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22話 帰郷

 約束通りにアルウィンは、セレスティナを帝都にあるクロイツ家の屋敷まで送ってくれた。


 帝都に帰ったら学院の進級試験を控えているセレスティナは、馬車の中でもずっと試験勉強をしていて、相向かいに座るアルウィンも嫌な顔ひとつせずにセレスの勉強に付き合ってくれた。


 先触れを出していたので、セレスティナとアルウィンはクロイツ家の玄関で使用人たちに出迎えられたのだが、まず執事のデニスがアルウィンに近づいて頭を下げたのだった。


「ただいまデニス、侯爵閣下はどちらに?」


「お帰りなさいませ、若様、お嬢様。旦那様は執務室にいらっしゃいますが、若様とお嬢様がお戻りになられましたら、応接室でおくつろぎ下さるように言付かっております」


「わかった。今日はヴェルスに帰らないといけないんだ。夕食はいらないからカークには申し訳ないと伝えておいてくれ。長旅で疲れているティナを休ませたいから、お茶の用意は早めにして欲しい」


「承知いたしました」


 慣れた足取りで応接室へ向かいながら、アルウィンはクロイツ家に長年勤める執事に指示を出していき、執事も当たり前のように従う。


 領地暮らしの方が長かったセレスティナは、実家なのに他家に来ているような錯覚を覚えてしまう。


 使用人たちは、アルウィンを客としてではなくこの家の当主家族のひとりとして出迎えていた。


 セレスティナはこの数年はアルウィンをずっと避けていたから気が付かなかったが、幼い頃からこの家に通っていたアルウィンの居場所がこの屋敷の中には出来上がっていた。


 応接間で少し休んだ後に、帰郷の挨拶にするためにアルウィンと共に父親のいる執務室へ呼ばれる。


「失礼します、セレスティナです。ただ今戻りました」


 久し振りに入室した執務室には父親の隣に母親がいた。久し振りに会ったというのに二人の表情は硬く、セレスティナの隣に立つアルウィンの表情も両親と同じだった。


「お帰り、セレス。まずお前にとっては急な事だが、最初に話しておかないといけない事がある」


 かつてのセレスティナと同じ紫色の瞳で父がセレスを見つめる。


「はい」


「直接セレスに話したかったから、これまで伝えていなかったが、半年ほど前にクロイツ家の次期当主はアルウィンに決まり、ヴェルス家とも契約書を交わした」


 父の言葉を聞いたセレスティナは瞳を大きく見開く。アルウィンの生家であるヴェルス公爵家と正式に契約を結んだのならこの決定はもう覆らない。


 つまりセレスティナが留学をしている間に、この家で女侯爵となる可能性はなくなってしまっていた。


 半年前ということはアルウィンがレーデンへ留学をする前になる。アルウィンはこの事を知っていたから、セレスティナが領地経営科への転科の相談をした時に、転科をするのではなく、淑女科に在籍しながら領地経営科の生徒が受ける授業の一部を受ける事を勧めたのだろう。両親に相談するように言ったのもそういう事なのだ。


「そうですか……、お兄さまは本当のお義兄さまになられるのですね」


「アルウィンは幼い頃よりお前の婚約者候補としてきた。こちらの都合で正式な婚約者とはせずに、長い間ヴェルス公爵家の令息を中途半端な立場に置いてきたのだ。当家はその事に対して責任を取らないといけない。それにセレスが当主教育を受けなくなってからは、アルウィンが代わりとなって当主教育を受けてきた事は知っているだろう。アルウィンはクロイツ領へも頻繁に訪れるから、領民もアルウィンが次期当主と思っている」


 誘拐事件があって以来、外へ出る事を怖がるようになったセレスティナは、当主教育も受けていなかった。それにあの事件がなかったとしても、セレスティナに女侯爵は無理な話だったのかもしれない。


 領地の広い侯爵家の当主という立場は重責で、家の外で様々な軋轢に揉まれる事も多い。侯爵夫妻はセレスティナにその役目は無理だと考え、夫人がセレスティナに家政の事を教え始めたのもあの事件の後だった。


 セレスティナも自分の教育内容が変わった事で、いつかこうなるのだと理解はしていた。しかし、あの事件が起きてしまう前までは自分が女侯爵になるのだと思っていた時期もあったのだ。少しだけ胸がきゅうと締め付けられるような感覚をセレスティナは覚えるのだった。


「仕方がなかったのよセレス、あなたがレーデンへ行ってしまってから、クロイツの分家筋に当たる家のいくつかが手を結んで、あなたを次期当主の座から下ろすように動き始めたの。特にあなたの従弟たちがいる家が本家と血の近い自分の息子を次期当主にして、あなたと婚約を結ばせるように主張をしてきたの。厳しい事を言うけれど、婚約者も定めず当主教育もしていない娘では立場が弱いの。アルウィンがいてくれたから、これまであなたが帰る場所を守る事ができたのよ」


 気の短い従兄が次期当主となったら、きっとセレスを待ってはくれなかっただろう。従兄に嫁ぐか、クロイツ家を出て行くかの決定をすぐに迫られていた可能性は高かった。


 父の隣に立っている母が小さくため息を漏らす。本来ならばデビューするはずだった昨年のうちにセレスティナはアルウィンと正式に婚約を結ぶ予定だった。


 しかしヒューゴの事を想い続けていたセレスティナがそれを強硬に拒絶したため、アルウィンはセレスティナの婚約者候補のままで、セレスティナはまだ誰とも婚約を結んでいなかった。


