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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第二章 やさしさのかたち

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祈りの行方

 翌朝、目が覚めたら、どこかすっきりしたような、洗われたような感覚があった。


 少しだけ、いつもとは違う心が弾むようなものが欲しくて、エレナからもらった柔らかい桃色のワンピースを着る事にする。

 上はオフホワイトのふんわりしたブラウスを着て、その上にワンピースを重ねる。


 見た目通りに柔らかく上品に揺らめくワンピースに、心がほっと落ち着いた気がした。

 そのまま店に行って、いつも通りに仕事に取り掛かろうとする。


「あれ?」


 いつもここにある掃除道具がなかった。

 首を傾げていると、カランと呼び鈴が鳴ってジョイが焦ったように入ってきた。

 そのすぐ後を、よれた灰色のスーツを着た細身の男性が入ってくる。

 店内を見回し、何かを見つけたのか、ふらついた足取りだが、真っ直ぐにレジのあるカウンターに早足で向かう。

 ジョイはまだ開店時間じゃないのに素早くレジを開けた。


(……どうしたんだろう?)


 工房から二人の様子をこっそりとのぞく。

 細身の男性は顔をしかめ、何かに追われるように祈り花を手に取った。

 その瞬間、男性は安堵したように相好を崩した。

 店内に男性の息つく音が静かに響く。


(……祈り花がそんなに欲しかったのかな?)


 男性はほっと力が抜けたようにレジに向かい、静かに会計を済ませて出て行く。

 カラン、と呼び鈴が響く。


「こんな早くからお客さんが来るの、珍しいね」


 そう言いながら店内に入って、おはよう、とジョイに笑いかける。

 ジョイはぐりんと音が鳴るように振り向いた。


「ティア!?」

「え!?」


 ジョイは焦ったように私に近寄ってくる。


「え……!? どうかした……?」


 ぐるりと一周私を見て、その後じっと私の様子を伺っている。

 しばらくそのままこちらを見ているジョイに、おずおずと話しかけた。


「えっと……ジョイ、どうかした?」

「……ん、もう、大丈夫そうだな?」

「……どういう事?」


 首を傾げると、ジョイはカウンターに両手をついて、さっきの男性のように深く息をついた。

 ちらりとこちらを見て、ジョイは言った。


「ティア、あれから二日、目を覚まさなかった」

「えっ!?」


 ぎょっとしてジョイを見る。

 ジョイは両腕に頭を埋めるように項垂れる。


「あの日の消耗が激しくて、目を覚まさなかったのかなって思ったけど……やっぱりそう思いはしても、心配した」


 そう言ってジョイは苦笑している顔をのぞかせた。

 ぴりっと、左腕に小さな違和感が走った気がした。

 右手で左腕を優しく掴む。

 心が、くすぐったかった。

 勝手に緩む顔をさらに緩めて、ジョイに言う。


「心配してくれて、ありがとう。もう大丈夫だよ」

「……よかった」


 そう言って、ジョイも柔らかく笑った。


「じゃあ掃除終わってないよね? 私終わらせてくるね?」

「ああ、頼む。ありがと」

「まかせて」


 ジョイに笑って頷く。


「あ、もう少ししたら俺ちょっと出るから。どうしても自分の目で見たい物があるんだ。昼までには帰る」

「うん、わかった。気をつけてね」

「ありがと」


 ジョイはふ、と優しく微笑んだ。

 






 ジョイが出かけて行ってすぐ、店内を整えていたらカランと呼び鈴が鳴った。

 入り口を見ると、家で過ごすのに最適そうなゆったりとした服を着た女性がきょろきょろと店内を見回している。

 勢いがよかったのか、そのままぎゅっと引っ詰めたような茶色の髪から、ぽろりと一房落ちる。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


 そう声をかけると、女性がこちらを向いた。


「……光祈の祈り花、ありますか」


 女性はこちらを向いたまま、きょろきょろと視線を泳がせている。


「はい。あちらのレジのカウンターに展示してあるので、ゆっくりご覧になってください」


 にこりと微笑んで、女性にそう答える。

 私が言い終わる前に、女性は真っ直ぐにカウンターに向かいだす。


(…………?)


