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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第三章 代わりのないもの

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見せられない過去

 こんなに優しくて、いいのだろうか。

 こんなにあたたかくて、大丈夫なのだろうか。


 クリスは嬉しそうに笑っている。

 ジョイは嬉しそうに、私達を見て笑っている。


 あたたかくて、居心地が良くて、失いたくなくて。

 私は前に進む足が、鈍らないだろうか。

 振り返って、掴みたくならないだろうか。


──────だからこそ、前を向いていけるのだろうか。


「…………ありがとう、ございます……」


 溢れ出る気持ちを洗い流すように、涙が零れ落ちる。


「こちらこそよ」


 よしよし、とクリスに頭を撫でられる。


「ただ、ここまでは私にできるけど……」


 こくりと、頷く。


「あとは、博物館にどうやって行けるようになるか……ですよね」


 ひとつだけ思いついている事がある。

 それがまた、誰かの力を借りる事になってしまうのが気になってしまうけれど。

 本当は、自分だけでどうにかしたかった。

 私の心が問題になっているんだから、自分で解決したかった。

 思案している私に気がついたのか、ジョイが少し驚いたように私を見た。


「もしかして、何か手があるのか?」


 身を乗り出しているジョイに向かって、頷いた。


「また、人に頼む事になるんだけど……。それに、それでもう大丈夫になるかは、わからない」

「それでも、何もないよりマシだ」

「うん……」


 思わず繋いでいる指に力が入ってしまう。

 すると、応えるように柔らかく握り返される。

 それにほっと、少しだけ肩の力が抜けた。


「────チャリオットに一緒に来てもらえるか、お願いしようと思う」

「チャリオット?」


 クリスが不思議そうに首を傾げる。


「ああ、クリスからの修繕依頼の人形だよ。チャリオットも人間化した」

「えっ?」

「────嘘でしょ!?」


 ぐりんと音が出そうな勢いで、クリスはジョイを振り返った。

 ジョイは肩をすくめる。


「本当。こんな事で嘘ついても仕方ないだろ?」

「いや、まぁ、そうかもしれないけど。人形の人間化ってそんなに起こるの? なんだか混乱してくるんだけど?」


 クリスが頭を抱えだす。

 そんなクリスに、わかるわかるとジョイは頷いている。


(────チャリオットを、クリスさんが?)


 チャリオットが見ていた女の子達は、どちらも辛い時を過ごしていた。


(もしかして……)


 クリスの仕事関連で、チャリオットがジョイの元に来たのだろうか。


────それなら。


 きゅ、っと目を閉じる。

 震える胸を静かに押さえる。

 チャリオットはどれだけ、大事な人の想いを抱えているのだろうか。


(目が覚めたばかり、意識がはっきりしたばかりだって、言っていたよね……)


 それは目が覚めてすぐに、全てを知った事になる。

 大事な時を過ごして、それがなぜ大事だったのか気づいて、そして、それが無惨に散った事をあの瞬間に知った事になる。


 チャリオットが人間化した時、チャリオットは荒ぶる怒りを纏っていた。

 力を寄越せと。

 どうしようもない現実を変える力を、欲しがっていたって事だ。

 一気に叩き込まれる記憶と想いにぐちゃぐちゃになりそうになりながら、それでも諦めきれずに手を伸ばしたって事だ。


 ふるふると、震える唇を噛む。

 目の奥から溢れる熱を、手のひらで押さえて必死に黙らせる。


 私が、泣いていい事じゃない。

 私が、答えを出す事じゃない。

 名乗りながら振り向いたあの時、チャリオットは何かを決めたはずだ。

 私が、泣く事じゃない。

 じわりと、涙が溢れる。


──────大事な人を守れなかった。

 それはどれだけ、心を傷つけるだろうか。


 目を覆っている指の間から、涙が零れる。


「────ティアちゃん……? 大丈夫?」

「…………大丈夫です」


 クリスが心配そうにこちらを見つめている。

 目を覆ったまま、深く息をする。

 そのまま口を開く。


「────チャリオットに、お願いしてみようと思います」

「チャリオットは頼りになるのか? 今もずっと人形のままだけど……」


 話そうと口を開くと、ぐっと詰まる。

 喉の奥が熱かった。


「…………店が、ぐちゃぐちゃになったでしょう? あれはチャリオットが私の力を寄越せって、力を使ったから。チャリオットと私の力がぶつかったから。チャリオットは────強い力を持ってる」


