表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/43

16話 ヒューゴと友人たちとの会話

 翌日の昼休み、セレスはヒューゴに会うために騎士科の校舎へ行く事を決めた。


 昨日アルウィンと一緒にいた事を怒っていたヒューゴに、謝罪をしたかったからだった。


 していた事はお互い様だったとセレスも思う、しかしヒューゴの気分を害してしまったので、その事に対して謝りたかった。


 ヒューゴは毎日遅くまで残って鍛錬をしているので彼の帰りは遅く、辺境伯家の屋敷に行くのなら次の休みまで待たないといけない。


 何かあるとヒューゴの方からセレスの教室へ来るように、学院で話すのが一番早い。しかし、彼と会うには騎士科と貴族科とでは校舎が違うので、どちらかが直接相手の校舎へ行かないと会う事はほとんどない。


 それにニーナがいないところで話をするには、セレスが直接ヒューゴのいる騎士科の教室へ行くのが一番いい方法だった。


 貴族科の生徒が騎士科の教室に来てはいけないという決まりはないので、男子生徒ばかりの騎士科の校舎に入る事に少し抵抗はあったが、セレスは思い切って校舎の中へ入ってみる。


 騎士科の校舎に入るのは初めてなので、校舎内の様子が分からないセレスはヒューゴがいるはずの二年生の教室を探す事にした。途中ですれ違う、制服を着崩した騎士科の生徒がセレスをじろじろと視線を向けてきたので緊張をしながら廊下を歩き、貴族科と同じような造りならば、二年生の教室は二階にあると見当を付けて階段を上がってみる。


 二階に上がってすぐの教室のドアが少しだけ開いていたので、その隙間から様子を伺おうとそっと覗いてみたら、姿は見えなかったが教室の中から、男子生徒たちの話し声が耳に入ってきたのだった。


「そういえばさあ、お前の幼馴染みのニーナって子、毎日放課後に見に来てるよなあ。もしかしてお前たち付き合ってるの?」


 ニーナの名前を聞いたセレスはびくりと震えてしまった。セレスはヒューゴから週に一度しか放課後の鍛錬の見学を許されていないというのに、ニーナは毎日来ている事を初めて知った。自分よりも多く見学をしていると気付いていたが、まさか毎日だとは思わなかった。


 やはりニーナはセレスよりも距離が近い。特別な好きという感情をヒューゴがセレスに持っていなくても、友人としての気持ちくらいはあるだろう。友人として二人を比べると、幼馴染であるニーナの方がセレスよりも上なのだ。


「付き合ってるわけないだろう、だいたいアイツは帝国貴族に釣書を何通も送ってるんだぜ」


 そう答えた声はヒューゴのものだった。良くない事だと分かってはいたが、セレスはついヒューゴと友人たちの会話を立ち聞きしてしまう。姿は見えなくても声が近いので、廊下側の壁際で話をしているようだった。


「あの子さあ、声が高くてうるさいんだよな。付き合ってなくても仲が良いんだから、稽古中は声を抑えろって言っておけよ」


「無理だろう、アイツあれでも侯爵令嬢だから怒らせると面倒なんだよ」


「マジかよ、侯爵家じゃあ誰も文句言えねえじゃねえか」


「そういえばさ、時々見に来てるお前の婚約者候補? だっけ? あの子すげーかわいいよな。遠くからだと目立たないからわからなかったけれど、近くで見たら美人で驚いた。俺、結構タイプかも」


「あー、わかる。俺もそれ思った。ニーナって子もそこそこかわいいし、お前マジでムカつく。どっちか寄越せよ」


「ニーナなら勝手に声を掛ければいいだろう、でもセレスは駄目だ。アイツとは家の事があるから譲れない」


 駄目だと言われた時、セレスは少しだけ嬉しい気持ちになったのだが、その後の言葉を聞いて落ち込んでしまう。セレスへの気持ちがない事はヒューゴの言葉や態度で嫌というほど分かってはいても、彼の友人たちの前でも言われたくはなかった。


