10話 アルウィンと魔道具
昼食後は図書室で過ごす事がすっかり習慣となってしまったその日、セレスがいつも通りに図書室へ行くと、先に来ていたアルウィンは帳面のような体裁をした薄い本を読んでいた。いつもの彼なら厚みのある帝国語で書かれた本を読んでいるので、珍しく思ったセレスは声を掛けてみた。
「今日はどのような本を読まれていらっしゃるの?」
「本ではありませんよ。俺が書いたメモのようなものです」
横から覗きこんでみると、アルウィンが開いているページには、剣の形を模写した図が手描きで描かれていて、柄の部分には指し示すような線が引かれてあった。線の先には説明文と、数字や魔法式がいくつも書かれてある。
「メモ? 文字の他に魔法式も書かれていますのね。……まあ、もしかしてこれは、魔道具の設計図ですか?」
「ええ、これは俺が魔道具のアイデアとして書いたものです。素材や組み込む魔法式の組み合わせが上手くいかなくて、実現できたものはほとんどありませんが、こういったものを考えている時間は楽しいですし、昔書いたものを改めて読み返す事で別のアイデアが閃く事もあるので見ていました」
カルス帝国が領土を広げる事が出来た理由のひとつに、帝国民は魔力持ちが多く生まれる特性があった。特に魔力量の多い子が生まれやすい家系は、魔法を使う事で早い時代から帝国の領土拡大に貢献でき、高位貴族家として今も続いているので、帝国の特に高位貴族には代々魔力の高い者が多く生まれている。
そして生まれ持った魔力を活用する方法としては魔法と魔道具があった。
魔法は魔力持ちが魔力を使って描いた魔法式を媒体にする事で魔法を発現させる事が出来るが、魔法式を書くのもある程度の魔力量が必要だった。さらに魔法式を書く事は集中力を使う上に、複雑な魔法式を正確に書ける記憶力が必要とされる。魔法を極めれば話は別だが、簡単な魔法ですら魔法式は複雑であるため、魔法は使用する上で効率が悪く一般的ではなかった。
魔道具とは魔力によって魔法式が刻まれている道具で、道具に書かれた魔法式を媒介にするので、魔法式を書かずに魔法を顕現する事ができる特別な道具の事だった。
製作をするのは大変だが、一度作ってしまえば魔力を注ぐだけで動かす事が出来るので、魔道具は魔力持ちの多い帝国貴族の間で使われていた。
帝国では魔道具の研究から開発までを担う、魔道具研究所という機関があった。そして伝手があれば研究所に魔道具の製作を依頼する事も出来るのだった。
「見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「いいですよ、どうぞ」
アルウィンは魔道具のアイデアを書いた帳面を渡す。ページを捲っていくと、設計図のようなものが描かれているページもあって、アイデアといっても内容はかなり具体的で、数字や素材まで細かく書かれてあった。
「本格的な内容ですのね」
「いえ、落書きみたいなもので、これは子供の頃からの趣味なのです。魔道具を作る過程を想像するのは楽しいですし、ちょうど今は時間がありますので、じっくり取り組めると思ったのです。レーデンは魔法に関係する本が手に入りにくいので、遊び程度の事しかできませんが」
そう言いながらアルウィンは指で空中に魔法式をさらさらと流れるように書く。アルウィンの書いた魔法式は手の平ほどの大きさで、瞬間的に現れた魔法式にアルウィンが魔力を込めると、円形の魔法式が一瞬だけ柔らかい光を強く放ち、水が弾けるように光が弾けた。セレスとアルウィンの間にはきらきらとした小さな光の粒がいくつもふわふわと空中を漂い、すぐに消えてしまった。
「まあ、すごい!」
帝国で暮らしていても魔法使いに会える事はほとんどなく、魔法を間近で見る事なんて滅多に無い。アルウィンがセレスに見せてくれた魔法式はサイズこそ小さかったが、建国祭等の式典で王宮勤めの魔法使いが見世物として空の上に大きく光を作り出す魔法と同じものだった。
この魔法は観賞するだけのものだが、魔法を知らない他国の人間には驚きと畏怖を、帝都で暮らす人々には、帝国の魔法力の高さに安心感を与えてくれるものだった。
セレスも小さな頃に帝都を訪れた時、数回だけだが空の上に大きく輝くカルス帝国の紋章の形や、花や動物といった形の魔法で作り出した美しい光を見た事があった。
「魔法は俺の専門ではないので、この程度の事しか出来ませんが、魔道具に魔法式を組み込むには魔力で魔法式を書けないと作れないので、まず最初に練習したのがこの魔法なんです。少し大変でしたが、魔力のコントロールは父から厳しく教えられていましたし、自分を追い込んで何とか出来るようになりました。魔道具を考える途中では様々な魔法式と出会えましたし、得るものが多い。それに俺は何かを作るという事が好きなのだと、魔道具を作る事で気付けました」