 だから。

 そう言いたかったけど、言葉が続けられなかった。


「あれはそういう事だったのか」

「そんな事あったの?」

「ああ。ティアと出会った日、クリスが仕事に行った後にな」


 ジョイは顎に手を当てて、考え始めた。

 クリスはそんなジョイを少しの間見つめていた。

 そして、私と繋いでいる手に視線を落とし、私の手の甲を指で撫で始める。


「…………なんだか」


 静かな知性が宿る紫色の目が細められる。

 そしてふと、クリスは私を見つめる。


「転換期、なのかもね。街も人も」


 ふぅと息をつき、クリスは肩の力を抜いた。

 話せない私に小さく微笑みながら、頭を撫でてくれる。


「頼りになりそうなら、聞くだけ聞いてみるのもいいと思うわ。一緒に立ち向かってくれる仲間が一人でも増えるのは、心強いから」


 クリスに向かって、こくりと頷く。


「そうだな」


 思考の海から帰ってきたジョイも頷いた。


「じゃあ、私はそろそろ行くわ。ティアちゃん、何かあったらすぐに言ってね」

「…………はい」


 震える口を動かして、なんとか返事をする。


「うん。ジョイも、また何かあったらすぐに連絡して」

「わかった」


 ぽん、と私の頭を撫で、クリスは優しく手を解くと、颯爽と出勤して行った。

 頼もしかった温かい背中が滲む。

 ぽんぽん、と頭を撫でられる。


「……大丈夫。朝食を食べてから、チャリオットのところに行こう」

「…………うん」


 滲む柔らかい笑顔から視線を落として、くしゃりと、顔を歪ませた。






 ジョイの背中を追って、さくさくと、草の上を歩く音が響く。

 時々足の裏に感じる石と草のぼこぼこした感触が、今ここにいるって教えてくれるようだった。


 工房のドアを開けて、向かいにある棚に座っているチャリオットに目を向ける。

 ドアから駆け抜ける風が、チャリオットの髪やシャツを優しく揺らす。

 透き通るような水色の瞳が、じっとこちらを見ているような気がした。


「──────おはよう」

『…………おはよ』


 ジョイと並んで挨拶をすると、気だるげに挨拶が返ってくる。

 しかしこちらを捉えている視線が、それを否定していた。

 普段も静かにそこに佇んでいるけれど、今は確かに意思を持ってこちらを向いている。

 きらりと、意思を測るようにチャリオットの目が光る。


『なぁ、聞いてもいい?』

「……うん」

『何があった?』


 何が、と言われても、どう答えるのがいいのか一瞬迷う。

 ジョイは私の様子に、チャリオットをちらりと見た。


『あんたは“特別”だ。気づいてないようだけど、あんたは世界をひっくり返せる。俺の勘がそう言ってる』

「……さすがにそれは、ないと思うけど……」


 私は弱い。

 それは嫌というほど、身をもって感じた。

 今も自分の不甲斐なさに、胸が苦しくなる。


『どう思ってるのかはどうでもいい。何があった?』

「それは……」


 言葉に詰まる。

 そのまま何も話せなくなった私を見て、ジョイが口を開く。


「……何を話しているかはわからないけど、チャリオットに頼みたい事があって、今ここに来ている」

『────頼みたい事?』


 チャリオットの意識がジョイに向かう。

 ジョイは私をじっと見つめて頷き、チャリオットに向き直る。


「博物館に、百年前この街を壊した元凶の人形達がいるかもしれない。一緒に、来てくれないか?」

『百年前の、人形達……』


 チャリオットは考えるように呟く。


「敵は、おそらくとても強い。百年前、人の心を操って争わせ、この街は壊滅状態になった。そして今、その人形達が復活している可能性がある」


 チャリオットは私を見た。

