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14話 モデルにされた令息

 観劇へ行く約束をした日、アルウィンは子爵家までセレスを迎えに来てくれた。


 彼は一見すると黒色に見えるジュストコールを着ていたが、近くで見たらその色は黒色ではなく黒に近いダークヴァイオレットで、衿には鈍い色をした金糸で刺繍が施されてあった。ダークブロンドの髪と緑色の瞳を持つ彼は、私服を纏うといかにも貴族といった出で立ちに変わり、体格がしっかりしている事もあって、実際の年齢よりも大人びて見えた。


 セレスは白地にアイスブルーの花模様の入ったドレスをその日は着ていた。裾には幾重にもレースを重ねていたが、胸元に花模様と同じアイスブルー色のリボンを飾りとして使っているだけのシンプルなドレスで、清楚ではあったが茶色の髪と瞳を持つセレスが着ると、全体的に幼くて地味な印象となった。


 そしてセレスがアルウィンと並ぶと、見目の良い高位貴族令息の隣に冴えない低位貴族の令嬢が立っているようにしか見えなかった。


「……」


 セレスは無言でアルウィンを見上げる。先日の話で彼は帝国で父親の代理として母親と夜会に出席していたと話していた。帝国でもレーデン王国でもまだ社交界デビューをしていないセレスと比べると、明らかに彼の方が場に馴れているのが見ただけで分かった。


「どうしましたか?」


 最近のアルウィンはセレスに対して敬語をやめて、すっかり友人のような言葉遣いをするようになっていた。しかしエスコートをする今日は、敬語を使う事でセレスを淑女のように扱おうとしてくれる。セレスにはそういったところも彼が社交慣れしているように感じてしまうのだった。


「元々目立つのは好きではないのですが、今日の自分はかなり地味だと思ってしまいましたの。むしろ地味だからかえって目立ってしまうというか……」


「そうですか? かわいらしいと思いますが」


 彼の言う〝かわいらしい〟はきっと幼い子どもに対するものと同義語だろう。


 微笑むアルウィンにそう言ってしまいそうになるのを抑えながら、セレスも一応は褒められた事への礼を込めた微笑みを浮かべる。


「私が好むドレスは幼くて地味だと、実家の母によく言われていましたが、その意味がやっとわかりましたわ」


 はっきり言ってしまうと、セレスのドレスにはどこか田舎っぽさを感じるのだ。アルウィン自身のセンスは分からないが、少なくとも彼の周りの人間は帝都の洗練されたセンスを持っているのが、彼のジュストコールの衿に入れられてある刺繍や、ボタンといった装飾の細かいところからセンスの良さが感じられる。


 制服姿よりも見栄えが良く見えてしまうのが自分とは逆で、セレスは悔しかった。


「……今日はお兄さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「ダメです、そのように呼ぶのは止めてくださいミュラー嬢」


 せめて兄と妹のように見えないだろうかと画策してみたセレスだったが、すぐに却下されてしまった。仮にアルウィンが兄と呼ぶ事を許しても、髪や瞳の色が違うし顔立ちも似ていないので、誰も兄妹とは思わなかっただろう。


「公演時間もありますし、行きましょう」


 アルウィンはそう言うと自然な仕草でセレスに手を差し出す。社交をした事はなくても、エスコートを受ける練習は小さな子どもの頃にしていたのでセレスに戸惑いはなかった。


 小さな頃のセレスは世界というものは自分に優しいと信じていて、それが当たり前だと思っていた。


 あの幸せな時間がずっと続いていたら、今の自分はどうしていたのだろうか?