 一年頑張っても結局、彼は自分に振り向いてはくれなかった。


 分かってはいても、好きだという思いを持っているのは自分だけという事を何度もつきつけられるのは辛い事だった。


「継ぐ家がなくても美人な嫁がいるっていいよなあ、ホントマジムカつくわ」


「まあ確かにセレスは美人だけどさ、少し堅苦しいところがあって疲れる時があるぜ。そういうところはニーナの方が楽だって思うよ」


 ヒューゴの言葉に、セレスは心の臓をグッと力強く掴まれたような錯覚を覚える。グラグラと何かが足元から崩れてしまうような感覚にふらついてしまい、思わずすぐそばの壁に手を突いて自分の身体を支えた。


「ああ、わかる。美人でもめんどくさそうな女って嫌だよな」

「そうそう、美人でもつまらない女だと飽きるのが早いって言うよな」

「俺は顔が一番だから、つまらない女でも全然羨ましいって思うけどな」

「まあ、好みは色々だよな」


 紹介をされた事もないヒューゴの友人たちは、セレスの事を好き勝手に言い合って笑っていた。


(ヒューゴ様は私といると疲れると思う時があったの? それにヒューゴ様はご友人が目の前で私の事をあんな風に話していても平気なの?)


 セレスはタイミングを見てヒューゴに声を掛けようと様子を伺っていたつもりだったが、こんな状況で彼らの前に姿を見せたくはなかった。


 すぐそばの壁に支えられながら何とか立っていたセレスは、少し落ち着いてから教室へ帰ろうとしたのだが、彼らの話はまだ続いていく。


「そういえば辺境って腕も足も太くて、ガタイのいい女が多いって本当?」

「ああ、王都よりは多いな。太いと言うよりも逞しい」

「ええっ、じゃああの子も腕や足が太くなっちゃうのかあ~」


「……セレスは辺境には合わないと思う。元々がお嬢さま育ちなんだよ。もっと強くならないとやっていけないと思う」

「なんだよそれ、婚約はしないっていうのか?」

「それは俺が決める事じゃないから」


 セレスが立ち聞きしている事を知らない彼らは、好きな事を口々に言い合う。悪意はなくても、あけすけな言葉にセレスの心はどんどん抉られていく。


(私では、辺境に……、合わない? 少しずつ慣れていけばいいのではなくて?)


 学院に入ったばかりの頃、ヒューゴは少しずつ辺境に慣れていけばいいとセレスには話していた。しかし今の話を聞く限りでは、ヒューゴはこの一年のセレスを見て、セレスは辺境の土地に合わないと判断していた。


(どうして? 私では駄目、という事……?)


 レーデンに来てから、セレスは新しい生活に慣れる事で精いっぱいだった。慣れない言葉も、帝国の学院と同時に進めている勉強も、専属の侍女がいない生活も、思っていたものとは違ったヒューゴとの交流も。


 大変な事が多くても、少しでも上手くいくようにと、セレスなりに頑張ってきたつもりだった。


 いつかヒューゴから「頑張ったね」とひと言でも褒めてもらえるために必死にやってきたのだ。


 一度でもいいからヒューゴに褒めてもらいたかった。彼に認めてもらいたかった。


 セレスの足が小刻みに震え出す。セレス自身は気付いていないが、顔色もかなり悪くなっていた。


 この場を離れたいと思っても、足が動いてくれない。「辺境に合わない」それはヒューゴの元へ嫁ぐために、彼の知らないところで頑張っているセレスの心を折ってしまうには充分な威力を持っていた。


 ふとセレスは後ろから軽く肩を叩かれた。びくりと大きく震えたセレスが反射的に振り返ると、貴族科の教室にいたはずだったアルウィンが、どうしてなのか目の前に立っていた。思わず声を出しそうになったセレスに、アルウィンは人差し指を自分の口元に当て、騒いで欲しくないと注意を促し、動けないでいたセレスの手を引いて騎士科の校舎から連れ出してくれた。


