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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第三章 代わりのないもの

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花咲く家へ

 フォーチュンの持ち主、ルドヴィクに会う日、当日。

 少し早めに家を出て、ジョイと二人で街の東部にある邸宅街に歩いて向かう。


(────気持ちいい)


 朝焼けの中を散歩をした時より、また少し冷たくなったように思う。

 洗われるように、風を全身で感じながら進む。

 意識して深く息を吸うと、心の奥底まで洗われていくようだった。

 黙々と歩きながら、ちらりと、右にいるジョイを見る。


「ん?」


 ジョイは私の視線に気づいて、微笑みながら首を傾げた。


「なんでもない」


 応えるように笑って、首を振る。

 前を向いて、朝の喧騒の中を歩いて行く。

 誰かが笑い合う声を遠くに聞きながら、足元をすぎていく石畳をぼんやりとながめる。


 あれから一日、ジョイの様子を気にして見ていたけど、大きく普段と変わらなかった。

 変わらないけれど、でもやっぱりどこか変だった。


(このまま、何もなければいいんだけど……)


 気のせいならいい。

 でも祈り花を求めてやまなくなった人達と同じように、もし心を乱されていたらと考えると少し怖くなる。


 ちらりと、ジョイを見る。

 いつもは柔らかい雰囲気で隠れている精悍な横顔は、この空気を、これから向かう先の事を緊張しつつも楽しんでいるように見える。

 顔を真っ白にして苦しんでいるジョイを、もう見たくなかった。


「…………ジョイ」

「ん?」


 ジョイが首を傾げながら私を見た。

 ふわりと浮かぶ微笑みに、小さく胸が締め付けられる。


「もし……もし何かあったら、何でも言ってね?」

「ん?」

「私が頼りないのはわかってる。でも、それでも、何かできるかもしれないから」


 ジョイはふと笑顔を消して、前を見る。

 視線を横に流して、また私に向き直った。


「…………わかった、ありがとう。でも、いつも助けられてるよ」


 そう言って、ジョイは笑う。


「────うん」

「あの道から丘に向かうよ」


 示される方に視線を送ると、緩やかな上り坂になっている道が目の前にあった。

 少し広めの、綺麗に整えられた石畳の道だった。

 生垣が道に沿うように続いている。


「ここ、なんか雰囲気が違うね」

「ここは静かで、古くからの家が多いからかな? ルドヴィクおじさんの家も、その中にあるんだ」


 ジョイと並んで坂を登って行くと、さっきまでそばにあったざわめきが少しずつ後ろに遠ざかっていった。

 石畳が花を開くように敷かれた開かれた場所に出たと思ったら、ふいに肌を滑るような風が吹く。

 呼ばれるように前に出ると、私を掬い上げるように、ひんやりした風が吹き上げてくる。

 舞い上がる髪を押さえて、吹きつけてくる先をのぞきに行く。


「わぁ……!」


 丘上から見た街は、いつも見ている街とは表情を変えていた。

 落ちないように設置されている木製の柵をぎゅっと握って、身を乗り出す。


「すごい……っ!」


 薄い青空の中、赤茶けた小さな屋根が何層にも重なり一面に広がっている。

 煙突からは煙が細く上がり、屋根の重なりをかき分けるように細い道が幾重にも走っている。

 遠くには、弱っていた時鐘を鳴らしてくれた時計台が、街を見守るように存在している。


 腕を伸ばせば、全部抱きしめてしまえそう。

 いつも見ている景色とは、全然違った。

 どきどきと跳ねる胸を、きゅっと押える。


「すごい……」

「一見の価値あり、だろ?」


 ジョイは満足そうに笑った。


「────うん!」


 ジョイに大きく頷いた。

 爽やかな風に呼ばれるように、もう一度景色を眺める。

 こうやって街を眺めるのは、初めてだった。







 開けた場所から少し奥に進んだ場所に、エステヴァン家はあった。

 低い石壁の上に鉄の柵が乗り、冬咲きの黄色の花を咲かせたジャスミンが柵を彩るようにしなだれかかっている。

 葉の隙間からは奥へと続く小道が見えた。

 ジョイが大きな門のそばに下がっている小さな真鍮の鐘に手を伸ばす。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 白いシャツに灰色のスラックスを身にまとったエステヴァンが門の向こうから現れた。