 どこか切羽詰まった勢いに内心首を傾げる。

 女性は迷いなく祈り花を手に取ると、深く息をして、私の方を振り返りにこりと微笑んだ。

 視線は合わず、どこか遠くを見ている。


「これを、くださる?」

「……あ、はいっ。少々お待ちください」


 すぐにレジへと向かって会計をする。


「ありがとうございました。またお越しください」

「こちらこそありがとう。助かったわ」


 女性は穏やかな笑顔を浮かべて一礼する。

 最後まで、女性と目が合う事はなかった。

 カランと呼び鈴を鳴らし、女性は帰って行った。

 改めて店内を整えようとレジを離れようとした時、またカランと呼び鈴が鳴り、年配の夫婦が入ってくる。


「祈り花は、あるかね?」


 私が言葉を放つ前に、年配の男性に震える声で問いかけられる。

 問いかけながら、年配の男性は落ち着かないというように手をさすり合わせている。


「あ、はい。こちらのカウンターに」


 私が答え切る前に年配の女性が真っ直ぐに歩いてきて、年配の男性を振り返って答える。


「あなた、ここに」

「おお、そうか。よかった……!」


 男性は感極まったように体を震わせる。

 年配の女性はさっと二本祈り花を取ると、私の方を見ずどこか遠くを見たまま祈り花二本分のお金を差し出した。


「これを」

「あっ、はい。……ちょうど、お預かりします」


 私の答えを聞き終わる前に年配の女性は踵を返す。

 そして途中まで来ていた年配の男性にそっと祈り花を差し出した。


「はい、あなた」

「おお、ありがとう。よかった、よかった……っ」


 年配の男性が感極まったように祈り花を両手で握り締め、顔の前に掲げて祈っている。

 年配の女性は、そんな男性の様子に優しく微笑んだ。

 愛しむような表情で男性の腕に手を添えて、行きましょうと入り口に促す。


「手に入ってよかったわね。安心したわ」

「ああ……本当に」


 年配の女性がカランと呼び鈴を鳴らしてドアを開ける。

 はっとして慌てて頭を下げる。


「ありがとうございました」


 そのまま二人は穏やかな空気のまま店を出て行く。

 すると間髪入れず、学生服を着た青年が走り込んでくる。

 真っ直ぐにこちらに来ると、落ち着かない様子で視線を泳がせながら言った。


「……祈り花は、ありますか?」

「…………え?」


 また?

