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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第二章 やさしさのかたち

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やさしさのこたえ

 ドアの閉まる音がした。

 エレナが部屋を出て行ったのだと、少し遅れて気づく。


────ジョイのその表情を見た瞬間、私の心もぐしゃりと歪んだ。


「ごめん、なさい……っ」


 言葉と共にぱらぱらと、涙が勝手に零れる。

 視界が歪んで、何も見えなくなる。

 泣きながら、嗚咽を漏らしながら、顔をぐちゃぐちゃにしたまま、ジョイを見つめる。


「ごめんなさい……っごめんなさい……!」


 胸が、喉が、何かが詰まっているように、苦しい。

 詰まっている何かで、喉の奥底まで焼かれそうだった。

 拭う自分の手の甲の向こうで、ジョイは両手で目を覆っていた。


「…………心配、した……!」


 ジョイの震える熱い声が、零れた。

 両手の隙間から見えるジョイの息も、深い熱が混じっている。


「──────ごめんなさい……っ」


 ぽろぽろと、溢れる涙は止まらない。

 ジョイは肩を怒らせて、目を覆っている手は自分を食いちぎるかのように力が入っている。

 熱が引き裂かれるような音が、ジョイの喉から響いた。


「心配した……心配した……っ!くそ……っ!! 心配した!!」


 つ、とジョイの頬に涙が伝う。

 震える体を、声を、両目を押さえつけるように、ジョイの両手にさらに力が入る。


「──────ごめ、なさい……っ」


 声にならない声が喉から漏れる。

 怒られるかと、思った。

 心配してくれたのに、勝手に一人で出て行って、こうやって迷惑をかけてしまっている。


 ジョイは優しいから、もしかしたら心配してくれるかもしれないと、考えられなくはなかった。

 でも、それは奇跡みたいなもので。

 今だからこそ、そう思えるだけで。

 そんな事、起こるわけない、はずだった。


 ひゅっと、ジョイの喉が鳴る。


「心配、した……っ!!」


 叩きつけるように、でも、聞いている方の胸が引き裂かれそうになるような声だった。


「ごめ……っなさい……っ!」


 涙で顔が潰れそうだった。


「…………どうして……出て行った?」


 我慢していたものを吐き出すように、ジョイは言葉を零す。


「……どうして、何も言わなかった? 俺はそんなにも、頼り……なかった?」


 か細くなっていくジョイの声が、また大きく震えた。

 ふるふると、首を振る。


 違う。

 それは、絶対に違う。


 ジョイの息を吸う音が、悲しいというように揺れる。


「言ってくれたら……考えたのに。安全に行ける方法、見つけられるのに。無理に、強引に行かなくたって……ちゃんと、きっと」


 見つけられる。


 そんな声が聞こえた気がした。

 大きく揺らいでいるジョイの目と視線が絡む。

 あっという間に熱がこもり、ぎゅっと、ジョイの目が苦しそうに歪んだ。

 開いたジョイの口が、小さく震えている。


「──────俺のそばには、もういたくなかった……? もう、必要なかった? みんなで守ろうって言ったけど……俺なんか、いらない?」


 ジョイの目から、ぼろぼろと涙が零れる。

 一歩前に出て、ジョイの両手をそっと掴んだ。

 今にも壊れそうなジョイの両手と、手を繋ぐ。

 震えるその手は冷たくて、頼りなく力がない。

 見つめているジョイの目は不規則に泳いで、まるで安心できる場所を探し求めているようだった。


「人形は…………思うように、作れないけど……それ以外なら、なんでもできるよ。だってずっと、そうやってきたから。そうやって……生きてきたから」


 ジョイの喉の奥から潰れたような音が漏れる。

 ジョイのか細い声の震えが、何度も何度も、私の胸を叩く。

 胸がぎゅうぎゅうと締め付けられて、千切れそうだった。


「ごめんね……っ」


 離さない。

 絶対に、離さない。

 そう伝えるようにジョイの手を握りしめる。

 体で包むように、ぎゅっと、握りしめる。

 ジョイの熱のこもった息が、漏れる。


「自分でやらないと、ダメだったから。そうしないとみんなに、心配をかけるから。だから、できるよ。だから……だから」


──────いなく、ならないで。