 セレスがもう少しヒューゴたちの会話を聞いていたら、その後に友人のひとりが「でも本当はお前、あの婚約者候補の子の事がすごく好きだろうと」からかわれてヒューゴもまんざらでもなさそうな態度を見せるのだったが、その頃にはもうセレスはアルウィンと校舎の外にいたのだった。




 ◆◆◆




 騎士科の校舎裏まで来たところでアルウィンはようやく繋いでいたセレスの手を解放してくれて、怖い顔をしながらセレスを見下ろしていた。


「二度とっ、ひとりで騎士科の校舎へは行かない事を約束して下さい!」


 怒気を含ませた低い声でアルウィンはセレスにそう強く言う。


 彼は明らかに怒っていた。アルウィンが自分に怒っているという事に、セレスは驚いてしまった。


 最近は敬語を使わなくなっていたのに、今日の彼は口調に強さを感じさせながらも言葉遣いだけは丁寧だった。そうする事で、感情のままに怒り出したいのを抑えているのだろう。言葉と感情に差があるのは、それだけ彼が怒っているという事だった。


 人は自分よりも感情的になっている人間を見ると冷静になれる事がある。


 怒りの感情を隠さないアルウィンに驚いた事で、セレスの中でヒューゴの言葉から受けたショックが頭の隅へ追いやられ、アルウィンに怒られているという、よく分からない状況への戸惑いの気持ちが頭の中を占めていく。セレスは困惑しながら、ただアルウィンを見上げていた。


 どうして彼がここまで怒っているのかがセレスには理解できなかったが、それは意味があるようにも思えた。


「もう行きませんわ、でも校則に反していませんし、そこまで怒ることもないと思いますの。それに私の事を尾行していらしたの?」


「そわそわした様子で教室を出て行ったので、気になって後を尾けてみたのです。まさか男しかいない騎士科の校舎に入るなんて無謀な真似をするとは思いませんでした。昨日の申し開きをしたかったのでしょうが、そうしたいのでしたらまずは手紙を出して会う予定を取り付けてからそうすべきです。物事には段階を踏むべきだとマナー教師からは教わりましたよね?」


 マナー教師を思い出させるような口調に、セレスは少しムッとした表情を浮かべる。セレスだって無茶をしたのは分かっているのだ。しかしこれしか方法がなかった。


「ええ、教わったわ。でも昨日のヒューゴ様は怒っていらしたから、手紙を出しても読んでもらえないと思ったの。元々、あの人はあまり手紙を読む人ではないの。それに会う約束をしても今はニーナ様がいつもいるから二人で話なんてできないわ。でももういいの、手紙も出さないし言い訳もしない事にしたから」


 背を伸ばし、まっすぐにアルウィンを見るセレスの瞳からは、恋に浮かれた熱が消えていた。セレスの変わり様に気付いたアルウィンは冷静さを取り戻していく。


「……帝国へ、帰りますか?」


 彼が口にした帰るという言葉は、休暇で帰るという意味ではない。その意図をセレスは理解していた。


「わからない、今は何も考えられないの。もうすぐ夏期休暇に入るからヒューゴ様とも距離が置けてちょうど良かったわ。しばらくは騎士科の放課後鍛錬の見学に行くのはやめる事にする。心配をして下さってありがとうございます、親切なお兄さま」


 セレスはそう言い、貴族科の教室へ戻るために歩き出した。アルウィンはもう後を付いて行く気はないのか、図書室のある北校舎の方へ歩き出していた。


 ヒューゴが友人たちに語る本心はセレスにとってショックな内容だった。いつもだったら泣いていたところだったが、今日のセレスの瞳に涙は浮かんでいない。


 泣くより先にあの場を離れられたので、落ち着きを取り戻す事が出来たのだ。

 それに、今日はそばにアルウィンがいたという事も大きかった。


 彼はセレスのために怒ってくれていた。確かにセレスの行動は軽率だった。怒られた事への驚きの感情は、傷ついた自分を憐れむ気持ちよりも大きかった。


 彼のお陰で今日は泣かずに済み、午後の授業も受けられそうだった。


 しばらくは、ヒューゴにも彼のクラスメイトたちとも顔を合わせたくはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