17話 帝国からの講師①
セレスがヒューゴと距離を置くと決めてから十日ほどが過ぎた頃、特別授業の講師として帝国からひとりの若い騎士が学院にやってきた。
彼は帝国の騎士ではあるが、元はレーデン王国の貴族家の令息で、ヨハン・バッケルと名乗り、帝国では王宮の第三騎士団に所属していると話してくれた。
ヨハンの授業は剣術についてではなく、魔道具の一種でもある魔剣を使ってのデモンストレーションを生徒たちに見せた後に、魔道具や魔剣について話をしてくれるのだと貴族科の生徒たちは事前に聞かされていた。
帝国なら魔力を持つ者も多く、貴族や裕福な平民の家なら魔道具がひとつくらいは家にあるので、わざわざ授業をするほどの事ではないのだが、魔力を持つ者が少ないレーデンでは魔道具そのものが珍しく、魔道具を見るのが初めてという生徒が多かった。
二年生はこの授業を毎年全員が受ける事になっているので、午前中は騎士科の生徒たちが授業を受けて、午後は貴族科の生徒たちが授業を受けていた。
講師であるヨハンは帝国の騎士という事もあって、騎士科の生徒たちには授業時間も多く取り、実技を中心とした授業をしていたらしく、鍛錬場の端の方には不自然に切られた木があった。
貴族科の生徒は各クラス二十数人で、二学年は三クラスあるので、七十人くらいの生徒たちが鍛錬場の隅に集められて、ヨハンの授業を受ける事になった。
「皆さんは魔道具というものを見た事はあるでしょうか? 実は私はこの国の子爵家出身なので、学生の時にこの授業を受けるまで魔道具というものを見た事がありませんでした」
茶色の髪に青い瞳のヨハンは帝国騎士の制服でもある濃紺の騎士服を着ていて、長い髪を紐でひとつに括っていた。
帝国の騎士たちの制服はデザインがほとんど同じだが、上着の色で大まかな所属を区分している。近衛騎士は純白で、第一騎士団は臙脂色、第二騎士団から第四騎士団までが濃紺で、第五騎士団以下は草色の騎士服となっている。
近衛騎士団から第四騎士団までは王宮内で勤務をしているいわゆるエリートで、ヨハンの所属する第三騎士団には魔力持ちの騎士が多い。
屋外である鍛錬場には簡易的なテーブルが置かれ、その上には持ち手の部分や大きさが少し違う二本の剣があった。テーブルの横に立っているヨハンが生徒たちに、テーブルに置かれた剣について話し始める。
「私のような騎士とは違い、貴族科のみなさんにとって剣というものは身近なものではないと思いますが、ここにある剣は魔剣と呼ばれているものです。この剣が他の剣と大きく違うところは魔道具の一種であるという事です。レーデン王国では馴染みの薄いものでありますが、魔道具というものは、魔力を持つ者が道具へ魔力を流す事で特別な効果をもたらす事が出来る道具の事です。こ剣の場合は魔力を流すと重さが軽くなり、強度がとても高くなります。しかし魔力を持たない者が触れても何の効果も得られません。この剣は他の剣よりも重さがあるので、魔力を持たない者が使う場合、剣としては使いにくい部類のものになります」
ヨハンはそう言うと、テーブルの上に置かれた刀身の細めの剣を持つ。ヨハンはゆっくりと剣を鞘から抜くと腕を高く上げて、生徒たちに見えやすいようにした。
ヨハンが剣を鞘から出した瞬間、一瞬だけだが剣がふわりと柔らかく光ったようにセレスには見えた。
「私には魔力があるので、この魔剣は私の魔力を使い特別な力を発揮する事ができます。一見しただけでは普通の剣に見えますが、魔力持ちが使ってみると通常の剣との違いが分かります」
そう説明をすると、ヨハンは自分の背後に植えられている木のそばまで行き、生徒たちを振り返る。
「では皆さん、よく見ていてください」
両手で魔剣を持ったヨハンが構えの姿勢を取る。彼のすぐそばには切られたばかりの木が数本あったので、何をしようとしているのかはひと目で分かった。おそらく午前中の騎士科の授業でもやったのだろう。
