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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第三章 代わりのないもの

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風の通る場所

 クラヴィスの鞄に揺られ、北側にある家から中央区に向かった先に、小さな喫茶店があった。

 人通りの多い表通りからは隠れるように、古い民家と見間違えてしまいそうな店が構えられていた。

 窓から見える店内には数人先客がいるようだった。


「入るぞ」


 クラヴィスはそう言うと、小さく看板がかかっている木造のドアを開けた。

 ドアの軋む音と共に、優しい低音の呼び鈴がなる。


(うわぁ……!)


 入った瞬間、耳に心地いい旋律に包まれる。

 店の中は、木の色を基調にした穏やかな空間だった。


 飾り気の少ない白い壁に、使い込まれ艶の出た飴色の木のカウンター。

 天井からはいくつもの緑が垂れ、窓辺には陽を浴びた草木が寄り添うように並んでいる。

 差し込む光は植物だけじゃなく、柔らかく店内を灯していた。


(素敵)


 うっとりと噛み締めるように眺める。

 すると途端に堪能していた景色が動いた。


(ああっ、もう少し見たい!)


 心の声は届く事なく、クラヴィスはどんどん店の奥に向かう。

 過ぎてしまった景色を求めて追うけれど、あっという間に完全に見えなくなった。


(うぅ……残念……)


 心の中で涙を流す。

 クラヴィスの後ろには、マリアが静かについてきていた。

 マリアは目に入るものをひとつひとつ確かめるように、ゆっくりと辺りを見回している。


(いいな……)


 本当に、この喫茶店はなぜか目が離せなくなる温かみがある。

 きっとマリアも、同じ事を考えているんじゃないだろうか?

 ぼんやりと吸い込まれるように店内を見つめているマリアを見ていると、わたしもそう思ったって伝えたくなる。


「いらっしゃい」


 店の奥から、低い男性の声がかかった。

 クラヴィスがそちらに向き直り、鞄が大きく揺れる。

 体格のいい大柄の男性が悠然と歩いて来るのが見えた。

 クラヴィスは慣れたように右手をあげた。


「モーニングを二つ頼む。デザート付きで」

「あいよ。奥の席が空いてる」


 男性は厳しい顔つきで頷き、厚い半身を後ろに引くと奥の席に促した。


「ありがとう」

「ああ。またサボりか?」


 クラヴィスと、足を止め店内を見入っているマリアを見て、おもしろそうに男性は笑った。


「まさか。僕がそんな事をするように見えるかい?」

「ははっ、愚問だな」


 納得いかなかったのか、クラヴィスは男性を睨みつける。

 男性は肩を震わせている。

 クラヴィスはふんと息を吐き、不貞腐れたように言った。


「必要経費だ。──マリア、行くぞ」

「────うん」


 クラヴィスは振り返ってマリアを呼ぶが、マリアは目を奪われたように店内を見たまま返事をした。

 ゆっくりと促された奥の席に向かいながら、クラヴィスとマリアが向かい合うように席につくと、男性は水を置く。

 そしてぽんと、クラヴィスの肩を叩いた。


「まぁ、俺も真面目な方じゃなかったからな。気持ちはわかる。お嬢ちゃんも、とっておきつけておくから好きなようにゆっくりしていきな」

「あ……はいっ、ありがとうございます!」


 店内をぼんやり眺めていたマリアが、はっとしてぺこりとお辞儀をする。

 男性は口元を歪め頷くと颯爽と奥に向かった。

 すぐに香ばしいこんがりした香りが漂い始める。


「全く……」


 クラヴィスは小呟きながら肩掛け鞄から私を取り出した。

 テーブルの端に白いハンカチを広げ、その上に私をそっと置く。

 私の頭を優しく撫でて、クラヴィスは小さく笑う。


 頭を撫でながら、目を閉じて深く呼吸を繰り返している。

 最後に長く息を吐き切ると、目を開けて私を見て微笑んだ。


「やっぱりティアはいいな」


 頭に心地いい感触を感じながら、クラヴィスをじっと見つめる。

 ふわふわと包み込まれれような眼差しに、胸が、人形の体が、震えた気がした。


(──────うん)


 私もあなたに、そう思うよ。

 

 






「────おいしい!」

「それはよかった」


 しばらくして届いた料理にマリアは目を輝かせて、厚切りのベーコンを食べ始めた。

 食べ慣れていないのか、マリアはベーコンに苦戦している。

 それでも口に入れた瞬間、きらきらと目が煌めいて幸せそうに笑う。


(──────おいしいって、なんなんだろうか)


 そんな幸せそうに笑ってしまうベーコンは、一体どんな味がするのだろうか。


(人形のままでも、口に入れたらわかるのかな? クラヴィス、入れてくれないかな?)


