北伊勢の台所
「北伊勢高校で良かったことのひとつが、この三八市だね」
毎月3と8の付く日に朝市が開かれる。世界のナベアツではないが、30と31は除外だ。
「有名な観光都市と比べたら物足りないって人もいると思うけど、ポテンシャルはかなりのものだわ」
全国の商店街がシャッター通りになる中、貴重な存在である。
「ショッピングモールの店舗ってさ、確かに綺麗なんだけど痒いところに手が届いてない感じがするんだよ」
年往は入り口付近で買ったネギ塩たこ焼きをパクついている。
「新規出店って言っても、新鮮味は無いのよね」
パルのほうがよっぽど好きだった紅。
「どうしても作りは古めかしいんだけど、商店街は経営者自ら店に立ってるから、独自性が色濃いんだよね」
専門店の面白さを手短に感じられるのが、商店街の良さだ。
「どうして廃れちゃったのかは、三重県では発言しにくいわ」
・・・・・・。
「町おこしにグルメは切っても切れないけど、ここを出るころには中年太りの腹になりそうだよ」
こう見えて年往は肉体鍛錬を怠っていない。
「怖いこと言わないでよ」
優等生の紅だが、スタイルも申し分ない。二物どころの騒ぎでは無い。
「ここの商店街の店だけじゃ無くて、近隣からの出張もあるみたいだね」
そうした事もあって、普段の閑散とした空気とは異なる。
「人気店になりすぎると困るから店名は出せないけど、このサンドイッチ、なんて美味しいんでしょう!」
紅は味にうるさいわけでは無いが、不幸にも口に合わないものを食べたら、無言になる。
「それね! コンビニでサンドを買うのが馬鹿馬鹿しくなるよ」
コンビニで人気のカツサンドとなると、軽くワンコインを超えてくる。ところがこの三八市のサンドは、材料をふんだんに使ってコンビニより遙かに安く、味も比べものにならない。我々の30年来続くションピングスタイルは、考え直す時期に来ているのではないだろうか。
「この陶器も見て。これこそ掘り出し物だわ」
皿の商品棚を見て心ときめくことなど、現代ではほぼ無くなっている。このあたたかな作品群は、薄汚れた現代社会にしぶとく生き続ける、天然記念物のようでさえある。
「ほんとだ。一枚買ってくよ」
(こんな三重の片田舎でどんなにひっそりと咲こうとも、紅さんは隠しきれないよ)




