2話 留学生のお世話係②
「フォレット様、こちらが大講堂です。広いので複数のクラスが一緒に授業を受ける時や生徒会主催のパーティー等で使います。大講堂の隣が食堂となっていますので、昼食は教室か食堂でお召し上がり下さい。テイクアウト用のサンドイッチは、朝のうちに予約をしておいた方が確実に手に入れられます。……二年生の教室もご案内いたしましたし、校舎内の事で他に気になるところはございますか?」
セレスが使っているのはレーデン語で、帝国語を使わずに説明をしていたが、アルウィンはセレスの言葉を理解しているようで、相槌を打ちながらセレスの話を聞いていた。
「図書室の場所を教えていただけますか」
そちらの方が話しやすいのだろうか、彼が話す言葉はセレスにとっては懐かしい帝国語で、地方特有の訛りもなく、彼の帝国語は帝都の貴族が使う洗練された発音だった。学院長から言葉が分かると言われていたから、アルウィンに対してセレスはレーデン語で話していたが、同じ学院の生徒としてこの国に来たばかりの彼への態度が冷た過ぎたとセレスは内心で反省をした。
「……承知いたしました。今いるのは貴族科の校舎で、図書室は少し離れた北校舎の一階にありますので一度外へ出ますね」
レーデン語で話す事は止めて、今度はセレスも帝国語を使う。久し振りに使った帝国語は少しだけ東部寄りの発音となってしまった。僅かだが彼の表情が和らいだような気がした。
ここまでセレスはアルウィンの前を歩いて事務的に校舎の中を案内していたが、その間にアルウィンとは会話らしい会話をしていなかった。
セレスは一方的に校舎の中を案内するだけだったし、それに対してアルウィンも軽く相槌を打ちながらセレスの言葉を聞いているだけで、アルウィンの方から何かを訊ねるような事もなかった。今だって校舎内をある程度案内し終えたので、取って付けたように彼が他に気になっているところがないのかを聞いただけだった。
過去に世話をしていた女子の留学生には、彼女たちの様子を見ながら親切にきちんと対応をしてきたのに、彼とはあまり関わるつもりがないというセレスの思いは、分かりやすく態度にまで出てしまっていた。
アルウィンの世話役にセレスを選んだのは学院側で、彼のせいではないと分かってはいても、セレスにとって毎回留学生の世話役を押しつけられるのは正直なところ負担だった。それに留学生が男子生徒なのだから、世話役も男子生徒にお願いをして欲しかった。
「そういえば……」
セレスは様子を伺うためにちらりと斜め後方へ視線を送る。
体幹がしっかりしているらしいアルウィンの姿勢は正しく、彼はセレスではなく正面を見て歩いていた。彼にとっては自然なその歩き方は、普段から頭を下げられる事に慣れている側の姿勢だった。学院に入学した事で、高位貴族を前にすると廊下の端へ寄る事が習慣づけられてしまったセレスとは違う歩き方だった。セレスは気になっていた事を遠慮がちに帝国語でアルウィンに話し掛けてみた。
「あの……、レーデン王国へはどのような事を学びにいらっしゃったのでしょうか?」
正面を見ていたアルウィンの緑色の瞳が動き、その視線がセレスを捕える。
「気になりますか?」
自分から話したというのに、セレスはつい身構えてしまう。
「ええ、まあ……」
「何かを学びにというよりも、まとまった休暇を手に入れる事が出来たので、来てみただけなんですよ。別に誰かに頼まれたわけでもありませんし。まあ、強いて言うのなら留学中に自分の将来を見極める事ができればいいと思った程度です。……ふっ、そんなに俺が悪者にでも見えますか?」
アルウィンは小さく苦笑する。怖々と慎重な態度を取った事を彼に笑われたのだと気付いたセレスは、少しだけムッとしてそれが表情に出てしまったが、彼はそんなセレスを見て軽く微笑むのだった。
図書室を案内するために、アルウィンと一緒に貴族科の校舎から外へ出ると、セレスの茶色い瞳は自然と騎士科がある校舎の方へ向いてしまう。この時間、騎士科の生徒たちは放課後に自主的な鍛錬を行っていて、遠くから剣の稽古に励む生徒たちの声が聞こえてくるのだ。
セレスの視線を追ったアルウィンが口を開く。
「あちらの校舎には何があるのです?」
「あちらは騎士科の校舎になっています。ちょうど今は騎士科の生徒たちが自主鍛錬をしている時間なのです。見学もできますし、ご興味はありますか?」
「……あまり無いですね。図書室へはひとりで行けますから、もう案内をしてくださらなくても大丈夫ですよ。今日はお忙しいところをありがとうございました」
穏やかな笑みを見せてから、アルウィンはセレスの返事を聞く前に図書室がある北校舎の方へ向かって歩いて行く。背が高く足も長い彼は、先ほどセレスと一緒にいた時よりもずっと速い歩調で北校舎の方へ歩いていくので、立ち止まったままのセレスとの距離はあっという間に開いていく。
セレスはそんなアルウィンを強引に引き留めたり、追ったりするような事もせずに、騎士科の校舎がある方へ身体を向けると、鍛錬場へ向かって早足で歩き出すのだった。
セレスが騎士科の校舎がある方を気にするのも無理はなかった。鍛錬場で稽古に打ち込んでいる生徒の中には、セレスが婚約をする予定の彼がいるのだから。