木の幹に向かってヨハンが魔剣を斜めに斬りつけると、セレスの両手で抱えられそうもある木が斜めに綺麗に切られた。結果を分かっていても、実際に目にすると生徒たちからはどよめきが上がった。
木を一本切ったというのに、息を切らした様子も見せないヨハンは生徒たちの前まで戻って来た。
「このように、魔力を帯びた剣というものは非常に強力です。しかし魔力量は個人によって違いますので、残念ながらこの剣を長時間使い続ける事が私には出来ません。なので騎士として働くには通常の剣での鍛錬も必要となります」
ヨハンは剣を鞘へは仕舞わずに、抜身のまま机の上に置く。
「日常使いには向いていないのですが、この剣が効果を一番発揮するのは魔獣と対峙する時です。通常魔獣と戦うには距離を取るために弓矢や槍を使う事が向いていますが、魔剣は一振りで大きなダメージを魔獣に与える事が出来ますので、私のいる部隊は魔獣の掃討の任務を任される事が多く、この春も魔獣討伐のために遠征をしてきました」
ヨハンがちらりとセレスがいる方を見たような気がした。
「皆さんは貴族科の生徒なので、騎士の仕事に興味はないでしょうが、魔剣に興味を持たれた生徒もいると思います。今日は特別にこの魔剣を皆さんに触れてもらおうと思っています。騎士科の生徒たちは全員が触っていきましたが、皆さんの中には剣を恐ろしいと思われている方もいると思いますので、貴族科の皆さんは希望者だけで構いません。希望される方は前へ出て下さい。もしもこの場で魔剣に魔力を注ぐ事が出来た方がいましたら、王都の騎士団に私から推薦状を書きます。この国の学院生だった時、私もこの授業を受けて騎士になる事を決めました。騎士にならなくても魔力持ちだと分かればそれだけで帝国で働ける機会があるかもしれませんので、ご令嬢の方もぜひ試してみませんか?」
帝国では他国に比べて魔力持ちが多いが、使えるほどの魔力量を持つ者はそれほど多くはない。おそらくこうやって他国を回って魔力持ちを見つけては騎士団にスカウトしているのだろう。
それに魔力持ちを必要とする職業は常に人手不足と聞いた事がある。騎士にならなくても、魔力の高い人物を見つけて帝国に連れて帰る事は帝国の為にもなる。
簡易的ではあるが、この魔剣は魔力判定の為に使うのにちょうど良いという事なのだろう。
帝国人であるセレスは幼い頃に教会で魔力判定を受けた事があるので、自分に魔力がある事を知っていたが、本物の魔剣を見るのは初めてだったので、触ってみたくなった。
どうしようか迷ったセレスはすぐ後ろに立っているアルウィンを見る。アルウィンは無言で首を横に振る。彼は魔剣に触れるつもりはなさそうだった。
三分の二ほどの生徒たちが魔剣に触れていったが、魔剣は一度も反応を起こさなかった。
「先生、剣はもう一本ありますが、あの剣も魔剣ではないのですか?」
ひとりの男子生徒がテーブルに置かれ鞘に収められたままの、もう一本の剣を指で差してヨハンに質問をする。
「あれも魔剣ですが、あの剣は魔剣の中でも特別なもので、魔力量が高くないと扱えないものです。今私が持っている剣が持つ効果の他に、特殊な力を発揮する事が出来ますが多くの魔力を必要とします。午前中の騎士科の生徒たちの前では見せる事が出来たのですが、私があの効果を出せるのは一日に一度程度なので、残念ですがあなた達にそれを見せる事は出来ません」
生徒たちからの残念そうな声を受けながら、ヨハンはもう一本の剣を鞘から取り出す。
その魔剣は先ほどの魔剣とは違い、鞘から出すとパチパチと小さな音と共に無数の小さな光が現れてはすぐに弾けている様子を見せた。
