へ留学をしていたセレスティナは、社交場としてのお茶会へ参加をした事がなかった。なのでデビュー前にこうして貴族のご婦人方に顔を見せておく必要があった。
これも全てセレスティナが次のクロイツ侯爵夫人としての立場を作るためにしている事だった。
アルウィンが次期クロイツ侯爵となるのは決定したが、そのアルウィンと正式に婚約を結んでいないセレスティナの立場は盤石とまでは言えない。だからアルウィンの色を纏う事で、クロイツ家のひとり娘であるセレスティナが次期侯爵夫人である事を示して牽制をしておかないと、強引な手を使ってでも奪おうと考える者が現れるかもしれないのだ。
「三日後にはヴェルス公爵家でのお茶会よ。途中でアルウィンも顔を見せるそうだから、フリでもいいから仲良くしなさい。それとあなたの席は公爵夫人の隣だから何を話すのかも考えておきなさい」
そう言いながらセレスティナの母親であるグローリアは、宝石商から届けられたばかりのアメジストとエメラルドを使った首飾りをセレスティナに着けるように侍女へ指示をしていく。
セレスティナと似た顔立ちで髪色も同じである母は、観劇が趣味という事もあり芸術方面に造詣が深い。なのでグローリアはセレスティナに似合うコーディネートを選ぶのが上手かった。ひと口に紫や緑といっても、様々な濃さや明るさがが存在する。その中からセレスティナに合った布地や宝石をグローリアは選んでいき、流行の事も考えながら〝クロイツ令嬢〟としてのセレスティナを作り上げていく。
領地で腕輪を外して以来、セレスティナは腕輪をしていない。帝都に戻った時にセレスティナの姿を見たグローリアは、元の姿でも外に出られる事が分かったので、帝国貴族のお茶会にセレスティナを急遽参加させる事にしたのだった。
鏡に映る自分の顔を改めて見ると、そこには見慣れた茶色の髪と瞳をした地味な令嬢はいなかった。
今のセレスティナは銀色の髪と紫の瞳をしていて、真珠のように白い肌は儚い雰囲気を際立たせ、見る者の庇護欲を刺激する容姿をしていた。少し俯いて長い睫毛を伏せ気味にするだけで、何かを憂いているように見える。病気療養のために領地にいたという理由も納得ができる外見だった。
セレスティナは自分の周りで色々な事が動き始めた事を感じていた。
昨年の夏期休暇中は帝都にいてもずっと屋敷の中にいて、時々街へ出たくらいだったが、今回はこれまで社交をしてこなかったのを埋めるように、セレスティナの予定は埋まっていた。
学院の夜会でアルウィンはヒューゴの事を認めないと言っていた。
あの時は知らなかったが、これが次期クロイツ侯爵の言葉だと思うと、その言葉の意味は重くなる。
アルウィンは高位貴族の家に生まれて教育を受けてきた。だから自分の言葉の重みを分かっている。
その彼がああ言ったのだから、きっとその通りに動いたのだろう。そしてアルウィンの口から侯爵夫妻へ学院での様子が報告された結果、母がセレスティナを次期侯爵夫人とするべく動き始めたのだ。
セレスティナは高位貴族として生まれたが、貴族令嬢でしかない。少なくとも父親である侯爵の許可が無いとヒューゴの元へ嫁ぐ事はできない。
ヒューゴとの将来に迷いが生まれてしまったセレスティナは、一年前とは違って両親に抗うだけの気持ちがもうなかった。
だから周りの動きに流されるように、母に言われるままアルウィンの婚約者としてお茶会へ参加をしている。自分の気持ちだけが置いていかれているような気もするのだが、今のセレスティナは、全てを捨てて辺境へ嫁ぐ気持ちにはなれなくなっていた。
◆◆◆
セレスティナがヴェルス家を訪れるのは数年振りだった。
ヴェルス家の庭の中でも日当たりが良く、一番花が多く植えられているその場所に、今日はいくつもの丸テーブルと日除けのためのパラソルが設置されている。
先に来ていた夫人や令嬢たちが、侯爵夫人である母親の後ろから現れたセレスティナの姿を見てため息を漏らす声が耳に入ってきたが、セレスティナは視線を下げたまま気付かないフリをした。
紹介をされなくてもクロイツ侯爵夫人と同じ銀髪とそっくりな顔立ちで、侯爵と同じ紫色の瞳を持つセレスティナは、ひと目でクロイツ家の令嬢だと分かる容姿をしていた。
美しくも儚げな姿は、当主となって前へ出るよりも夫人でいる方が相応しく、アルウィンを当主として置き、セレスティナを夫人とする流れにも合っていると周りに思わせるのだった。
「ようこそ、クロイツ侯爵夫人、先日は領地で会ったばかりだね、ティナ」
