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【幕間】 クロイツ家の令嬢

 セレスティナ・クロイツは、クロイツ侯爵家の第一子として誕生した。

 難産だったため、クロイツ侯爵夫人はセレスティナ以外の子を望めず、セレスティナはクロイツ家の唯一の子として両親からはいつくしまれ、大切に育てられてきた。


 女性として生まれたセレスティナにとって、将来の道はふたつあった。


 ひとつは自ら領地経営を学び、女侯爵として自ら侯爵位を継ぐ事。

 もうひとつが、侯爵となる令息を婿として迎え入れ、セレスティナは侯爵夫人として夫を支えていく事だった。


 なのでセレスティナの結婚相手は慎重に慎重を重ね、熟慮の末に候補が絞られていった。


 最初から一番の候補として侯爵夫妻が考えていたのは、ヴェルス公爵家次男のアルウィン・ヴェルスで、彼はセレスティナと最初に顔合わせをした令息だった。


 事前に調べた情報とも合わせ、侯爵夫妻がセレスティナと歳が近い数人の令息と直接会った上で、アルウィンが一番穏やかで朗らかな性格をしていると判断をしたので、彼を幼いセレスティナに会わせてみる事にしたのだった。


 クロイツ家とヴェルス家はどちらも皇帝派の貴族で、婚姻を結ぶ事は派閥的に問題はない。公爵と侯爵が学院時代の同窓であったため、家族同士で交流を持ちながらふたりの様子を見て、交流を始めてから数年経った頃に、アルウィンを将来のセレスティナの夫にすると夫妻は決めたのだった。


 口約束ではあったが、この事は帝国の社交界でも周知され、アルウィンがクロイツ家に婿入りする事は、帝国貴族ならば誰もが知る事となった。


 セレスティナが幼い頃のクロイツ侯爵は、外交官として家族を連れて数年おきに国を変えて暮らしており、帝国へは休暇の時に帰っていたので、その際にアルウィンとセレスティナは交流を図っていた。


 セレスティナが十一歳の時、クロイツ侯爵はレーデン王国の隣にあるベイル国に赴任をしていた。


 その日侯爵は仕事で屋敷を空けており、夫人はお茶会に出掛けていた。セレスティナは侍女と庭で遊んでいたのだが、その侍女は人買いをしている賊に金で買収をされていた。


 侍女の手引により、庭に忍び込んでいた賊によってセレスティナはあっけなく攫われてしまい、セレスティナは国を越えたレーデン王国にある、辺境の地まで連れて行かれてしまった。


 移動に使われた幌馬車の中は、セレスティナの他に十人ほどの少女たちがいて、服装から察する身分はバラバラで、年齢にも多少の開きがあった。大きな声で泣いたり、騒いだ子どもは顔以外の箇所を叩かれていたので、移動している間セレスティナは声も出せずに恐怖でずっと震えていた。


 セレスティナが攫われた事に侯爵家の家人が気付いたのは、セレスティナが攫われてから半刻を過ぎた頃だった。盗賊から金を貰った侍女が、わざとらしく庭を探す様子を執事が不審に思い、侍女から話を聞いた。そしてセレスティナがいなくなってしまった事はすぐに侯爵へ伝えられた。


 まず侯爵は内通者がいる事を疑い、帰宅した時に騎士団を連れて帰ると、家人たちを徹底的に調べて、セレスティナ専属の侍女による裏切りを知ったのだった。


 ベイル王国の騎士団も、少し前から国内の少女たちが連続して攫われている事件を調べており、ベイル王国で攫われた少女たちが、密入国によりレーデン王国の辺境まで連れて行かれている事を突き止め、盗賊のアジトの場所が特定されたばかりだった。


 国境を跨いでいる事から、少女たちの救出計画は辺境伯家と連絡を取りながら慎重に進められていて、いつ救出するかというところまで話が進んでいたので、盗賊団の捕縛が目前まで迫っていた事は、セレスティナにとって不幸中の幸いだった。


 帝国の侯爵令嬢が攫われた事を重く見たベイル王国は、騎士団を早馬のように急がせて辺境へ向かわせ、盗賊団の捕縛予定を早める決定を辺境伯へ伝えた。そして即日のうちに辺境伯家の騎士団と共に盗賊たちの隠れ家と思われる屋敷に突入し、盗賊団の壊滅と人質の保護に成功したのだった。


 セレスティナは珍しい銀色の髪と紫色の瞳と持ち、子どもながらに整った顔立ちをしている上に、魔力を持っていた。セレスティナを売る商談は纏まりつつあり、あと数日救出が遅かったらセレスティナは売られているところだった。


