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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第4楽章 裏警察編成編
49/50

Ⅳ.相棒 -Noah-


――この日、初めて覚えた感情に小さな少女の胸は温かくなった。

 この子と一緒に、この世界を生きていくんだ。




 とある朝。

 ボスであるグレアのいる執務室の扉を開けたら、見知らぬ黒髪眼鏡の男子がグレアと何やら取り込み中でした。


「……」


――バタン。


 弥王(みお)は、開けた扉をまた閉めた。

 何だこの状況、デジャブか?

 扉を閉めたかと思うと、一点を見つめて動かなくなった弥王に、相棒の璃王(りお)が訝しげな瑠璃色の瞳を向けてくる。


「どうしたんだ?」


 璃王に声を掛けられ、弥王は黙って璃王へ場所を譲る。

 何も言わない弥王に不思議そうな視線を向けながらも、璃王は木製の重厚な扉を開けた。

 ギィィィ……と年代物の木が軋む音を響かせながら扉が開いて、閉め切っていた部屋の中の暖かな空気が頬を掠める。

 部屋の中を見れば、デスクを挟んでグレアと向き合っている黒髪男子が視界に入った。

 しかも、彼はこれまで弥王たちがいたウェストスター校の制服を着ている。


「……失礼した」


――ギィィィ……バタン。


 璃王は無表情に扉を閉め、弥王へ向き直ると彼女の肩を掴んでガクガクと揺らす。


「何だよ、彼奴!? 誰だよ!?

 ウェストスター校の制服着てたぞ!?」

「知るかよ! 璃王が知らないのに、オレが知ってるワケがないだろ!」

「しかも、呪力もないぞ、下手したら表社会の人間(ライト)じゃないのか!?

 なんで表社会の人間(ライト)がいるんだよ!?」

「だから、オレに訊かれても!!

 ちなみに、O.C.波も感じないから幻奏者でもなさそうだぞ」


 顔面蒼白で言い合う二人。

 彼が表社会の人間(ライト)であれば、裏警察(シークレット・ヤード)にいるのは非常に宜しくない。

 というのも、裏警察(シークレット・ヤード)の存在は一般には秘匿されている存在だからである。

 その為、彼が表社会の人間(ライト)であるなら、その存在を彼は何処で知ったのか、という話になるわけだ。


 弥王と璃王が言い合っていると扉が軋む音が聞こえ、執務室の中から扉が開かれた。

 そちらへ視線を向ければ、呆れた様な顔でグレアが自分達を見ている。


「何をしているんだ、お前達は?」


「早く入れ」とグレアは入り口から少し離れ、弥王と璃王を執務室へ入るように促す。

 戸惑ったような表情を見合わせながらも、璃王はとりあえず、グレアの言葉に従う。

 弥王もそれに続き執務室に入ろうとする……が。


「ミオン!」


 朝から鬱陶しいくらいの満面の笑みを向けてヴァイアーが駆け寄って来たので、弥王はすぐさま扉を閉めた。

 その数秒にもならない間に扉に人が激突したような鈍い音が響く。

 再び弥王が扉を開けるとヴァイアーがめげずに飛び出してきたので、その顔面に渾身の一撃を加えようと身構えようとしたが、その前にグレアがすかさず間に入り、ヴァイアーへ向かいその鳩尾に脚を叩き込んだ。


