17話 お譲りします①
ヒューゴと昼食を一緒に食べた翌々日は、週に一度だけとヒューゴがセレスに許してくれた、鍛錬の見学が出来る日だった。
あんな事があったのだから気が向かなかったのだが、一年以上も続けてきた習慣だったので、放課後になるとセレスの足は鍛錬場へと向かってしまう。
貴族科の校舎を出て鍛錬場へと歩きながら、セレスは一年前の自分を思い出していた。あの頃はヒューゴと同じ学院に通えるだけで幸せな気分になれた。
素っ気ない態度のヒューゴの事をカッコイイなんて思っていたし、これから彼と仲良くなっていくのだと、セレスの心はやる気と希望で満たされていた。
最初の頃はヒューゴも少しずつ辺境に慣れていけばいいと言って、辺境は自然が豊かな土地で人々の距離が近いと、辺境伯領の良いところを教えてくれた。他の土地から辺境に嫁いでくれる女性はあまりいないから、セレスのような女性は貴重だし頑張って欲しいとも言ってくれたのだ。
サンドイッチを一緒に食べた時に、ヒューゴはセレスの事を親の決めた相手だと言っていた。誰かに教えられたのか、状況から彼がそう判断したのかは分からないが、彼はセレスとの縁を政略だと思っている。
しかし、セレスの両親は辺境へ嫁ぐ事を賛成していないし、レーデンの辺境伯家と結びついてもセレスの生家にとっては何のメリットも無い。
セレスがあまりにも強情だったから、セレスの強い意思に折れた形で、セレスの両親は仕方無く伝手を頼り、レーデン王国のミュラー子爵に話を通してもらい、こうして学院へ通っているのが本当の理由だった。
セレスの両親が望んでいる事は、帝国の学院へ通い、卒業後は両親の決めた相手と結婚をする事なのだ。
だから両親は条件を付けた上で、ヒューゴの婚約者候補という譲歩案を出してくれた。
両親からの条件は、まずどのような形であっても帝国の学院での卒業資格を取る事だった。学年を飛ばすスキップをして帝国の学院を卒業してからレーデン王国へ留学する方法もあったが、初等部から通っていなかったセレスには時間があまりなく、高等部からの入学で出来るスキップはどんなに頑張っても一年が限界だった。
せっかくヒューゴとは歳が同じなのだから、学院へもヒューゴと同じ年に入学をしたかったセレスは、レーデン王国の学院に通いつつ、帝国の学院は単位のみを取って卒業資格を取る事を選んだ。
次の条件が、セレスがヒューゴの元へ嫁いだ後は、実家との縁を完全に断つ事で、両親に愛されて育てられたセレスにとってはこれが一番辛い条件だった。
つまるところ、両親は自分たちとヒューゴのどちらかを選べと言いたいのだ。
レーデン王国の辺境に嫁ぐのなら、これまでセレスの持っていたものは全て捨てなければいけない。
セレスの選んだ相手が帝国人ならば、両親もここまで厳しい条件を出さなかっただろう。
ヒューゴは次男で継ぐ家もないから身軽ではあったが、セレスの両親にとって彼は婿とし迎えるのにはふさわしくない相手だと判断をされている。セレスがどんなに好きでも、彼の人柄が良かったとしても、帝国貴族の生まれではない彼では駄目なのだ。
だからセレスがヒューゴに嫁ぐ時はただのセレスとして辺境へ行く事を条件に入れられた。嫁入り前に子爵家の養子にさせてくれるのは、せめてこれくらいはという両親からの最後の愛情だろう。
両親にはヒューゴとの結婚の事はよく考えた方がいいと言われ、同時に考える時間として、レーデン王国学院の卒業までの三年という時間を与えられていた。
学院の卒業までにセレスの意思が変わらず、両親がこの結婚を認めてくれたらのなら、セレスはヒューゴの元へ嫁ぐ事が出来る。
セレスの気持ちが変わったり、両親が嫁入りに納得ができないと判断をした時は、セレスは両親の決めた相手と婚約をしてすぐに結婚する事をセレスは両親と約束をした。あちらはもう帝国の学院を卒業しているので、常識的な婚約期間を挟めばいつでも結婚は出来る。こうしてセレスはレーデン王国へ侍女も付けずにひとりで来たのだった。
一年前のセレスには覚悟と強い意思があり、自分の思いを貫くという強い気持ちでこの学院へ通っていた。
実際にこの国へ来てみたら、思っていたものとは違う事ばかりだった。
レーデン王国で慣れない生活を送る中でヒューゴは素っ気ないし、学院からは他の留学生のお世話係を任されてしまう。帝国の学院からの課題は時間のかかるものが多く、実家から持ってきた本だけで足りないところは、休みの日に王立図書館へ行って調べるが、マナーでは帝国とレーデンでは違う事も多く、レーデン語の帝国史には間違った記載もあり、資料探しの方に時間を取られてしまい、慌てて実家に本を送ってもらうようにお願いしたのだった。
そうやって何とか一年過ごして二年生に進級をしたというのに、ニーナが学院に入学してからは、精神的な負担が増えてしまい、セレスの我慢は限界に近付いていていき、セレスの気持ちには揺れと迷いが生まれていた。
せめてヒューゴが少しでもセレスを気に掛けてくれたのなら、セレスも頑張れたのだが、ヒューゴに大切にされているという実感が感じられず、セレスはすっかり疲れてしまっていた。