 貫くような視線が、私に刺さる。


「ティアに、チャリオットには強い力があると聞いた。前に店がぐちゃぐちゃになったのは、ティアとチャリオットの力がぶつかったからだって。だから、もしチャリオットがいいのなら、一緒に戦ってくれないか。一緒に、博物館に来てくれないだろうか?」


 ジョイはそう言い切りチャリオットの返事を待つ。

 チャリオットは、じっと私を見つめている。

 その目はどこまでも透き通っているはずなのに、飲み込まれそうな深さを感じる。


『──────いいよ』

「えっ」

『ただし』


 私を射抜くように見つめながらチャリオットは言う。


『もう一度、過去を見せてくれるなら』

「え……」

『それが飲めないなら、この話はなかったって事で』


────過去……?


 どうしてそんな事を、しないといけない?


 ぎゅっと、胸元で手のひらを握りしめる。

 チャリオットは私の返事を待っている。

 ジョイは心配そうに、私とチャリオットに視線を往復させている。

 深く息を吸う。


「どうして……過去を見せないといけないの?」


 私の言葉に、ジョイが小さく驚く。


『────知りたい事がある』


 チャリオットは少しだけ迷って、そう言葉にした。


 知りたい事。それが何かは知らないけれど、今私が心をこじ開けて、それをする必要があるのだろうか。

 頼みに来たはずなのに、少しだけむっとする。


 私の過去は、そう簡単に見せられるものじゃない。

 そう簡単に人に見せられるほど、私の心は癒えてない。

 そもそも人の過去を、そう簡単に見せてって言うものじゃない。

 自分が知りたい何かのために、勝手に開けようとしないで欲しい。


 目の奥に熱がこもる。

 じわりと、目尻に涙が滲んだ。


「チャリオット」


 ジョイがチャリオットの名を呼びながら私の手を引いて、私を背中に隠した。


「それをする意味、わかってる? それはもう傷つかなくていい事で、もう一度傷を開く事になるかもしれないって事、わかってる?」

『──────それは』

「ティアは無理をする必要はない。なんとかするから、自分の事だけを考えて」


 ジョイは私に背を向けたままそう言った。

 ジョイはじっとチャリオットを見ている。

 チャリオットは小さく息をついた。


『それは考えてなかった。ごめん』


 謝られた事に少し驚く。

 ジョイの背中から少しだけ顔をのぞかせて、チャリオットの様子を窺う。


『でも────変える気はない。無理なら、それならそれでいいよ』


 そう言って、チャリオットは沈黙する。

 ジョイはどうなったのか問うように私を振り返った。

 そんなジョイに向かって小さく頷く。


 過去を見せるのは、正直それを考えるのも嫌だ。

 でも、チャリオットの真意は、もしかしたら私が思っているものと違うのかもしれない。

 闇雲に暴こうとしてるわけでは、ないのかもしれない。

 チャリオットの力を借りられたら、一緒に肩を並べられたら、なんとなくそうできたら心強いと思った。

 それでも、今はまだ、過去を見せる事はしたくなかった。


「今は……まだ難しい」


 私がそう言うと、ちらりと視線が飛んできた。


『────そう。わかった』


 チャリオットはそう言って、また沈黙した。

 胸の前で手を握りしめる。

 まるで、悪い事をした気持ちになる。

 ふいに、ぽんぽんと、頭を撫でられる。


「大丈夫。ちゃんと自分を守れて、偉い」

「──────うん。ありがとう」


 きゅっと、胸が優しく締め付けられた。

 頭にある温かさに、甘えるように目を細めた。

 

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