「ぐえっ……!」


 鳩尾を蹴られ、ヴァイアーの身体は床へ撃沈する。 ビクビクと体を痙攣させて中々起き上がらない所を見るに、彼は容赦なく蹴られたようだ。

 弥王は一瞬のことに目を丸くして、動かなくなってしまった。


「どうした、神南(こうなみ)? 早く入ってこいよ」


 グレアは何事もなかったかの様に深い海を湛えた瞳を柔和に細めて微笑むと、弥王を執務室に入るように促す。

 しかし、彼女はただ、呆然と扉の前に突っ立っているだけだった。

 そんな弥王へ何を思ったのか、いきなりグレアが彼女の手を取って、その体を自分の元へ引き寄せる。

 突然引っ張られた弥王だが、未だに状況を飲み込めなかった。


「まったく……扉の前でぼーっとするなって。 何だ、寝不足か?」


 インディゴの瞳が顔を覗き込んでくる。

 その優しい瞳に、甘い口調。

 きっと、彼に憧れる女性がそうやって迫られたら、陶器の様な頬を仄かに染めて喜ぶであろう微笑。

――しかし。

 弥王の反応は違った。


「気っ持ち(わんっる)っっっっ!?」


 弥王はグレアの手を振り払い、後退った。

 その声は勢いよく拒絶の言葉を吐き出し、グレアへ向ける瞳は懐疑的な色を湛えている。


「ちょ……、何があったんだよ、公爵? 何か悪いモンでも食べたのか!? ロランに食べさせられたのか!? ヤバい、何かすっげぇ……気持ち悪いっ!!」


「気持ち悪い」を強調して、弥王は粟立つ肌を落ち着かせるように腕を擦る。

 背中には依然と寒気が這い、体中の鳥肌が暴れ出す。 別の種類の寒気が弥王を襲った。


 それは無理もないことで。

 弥王が学校に通う前まで、彼女の正体を知ってもグレアはこれまでと変わらずに弥王に接していた。

 そう、つまり、今まで通り「上司と部下」「兄貴分と弟分」のような関係のまま来ていたのだ。

 それが、今日になって一体どうしたというのだ。

 いきなり態度が変わったグレアが気持ち悪く見えるのは仕方がないだろう。


「何だお前、ツンデレか? そこも可愛い所だけどな」


 寒気に拒絶する弥王の言葉にも動じず、そして弥王の心中も知らずむしろ微笑みを湛えたままグレアは優しく弥王の頭を撫でる。

 外見操作で姿を変えている弥王だが、その紫に透ける黒髪は柔らかくてシルクの様だった。

 頭を撫でられた弥王の顔には、戸惑いと不快気が混ざった何とも言えない表情が走る。


「ファブレット公爵……? 冗談抜きで気持ち悪いんだが……。

 ほら、見てみろ。 鳥肌が半端ない」


 シャツの袖口を捲り上げ、白い腕を晒す弥王。

 彼女の腕にはぶつぶつと鳥肌が立っており、体が冷えているようだった。

 それを見たグレアは何かを思い付いたかの様な顔をすると徐にジャケットを脱いで、それを弥王の肩に掛ける。

 ふわり、と爽やかな香水の匂いが弥王の鼻腔を擽った。


「何だ、冷え性か?

