16話 伝わらない気持ち②
「羨ましい? 私が、ですか?」
言われた事の意味が分からず、セレスは思わず聞き返してしまった。
「セレスは平民だけれど、帝国語が話せるだろう? ニーナは末っ子として甘やかされてきたから努力する事が嫌いなくせに高望みだけはするんだよ。だからセレスもニーナの事をもう少し理解して優しくして欲しいんだ」
セレスの頭の中で疑問符が浮かぶ。幼い頃からニーナは家族やヒューゴから甘やかされてきたから、セレスにもニーナを甘やかす仲間になれと言われた事に、理解も納得もできなかった。
セレスは信じられないといったように、ヒューゴに対して目を瞠るが、大きな口を開けてサンドイッチを食べているヒューゴは、セレスに見つめられても気にしていない様子だった。
「これまでセレスには辺境は自然が多いとか、細かいところは気にしない人たちばかりとか、良いところばっかり話してきたけれど、王都の貴族たちから見たら辺境の人間って荒っぽいところが多いんだ。男は腕っ節が強くて、女は口が強い。屈強な騎士でも家だと奥さんの尻に敷かれてる事も多くて、そういう家の奥さんって相手がデカイ男でも平気で喧嘩をするような人たちなんだ。もちろん口喧嘩だけれど」
ひと袋目のサンドイッチを食べ終えたヒューゴは、ふた袋目の紙袋を開いてサンドイッチを食べ始めている。黙って話を聞いているだけなのに、セレスの方はほとんど食べ進んでいない。
「だからニーナみたいなのがいても辺境の女だったら鼻で笑ってると思う。セレスもさ、家の繋がりで俺の婚約者候補になったんだろうけれど、俺はセレスにはもっと強くなって欲しいし、これからの事を考えて辺境に馴染む努力をして欲しいんだ」
(それは違うわ……)
声を大きくして否定する言葉を言いたかったが、セレスには両親との間に約束があり、ヒューゴの婚約者候補となった本当の理由を話せなかった。
「でも、そのように思われていても、私はヒューゴ様の事を……お慕いしています」
つい滑るように口から言葉が出てしまった後で、セレスは自分の頬に熱が集まって下を向いてしまう。告白めいた言葉を口にしてしてしまい、言った後になってドキドキと胸が大きく脈打つのを感じていた。
「うん、親の決めた相手と良い関係を築きたいっていうセレスの気持ちは嬉しいんだ。だけど辺境の人間は男も女も食べるのが早いし、セレスみたいな食べ方はしない。貴族令嬢のような子は辺境にはいないんだ」
ヒューゴはあっという間に最後のサンドイッチまで食べ終えようとしているのに、食欲が落ちてしまったセレスは、まだひとつ目のサンドイッチが途中だった。食べ終わっていない自分の手の中にあるサンドイッチを見て、セレスは居たたまれない気持ちになってしまった。
セレスでは辺境で暮らせない、ヒューゴはそう言いたいのだろうか?
淡々と話すヒューゴの口調に熱は感じられなかった。
それに彼は先ほどのセレスの話をちゃんと聞いていたのだろうか? 聞いた上で何も感じる事がなかったというのだろうか?
セレスが今、ヒューゴへの想いを伝えたのに、彼は顔色ひとつ変えていない。
(もしかして聞き流された? この方にとって私の気持ちというものは、気に掛けるほどのものではないということ?)
ヒューゴとの温度差に気付いてしまったセレスの心臓の音は平常に戻り、頬の熱も冷めてしまう。
自分の思いを受け取ってもらえなかった。セレスの中でヒューゴへ落胆する気持ちは、布に落とした黒いシミのように、どんどん大きくなっていく。
「辺境は……、遠いですものね」
セレスは物悲しそうにぽつりとそう言ったが、セレスの気持ちに気付かないヒューゴはよく分からないといった顔をしていた。
ヒューゴはセレスのためを思って言ってくれている。そう思いたかったが、そう思えない何かがセレスの胸の中にはあった。
ちょうどその時、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
ヒューゴと初めての食事の時間だったのに、食欲はなくなってしまったし、食事はまったく進まなかった。彼と結婚をしたら今のような食事の風景が毎日続くのだろうか。
自分がどれだけ熱を伝えても伝わらない。何もなくても愛があればいいと思っていたが、その愛すら存在しないのだったら、セレスがここにいる意味はあるのだろうか?
愛情を育めない結婚を選ぶのなら、ヒューゴでなくても良かった。
セレスの両親が本当に願っている〝彼〟が結婚相手でも、セレスの結婚に愛というものが存在しないのなら同じ事なのだ。
「話の途中で悪いけれど、授業の準備があるから先に行くな。それ、無理して食べなくていいから」
一方的にそれだけ言うと、座ったままのセレスを気にする事なく、ヒューゴは騎士科の校舎の方へ走って行ってしまった。目の前の鍛錬場には午後の授業を受ける為に稽古着を着て刃を潰した鍛錬用の剣を持った生徒たちが集まり始めていた。
セレスはゆっくりと立ち上がって貴族科の校舎の方へ向かったが、ふらふらと歩いているうちに、目からは涙がとめどなく落ちていくのだった。
「うっ、……レーデンまで、来たのにっ……。あの人にとって、私って、何なのよぉ……」
セレスを愛していないヒューゴの言葉はセレスをいつも傷つける。何とも思われていないから、ヒューゴの行動や言葉はとても分かりやすくて迷いが無い。それがセレスを寂しい気持ちにさせる。
セレスにとって、ヒューゴとの恋は苦しさを感じてばかりだった。
胸の痛みを感じながらセレスはとぼとぼとした足取りで、教室ではなく養護室へ向かう。自分の泣き顔を見せたくはなかった。