 無事に助けられたものの、帝国に帰った後のセレスティナは庭で攫われた事もあって、屋敷の外へ出る事を極端に恐れるようになってしまった。


 若い侍女に対しても苦手意識を持つようになり、五歳まで面倒を見てくれた乳母か母親が近くにいないと身体が震えたり、突然涙を流したりするといった、深刻な問題を抱えるようになっていた。


 アルウィンがセレスティナに会いに行ったのは、セレスティナがクロイツ領にある屋敷に引き籠るようになって半年ほどが過ぎた頃だった。


 彼はセレスティナに、翡翠が嵌められた透かし彫りの綺麗な腕輪を見せて、「姿を少しだけ変える事が出来るものが家にあったから気晴らしに使ってみて」と言って渡してくれた。


 アルウィンの口ぶりから、ヴェルス家の先祖が使っていた腕輪を持ってきたのだとセレスティナは思った。それがまさかアルウィンの手によって作られたものとは、その時のセレスティナは知らなかった。


 そしてアルウィンがセレスティナの左手首に銀色の腕輪を着けると、セレスティナの銀色の髪と紫色の瞳の色が一瞬で茶色に変わったのだった。


 アルウィンの、「髪と瞳の色が変わればクロイツ家の令嬢とは思われない、攫われる心配はなくなったから、これでもう大丈夫だね」という言葉に支えられて、セレスティナは数ヶ月ぶりに屋敷の外へ出られるようになったのだった。


 そこでセレスティナがアルウィンに恋心を抱けば良かったのだが、セレスティナの心の中には自分を助けてくれたヒューゴが既にいたのだった。


 ヒューゴがクロイツ侯爵家を継ぐのは無理な事だと、セレスティナも分かっていた。そして幼い頃から兄と呼んでいたアルウィンが、自分にとってどういった存在なのかも理解していた。


 だから戻ってきたからのセレスティナは、アルウィンを避けるようになっていた。彼に悪い所はない。むしろ優しい兄だと慕っていた。しかし彼と仲良くしては彼が自分の婚約者に決まってしまう。十一歳のセレスティナはそう考えて、アルウィンを避けるようになった。


 アルウィンの方もセレスティナの様子を察して、侯爵家に用事があって訪れても、自分からセレスティナに会おうとはしなくなった。


 クロイツ家を訪ねたアルウィンは、侯爵から領地の事を教わり、それが終わったら侯爵夫人とお茶をして帰るだけなので、幼い頃は仲が良かった二人の距離は大きく広がっていった。


 夫人に呼ばれたセレスティナが、お茶会に姿を見せる事もたまにあったが、お茶の席にいても、セレスティナはいつも下を向いて拒絶の意思を見せるので、アルウィンは社交的な笑みを浮かべるしかなかった。こうしてふたりは他人行儀な挨拶をするだけの関係に変わっていった。


 セレスティナのヒューゴへの思いは会えない事もあって、年々強くなっていた。アルウィンと婚約を結ぶ予定であった社交界デビューを迎える歳になっても、セレスティナのヒューゴへの思いは消えなかったので、侯爵夫妻は社交界デビューを一年遅らせて、セレスティナをレーデン王国に留学させる事にしたのだった。


 ただし、侯爵夫妻はセレスティナにいくつかの条件を付けた。


 レーデンの学院に通うことは認めるが、帝国の学院にも籍をおいて卒業をする事。これはセレスティナの気持ちが変わった時の為に考えた条件だった。


 セレスティナがクロイツ侯爵令嬢である事は秘匿し、髪と瞳の色は茶色のまま平民のセレスとしてレーデン王国で三年過ごす事。ヒューゴの元へ嫁いだ時の立場を前もって経験させて、それでもヒューゴを選びたいとセレスティナが言うのなら、夫妻はセレスティナの強い意思を認めるしかなかった。


 そして、三年経ってもセレスティナの気持ちが変わらなければ、クロイツ侯爵家と縁を切った上で、ヒューゴとの結婚を前向きに考える事にしたのだった。


 これはセレスティナを愛する侯爵夫妻にとっても苦渋の決断ではあったが、帝国の侯爵令嬢を小国の辺境伯家の次男に嫁がせるという事は、家の沽券にかかわる問題になりかねないので、セレスティナの願いを叶えるには、クロイツ家と縁を切る条件は外せなかった。


 だから三年のうちにセレスティナの気持ちが変わる事を願い、夫妻は大切なひとり娘をレーデン王国へ送り出したのだった。

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