 幾ら建物内だからって、それだけじゃ寒いに決まっているだろう」


 顔を覗き込んでくるインディゴの瞳は相変わらず優しいもので、今までの不快感は何処かへ行ってしまったかのように弥王はそっぽ向いた。

 その白い肌は仄かに赤く火照っているが右半分を前髪で覆っている為、グレアからはそれが見えない。

 確かに、弥王は白いシャツに黒いスラックスだけと言う薄着だ。


「あ……、と、あり、がと……」


 彼のジャケットの襟元を掴み、俯いたまま小さく礼を言う。

 その言葉にグレアは満足げに頷いた。


「弥王も公爵もさー。 朝から鬱陶しい」


 目の前でラブコメを展開されている璃王は、鬱陶し気な瑠璃色の瞳を弥王とグレアへ向ける。

 主にグレアの弥王への甘い態度に今にも砂糖を吐きそうだった。

 その隣にいたカナメも璃王の言葉に同意するように頷く。


「まったくだぜぃ。

 イチャるんなら、場を考えてくれッスよ」


 二人からの白い目線に弥王は気まずげに俯くが、対するグレアは気にした様子もなく、弥王の肩を抱いた。


「別に良いだろ? 殺意増し増しで喧嘩しているよりは。

 悔しいなら、リハルも彼女作れば良いだろ……、ほら、ちょうど神谷(こうや)と仲が良いんだし、神谷はどうだ?」


 何気なく言った言葉だった。

 それは、何も考えずに言った言葉だったのだ。

 しかし、彼の言葉を聞いたカナメの表情が凍てつく。


「ファ……ファブレ……ット……、公、爵……?」


 明らかにカナメはショックを受けていた。 漸く言葉を捻り出すが、それ以上の言葉は出ない。

 グレアは弥王しか見えていないのか、カナメの表情にも気付かずに「どうした?」と首を傾げる。

 カナメの隣で璃王は肩を震わせ、笑いを堪えているようにも見えた。

 そんな対極な二人の反応に尚もグレアは不思議そうな瞳をカナメへ向ける。


「オレ……女……、なんスっけど……」


 漸く絞り出されたカナメの言葉に、時が止まったような静寂が部屋へ落ちる。

 璃王以外がその驚きの事実に固まってしまい、誰も何も言わない。


「え……」

「嘘……」

「マジか……」


 明日歌(あすか)の呟きが落ちたのを皮切りに、ヴァイアーとJの呟きが落ちる。

 彼らは瞳を零れ落ちんばかりに見開き、動揺していた。

 弥王とグレアは黙って瞠若(どうじゃく)している。

 その中で一人、笑いから一転、呆れてしまったのか璃王は額を押さえていた。


「何だ、お前ら……知らなかったのか?」


 カナメ以外のメンバーが璃王へ視線を向ける。

 どうやら彼女だけはカナメの性別を知っていたらしい。


「カナメは女だ……、っつーか、公爵。

 初めて会った時に手の甲にキスされたクセに知らなかったのか?

 弥王もJもアスもその光景を見ていたろうが。

 男が男に敬意を込めて指先にキスをするってのもあるが……それは指先だ。 手の甲じゃねぇよ」


 はぁー、と呆れた溜息が零れる。

 この世界で同性愛はまだ少数派であり、世論は男女が恋仲になって結婚する、というのが主流の考えである。

 そんな世の中で手の甲へのキスは愛情を示すものであり、恋情のアピールとして行われる。


 璃王の言葉を聞いたヴァイアーは直ぐに生き返った様に立ち上がると、弥王をグレアから離した。

 突然肩を引っ張られた弥王は、ヴァイアーの腕の中へ収まってしまう。


「公爵には近付くな、ミオン。

 女が近付くのを簡単に赦す様な男はお前には相応しくない」

「かと言って、お前が抱き着いてくるな、ヴァイアー。 鬱陶しい。

 あと、オレは弥王だ。 その名前で呼ぶな」


 ヴァイアーの腕から逃れようと彼の胸板を押し返し、眉根を寄せる。

 裏警察(シークレット・ヤード)で行動する以上、弥王はこれまで通り性別を知られても少年のまま過ごすことにしているのだ。

 弥王の幻奏術による外見操作は、周りの人間から見えた姿を変えるだけでなく、体そのものも作り変える為、男の子の姿の方が弥王にとっては動きやすい。


 弥王にまたしても振られたヴァイアーは床に手を突いて撃沈した。


「……で、そこの少年は誰だ?

 グレータス様じゃないよな? 黒髪だし」


 弥王は話題をこちらに視線を向けている少年へと向ける。

 黒髪黒目に黒縁眼鏡の少年。

 髪と瞳の色以外はグレアの三番目の弟であるグレータス・リズ・ファブレットに似ていた。

 グレアはまるでその少年の存在を忘れていたかの様にそちらへ視線を向けると「あぁ…」と呟いて。


「彼は、グレイがウェストスター校から職権濫用して拉致ってきた、リゾット……」

「リゾットじゃないです、アゼットです。 アゼット・ヴ・ラッセル。

 今晩のディナーみたいな名前にしないでください」

「――まぁ、神谷(こうや)の部下にでもしようと思ったらしい」

「待て、公爵。

 色々と突っ込み所があるんだが、この際は黙っておくとして、何故、俺の部下に?」


 ツッコミどころ満載のグレアの話には目を瞑り、疑問をグレアへと向ける。


「部下ならカナメとアスさえ居れば良いんだが」


 璃王としては、自分が顎で使える最低限の部下さえいれば、後は自分が動くので特に大人数の部下は必要としていない。

 現状、部下の人数は充分であった。

 これ以上部下を増やされて、自分の仕事が減るのは勘弁願いたいところである。 特に戦闘系の仕事。

 璃王の意図を察したグレアは、彼女の好戦的な性格を改めて思い出し、苦笑する。


「去年の健康診断の後からデュランダンテにせっつかれてたんだよ。

 少しでもお前に部下を増やして、お前の負担を軽減しろとな」

「く……っ、ロラン、余計なことを……」


 眉を顰めて毒づく璃王の声は低く、舌打ちも忘れてない。

 彼女が好戦的な性格だという事は知っていたグレアだが、まさかここまでとは思わず、呆れを通り越して感心すら覚えた。


 グレアも、ロランからは詳細は伏せられているが、璃王は不治の病を患っていると告げられているのだ。

 その病の進行を少しでも遅らせたいから、璃王の任務についてはセーブするようにとドクターストップもかかっている。

 そんな状況だったが、思うように裏警察(シークレット・ヤード)に人員が来なかったのもあって今まではそんなことも言ってられる状況ではなかったが、去年の璃王の健診の時にロランから遂に「璃王を殺す気か?」とジェノサイド飯片手に脅されたこともあり、人員補充をすることになったのだった。


