18話 帝国からの講師②
片付けのために残っていた教師たちもいなくなり、鍛錬場にはヨハンとアルウィンだけが残された。もう少しすれば騎士科の生徒たちが放課後の自主鍛錬のためにやってくるので、それまでの間は誰にも邪魔をされる心配はない。
「ヨハン、今年のレーデンはどうだった?」
明らかにヨハンの方が年上に見えるのだが、気にしている風もなくアルウィンは同級生を相手にしているようにヨハンへ声を掛ける。
ヨハンを前にしたアルウィンは着飾るような笑顔は見せずに、口調も社交用のものではなかった。講師であるヨハンも、生徒であったアルウィンの態度を咎める事はなく、友人と日常的な会話をしているかのように、アルウィンとの話を続ける。
「今年はハズレ年だな。ここの騎士科の連中にも触らせたが使えそうな魔力持ちはひとりもいなかった。リアノ王国には魔力持ちが二人いたらしいから、とりあえず帝都に呼んでいるらしい」
「そうか、その二人の魔力は高そうか?」
「どうだろう? 魔力が高いとは聞いていないから、それほどではないだろうな。それよりも授業前に生徒の名簿を見たが、お前いつから名前を変えたの?」
「俺は次男だから、母が嫁入りの時に持ってきた伯爵位を少し前に貰ったんだ。当主となるから正確には令息ではないが、フォレット姓は嘘では無い。今のフォレット家は爵位だけで領地はないし、俺たちの世代なら帝国でもあまり知られていないから使いやすいんだよ。ここの学院長には静かに勉学に励みたいからと理由を説明して許可も取ってある。継ぐわけでもないのに、俺にヴェルス公爵家なんて名前は大き過ぎるよ」
アルウィンはこの学院でフォレット姓を名乗っていたが、帝国ではアルウィン・ヴェルスの名前で知られている。
ヴェルス家は帝国の中でも古くから続く公爵家で、帝国内ではもちろん周辺国でも知られている家名だった。アルウィンの父親は騎士団長、兄は第一騎士団の隊長を任じられている代々武官を続けている名家だった。そして次男である彼自身も第三騎士団に所属している騎士でもあった。
「でもいずれは婿入りしてクロイツ侯爵様になるんだろう? 公爵家も筆頭侯爵家も俺たちにとってはどっちも有名だぜ。春に行かされた、西の辺境領での遠征から帰ったら、突然半年も休職したから驚いたぞ。俺たち同期なのに挨拶もなく休みやがって。てっきりクロイツ領にいると思っていたが、レーデンで学生をしていたなんて、今回の仕事がなければ知らなかった。あまり知られたくないのか?」
「まあ、な。この留学は父もだが、クロイツ侯爵にも許可をいただいている」
「帝国の学院をスキップで三年も繰り上げて卒業した秀才が今さら留学するとはな。レーデンってそんなに良いところがあったかなあ?」
「個人的にこの国に来たかったんだよ。学院にいたときにレーデン語は学んでいたしな」
「そういえばアルウィン、お前って今年入って来た新卒のヤツらと歳は同じだったよな? 知ってるヤツっているか?」
「近衛騎や第一に入った騎士なら顔見知りはいるが、知っている人間で第三に入ったヤツはいないけど」
「第三に入ったあの学年は勝ち気なヤツが多いぞ。お前は遠征が終わってすぐ休暇に入ったから、まだ会っていないだろう? 復帰した後に舐められるかもしれないから気を付けた方がいい。騎士団に入ったばかりの頃も、一部の同期に年下で領地経営科出身のクセにって散々言われていただろう?」
「言いたい奴らには言わせておけばいいさ。それにあの年にあった新人戦で俺はあいつらに負けなかっただろう」
「あの年は年下のお前に優勝をされて、こっちは上から大目玉を食らったんだ。少しは年上に気を遣って手を抜けよ」
「仕方無いだろう。噂は真実だが、俺のコネ入団の噂を聞いた父が、ヴェルス家に負けは認めないと言い出したんだ。兄からも圧がかかっていたし、あの大会で負けたら家で厳しくされるから俺も必死だったんだよ。血筋がいいからってみんな言うけれど、それだけではないからな」
帝国一の武門の家であるヴェルス公爵家に生まれたアルウィンは、婿入りする予定のクロイツ侯爵の意向もあり学院の騎士科へは進まなかったが、騎士科出身の騎士に負けてはいけないと言われながら、家では幼い頃から父親と兄に鍛えられてきた。
クロイツ侯爵家からは、領地経営科を出て文官職に就く事を望まれていたので矛盾しているのだが、それぞれの親が持っている思惑の結果、アルウィンは領地経営科出身の騎士というよくわからない経歴を持つ事になってしまったのだ。
「お前とは騎士団で同期だから、歳下だって忘れそうになるな。領地にずっといるクロイツの姫様はこっちにいるのを知ってるのか? 婿入りしたら騎士団は辞めるんだよな?」
帝国の学院には初等部と高等部とがあり、初等部は十三歳になる年から入学が出来る。学費の高さから、初等部から入学をするのは高位貴族が多く、低位貴族や平民は高等部からの入学が多かった。