会場である庭に姿を見せたセレスティナを出迎え、社交用ではあるが微笑みを浮かべながら最初に声を掛けてくれたのはアルウィンだった。
今日のセレスティナはグリーンのドレスを着ていて、アルウィンは紫色のジュストコールを着ている。揃いではなくてもお互いに相手の色を纏っている姿は仲の良い婚約者同士に見える。
「まあ、アルウィンったら義母と呼んでくれて構わなくてよ」
そう言いながらグローリアは将来の義息子に向けてころころと笑う。アルウィンの母親である公爵夫人と会話する時の事を考えておくように言われてはいたが、夫人と話す以外はまだあまり喋らなくても良いと、母親からそう言われているセレスティナは、二人の会話を聞いていた。
セレスティナが社交に慣れるまでは、静かで控えめな貴族令嬢に見せたいという思惑がセレスティナの母親の頭の中にはあった。社交界に慣れた後にどのような自分を見せていくのかはセレスティナ次第だった。
「当家に来てくれるのは久し振りねセレス。アルウィンったらあなたに会うのが待ちきれなくてお茶会が始まる前に来てしまったのよ」
アルウィンの母親であるヴェルス公爵夫人も明るい表情で笑う。侯爵夫人はハニーブロンドの髪色で、瞳はアルウィンと同じ緑色をした美しい夫人だった。
セレスティナがこのお茶会へ出席をしたのは、同じ派閥である皇帝派の貴族たちに、アルウィンとセレスティナの仲が良好だと思わせる事が目的だった。
戻って来てからのセレスティナは、まず母親のグローリアと仲の良い夫人とその令嬢たちだけの個人的で小さなお茶会に出て、その後はグローリアが主催したクロイツ家の傘下にある家や家門に属している夫人や令嬢を集めたお茶会に参加をしていた。
社交を始めたばかりだからこうして母親の庇護下にあるが、いずれセレスティナも令嬢だけのお茶会へも参加をしないといけない。
これまで社交を嫌がっていたシワ寄せがきてしまったが、それでも帝国で生きていくのなら、辺境で生きるのとは違った強さがないと足元を掬われたり、潰されてしまうのだ。
セレスティナは顔を上げて微笑みを浮かべる。母親に指導を受けながら何度も練習をした顔の動きを思い出しながら。
「お久し振りでございます、セレスティナです。これまで領地におりましたが、帝都は田舎とは違いとても華やかで驚いていました。こちらの庭を見せていただき、幼き頃にアルウィン様より案内をしていただいた頃の事を思い出していました」
セレスティナの言葉にアルウィンは目を細めて、口元を上げる。
彼は今、セレスティナの事が愛おしくてたまらないといった表情をしている。
アルウィンに合わせるように、セレスティナも微笑みを浮かべる。
幼馴染同士の二人は物語以上に美しく完璧だった。この場にいた誰もがそう思った。
セレスティナはこれも彼の演技だと思っていたが、アルウィンはセレスティナが自分の瞳の色と同じ色のドレスを纏っている事が嬉しくて、緩み過ぎてしまいそうな表情を誤魔化すために、口元を意識しながら笑顔を作っていたのだが、上手く取り繕う事ができていた。
「あの時のティナは我が家の庭に花が多く植えられている事をとても喜んでいたね。当家は武門の家で華やかさが足りないと母上が庭に花を植え始めたんだ。良かったらまた我が家に遊びにおいで。それでは母上、かわいいティナの顔も見れましたし、これ以上ここにいましたら、ご婦人方のご歓談の邪魔になりますので、私はこれで失礼をさせていただきます」
そう言ってアルウィンは一度頭を下げると、屋敷の方へ去って行く。
社交をしてこなかったセレスティナの為に居場所を作ろうと、セレスティナの両親以外にもアルウィンや公爵夫人まで動いてくれている。
そう思うだけでセレスティナは心強かった。そしてここまでしてくれているのに、誰もセレスティナに必ず侯爵夫人になれとは言わないのだ。何も言わずに外堀を埋めていくのが貴族のやり方ではあるが、それでもレーデン王国では孤立していると感じ続けていた頃と比べると、自分の居場所がここにはあると思える事がセレスティナには嬉しかった。
セレスティナは背筋を伸ばし、努めて自分がより美しく見えるように微笑みを浮かべる。居場所を作ってもらっても、その場所を守る努力は自分自身の力でしないといけない。
この場所を奪い取る事は難しいのだと、ここにいる令嬢や夫人に思わせるのはクロイツ侯爵家の令嬢としてセレスティナのやるべき事だった。




