黒猫の単語帳
「え~っと、う~んと」
年往が試験対策中である。
「精が出るわね」
紅は苦労が顔に出にくい。
「休憩のこびるを励みにしてるよ」
北伊勢高生を狙った食べ物屋が、胃袋を刺激する。
「寝食を忘れて没頭なんてのは、もう死語なのかしら」
花より腹になっている。
「死語リストなんて作ってみるのも面白いかもね」
ナウなヤングにバカウケだろう。
「勉強のとっかかりとして、単語から攻めるのはいい突破口だと思うわ」
教科書を読むにしても、用語で何度も引っ掛かることはありゃしないか。
「この間も辞書を読む話が出たけど、同感だね」
同感同感スリム同感。
「テストは短期決戦だからそうも行かないけど、試験範囲内に限定したら気分は楽だわ」
ざっと範囲を読んで不確かな把握の言葉は書き出す紅。鞄からスパイラルのワードブックを取り出す。
「紅さんの黒猫の単語帳だね」
毛並みの赤い猫は、さすがに存在しない。
「普通の細かく区切ってある単語帳だと書き込みがあまり出来ないから、罫線だけの物を使ってるわ」
黒猫は紅の手描きである。
「紅さんのは単語カードをパラパラめくって暗記って感じじゃないね」
年往は犬派だ。
「ひとつの物に対してひとつの言葉しか対応していないと、逆に覚えにくいのよ」
1対1対応が覚えやすいのなら、デジタル脳である。
「ヒントでピントも手掛かりが多い方がすぐ分かるもんね」
年往、昭和生まれ説浮上。
「こういうのに限って言えばね」
使うのは自分だけだからである。
「マニュアル作成だとこうは行かないか」
あまりにも長いと誰も習得できず、大きなトラブルが発生したりする。
「技術書は単語の意味の取り違えが命取りになるから、文系分野よりも理系分野で単語・用語集は威力を発揮するわ」
マスメディアには、簡潔で情感に訴えるようなものしか流通しない。技術書・数学書を開いてこんこんと耽るような行為とは、まったくフィールドが異なる。いにしえの叡智が、まだ手付かずで眠っていたりする。誰でも入り口までアクセス出来るが、奥に進んで行くには思考体力が要る。その階段を登り続けるには、紅のようなスタンスが望ましい。