 涙で溺れてしまいそうだった。

 滲んで何も見えないけれど、ジョイに向かって必死に訴える。


「私はここにいる。ずっと、ジョイのそばにいる。だから、だから……泣かないで」


 自分が泣いてるなんて、どうでもよかった。

 今、目の前で、泣いているジョイを、放っておけなかった。

 みっともなく涙を流しながら、握りしめているジョイの両手に、祈るように額を近づける。


「ジョイ。みんなで守ろうって言ってくれて、ありがとう。整えて行こうって言ってくれて、ありがとう。ジョイがそう言ってくれたから、私は今、ここにいられてる」


 ジョイは微動だにしなかった。

 どこか焦点の合わないジョイの目だけが、私を捉えている。


「ずっと、怖かった。博物館に行って元凶の二人を見つけて、また、壊れてしまう事が。また、全てを、失くしてしまう事が」


 ふるり、と体が震えた。

 それを振り払うように、首を振る。

 今はそんなものに構っている暇はない。


「全部……全部大事なものだったから、失いたくなかった」


 こちらに意識を向けているジョイを見つめる。

 ジョイは、ぼろぼろだった。

 汗に塗れて、全身埃っぽくて、私みたいに転んだのか、制服に汚れがついている。

 ジョイは着替える間もなく、探しに来てくれている。

 ぽろりと、また涙が零れる。


「……でも、元凶の二人がいるかもしれない状況を放置している事は、その大事なもの全てを、危険に晒し続けているのと同じだった。だから、我慢できなくて……飛び出した」


 目が熱い。

 我慢しろと思っても、それはどんどん強くなる。

 ぐしゃりと顔が歪む。


「……ごめんなさい」


 こんなにも、心配をかけて、ごめんなさい。

 ぎゅっと、またジョイの両手に額を寄せる。


「私は、こうしないとわからなかった。ここまでしないと、理解できなかった。本当に……ごめんなさい」


 きゅっと、ジョイから手を軽く握り返された。

 それは本当に動いたかどうかすらわからない、微かなものだった。

 それでも、よかった。


「ジョイが……許してくれなくても、構わない。すごく、嫌だけど……そんな事、起こってほしくないけど……ジョイが許したくないなら、受け入れる」


 ふる、と喉が震えて、苦しい。

 そんなの嫌だって、胸が熱くて溶けてしまう。


「でも……ジョイがいいなら、ジョイが許してくれるなら……また一緒に、考えて欲しい。一緒に博物館に行ける方法を、探して欲しい」


 わがままなのは、わかってる。

 それでも、そう言うしかなかった。

 ちゃんと自分の思いを、伝えるしかなかった。


 ふ、と小さく息を吐く音がした。

 少しだけジョイの肩から力が抜ける。

 手を優しく握り返されたかと思ったら、私を包むようにジョイの額が肩に寄せられた。

 ジョイの震えが肌から伝わってくる。

 はらはらと舞うジョイの想いが、とても熱かった。


「………………うん」


 小さく、そう聞こえた。

 歪んで見えない目の前が、くしゃりと潰れた。

 喉の奥から膨れる熱に任せるまま、溢れさせる。

 ジョイに寄り添うように、そっとこめかみを寄せる。


「…………ありがとう、ジョイ」


 応えるように握り返される手に、また顔がぐしゃぐしゃになった。







────鐘が鳴る。


 どのくらいの時間そうしていたのか、静かな空間に時計台の鐘の音が響いた。

 一定の間をおいて、連続して鐘が鳴る。

 さっき聞こえていた鐘の音と違って、時刻を表すもののようだった。


「……始まる」

「……え?」


 ぽつりと零されたジョイの言葉の意味がわからなかった。

 ジョイは緩慢な動きで手を離し、黒いスラックスのポケットをごそりと漁り始める。


「……光祈が始まる」


 ジョイはポケットから、潰れた祈り花を二本取り出した。

 茎が曲がり、葉は折れて、花はぺちゃんこだ。

 それでも部屋の柔らかい照明と窓から差し込む月の光を静かに跳ね返して、波打つ二層の光の輪を作っている。


「祈り花はもう売り切れだったはず……?」

「うん。……作った」


 疲れたように、ジョイは気だるげに笑った。

 そして潰れてしまった祈り花に目を落とすと、笑顔に苦味が混ざる。

 私はそっと一本を手に取る。

 ジョイは少し驚いた顔で私を見た。


「これ、貰っても……いい?」


 二本、売り切れだった祈り花がここにある。

 それって、自意識過剰かもしれないけど、一本は私の為に用意してくれたものだよね?

