23話 ヒューゴと友人たちとの会話①
翌日の昼休み、セレスはヒューゴに会うために騎士科の校舎へ行く事を決めた。
昨日アルウィンと一緒にいた事を怒っていたヒューゴに、謝罪をしたかったからだった。
していた事はお互い様だったとセレスも思う、しかしヒューゴの気分を害してしまったので、その事に対して謝りたかった。
ヒューゴは毎日遅くまで残って鍛錬をしているので彼の帰りは遅く、辺境伯家の屋敷に行くのなら次の休みまで待たないといけない。
何かあるとヒューゴの方からセレスの教室へ来るように、学院で話すのが一番早い。しかし、彼と会うには騎士科と貴族科とでは校舎が違うので、どちらかが直接相手の校舎へ行かないと会う事はほとんどない。
それにニーナがいないところで話をするには、セレスが直接ヒューゴのいる騎士科の教室へ行くのが一番いい方法だった。
貴族科の生徒が騎士科の教室に来てはいけないという決まりはないので、男子生徒ばかりの騎士科の校舎に入る事に少し抵抗はあったが、セレスは思い切って校舎の中へ入ってみる。
騎士科の校舎に入るのは初めてなので、校舎内の様子が分からないセレスはヒューゴがいるはずの二年生の教室を探す事にした。途中ですれ違う、制服を着崩した騎士科の生徒がセレスをじろじろと視線を向けてきたので緊張をしながら廊下を歩き、貴族科と同じような造りならば、二年生の教室は二階にあると見当を付けて階段を上がってみる。
二階に上がってすぐの教室のドアが少しだけ開いていたので、その隙間から様子を窺おうとそっと覗いてみたら、姿は見えなかったが教室の中から、男子生徒たちの話し声が耳に入ってきたのだった。
「そういえばさあ、お前の幼馴染みのニーナって子、毎日放課後に見に来てるよなあ。もしかしてお前たち付き合ってるの?」
ニーナの名前を聞いたセレスはびくりと震えてしまった。セレスはヒューゴから週に一度しか放課後の鍛錬の見学を許されていないというのに、ニーナは毎日来ている事を初めて知った。自分よりも多く見学をしていると気付いていたが、まさか毎日だとは思わなかった。
やはりニーナはセレスよりも距離が近い。特別な好きという感情をヒューゴがセレスに持っていなくても、友人としての気持ちくらいはあるだろう。友人として二人を比べると、幼馴染であるニーナの方がセレスよりも上なのだ。
「付き合ってるわけないだろう、だいたいアイツは帝国貴族に釣書を何通も送ってるんだぜ」
そう答えた声はヒューゴのものだった。良くない事だと分かってはいたが、セレスはついヒューゴと友人たちの会話を立ち聞きしてしまう。姿は見えなくても声が近いので、廊下側の壁際で話をしているようだった。
「あの子さあ、声が高くてうるさいんだよな。付き合ってなくても仲が良いんだから、稽古中は声を抑えろって言っておけよ」
「無理だろう、アイツあれでも侯爵令嬢だから怒らせると面倒なんだよ」
「マジかよ、侯爵家じゃあ誰も文句言えねえじゃねえか」
「そういえばさ、時々見に来てるお前の婚約者候補? だっけ? あの子すげーかわいいよな。遠くからだと目立たないからわからなかったけれど、近くで見たら美人で驚いた。俺、結構タイプかも」
「あー、わかる。俺もそれ思った。ニーナって子もそこそこかわいいし、お前マジでムカつく。どっちか寄越せよ」
「ニーナなら勝手に声を掛ければいいだろう、でもセレスは駄目だ。アイツとは家の事があるから譲れない」
駄目だと言われた時、セレスは少しだけ嬉しい気持ちになったのだが、その後の言葉を聞いて落ち込んでしまう。セレスへの気持ちがない事はヒューゴの言葉や態度で嫌というほど分かってはいても、彼の友人たちの前でも言われたくはなかった。
一年頑張っても結局、彼は自分に振り向いてはくれなかった。
分かってはいても、好きだという思いを持っているのは自分だけという事を何度もつきつけられるのは辛い事だった。
「継ぐ家がなくても美人な嫁がいるっていいよなあ、ホントマジムカつくわ」
「まあ確かにセレスは美人だけどさ、少し堅苦しいところがあって疲れる時があるぜ。そういうところはニーナの方が楽だって思うよ」
ヒューゴの言葉に、セレスは心の臓をグッと力強く掴まれたような錯覚を覚える。グラグラと何かが足元から崩れてしまうような感覚にふらついてしまい、思わずすぐそばの壁に手を突いて自分の身体を支えた。
「ああ、わかる。美人でもめんどくさそうな女って嫌だよな」
「そうそう、美人でもつまらない女だと飽きるのが早いって言うよな」
「俺は顔が一番だから、つまらない女でも全然羨ましいって思うけどな」
「まあ、好みは色々だよな」
紹介をされた事もないヒューゴの友人たちは、セレスの事を好き勝手に言い合って笑っていた。
(ヒューゴ様は私といると疲れると思う時があったの? それにヒューゴ様はご友人が目の前で私の事をあんな風に話していても平気なの?)
セレスはタイミングを見てヒューゴに声を掛けようと様子を窺っていたつもりだったが、こんな状況で彼らの前に姿を見せたくはなかった。
すぐそばの壁に支えられながら何とか立っていたセレスは、少し落ち着いてから教室へ帰ろうとしたのだが、彼らの話はまだ続いていく。
「そういえば辺境って腕も足も太くて、ガタイのいい女が多いって本当?」
「ああ、王都よりは多いな。太いと言うよりも逞しい」
「ええっ、じゃああの子も腕や足が太くなっちゃうのかあ~」
「……セレスは辺境には合わないと思う。元々がお嬢さま育ちなんだよ。もっと強くならないとやっていけないと思う」
「なんだよそれ、婚約はしないっていうのか?」
「それは俺が決める事じゃないから」
セレスが立ち聞きしている事を知らない彼らは、好きな事を口々に言い合う。悪意はなくても、あけすけな言葉にセレスの心はどんどん抉られていく。
(私では、辺境に……、合わない? 少しずつ慣れていけばいいのではなくて?)
学院に入ったばかりの頃、ヒューゴは少しずつ辺境に慣れていけばいいとセレスには話していた。しかし今の話を聞く限りでは、ヒューゴはこの一年のセレスを見て、セレスは辺境の土地に合わないと判断していた。
(どうして? 私では駄目、という事……?)
レーデンに来てから、セレスは新しい生活に慣れる事で精いっぱいだった。慣れない言葉も、帝国の学院と同時に進めている勉強も、専属の侍女がいない生活も、思っていたものとは違ったヒューゴとの交流も。
大変な事が多くても、少しでも上手くいくようにと、セレスなりに頑張ってきたつもりだった。
いつかヒューゴから「頑張ったね」とひと言でも褒めてもらえるために必死にやってきたのだ。
一度でもいいからヒューゴに褒めてもらいたかった。彼に認めてもらいたかった。
セレスの足が小刻みに震え出す。セレス自身は気付いていないが、顔色もかなり悪くなっていた。




