24話 ヒューゴと友人たちとの会話②
この場を離れたいと思っても、足が動いてくれない。「辺境に合わない」それはヒューゴの元へ嫁ぐために、彼の知らないところで頑張っているセレスの心を折ってしまうには充分な威力を持っていた。
ふとセレスは後ろから軽く肩を叩かれた。びくりと大きく震えたセレスが反射的に振り返ると、貴族科の教室にいたはずだったアルウィンが、どうしてなのか目の前に立っていた。思わず声を出しそうになったセレスに、アルウィンは人差し指を自分の口元に当て、騒いで欲しくないと注意を促し、動けないでいたセレスの手を引いて騎士科の校舎から連れ出してくれた。
セレスがもう少しヒューゴたちの会話を聞いていたら、その後に友人のひとりが「でも本当はお前、あの婚約者候補の子の事がすごく好きだろう」とからかわれてヒューゴもまんざらでもなさそうな態度を見せるのだったが、その頃にはもうセレスはアルウィンと校舎の外にいたのだった。
◆◆◆
騎士科の校舎裏まで来たところでアルウィンはようやく繋いでいたセレスの手を解放してくれて、怖い顔をしながらセレスを見下ろしていた。
「二度とっ、ひとりで騎士科の校舎へは行かない事を約束して下さい!」
怒気を含ませた低い声でアルウィンはセレスにそう強く言う。
彼は明らかに怒っていた。アルウィンが自分に怒っているという事に、セレスは驚いてしまった。
最近は敬語を使わなくなっていたのに、今日の彼は口調に強さを感じさせながらも言葉遣いだけは丁寧だった。そうする事で、感情のままに怒り出したいのを抑えているのだろう。言葉と感情に差があるのは、それだけ彼が怒っているという事だった。
人は自分よりも感情的になっている人間を見ると冷静になれる事がある。
怒りの感情を隠さないアルウィンに驚いた事で、セレスの中でヒューゴの言葉から受けたショックが頭の隅へ追いやられ、アルウィンに怒られているという、よく分からない状況への戸惑いの気持ちが頭の中を占めていく。セレスは困惑しながら、ただアルウィンを見上げていた。
どうして彼がここまで怒っているのかがセレスには理解できなかったが、それは意味があるようにも思えた。
「もう行きませんわ、でも校則に反していませんし、そこまで怒ることもないと思いますの。それに私の事を尾行していらしたの?」
「そわそわした様子で教室を出て行ったので、気になって後を尾けてみたのです。まさか男しかいない騎士科の校舎に入るなんて無謀な真似をするとは思いませんでした。昨日の申し開きをしたかったのでしょうが、そうしたいのでしたらまずは手紙を出して会う予定を取り付けてからそうすべきです。物事には段階を踏むべきだとマナー教師からは教わりましたよね?」
マナー教師を思い出させるような口調に、セレスは少しムッとした表情を浮かべる。セレスだって無茶をしたのは分かっているのだ。しかしこれしか方法がなかった。
「ええ、教わったわ。でも昨日のヒューゴ様は怒っていらしたから、手紙を出しても読んでもらえないと思ったの。元々、あの人はあまり手紙を読む人ではないの。それに会う約束をしても今はニーナ様がいつもいるから二人で話なんてできないわ。でももういいの、手紙も出さないし言い訳もしない事にしたから」
背を伸ばし、まっすぐにアルウィンを見るセレスの瞳からは、恋に浮かれた熱が消えていた。セレスの変わり様に気付いたアルウィンは冷静さを取り戻していく。
「……帝国へ、帰りますか?」
彼が口にした帰るという言葉は、休暇で帰るという意味ではない。その意図をセレスは理解していた。
「わからない、今は何も考えられないの。もうすぐ夏期休暇に入るからヒューゴ様とも距離が置けてちょうど良かったわ。しばらくは騎士科の放課後鍛錬の見学に行くのはやめる事にする。心配をして下さってありがとうございます、親切なお兄さま」
セレスはそう言い、貴族科の教室へ戻るために歩き出した。アルウィンはもう後を付いて行く気はないのか、図書室のある北校舎の方へ歩き出していた。
ヒューゴが友人たちに語る本心はセレスにとってショックな内容だった。いつもだったら泣いていたところだったが、今日のセレスの瞳に涙は浮かんでいない。
泣くより先にあの場を離れられたので、落ち着きを取り戻す事が出来たのだ。
それに、今日はそばにアルウィンがいたという事も大きかった。
彼はセレスのために怒ってくれていた。確かにセレスの行動は軽率だった。怒られた事への驚きの感情は、傷ついた自分を憐れむ気持ちよりも大きかった。
彼のお陰で今日は泣かずに済み、午後の授業も受けられそうだった。
しばらくは、ヒューゴにも彼のクラスメイトたちとも顔を合わせたくはなかった。