 じっとクラヴィスを見つめてみる。

 クラヴィスはマリアを見て目元を和ませていて、入れてくれる気配はなかった。


(残念だ……)


 クラヴィスは頷いた。


「たくさん食べるといい」

「うん!」


 頬が落ちそうな程にっこりして、マリアはベーコンを頬張った。

 何度かそれを繰り返したあと、ふと、マリアは我に返ったようにクラヴィスを見る。

 それに気づいたクラヴィスが首を傾げた。


「どうした?」

「うん…………あんまり食べ過ぎると、よくないかなって……」

「ああ」


 マリアは眉尻を下げて、お腹をそっと押さえている。

 しょんぼりと、残っているベーコンを見つめている。

 マリアのお皿にはベーコンはまだ半分以上残っていた。


 そんなマリアをクラヴィスはじっと見つめる。

 クラヴィスはふっと笑って、空になった自分の皿を主張するように両腕を広げた。


「体調が気になるなら、残ったものは僕が食べるから好きに食べるといい」

「え?」


 マリアは自分の目の前に置かれている料理に目を落とす。

 クラヴィスは神妙な面持ちで囁く。


「ちなみに、おすすめはケーキだ」

「えっ?」

「おいしいぞ。何のケーキが出てくるのかはその日次第だが、どうしても選ぶならケーキを取る事をおすすめする」

「ぅ……」


 マリアはクラヴィスと料理に視線を往復させている。

 どちらも食べたい。

 そんな声がマリアから聞こえる。


 クラヴィスは優しく目を細めて、どうする? と言うように首を傾げた。

 マリアはそんなクラヴィスを見て顔を歪めた。


「……私が食べる」

「そうかい?」

「私が食べます!」


 眉間に皺を寄せて、マリアはベーコンをクラヴィスから守るように食べ始めた。

 クラヴィスはマリアを見て、くすくすと肩を震わせた。

 そして内緒話をするようにクラヴィスは口元に手を寄せた。


「本当に店長のケーキは最高だぞ」

「……そうなの?」


 ベーコンを守りながら、マリアは惹かれるように顔を上げた。


「ああ」


 クラヴィスは目を細めて、今は他の注文の珈琲を淹れている店長を見る。

 釣られるようにマリアも店長の方に顔を向けた。

 二人の視線の先には、厚い筋肉で着ている服が窮屈そうな店長の背中があった。


「繊細な仕事が好きみたいだ」

「へぇ……」


 マリアがじっと店長の背中を見つめている。


「…………好きな事を、やってるんだね」


 クラヴィスはちらりとマリアを見て、また店長に視線を戻す。


「ああ」

「────そっか」


 マリアはベーコンを一口食べて、また店長の姿を目で追った。

 ぼんやりしているようで、でもその目には何かを求めるような光がある。


(…………何かあるのかな?)


 店長の盛り上がった背中は、黙々と仕事をこなしている。

 時々、他の客と笑い合っている。


(…………なんだろう?)


 そのあとも食事をしながら、マリアはずっと店長から目が離せないようだった。









「見ろマリア! 新しい細工刀がある!」


 紙やすりを握りしめ、クラヴィスは目をきらきら輝かせて彫刻刀や細工刀が並ぶ棚に駆け出した。


(落ちちゃう!!)


 ぐりんと世界がひっくり返る。

 クラヴィスが勢いよく走り出したせいで、私が鞄から飛び出してしまうところだった。

 内心ひやひやしている私を気にもせず、クラヴィスは縋り付くように棚に近寄った。


「ああ……っ!」


 クラヴィスはとても大切なものに触れるように細工刀を持ち上げる。


(危なかった……!!)


 落ちなかったからよかったものの、クラヴィスの人形愛に少し慄いてしまう。

 この人は本当に大丈夫なのだろうかとクラヴィスを見つめていると、マリアが呆れたように籠をクラヴィスに差し出した。

 空いた手でお腹を押さえている。


「…………お腹が破裂しそう」


 マリアは重い息をつく。

 クラヴィスは細工刀を一度置くと、飛びつくように籠を受け取り、持っている物をにこにこしながら籠に入れた。

 ついでとばかりにそばにある替刃も籠に入れる。


「幸せな悩みだな」


 クラヴィスはそう言うと、再び細工刀を持ち上げ熱い吐息を零した。

 うっとりと夢みるように細工刀の刃先を見つめている。

 マリアが横に並んでいるクラヴィスを見上げた。


「兄さん、これが目的だったんでしょう」

「当たり前だろう。紙やすりが切れてしまって買いに来たかった。それ以外あるのか?」

「はぁ……」


 マリアはため息をつくと、手のひらで目を隠すように覆うと首を横に振った。

 クラヴィスはうっとりと頬を染め、今にも細工刀に頬擦りしそうだった。


「少しでも気晴らしに連れ出してくれたのかなって思った私が馬鹿だった。兄さんは兄さんね」

「人がそんなにころころ変わったらおかしいだろう」

「………………そうね」


 マリアはがっくりと大きく肩を落とした。

 がっかりした気持ちを払うように、マリアは軽く手を払った。

 項垂れたまま、マリアは身を翻す。


「適当にうろうろしてるね」

「ああ」


 細工刀から目を離さず、クラヴィスは答えた。


(────いいのかな)