「今、神南(こうなみ)はクレッジェ、神月(かんづき)、ゲーゼの三人の部下が居るだろ。

 対する神谷は、神月(かんづき)とリハルだけだ。

 だから、神谷の部下にとグレイが引き入れたんだよ……、お前達がウェストスター校に行ってる間に」


 色々と突っ込みたいところはある。 だが、それももう面倒臭くなった璃王は、とりあえず黙ることにした。

 面倒くさくなったら黙るに限る。 グレイの職権乱用は突っ込んだらキリがないのだ。


「それで、話なのだが……、今日から、神南と神南の部下、神谷と神谷の部下で部隊を作ろうと思う」

「いきなり急だな。

 部隊つっても任務はどうせ、個別で受けることの方が多いんだからあってないようなもんになるだろ」


 璃王の言う通り、これまでは弥王の元にJとヴァイアー、明日歌がおり、璃王の元にカナメがいた。

 しかし、“部下”とは名ばかりであり、明日歌以外は個々が優秀である為任務はグレアがそれぞれの能力や特性に見合った物をそれぞれに割り振って、時には個人が適当にグレアから任務を掻っ攫い、基本的には個別活動していたのだ。

 個人でもレベルの高い死宣告者たち。 彼らが集団で動けば、凶悪まであるメンツである。

 その為、ソロ活動が基本方針となっていた。


「本音を言えば、神南と神谷を幹部として、その下に部下を配置することで人員の管理をお前らに分散したい思惑がある」

「自分が楽したいが為かよ!」


 グレアの口から零れた本音に璃王は呆れた声を零しながら額を抑えた。

 しかし、彼には自分の言葉は聞こえないらしい。 彼は構わずに話を続ける。


「部隊の編成だが、神南は主に中・遠距離タイプの部下が多いから、後方部隊。

 神谷は近・中距離タイプの部下が多いから、近接・中距離部隊としようと思う。

 神月は状況に応じて、神南と神谷のサポートだ」


 グレアの部隊編成を聞いた弥王は近くの壁に背を凭れ、腕を組んで「ふむ」と顎に手を当てる。

 確かに、弥王は彼女を含め遠距離特化の人員が揃っている。


 弥王は銃撃戦や狙撃、O.C.波も遠距離範囲攻撃タイプなので、遠距離特化であり、Jもチャクラムと呪幻術の中・遠距離特化、ヴァイアーも電撃を上手いこと使えば中・遠距離特化になるだろう。