「おはようございます。エステヴァンさん」

「おはよう、レーベンさん。よく来てくれたね」


 エステヴァンは門を開けて、爽やかににこりと笑った。

 そしてジョイを中に招き入れながら、私を見て目を柔らかく細める。


「ティアさんも、来てくれてありがとう。どうぞ入って」

「ありがとうございます」


 大きな門をくぐると、そこは深い森の入り口のようだった。

 足元は濃淡さまざまな黄土色や深みのある茶色のレンガが不規則に敷き詰められ、冬になろうとする中まだ深い緑を輝かせた木々が、緑のトンネルを作っている。


 木の根元には、青みがかった深い赤と白いシクラメンがぽつぽつと可愛く咲いている。

 トンネルを抜けると、道の両脇に桃色のクリスマスローズがうつむくように揺れていた。

 その奥には、ベージュがかった白い壁に、深い焦茶の屋根をのせた建物があった。


「うわぁ……っ! すごく綺麗」


 ふわりと、とろりとした甘い香りが漂ってくる。

 見回すと、緑のトンネルを出てすぐ横、クリスマスローズの奥に、黄色がかった桃色のダフネが咲いていた。


「この時期にこれは、圧巻だな」

「こんなに花が咲いてるの、初めて見たよ」


 ジョイに頷いて、揺れるクリスマスローズの花にそっと寄る。

 近くで見るとその色合いの深さに驚く。


「本当に綺麗」


 そんな私達に、エステヴァンは笑いながら言った。


「母の趣味なんだ。喜んでもらえたなら、よかった」

「良いものを見せてもらいました」

「すごく素敵です」


 エステヴァンは、嬉しそうに笑みを深めた。


「ありがとう。家の奥にも庭があるから、よかったらそこも楽しんで」

「はい!」


 二人で頷くと、エステヴァンは私達を見ておもしろそうに笑った。

 前庭を抜けると、飾り気の少ない正面玄関が見えた。

 深い焦茶色のドアから中に入ると、白い壁に深い紺色のカーペットが敷かれた広間に出る。

 ここも飾り気は少なかった。

 そこから右手に案内される。

 少し長めの廊下が続く。


「この奥が作業場になるよ。今、父さんは作業場で弟子達を見てるんだ」

「えっ、そんな中にお邪魔して大丈夫ですか?」


 ジョイは驚いて、エステヴァンを見る。

 エステヴァンは頷いた。


「もちろん。むしろ、父が呼んでる。レーベンさんもよかったら一緒に話さないかい? 畑は違うけど、きっとおもしろい話ができると思うよ」

「お邪魔じゃないなら、ぜひ」


 そわっと体を揺らして、ジョイは嬉しそうに目を輝かせている。


(子供みたいだ)