アルウィンは「この程度」と話していたが、ランプに火を灯す魔法式でさえ複雑で、火打石を使った方がずっと早いのだ。今見せてくれた光を生み出す魔法だって一瞬だけ見えた魔法式は複雑な形と古代語のような文字が使われていた。あの魔法式を正確に記憶して、空中に書くためには記憶力と集中力の他に、体内に流れる自分の魔力の調整やコントロールを必要とするので、魔力があってもそうそう簡単に出来る事ではなかった。
セレスは食い入るようにアルウィンを見つめる。
「魔法が使えるなんてすごいですわ。そういえば先ほど、お考えになられた魔道具はほとんどが実現出来なかったとおっしゃいましたが、実現されたものもありますの?」
「ええ、最初に考えた魔道具は完成させる事ができました。魔道具は魔法式が肝心なので、古代の文献を漁っては何とかならないと数カ月ほど試行錯誤していました。魔法式が複雑過ぎて研究所にも嫌がられたので、最後は魔法式を埋め込む作業を自分でする事になったのですが、あれを作り上げるまでにいくつも試作を重ねて半年くらいかけてやっと完成させる事ができたのです。魔道具研究所の職員から本当に完成させるとは思わなかったと驚かれましたが、材質や形にもこだわりましたし、複雑な魔法式をいくつも組み合わせて作り上げる事ができた偶然の産物のようなものなので、あのひとつしか作れませんでした。でもあの時の俺は偉業を成し遂げたとひとりで感動していました。あれを完成させて最初に発動させた時の喜びが魔道具を作る事への関心を持つきっかけになりました」
当時の事を思い出しているのか、椅子に座りながらもアルウィンは、少年のように瞳を輝かせながら拳をグッと握り締める。セレスを相手に話しているというより、独り事のように熱く呟く姿は研究者のようでもあった。
「それで、どのような魔道具を作られましたの?」
話しながらセレスは帳面のページをパラパラと捲っていく。
「えっ? あ……」
声を掛けられたところで、目の前にセレスがいる事に初めて気付いたかのようなハッとした顔をしたアルウィンがセレスをまじまじと見つめる。
セレスはアルウィンの語りを聞きながら、手にした帳面を眺めていたのだが、帳面にはどの頁にも右上に小さく×印が付けられていて、アルウィンが話してくれた最初に作った魔道具らしき物はこの帳面には書かれていないようだったのだ。
セレスは彼がそこまで熱く語る魔道具がどのようなものなのかが気になってしまった。
セレスの言葉にアルウィンの瞳が僅かに揺れる。これだけ熱心に語っておいて、完成させた魔道具について教えたくなさそうだった。
会話の流れを変えたいのか、アルウィンは長い睫毛を伏せて呼吸をひとつする。
「……今日は話し過ぎてしまいました。アレについてはこれ以上話したくはないです」
「ええっ、どうして?」
セレスは手にしていた帳面を机の上に置く。
「……この事を話してしまうと、ミュラー嬢は俺に対する認識を変えてしまう恐れがあるからです」
「どういう事ですの? おっしゃる意味がよく分かりませんわ。あれだけ話しておいて何を作ったのか教えて下さらないのはひどいと思います。作られた時に偉業を遂げたと感動されたのでしょう? 素晴らしいものを作られたのに教えて下さらないなんてひどいですわ。……もういいです、帝国に帰ったら魔道具研究所に問い合わせてみますから。過去の記録を探せばフォレット様の作られた物が分かりますし、当時の事を覚えている方がいらっしゃるかもしれないですもの」
アルウィンが「うっ……」と小さく呟いてから、苦い物でも口の中へ入れたような表情をセレスに向ける。
「……わかりました、簡単に話します」
「ええ、ぜひぜひお聞かせください」
セレスがぐいと、身を乗り出す。
「あるご令嬢が心に深い傷を負い、屋敷の外へ出られなくなってしまった事があったのです。それを俺の作った魔道具がきっかけとなり、彼女は外へ出られるようになりました。彼女が数カ月ぶりに庭へ出た姿を見た時、俺の作り出した魔道具が彼女に勇気を与えたのだと、自分の偉業に俺は感動しました。それだけです。……ではもう行きますね」
早口でひと息にそう言うと、アルウィンはセレスの反応を確認する事無く立ち上がり、机の上に置いていた帳面を素早く手に取ると、彼らしくなく急ぐように図書室から出て行ってしまった。
セレスは無意識に右の手で反対の手首を強く握り、アルウィンが出て行った扉を見つめていた。