 対する璃王は自身の(クロー)を武器とした近距離特化の戦術を駆使する。

 呪幻術はあくまでサポートの意味合いが強い。

 カナメも武器としては璃王と同じ刃物を扱い、呪幻術はあくまでサポート。

 二人して近距離特化である。


 隊の編成は悪くないだろう、と考えた弥王だったが、ひとつ懸念事項があった。


「最近の明日歌の戦闘能力と状況判断能力によるだろ。

 J、明日歌の教育はどんな感じだ?」


 弥王の言うように、明日歌をサポートに回すには、彼女の能力が鍵になる。

 Jへと質問を飛ばした弥王へ、彼女は不思議そうな表情を向けて「えっ……」と声を落とす。


「悪ぃ、J。 書類の山と格闘していたから、報告書の内容が頭に入ってなかった。

 一応は読んだのだが……。 改めて説明してもらって良いか?」


 Jへの申し訳なさから、眉を下げて弁明する。

 弥王はウェストスター校へ行く前にJに明日歌の教育を頼んでいた。

 そして、本部に戻ってきた時に彼女から明日歌の教育報告書を提出されており、それに一通り目は通したが、その後の書類の始末に追われて頭に入っていなかったのだ。


 珍しく申し訳なさげな表情で俯く弥王へ仕方なさげな満礬柘榴石(マンダリンガーネット)の瞳を向けひとつ息を吐くと、報告を始めた。


「この数日、アスには弓矢を使って訓練させていた。

 アスにとって、弓矢の方が扱いやすいんだろうな。 直ぐに使いこなしたんだ。

 ナイフやワイヤー、サーベルも普通に使えてる。

 時々、様子を見に来ていた女王陛下がサーベルの使い方をアスに教えてくれてたんだ。 ただ……」


 そこまで言うと、Jは言いづらそうに言葉を切って、隣の明日歌へ視線を移した。

 Jに視線を向けられた彼女は幼い顔に不思議そうな表情を浮かべ、小首を傾げている。

 ややあって、Jは報告を続けた。


「アスは状況判断能力が規定レベルより低いんだ」


 Jはこれまで、明日歌と共に戦闘訓練をしながら、彼女の能力値を測定していた。

 単純な指示を飛ばせばその通りに動けるものの、彼女は“自分で状況を判断して動く”という事が苦手なようで、Jがフェイントを仕掛けたり奇襲するような攻撃を彼女へ向けると、対応できなくて攻撃を食らってしまっていた。