 ジョイの様子に思わず笑ってしまう。

 楽しそうなジョイに少しほっとする。


「よかった。こちらこそ楽しんでもらえると嬉しい」


 エステヴァンは突き当たりのドアをノックして、開けた。

 広めの部屋の中心に大きな作業台が二台置かれていた。

 壁に沿って棚が置かれていて、道具や部品が置かれている。

 奥の方の大きな作業台には動きやすい服装の青年が三人。

 作業台の端にスラリとした白髪混じりの年配の男性が椅子にゆったりと座っている。

 四人の視線がドアを開けると同時にこちらを向いた。


「おお。ジョイ君、いらっしゃい。よく来てくれた」

「こんにちは!」


 年配の男性がこちらを向いて、朗らかに笑った。

 三人の青年達は、にこりと人懐こい笑顔を浮かべている。

 年配の男性が立ちあがろうとしてふらついてしまうのを、素早く近寄ったエステヴァンが支える。

 ジョイが二人に歩み寄り、にこりと笑った。


「こんにちは。ルドヴィクおじさん、お久しぶりです」


 エステヴァンが支えている年配の男性が、フォーチュンの持ち主のルドヴィクらしい。

 私もジョイの隣に並んで挨拶する。


「こんにちは。ティアです。今日は呼んでいただいて、ありがとうございます」


 ジョイと二人で、ぺこりと頭を下げる。

 ルドヴィクは厳しそうな顔を緩めて、私達に頷いた。


「ああ、こちらこそ来てくれて、ありがとう。今日を楽しみにしていたよ」


 もう一度深くルドヴィクは私達に頷くと、大きな手を伸ばして、ジョイの腕をぽんっと叩く。

 その手は骨張り、ところどころ硬く盛り上がった皮膚が、積み重ねてきた時間を感じさせる。


「元気そうでなによりだ」

「はい。ありがとうございます」


 ジョイは嬉しそうに頬を緩めている。

 ルドヴィクは、ジョイに優しく目を細め微笑んでいる。

 そんな二人に頬が緩む。


 ふとルドヴィクの後から、ひょこっとキャラメルブラウンの髪の女の子が顔をのぞかせた。

 七歳ぐらいだろうか。

 きらりと光る、大きな焦茶の目と目が合う。


「わぁ……っ!」


 女の子は驚きに目を見開いて、思わずというように歓声を上げた。

 口にしてしまった事に女の子ははっとして、ふわふわした小さな両手で口を覆う。

 はしたない事をしたと思ったのか、ちょっと頬を染めている。

 懸命に口を閉じ、それでもその目がきらきらとこちらを向いていて、とても可愛い。

 思わず、笑ってしまう。


「はじめまして。私はティアです。今日は呼んでいただいて、ありがとうございます」

「……はじめまして、レティです。呼んだのはおじいさまだけど……私も、お会いできて、嬉しいです」


 緊張しているのか、頬を真っ赤に染めて挨拶を返してくれる。


(可愛い)


 顔がにこにこしてしまうのを止められない。

 レティをにこにこ見つめていると、ジョイから声をかけられる。


「ティア。ごめん、今からちょっと話してくる。ティアが暇になってしまうけど……」

「うん、大丈夫だよ。気にしないで楽しんできて」

「うん……」


 興味に負けて快諾したのはいいけど、私の存在を今思い出したんだろう。

 申し訳なさそうにしゅんとしているジョイに笑ってしまう。


「知らない話を聞いてるのも楽しいし、大丈夫だよ。ジョイが楽しそうなのも、見ていて楽しいから」

「ティア……」

「大丈夫大丈夫。いってらっしゃい」


 そう言って、くるりとジョイの体を回転させて、背中をぽんと押す。

 ジョイは軽くたたらを踏みながら、私を振り返って苦笑した。


「ありがと。……いってくる」

「いってらっしゃい」


 ひらひらとジョイに手を振って、ジョイが職人達の輪に入っていくのを見守る。

 申し訳なさそうに揺らいでいた目が、話し始めてすぐにきらきらと楽しそうに輝きだす。

 それがとても嬉しくて、頬が緩んだ。


「…………あの」

「ん?」


 下の方から声をかけられる。

 声の方を向くと、レティが緊張したように私を見上げていた。


「よかったら、あの、私とお話ししてくれませんかっ?」

「え? いいんですか?」

「もちろん! こちらこそ、いいですか……?」


 恐る恐る私を見上げながらレティが聞いてくる。

 その様子が可愛くて、思わずまた笑ってしまった。


「もちろん。よかったら、レティちゃんの好きな場所や、この家のお話しを聞かせてくれますか?」


 私がそう言うと、ぱぁっと花が咲くようにレティが笑った。


「はい! まかせてください!」

「それなら、私がこの家特製のお茶をお淹れしましょう」

「マティ兄さま!」


 職人の輪から外れて、エステヴァンがこちらにやって来た。


「お話ししなくて大丈夫ですか?」


 驚いて聞くと、エステヴァンは柔らかく頷いた。


「いつも一緒にいる仲間なので、話そうと思えばいつでも話せます。レーベンさんと技術の話をするのは興味がわくけど、それもまた、会いに行けばいいですから」

「でも……」

「何より、ティアさんをおもてなしするのも素敵な時間です。ねぇ、レティ?」

「その通り。マティ兄さま、わかってる」


 二人はにこにこと頷き合っている。


「よかったら、さっき話した中庭も見てみませんか?」


 ジョイをチラリと見る。

 話に夢中で、こちらに気づく様子はない。

 当たり前ではある。

 そもそも、自由に楽しんでと言ったのは私だ。


「話が終わった頃、また戻って来ませんか? 私、ティアさんとお話しがしたいです」


 こちらをきらきらした目で見つめてくるレティと見つめ合う。

 私が席を離れても、問題ない、よね?

 ふっと肩の力を抜いて、レティに笑いかける。


「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします。レティちゃん」

「レティでいいです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 レティはそう言って、にこっと陽だまりがさすように笑った。


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