 その意味に気づかないでいられるほど、私は馬鹿じゃない。

 その気持ちに応えないでいられるほど、鈍感でもなかった。

 また涙で、いっぱいになりそうになる。


「でもそれ、潰れちゃってるから……」


 ジョイがおずおずと私の取った祈り花を取り返そうとする。

 危ないジョイの手から、私の祈り花を守る。

 涙が溢れそうになるのを、ぎゅっと眉間に力を入れてなんとか耐えた。


「これは、私の」


 そう言うと、ジョイが困ったように眉尻を下げた。


「でも」

「私は、これがいい。これじゃないと、いやだ」


 言いながら、ぽろぽろと、ほんのちょっとだけ涙が零れる。

 ジョイは困ったと顔に書いて、苦笑した。

 その時、コンコン、とドアが叩かれる音がした。


「……はい」


 ジョイがドアへと向かい、返事と共に、ゆっくりとドアを開ける。

 そこには祈り花を持ったエレナとエステヴァンが立っていた。

 エレナが私とジョイに向かって微笑んだ。


「よかったら、光祈に行かない? 中央区の光祈はとても綺麗よ」


 どうする?と言うようにジョイが私を振り返る。

 私はジョイに向かって頷いた。

 ジョイは私に頷き返したあと、エレナに向き直る。


「ご一緒して大丈夫なのなら、ぜひ」

「もちろん。今年の光祈は特別ね」


 エレナはそう言って、嬉しそうに笑った。

 四人でエレナの店から外に出ると、そこは人の海だった。

 たくさんの人の気配があるのに、耳が痛くなるほどの静寂が広がっている。

 人の海から覗く時計台は、装飾された白い光を螺旋のように纏っている。


──────鐘が鳴る。


 一回、二回、三回、四回、五回。

 静寂な空間に、厳かな祝福の鐘の音で満たされていく。


 その鐘の音に共鳴するように、あちこちから拳大の光が、花が咲くようにふわりと浮かび上がる。

 柔らかい白い光に、とても淡い金や青、薄桃色に若草色など色とりどりの色が、ほんのり滲む。


 白い光の花畑に溶けるように、様々な光の花が灯っていた。

 ふわふわと咲く光に、満たされていく。

 あっという間に目の前が光の花畑になった。


「ティア」


 小さな声で、ジョイが呼んだ。

 ジョイを見ると、私に向かって祈り花を掲げている。

 祈り花を額に寄せて、ジョイは祈る。


 すると祈り花がほのかに発光しだし、ぽわんと、まるでとても優しく鼓動するように光の花が咲いた。

 柔らかい白い光に深い青が滲み、その中心にはきらきらと繊細に輝く金の光があった。

 ふわりと、ジョイの光の花はジョイの頭の上に浮かぶ。

 その軌跡を描くように、金色の光からきらきらと粒子が舞った。


「綺麗……」


 吸い込まれるような、繊細な美しさだった。


「ありがと。ティアもやってみて」


 少しだけ照れたようにジョイは笑う。

 ジョイの真似をして、祈り花を額にかざす。


(──────祈り、か……)


 それなら、私は、みんなが幸せになって欲しい。

 ジョイ、クリス、エミルやユイリ。

 今横には、エレナとエステヴァンがいる。

 そしてここには、私みたいに祈りを捧げる人達がいる。

 祝福の鐘を鳴らしている時計台には、ここまで導いてもらった。


 たくさんの、ものを貰った。

 大切な、ものを貰った。

 あたたかくなる気持ちを、貰った。

 当たり前だと思っているものに、どういうあたたかさが込められているのか、教えてもらった。


 目の奥が熱くなる。

 とけるような笑みが溢れる。

 優しさが、胸に刺さる。

 こんなにも優しいのかって、なんで気づかなかったんだって、胸が熱くなる。


(────だからどうか)


 優しいみんなが、ずっと幸せであれるように。


 ぽわんと、目の前に柔らかい白の光の花が咲いた。

 光の花の内側には自ら発光する白があり、その中心には淡い薄桃色と淡金が滲んでいた。

 祈りの光は頭の上にふわりと浮かび上がる。

 ジョイの光の花と同じように、軌跡を描く金色の光が舞った。


「とても綺麗」


 うっとりするようなため息が横から聞こえた。

 エレナが私の光の花を見つめて、頬を緩めている。

 エレナの頭の上には白銀が滲む中に淡い青灰色の光があった。


「本当に」


 柔らかく微笑んで、エステヴァンがそう応える。

 エステヴァンの頭の上には深い薔薇色が薄っすらある中に古金の光があった。


「ティアって感じだな」


 ジョイはそう言って、目を細めて笑う。

 口元が勝手に歪んだ。

 我慢できなくて、嬉しくて、涙をこぼしながらくしゃりと笑ってしまう。

 絶対、変な顔になってる。


 ぽんぽん、と頭を撫でられる。

 変な顔のままジョイを見ると、柔らかく微笑んでいた。


 ゆっくりと、頭の上にある光が、夜空へと昇りだす。

 連なって昇る光はゆっくりと溶けあって、夜空に一筋の川の流れを作る。


 みんなでそれを見つめる。

 静かに祈る人。

 家族と笑い合ったり、泣き合ったりする人。

 友達や愛する人と、大事な時間を過ごす人。

 知らない人同士でも、みんなとこの時間を共有しようとする人。


 横にある、とても大事な、存在。


(────ああ、好きだな)


 ここが、この空気が、とても、愛おしかった。

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