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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第三章 代わりのないもの

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受け継がれているもの

 作業場から出ると、ボーン、ボーン、と一定間隔で低い音が響いてきた。


「あっ!」


 先頭にいたレティが突然止まり、後ろを振り向く。


「柱時計を巻くのを忘れていました!」

「ああ、なるほど」


 焦ったように言うレティに、エステヴァンは納得したように頷いた。


「それなら今から巻いておくかい?」

「それは……」


 レティは私を見て、もじもじと視線を落とす。

 私は首を傾げる。


「どうかしましたか?」


 交互に二人を見る。


「食堂に柱時計があるんだが、レティが遊びに来た時はレティが巻く事になってるんだ」

「そうなんですか?」


 レティは俯いたまま頷いた。


「はい……おじいさまにお願いして、やらせてもらってるんです」


 じっとレティを見ていたエステヴァンが、ふと私を見て笑った。


「ティアさん、次代の職人が初めて任されている仕事に興味はありませんか?」

「え!?」


 おもしろそうに顔を緩めて、エステヴァンはレティに視線を落とす。

 レティはエステヴァンの言葉に顔を真っ赤にさせている。


(ああ、なるほど)


 私は大きく頷いた。


「次代の時計職人が時計を巻ところ、ぜひ見てみたいです」

「え!?」

「よかった。じゃあさっそく向かいましょう」

「え!? マティ兄さま!?」


 ははっと笑い声をあげるエステヴァンに手を取られて、レティは引きずられるように進む。


「えっ? えっ? えっ!?」

「ふふ」


 仲の良さに、思わず笑ってしまう。

 聞こえてしまったのか、レティとばっちり目が合った。


「ちがうんですぅぅ……!」


 レティはまた可愛く顔を真っ赤にした。

 思わず、また声を出して笑ってしまった。







 玄関広間まで戻り、右に曲がって奥へ進むと、すぐに食堂の入り口があった。

 エステヴァンが食堂のドアを開けて招き入れてくれる。

 入って一番最初に目に入ってきたのは、深い焦茶色の柱時計だった。

 真鍮の振り子が規則正しく音を刻み、こちらを迎え入れてくれているようだった。

 白い天井にアイボリーの壁、飴色の木の床が広がり、温かみのあるボルドーのカーペットが左奥のテーブルの下に敷かれている。


「よ、用意してきます」


 顔を真っ赤にしたままひと言そう言って、レティはテーブルの奥にある棚に向かった。

 私はそっと柱時計に歩み寄る。

 窓から差し込む光が間接的に柱時計を照らしていて、重なり合う深い焦茶に艶を乗せていた。

 柱時計の上部には月と星が掘られていて、そのふたつから踊るように蔦模様が伸びている。

 月や星を輝かせるように、蔦模様は寄り添うように、ところどころ深緑の宝石が嵌め込まれている。


「これは……」


 なんとなくどこかで、見た事があるような?