 細工刀に酔いしれているクラヴィスを見て、マリアの小さくなった背中を見つめる。

 マリアは真剣に落ち込んでいるように感じる。

 このまま放置して大丈夫なのだろうか。

 マリアは店の奥へと消えていった。

 







 かなりの時間を堪能したあと、クラヴィスはマリアを探した。

 マリアは店の奥の壁に大きく展示されている何かの前に立ち止まっていた。


「マリア?」


 クラヴィスに声をかけられても、マリアは微動だにせずじっと展示品を見ている。


(何を見てるんだろう?)


 クラヴィスもマリアが目を奪われているものがなんなのか気になったのか、マリアの横に並び展示品に顔を向けた。


(うわぁ……すごい)


 そこには大きな線画があった。

 たくさんの細い線が引かれ、ところどころ淡く色づけられている。


(…………地図?)


 左側に淡い緑が広範囲にあり、薄い水色があちこちに点在している感じが、クラヴィスの教科書に載っていたものに似ている気がする。

 クラヴィスは顎に手を当てた。


「これは…………この街の設計図か?」


 クラヴィスが不思議そうに呟いた。


「この太い線がおそらく道路。記号や番号が書いてあるところには公共の施設か? この記号の場所は、たしか役場があるはずだ」


 クラヴィスは指で道路を指し示したあと、大きな設計図の真ん中あたりに顔を寄せた。

 線を目で追っているのか、すぅっと上に目線が上がっていく。


(へぇ……これが今私達がいる街の設計図なんだ)


 クラヴィスが言った太い線は、中心から十字に走るように描かれている。

 設計図の真ん中のあたりには、記号や番号が集中している。

 左側の淡い緑の中にも記号が書かれている場所があった。


「あとは…………わからん」


 クラヴィスは堂々と腕を組んだ。


(私も、全然わからない。でも、たくさんの事を考えて街が作られているのはわかる)


 私にわかるだけでも、幾重にも重なるような線が細かく描かれている。

 その線の数だけ、考えられているって事だ。

 ふと、マリアの腕が動いた。

 白く細い指先が、ひとつの線をなぞる。


「……ここと」


 少しずれたまたひとつの線を、マリアの指は追った。


「ここを繋ぐと────多分、風が通る」

(風?)


 クラヴィスも同じように声を上げた。

 私には線の重なりにしか見えない。おそらく、クラヴィスにも。

 でもマリアには、この間に吹く風まで見えているのかもしれない。

 マリアは応えないまま、また違う線に触れる。


「ここもこうして繋いで…………ここは、少し間をあけて」


 マリアはその指の先に何かを見ているように、目元を緩めた。

 クラヴィスはじっとマリアを見つめている。

 マリアは設計図を向いたまま、また別の場所に目をやっている。

 設計図の上を、泳ぐようにマリアの指が滑る。


「風が通れば、人が通る。人が通れば、人が出会う」


 絵を描くように、マリアは何かを描いている。


「出会いは想いを生んで、心に触れる」


 すっと最後に、この街の真ん中で指を止める。


「願いが…………祈りが、きっと届きやすくなる」


 マリアが滲むように、笑った。


「そうしたらきっと────もっと優しい街になる」


 クラヴィスは黙ったまま設計図を見つめた。

 マリアも、設計図を見ている。

 二人は並んで、静かに設計図を眺めている。


「なんの根拠もないし、理論もないけど。でも……そんなふうに作れたら、素敵だと思う」

「そうだな」


 クラヴィスは小さく笑った。

 マリアは微笑んだまま、その目は設計図を泳ぎ続けている。


「兄さん、私ね。設計が好きなんだ。設計士になりたい」

「ああ、知ってる」

「だけど…………だから、道を変えようと思う」


 一瞬、クラヴィスの息が詰まった。

 クラヴィスは俯いて帽子を深く被る。


「──────そうか」


 マリアは眉尻を下げて、明るく笑う。

 それがとても、悲しそうに見えた。


 好きなのに、やめるという事だろうか。

 どうして、そんな顔をするんだろうか。

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