アルウィンは初等部にいた頃からスキップを繰り返し、若干十五歳で学院の高等部を卒業していた。とてもすごい事なのだが、彼の兄が騎士科で同じ事をしていたので、アルウィンが高等部を卒業した時にはヴェルス公爵家は兄弟揃って優秀だとは言われたが、彼個人としてはあまり注目されなかった。
「留学をしている事は彼女も、……ティナも知っているから問題はないよ。それに俺は元々、騎士志望ではなく文官採用試験を受けていたんだ。裏から父に手を回されて、騎士職の実技試験を受けていないのに配属先が第三騎士団の騎士になったんだよ。そこをクロイツ侯爵がさらに父に掛け合い、婿入り後は騎士団を辞める形で落ち着いたのだから、自分の事でも俺からは何も言えないよ」
「第三は遠征もあるし、怪我をする事も多いから、侯爵様もご心配なんだろうな。でもこっちもお前ほどの魔力持ちが辞めるのは痛いけどな。魔力持ちがもっと見つかってくれないと本当に困るよ。そういえば、もうすぐ夏期休暇だから戻ってくるのだろう? マスカーニ山脈に魔狼の群れが出たらしいから、夏には魔狼の掃討作戦を控えている。お前も遠征メンバーには入れたから準備をしておけって隊長からの伝言だ」
そう言ってヨハンは持ってきていたもう一本の剣をアルウィンに渡す。生徒たちに〝同僚の剣〟と説明をしていた剣だった。
ヨハンの使っている剣は魔力を持つ者が持つだけで使えるが、アルウィンが使っている剣はただ持っているだけではヨハンの剣と変わらない。この剣の持っている特殊な効果を使うには魔力のコントロールが必要で、少ない魔力で最大の効果を上げるには、より繊細な魔力コントロールが必要になってくる。
魔力の高かったアルウィンは、魔剣を上手く扱えるようになるために、魔力のコントロールを父親から厳しく教えられてきたのだった。
「魔狼の群れか……、数が多いと時間がかかりそうだな。急な話だが仕方ないか」
剣を受け取ったアルウィンが剣を鞘から抜くと、アルウィンの魔力を吸い取った剣は先ほどの授業でヨハンが剣を抜いた時と同じように、刀身の周りでパチパチと光が弾ける。
アルウィンが意識して剣に魔力を注ぐと、雷に似た細い光が今度はバチバチと音を出しながら、らせん状に刀身を囲む。自分の手によく馴染んだ剣を握り、アルウィンは光の帯を纏った剣を軽く振ってみる。
「数カ月振りだから懐かしいな。久し振りに魔剣を持った相手と稽古がしたいな」
そう言ってアルウィンはちらりとヨハンを見る。
「やめろよ、こっちは授業で魔力を使ったから魔力があんまり残ってないんだ。特にその剣を使ったら最悪だったぞ。雷撃一発で魔力切れを起こしそうになった。よくあんな雷撃を何度も出せるな。その剣を持ったお前相手に今の俺が勝てるわけないだろうっ。お前といい騎士団長や第一騎士団の隊長といい、ヴェルス公爵家の人間は魔力が高過ぎるんだよ」
何となく嫌な予感でもしたのか、ヨハンは二、三歩後ずさりアルウィンから少し離れる。
「魔力の扱いに気を付ければヨハンの魔力量でももっと上手く扱えるはずだよ。父や兄も同じくらい魔力があるから、ウチだとこれくらいは割と当たり前なんだ」
「隊長はしばらくお前がその剣を持っていていいって言ってたぜ」
「魔剣なら手持ちのものがあるから、騎士団の剣は使いたい奴がいれば使えばいいだろう。コツを掴めば使いやすい剣なのに、俺が辞めた後にこの剣を寝かせておくのは勿体ないよ」
「手持ちの魔剣って……、大貴族の坊ちゃんはいいよな。とにかくその剣がこっちにあっても今は使えるヤツがいないから持ってろよ」
アルウィンはつまらなそうな顔をしながら、もうひと振りしてから剣を鞘に収めるつもりだった。
「そういえばお前宛ての手紙が騎士団に大量に溜まっているぞ。差出人が令嬢や夫人ばかりなんだよな。とりあえず第一騎士団にいらっしゃる兄君に渡しておけばいいか? そういえば帝国を出る前に聞いたのだけれど、去年お前とクロイツ令嬢をモデルにした歌劇が流行っていたらしくて……ひぃっ!」
――バリバリッ、ドン!
突然アルウィンの持っていた剣の先からヨハンの足元を目掛けて小さな稲妻が走り、鈍い音と共に一瞬で地面と生えていた草が黒く焦がして地面を少し抉る。ヨハンの足元スレスレに落ちた稲妻は拳の大きさほどの直径で、直撃していたらひとたまりもなかっただろう。草を黒く焦がした地面からはぷすぷすと小さな音がしていた。
「悪い、少しだけ魔力暴走を起こした。……俺にその話題は二度と振るな。魔力のコントロールに責任が持てなくなる」
「……」
涼しげな顔をしながらアルウィンは剣を鞘に収めた。
青い顔をしながらヨハンはアルウィンを見る。魔力を使い果たしてしまった今は分が悪いので、危ない目に合わせるなと、文句があっても言えそうにはなかった。
放課後の鍛錬場には少しずつ騎士科の生徒たちの姿がちらほらと現れている。何人かが離れた場所からアルウィンとヨハンのいる方を見ていたが、アルウィンは騎士科の生徒を気にする様子もなく、ヨハンとの話を終えるとツカツカと貴族科の校舎の方へ歩いて行く。貴族科の生徒はほとんど下校しているので、物騒な魔剣を持っていても他の生徒に見られるような事はなかった。