 私が驚きで止まってしまっている間に、青年はふらふらと視線を彷徨わせた後、カウンターのそばにある祈り花を見つけ、手に取った。

 そのあとも、祈り花を求める人は途切れなかった。






「ただいま」


 ジョイが大きな箱を抱えて、工房のドアを開けて入ってくる。

 さぁっと風が駆け抜けて、工房や店内の空気を一気に洗い流してくれるようだった。

 作業台に箱を置いて、ジョイは一息つく。

 そんなジョイに店舗と工房を繋ぐ入り口から声をかける。


「おかえり、ジョイ。────あのね」


 矢継ぎ早に話そうとする自分を抑えて、なるべく冷静にジョイに伝えようとする。


「ん?」


 ジョイは不思議そうに、私を見た。


「祈り花、売り切れちゃった」

「…………え?」


 ジョイは何を言ってるのかわからないと言うように動きを止めた。

 そうだよね、と強く頷く。

 私もジョイが出かけて数時間で、こんなに売れるとは思わなかった。


「今もね、それでも祈り花はないかって、問い合わせがあるんだけど……」


 ちらり、と店舗に視線を向ける。

 そこにはつま先をトントントントン床に叩きつけて、祈り花があるかどうかの答えを待っている、くすんだ作業着を着た男性がいる。

 どうも落ち着かないようで、何度も店内に視線を走らせている。


「え? 本当? 光祈と星祈分も含めて、去年と同じくらい用意したんだけど」


 ジョイはそう言いながら立ち上がり、待っている男性と祈り花を確認する。


「…………まあ、売れる分は、悪くはないけど……」


 歯切れ悪くそう零し、ジョイは作業台に置いた箱を振り返る。

 手早く箱を開け、その中から加工前の祈り花をいくつか取り出した。

 それを私に見えるように持ち上げながら、ジョイは頷いた。


「ちょっと話してみるよ。ティア、ありがと」

「うん……」


 ジョイが言うように、売れる事は何も悪くない。

 でもなぜか、じわじわと不安が浮かんでくる。

 それを隠すように視線を落として、胸の前で手を握りしめる。

 ぽんぽんと、頭に温かい感触がした。


「大丈夫」


 顔を上げると、ジョイはそう言って小さく笑った。

 そして作業着の男性のところに向かい、声をかける。


「お待たせして申し訳ありません。祈り花ですが、現在、祈りの模様を刻んだ物は売り切れていまして」

「ああ、聞いた。刻んでなくてもいい。祈り花はないか」


 食いつくようにジョイに近寄り、男性は早口で答えた。

 ジョイは男性を見て頷く。


「刻んでない物は、こちらに」


 そう言って、箱から出した祈り花を男性の前に並べる。

 男性はほう、と息を漏らした。

 男性の目の前に置かれた祈り花を手に取り、小さく震える手で祈り花を抱きしめるように額に寄せる。

 そして喉の奥から、深く長く、息を吐き出した。


「……これをくれ」


 男性はその姿勢のまま途切れそうな声でそう言った。

 ジョイは頷いた。


「はい、ありがとうございます。こちらは……」


 ジョイが話し終わる前に、男性がポケットからお札を取り出してカウンターにドンッと置く。

 ジョイは頷きながら丁寧にそれを手に取って、男性にお釣りを手渡した。


「ありがとうございました。またお越しください。お気をつけて」

「────ああ」


 男性は、カランと呼び鈴を鳴らして出ていった。

 男性の背中は人通りに消えていく。

 もう姿は見えないのに、そこから目を離す事がなかなかできない。


「────なんか、気持ち悪いよな」


 言い方悪いかもしれないけど、と小さく零しながら、ジョイは工房に入ってくる。

 そして箱の縁を持って、じっと中を見た。


「やっぱり、ちょっと変、だよね……?」


 私の勘違いかもしれない。思い込みかもしれない。

 でも胸の奥で、警鐘が鳴り止まない。


「俺は変だと思う」


 ジョイは箱の中から、十本程度の祈り花と金属線を取り出す。


「朝の売れ方が少し気になったから、念のために仕入れ先を確認して、少しだけ分けてもらってきた」

「そうなんだ」

「うん。でも、それも変でさ。加工前の祈り花はたくさんあるのに、加工に使う金属線はどこも品薄なんだ」

「両方必要なのに?」

「そう」


 ジョイは祈り花から視線をあげて、私を見た。

 どくんと、心臓が不穏な音を奏で始める。

 ジョイの真剣なその目が、これは異常だと証明しているように思えて不安になる。


「そもそも俺が出かけた本来の目的は、誕生祝いの人形の部品が欲しかったから。どうしても欲しかったから、次の便までの時間も惜しかったし、自分で取りに行ったんだ」


 ジョイは視線を落とした。

 どこかジョイの表情に影が落ちた気がした。

 胸の前で握っていた手にぎゅっと力が入る。


「一応前もって連絡してたはずなのに、欲しかった物は用意されてなくて、似た物ならあるって言われた」


 ジョイは首を振り、苛立ちを抑えるように目を閉じた。


「似ているだけで、同じじゃないのに……」


 呟くように小さく落とされる。


「……いつもそうなの?」

「まさか。いつもなら用意してくれているし、難しかったら前もって連絡をくれる。さらにダメな時にそういう提案もあるかもしれないけど……」

「……そもそもの対応が、なんか変だよね」

「ああ。こんな事、今までなかった。直接何か事件が起こってるわけじゃない。でも……」


 やっぱりって、どくどくと、心臓が暴れた。

 服が破れてしまいそうなくらい、強く握りしめる。


 頭の中に、あの二人の事が浮かぶ。

 百年前、この街を壊滅的に破壊した、あの二人が。

 あの二人がまた、何かを起こそうとしているのではないかって。


「絶対に、何かがおかしい」


 ジョイは遠くを見つめ、厳しい顔をしている。


「私……」


 胸がきりきりと締め付けられる。

 私が、二人を早く見つけなかったから。

 私が、早く動かなかったから。

 私が、弱いから。

 私が、逃げたから。


「ティア」


 はっ、といつの間にか止めてしまっていた肺が動く。

 ジョイを見る。


「ティアのせいじゃないよ」


 ジョイはまるで自分が痛いというように、笑った。

 私はその笑顔に笑い返す事ができなかった。




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