 そんな事を考えながら、セレスも自然な仕草でアルウィンの手を取るのだった。




 ◆◆◆




 歌劇を観終わった後、セレスはアルウィンを連れて近くのカフェへ入ったのだが、アルウィンはずっと下を向いていて、両手で頭を抱えていた。


 歌劇を観た事が原因で、情緒不安定にまで陥ってしまったアルウィンを落ち着かせるために、劇場の向かいにあるカフェに入り席に座らせたのだが、彼はしばらく立ち直れそうにない様子だった。


 迎えに来てくれた時の、貴公子然とした様子はすっかり消えてしまっていた。


 今思えば劇場内に入った時から周りの様子が少しおかしかったのだ。


 観劇に来ている女性たちがやたらとアルウィンを見てはひそひそと話したり、じっと見つめたりしていて、何かがおかしいとセレスもアルウィンも感じていた。


 いざ歌劇が始まってみると物語の主役は若い男性で、ダークブロンドの髪色に緑の瞳を持っていて背も高く、髪型もアルウィンによく似ていた。


 物語は主役の男性の歌から始まる。彼には幼馴染の令嬢がいて、子どもの頃から幼馴染みの令嬢へ思いを寄せているのに、なかなか思いを伝えられないという、彼の秘めたる思いを歌にするところから始まっていた。


 幼馴染みの令嬢は体が弱く、いつも家の中にいたのだが、そんな令嬢に彼はいつも寄り添っていた。その令嬢はとても美しく、珍しい銀髪が魔王の目に止まってしまい、魔王によって攫われてしまう。その後、騎士となった幼馴染みの彼が魔王を倒して令嬢を助け出して幸せになるという筋書きだった。


 劇中では銀髪の令嬢が登場しない場面でも、主演の彼は彼女への愛を何度も歌にして熱く語っていた。


 そして助け出された令嬢は彼の思いを受け入れて、最後は彼が令嬢に騎士の誓いを立てて終わるのだった。


「……もう駄目だ、外を歩きたくない」


 頭を抱えたままのアルウィンはぽつりとそう言うと、せっかくセットした髪が乱れる事も構わないようで、節くれだった指をガシガシと動かすのだった。


 あの劇を作ったクロイツ侯爵夫人が彼に感想を聞いて、わざわざチケットを贈るというのは、つまりあの歌劇は主役のモデルがアルウィンという事なのだろう。


 過去にクロイツ夫人は自分と夫である侯爵との恋物語をかなり脚色した内容の劇として上演させた過去があった。その後は自分の兄と義姉の恋物語を題材にしていた。二組共に政略での結婚で、お見合いの場で会うまでほとんど話をした事がなかったというのに、劇の中ではとんでもない大恋愛になっていたのだ。


 侯爵夫人をよく知る高位貴族のご婦人方は、侯爵夫人の悪い癖が出たのだと、物語として楽しんでいるのだが、若い世代はそれをよく知らないから、帝都でのアルウィンは彼の知らないところで恋に熱い令息だと思われてしまったのだろう。


「思い返してみれば、去年の秋辺りからよく知らない令嬢から手紙が届く事が増えていたんだ。帝都を歩いていると女性からやたらと道を聞かれるようになった理由もやっと分かった。……あれを観てしまった今、どんな顔をして帝国に帰ればいいんだ」


 相変わらず頭を抱えたままアルウィンはぼそぼそと呟いている。ダークブロンドの髪はすっかりボサボサになっていた。


 こうして侯爵夫人の被害者は増えていくのかと、セレスは憐れみの気持ちを抱きながらアルウィンを見ていた。


 劇の中ではモデルにされた彼らの名前を使っているわけでもないし、設定のほんの一部と、役者の容姿を似せているだけなので、誰をモデルにしたのかは一応分からないようにはなっている。


 しかし噂好きな貴族女性たちは、侯爵夫人の周りにいる人物から劇の登場人物をすぐに特定してしまい、社交界の話題にするのだった。モデルにされてしまった方は相手が侯爵夫人なので抗議も出来ないまま、泣き寝入りをするしかなかった。


「そういえば今年の帝都での公演はどのような内容なのかしら? 新しい方が話題になればフォレット様の記憶は霞んでしまいますわね」


「そういう問題じゃない、そういう問題じゃないんだ……」


 そう呟くと、アルウィンは頭を抱えたまま石のように動かなくなり、セレスはアルウィンを気の毒に思いながら、二杯目のお茶を飲み終えようとしていた。


「おい、どうしてセレスがここにいるんだ?」


 突然名前を呼ばれたので、セレスは声のした方を見る。そこには腕一杯に荷物を抱えたヒューゴがいて、彼の横にはニーナがいたのだった。

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