「剣の周りにパチパチと音を立てた小さな光が見えるのが分かりますか? 魔力を持つ者が触れるとこのような現象が起きます。この剣にたくさんの魔力を注げば人為的に雷のような現象を起こす事が可能になります。他にも炎や水を出せる魔剣もありますが、この剣は同じ第三騎士団に所属している同僚が使っている剣で、今日は特別に持ってきました」
生徒たちは順番にテーブルの上に置かれた二本の魔剣にそれぞれ触れたり、持ってみたりしていくが、やはり剣が何かしらの反応を見せる事もなく、ヨハンも腕を組んだまま動かなかった。
列の最後の方に並んでいたセレスまで順番が回ってきた。セレスの右手がそっとヨハンが使っていた方の剣に触れると、セレスは自分の魔力が吸い込まれていくような感覚を覚えたのですぐに手を離した。
「ああ、あなたはほんの少しですが魔力をお持ちのようですね。令息でしたら騎士団に誘う事も検討しましたが、可弱いご令嬢を騎士にするわけにはいけませんから残念です」
背後に立っていたヨハンがセレスにそう声を掛けた。
ほとんどの生徒が剣に触れてみたのだが、結局剣に触れた者の中で魔力持ちだと言われたのはセレスひとりだけだった。
「レーデン王国でしたら一年にひとり見つかれば良い方なので、皆さんも魔力持ちでないからと落ち込まないでください。帝国には魔道具を研究している施設があり、もしかしたら将来は魔力を持たない者でも魔道具を扱える事が出来る未来がくるかもしれません。帝国は魔力持ちを保護する事にも力を入れていますので、あなた方の周りで魔力をお持ちの方がいらしたらぜひ教えてください」
その後のヨハンは、魔剣ではなく魔道具のランプと普通のランプとの違いについて話してくれたり、手紙を遠隔地へ一瞬で送る事が出来る、一部の帝国人が使っている魔道具についての話を生徒たちにして授業を終えた。
授業の終わりを告げるヨハンの言葉で授業を受けていた生徒たちは校舎の方へばらばらと向かって行く。
「そちらの茶色い髪のあなた、少しよろしいですか?」
セレスも教室へ戻ろうとしたのだが、ヨハンに呼び止められてしまった。
「何でしょうか?」
「あなたは魔力が高いようなので、もしかしたらお家の方へ連絡をするかもしれません。クラスと名前を教えていただけませんか?」
先ほどヨハンはセレスの魔力は少ないと皆の前で話していたが、それは違っていたようだった。セレスはヨハンに向かって帝国語で話し掛ける。
「それには及びませんわ。幼い頃に国への申請は済ませてありますから」
「失礼しました、帝国の方でしたか」
「ええ、魔力があると分かっていましたが、魔剣に触ってみたいと思ってしまいました。興味深い授業をありがとうございました」
そう言ってセレスはヨハンに笑顔を見せる。自分も校舎へ戻ろうと歩き出したのだが、アルウィンだけは他の生徒たちとは違って先ほどと同じ場所に立ったままだった。
どうしたのだろうと思い、セレスがアルウィンを見ると、彼は社交用の微笑みを見せる。
「ミュラー嬢は教室へ戻ると良いよ、俺は先生に質問したい事があるから」
アルウィンが何を質問するのかが気になったが、教えてくれそうな雰囲気ではなかったので、セレスも他の生徒たちと一緒に教室へ戻るしかなかった。
先ほどまでテーブルの上に置いてあった剣を今は二本共ヨハンが持っているので、何も置かれていないテーブルを片付けようと、学院の教師たちがテーブルを運び始めていた。
貴族科の生徒たちは教室へ戻るために鍛錬場からは皆出て行った。学校からの連絡も無いので授業の終了と共に放課後となる。アルウィンがゆっくりとした足取りでヨハンに近づくと、アルウィンの様子を察したヨハンもアルウィンに近づきながら口を開く。
「……よう、こんなところにいたんだな、アル」
興味深そうな視線をアルウィンへ送るヨハンの口調は授業の時とは違い、近しい者へ向けるものに変わっていた。