「それにヴェルス家とクロイツ家に血縁はないから、アルウィンが当主となる事に反発する意見が出ているの。だからアルウィンはクロイツ家の後継となる代わりに、クロイツ家の血を持つ相手と結婚する事が決められたの。もちろん私たちはあなたがそうなればいいと思っているわ。でもあなたがアルウィンを拒むのなら、おそらくあなたの従姉妹か又従姉妹の誰かがアルウィンに嫁ぐ事になるわ。十以上も歳が離れた令嬢の家も名乗りを挙げているほどなのよ」


 母親の言葉にセレスティナは息を呑み、言いようも無い不快な気持ちになってしまった。


 それほどにクロイツ本家の妻の座は求められている。


 セレスティナは自分がクロイツ家の総領姫だという感覚でいたのだが、時が過ぎていくうちに状況は大きく変わったのだという事にようやく気が付いた。


 これまでアルウィンは自分の婚約者候補だったが、アルウィンが次期当主と決まった事で、セレスティナは選ぶ方から選ばれる方へと立場が逆転してしまっていた。


 セレスティナはアルウィンに、彼も誰かと恋愛をしてくれたらいいのにと思っていた時期もあった。そうすればセレスティナとの結婚話はなくなり、セレスティナもヒューゴへ嫁ぎやすくなるし、セレスティナの中にあった、アルウィンをずっと避けているという罪悪感も薄まるように思えていた。


 しかし今、改めてアルウィンの隣に別の令嬢が立つ事を想像してみたら、とても嫌な気持ちになってしまったのだ。こんな事はこれまでになかった。アルウィンに恋人が出来たら自分は笑顔で彼を応援するつもりだったのに。


「……お兄さま、はどう思っていらっしゃるの?」


 セレスティナの声は自分でも思っていた以上に小さく震えていた。セレスティナ・クロイツに戻った彼女に、アルウィンは兄と呼ばないで欲しいとは言わなくなっていた。


「俺も侯爵ご夫妻と同じ意見で、クロイツの後継を残すのならティナの子が一番だと思う。俺がティナの場所を奪ってしまったようで申し訳なかったが、キミが後継の立場でなくなった以上、ティナにとって最善だと思って侯爵ご夫妻と考えたのが今の状況なんだ」


 事務的に淡々と告げるアルウィンの口調に、当主候補から外されたショックから立ち直れないセレスティナは冷たいものを感じてしまう。


 この決定は彼が決めた事ではないが、自分が拒絶していた場所に彼がいるのは複雑な心境だった。


 レーデン王国での彼は優しかったからセレスティナも昔を思い出していたのだが、彼にも自分の立場というものがあり、そういった事を踏まえて動いているのだと、セレスティナはそう捉えた。


 彼が望んでいるのは、きっとクロイツ家の当主という立場なのだろう。


 それは貴族としてはごく当たり前の事なのだ。セレスティナも一応は貴族令嬢なのでその事に異を唱えるつもりはない。


「そうですか……。その件につきましては少し考える時間を下さい」


 セレスティナは自分の気持ちを全て飲み込んだ上で、アルウィンと同じように事務的に返事をした。


「セレスの身の振り方を決める時はセレスの意思も判断材料のひとつにはするが、この国の社交界ではお前とアルウィンは婚約関係にあると思っている者も多い。これはお前がクロイツ家に残りやすくする為に我々がしてきた事だ。だから今回、社交界デビューのエスコートはアルウィンにしてもらう」


「承知しました、お父様」


 クロイツ家のひとり娘であるセレスティナがアルウィンと婚約をするという形が一番自然で、誰からも文句を言わせない選択肢であり、両親の望んでいる事だった。


 もしもセレスティナが家から籍を抜く可能性があると周りに知られてしまったら、次期当主となるアルウィンの隣に座ろうとする令嬢たちやその親族が行動を起こすだろう。


 社交界でアルウィンとの仲が良好で、いずれ二人が結婚をするのだと周りに思わせないと、セレスティナはクロイツ家へ帰る選択肢すら失くしてしまうかもしれない。


 これが一年前に言われたのなら、自分は辺境に行くのだと主張して父親とのエスコートを強く望んだのだろうが、クロイツという帰れる場所がある事に最近では心のどこかで安堵していた。


 それに全てはヒューゴのそばにいたいと強く主張したセレスティナのわがままから始まった事なのだ。自分がヒューゴに恋をしなければ今頃はアルウィンと婚約をして結婚についての話だって進んでいただろう。


 セレスティナの事を幼い頃から妹のように思っているアルウィン自身はこれでいいと思っているのかと、隣に立つ彼の横顔を見たが、表情を崩さないその顔からは何も読み取る事が出来なかった。


 こうして両親との話も終わったセレスティナは、旅の疲れを癒す為に自室へ戻り、アルウィンも公爵家へ帰って行ったので、セレスティナはアルウィンが自分との結婚を本当はどう思っているのかを聞く事が出来なかった。

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