 もっと近くで見たくて近づくと、宝石が撫でるようにきらりと光を反射した。


「気づきました?」


 後ろからエステヴァンから声がかかる。


「これは……懐中時計と、似てる……?」

「そう、さすがです。これは父が、父の持っている懐中時計に合わせてデザインしたものなんだ」

「へぇ!」


 後ろを振り返ると、何かを思い出すように目を細めているエステヴァンがいた。


「姉が生まれた時に父によって作られて、それ以来ずっと、ここで家族を見守ってくれているんだ」


 ふ、っとエステヴァンが微笑む。

 レティが巻き鍵を持って帰ってくる。


「お、お待たせしました。すぐに、終わらせますね」

「大丈夫かい?」

「だ、大丈夫です」


 そう言ってレティは柱時計に向き合い、がちがちな動きで柱時計の扉を開ける。

 レティは文字盤の下側に二つある左の巻き鍵穴に鍵を差し込もうとするが、手が震えてなかなか入らなかった。


「レティ」

「うぅ……っ」


 レティは顔を真っ赤にしたまま、目に涙を浮かべている。

 レティの様子にエステヴァンが苦笑する。

 ぽん、とレティの頭に右手を置き、肩を二回、優しく叩く。


「緊張しなくて大丈夫。ティアさんはそんな事、気にしないよ」


 私は頷いた。


「そうですよ。仕事が見たいと言ったけど、この時間を楽しめたらと思ってるだけなので、レティはレティのやり方でやってください」

「ほら」


 エステヴァンがレティをのぞき込むように首を傾げる。

 レティは胸の前で、ぎゅうっと巻き鍵を握りしめて俯いた。


「…………私が時計職人になりたいのは、本当です。でも私、まだ何もできなくて……もっと練習してから見せたかったです……」

「……レティ、一緒に巻こうか」


 優しくそう言って、エステヴァンはレティの手を取った。

 手を重ねて、二人は左の巻き鍵穴に鍵を差し込む。

 軽く位置を確かめた後にキリ、キリ、と音を立てて、ゆっくりと巻かれていく。


「────ここまでかな」

「……はい」


 今度は右の巻き鍵穴に鍵を差し込む。

 またゆっくりと、巻いていく。

 キリ、キリ、と静かに音が響く。


「────よし」


 エステヴァンがそう零して、二人は柱時計から離れた。

 エステヴァンはじっと柱時計を見つめる。

 コチ、コチ、と規則正しく音が響く。


「レティ、知っているかい?」

「……何をですか?」

「時計も家族なんだよ」

「家族?」

「そう」


 エステヴァンは優しく、柱時計の扉を閉める。


「だから話してみるといい。時計を巻きながら、ご機嫌はどうか、何かあったか、何かあったら教えてくれないかとか」


 エステヴァンは柱時計を愛おしそうに撫でる。

 レティはじっと、エステヴァンを見つめていた。


「自分がすごくなくてもいいんだ。ただ、聞けばいい。その声を、逃さなければいい」


 そう言って、エステヴァンはレティに向かって優しく微笑んだ。

 レティは何か言いたげに口を開くが、言葉にならず霧散していった。


「時計はちゃんと応えてくれるよ。だってレティも、大事な家族だからね」

「──────はい」


 レティは眉尻を下げて、こくりと頷いた。


「うん。じゃあ僕はお茶を淹れてくるから、レティはティアさんを案内してくれるかい?」


 エステヴァンの言葉にはっとしたように、レティは私を振り返る。


「ティアさん、すみません!」

「大丈夫。とても良いものを見せてもらいました」


 レティに向かって微笑むと、レティが恥ずかしそうに頬を染めた。

 エステヴァンが私に向かって笑う。


「お付き合いいただいてありがとうございます。次は中庭にご案内しますね」

「はい、楽しみです!」


 エステヴァンに向かって頷いた。


 

 




「ちょうどこの先が中庭になります。では、またあとで」


 食堂の奥には中庭に続くドアと、その手前には厨房への入り口があった。

 エステヴァンは颯爽と厨房へ消えていく。


「ティアさん、こちらに」


 レティが中庭に続くドアノブに手をかけて、私を手招きしていた。

 駆け寄ると、レティはドアをゆっくり開けていく。

 薄っすら開かれた隙間から、ひんやりした空気ととろりとした甘い香りが入り込んでくる。


(あれ、この香りは……)


 そう思った瞬間、白いアイアンアーチに絡んだ黄色がかった桃色のダフネが視界に飛び込んできた。


「わぁ……!」


 レティに手を引かれて中庭に出ると、ダフネのアーチが三つ続き、そこを出ると小さな広場に出た。

 右手には白いダフネが咲き誇る花壇があり、その隣りには黄色の花がぽつりぽつりと咲いている。

 その奥には庭の終わりまで深い緑の低木が続き、淡い紫のシクラメンが寄り添うように揺れていた。

 何度見ても、生命力あふれた花に目を奪われる。


「綺麗……」

「本当に綺麗ですよね。私も大好きです」


 レティはわかると言うように何度も頷いている。

 呆然と花に釘付けになっている私を、レティが手を引いて案内してくれる。

 小さな広場を左に進むと東屋があり、そこに二人で腰掛ける。

 ふわりと優しく風が通って、花たちがふるふると柔らかく揺れた。


「────あれ?」

「どうしましたか?」


 にこにこ私を見ていたレティが首を傾げる。


「ここから、作業場が見えるんですね」

「ああ、そうですね。ちょうどここが、作業場の反対側になります」

「へぇ」


 作業場の大きな窓から、ジョイと三人の青年が、座っているルドヴィクを囲んで楽しそうに話しているのが見える。


(ふふ)


 頬が緩む。

 純粋に楽しそうなジョイを見ていると、私も嬉しい。


(来てよかった)


 フォーチュンの事で問い詰められるかと思ったけれど、今のところただ温かくおもてなしされているだけだ。


(優しい良い人ばかりで、とても楽しい)


 にこにこしながらジョイを眺める。


「思っていたより作業場がよく見えますね。作業場から中庭を見て、いつも綺麗だと思っていたけど」


 レティが少し驚いたようにそう言った。


「どうしても花に目がいきますよね」


 今も私の目は花を向いてしまう。

 でもその向こうには、作業場で笑うジョイ達の姿があって、いつまで見ていても飽きない。

 それはまるで、完成されたひとつの絵画のようだった。


「ティアさん、よかったら花を持って帰りますか?」

「え? いいんですか?」

「はい。おばあさまから、好きに持って帰っていいと言われているので」


 レティはそう言って、東屋の裏から鋏を取り出してきた。


「ティアさんには、どんな花が似合うかなぁ」


 レティは焦茶の目をきらりと光らせながら私を見つめる。

 キャラメルブラウンの柔らかそうな髪は風にふわふわ揺れている。


「明るくて生き生きとしているレティには、黄色の花が似合いそうだなぁ」

「えっ、私ですか!? ティアさんは……そうですね。桃色のダフネが似合いそう」

「え、嬉しい」


 花が似合うなんて、言われた事がない。

 顔が勝手に喜んでしまうのを止められない。

 レティが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、桃色のダフネを取りに行きます。と言っても、すぐ目の前にありますけど」


 レティは笑いながら、アーチから伸びてきている黄色がかった桃色のダフネから、黄みが強くないものを探して手に取った。

 そうしていると、アーチの向こう側から茶器を載せた盆を持ったエステヴァンが現れる。


「おや。何かを探しているのかい?」

「マティ兄さま! ティアさんに、桃色のダフネをプレゼントしようかと」

「なるほど。ちょっと待っていて」


 エステヴァンはそう言って東屋にいる私のところにやって来ると、茶器を並べる。

 そしてティーポットから琥珀色の茶を注ぎ、湯気の立つカップを私の前に置いた。

 柔らかい花の香りがふわりと漂う。


「どうぞ。エステヴァン家、特製のお茶です。体力回復とリラックス効果がありますよ。ちょっとレティのところに行ってくるので、ゆっくりしていてください」

「はい、ありがとうございます」


 待っているレティのところに向かうエステヴァンの背中を見ながら、お茶をひと口飲む。

 口の中に優しい花の香りが広がったと思ったら、少し遅れてほんのり柑橘系の香りもする。


「おいしい」


 良い香りに、ほっと肩の力が抜ける気がした。

 エステヴァンがレティが切ろうとしていた花を見たあと、さっとダフネに視線を走らせる。

 そして数本、レティに指し示す。


「レティ。手に取っている花もいいが、切るならこっちの花の方がいい」

「え? でもこれが一番綺麗……」


 レティは少し不満そうに手に取っているダフネを見つめる。


「ははっ、そうだよな。僕もそう言った」

「え?」


 驚くレティに、エステヴァンはくしゃりと笑った。


「僕もレティと同じように一番綺麗な花を選んで、母に止められたんだ」

「そうなの? マティ兄さまが?」

「そう。本当にレティと同じようにそのまま言った。だって、一番綺麗な花をプレゼントしたかったから」


 エステヴァンは懐かしそうに目を細める。

 レティは私を見て、頷いた。


「はい。ティアさんには桃色のダフネが似合うと思って。だってとても、綺麗だから」

「うん、そうだね。わかるよ。じゃあ一番見頃な、満ちた花にしよう」

「満ちた花?」

「そう。花にも適した時があるんだよ。そう母に教わった」

「わかりました」


 レティは頷いて、エステヴァンに指し示された花を切っていく。

 しばらくすると、ダフネの花束ができあがった。

 桃色のダフネに包まれたレティが、嬉しそうに私を見て笑う。


「可愛い」


 思わず、頬が緩む。

 頬を染めてこちらにレティが駆け寄ってくる。

 レティの肩越しに、エステヴァンが小さく肩を震わせて歩いてくるのが見えた。


「ティアさん! どうぞ!」


 レティは目をきらきらさせて、桃色のダフネを私に差し出す。

 私はレティも一緒に抱きしめるように花を受け取った。


「ありがとう、レティ」


 目の前に花がもう一輪咲くように、はにかむようにレティは笑った。

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