 例えば、複数の攻撃が一度に自分へ襲い掛かってきたら、対処法が分からずにフリーズしてしまう――そんな感じである。


「なるほど、それを補えるサポート役が必要になる、という訳か……」


 弥王は足を組み替えて唸る。

 常に一緒に行動できるわけではない為、明日歌がこれからも任務に出るのであれば、状況把握能力がないのは致命的になる。

 彼女を守るのは限界があるのだ。

 弥王と璃王が唸る中、一人だけ口角を上げている人物が一人。


「ファブレット公爵。 ニヤケ過ぎて逆に気持ち悪い」

「酷いな、神南」


 口角を上げていたのは、グレアだった。

 しかし、彼の言葉は無視され、弥王は璃王へ視線を向ける。


「オレも璃王も、いつも明日歌の傍に居る事はできないからな……。

 最悪、俺たちが任務中にここが襲撃を受けたら、明日歌を守る手段が本当にない。

 どうしたものか……」

「そうだろうと思って、神月(かんづき)にいいパートナーを紹介してやろうと思ったのに……」

「パートナー?」


 自身を無視して話を進めようとする弥王にグレアは肩を落とした。

 今日、弥王の自分への扱い酷くない? と泣きたくなるが、そんなグレアの想いも知らず、弥王が首を傾げる。


「あぁ……、もうそろそろ着く頃だと思うが――」


 言葉の途中で、ギィィィ……、と木製の扉が軋みながら開く音がした。

 暖炉を焚いて暖かかった部屋は突然扉が開いたことにより寒気が流れ込んできて、部屋の中の温度が下がる。


 カツカツとヒールブーツが床を叩く音を響かせながら、一人の少女が執務室へ入って来た。

 肩より少し短い程度の栗色の髪を靡かせ、気の強そうな琥珀(アンバー)の瞳はまっすぐ前を向いている。

 年の頃は弥王と同じくらいだろうか。


「はぁい。 久し振りね、グレア。

 会いたかったわ」

「久し振りだな、リリーナ」


 どちらかともなく仲睦まじく手を握り、グレアと少女は微笑み合う。

 少女は強気な瞳に柔和な笑みを湛えてグレアを見上げている。


「……で、話にあった女の子は……、あぁ、こっちのちっちゃい子ね」


 グレアにリリーナと呼ばれた少女は、明日歌へと視線を向ける。

 話を振られた明日歌は思わず反射的に少女へ頭を下げた。

 その初々しい様子に微笑ましく感じた少女は優しく微笑む。


「彼女はリフィ・リリーナ。

 大和の独立大規模軍事組織”LOMA”の特殊任務部隊研究開発部の隊長をしているんだ」

「大和独立大規模軍事組織“LOMA”特務隊“R&D”隊長のリフィ・リリーナよ。

 私は普段、兵器等の製造や整備に携わっているの、よろしく」


 グレアから紹介された少女は改めて自分の名前と所属を名乗る。

 自身のボスであるグレアやグレイは、とにかく顔が広い。 異国に知り合いがいるほどだ。

 なるほど、このリフィと名乗った少女も、グレアやグレイの知り合いと見て言いのか。

 彼女に対してグレアも特に警戒心があるわけではないのは、彼の表情からも分かる。


「そう言えば、今日は藤井はどうしたんだ?」


 ふと疑問に思ったグレアがリフィへ問いかける。

 いつもなら彼女の隣には、白銀に水色が混じったポニーテールに青い目の少女がセットでくっ付いてくるのだ。

 今日は居ないみたいだが──。


由香那(ゆかな)なら、グラン帝国(こっち)に着いた瞬間に在倶(ざいぐ)中のLOMAに行ったわ。

 どうせ、渡邊(わたべ)少佐に会いに行ったんでしょうね。

 まったく……、あンの鈍感カップルは」


 グレアの疑問に答えながら、途中から上官への愚痴へと変わる。

 グラン帝国に着くなり、一緒にいた少女――藤井由香那は、グラン帝国に駐留中のLOMA基地へ行っていた。

 その為、裏警察(シークレット・ヤード)本部へはリフィ一人で来たという訳だったようだ。

「ま、いいわ。 それより……」と、リフィは明日歌へ視線を向けると、彼女の目線に合わせるようにしゃがみこんで、その綺麗なアクアマリンの隻眼を見つめる。


「貴女……機械は扱える?」

「え……?」


 優しく問いかけてくるリフィに明日歌は戸惑いの声を漏らし、琥珀色(アンバー)の瞳を見つめ返した。

 リフィは明日歌の返事も待たず、鞄から箱掌サイズよりも少し大きめの箱を取り出して、蓋を開ける。


 箱の中には、掌サイズの黒い液晶画面と小型液晶モニターが付いたリストバンド、それとケーブルの様なモノが入っていた。

 初めて見るその機械に明日歌は興味津々に見入る。

 裏警察(シークレット・ヤード)で支給された携帯端末や小型通信機、裏警察(シークレット・ヤード)内で設置されているコンピューター以外で初めて見る機械だ。

 初めて見る物というものは、どうしてこう胸が躍るのだろう。


 明日歌の期待の眼差しを受けながら、リフィは黒い液晶画面を取り出して彼女へ渡す。 受け取ったそれは、板のように薄く、現在普及している携帯端末よりも画面が大きい。


「それが貴女のパートナーよ。 疑似人格自律コンピューターのノア。

 彼女は試作段階だから、まだ軍に導入する事はできないの。

 まず、ここを押して電源を入れて」


 言われた通り、明日歌は液晶画面の横にあるボタンを押す。

 すると、画面に砂嵐が走り、軈て画面がホワイトアウトした。

 その数秒後、真っ白の画面の中に幾筋もの電流が走って、画面の中心に光の粒子が集まり、それは人の形を形成する。

 明日歌はそれをワクワクした表情で見守っていた。


 暫く画面を見つめていると、ライトグリーンのツインテールに目を閉じている女の子の姿が映し出された。 膝から下の脚はなく、少女は所々が欠けており、粒子を辺りに散らせている。

 ややあって少女は目を開けた。 髪と同じ、金緑石(クリソベリル)の瞳は、明日歌を茫然と見つめている。


「コ、ン……ニチ、ハ……、マス……タ……」


 機械独特の音声に無表情な女の子は、自己紹介をする。


「ワタシ、ハ……ギジ、ジンカク……ジリツ、コンピューター……ノア、デス……。

 ノア、ト、オヨビ……クダ、サイ」


 ノアと名乗った少女は、言葉を覚えたての人間のようにたどたどしい喋り方で話す。


「ノアはまだ、インプットされた言葉をそのまま言っているだけだから、今は無機質で感情のない喋り方をしているの。

 だけど、貴女達が話し掛けたりする事でAIが感情や言葉を自分で覚える様になっていくわ」


 リフィの説明に明日歌は、自分に妹が生まれたかのように胸の内が喜びで満たされていくのを感じる。

 初めて妹ができるというのは、こんな感じなのだろうか?


「私は神月(かんづき)明日歌(あすか)。 よろしくね、ノア」


 明日歌は画面の中のノアに向かって微笑む。

 自分が弥王や璃王たちにしてもらったように、優しさを彼女にも分けてあげられたら。

 初めて自分が“お姉ちゃん”になれるような予感と共に、この子を大切にしよう、と思う。


「ヨロ……シク……」

「で、このリストバンド。

 ケーブルを繋げる事によって、液晶本体からノアを小型液晶モニターの方へ移動させる事ができるわ。 戦闘中はずっと、ノアを小型液晶モニターに移して置くこと。

 じゃないと、リストバンドが使えないからね。

 で、肝心のリストバンドだけど、リストバンドからはワイヤー、麻酔針、毒針が出てくる仕組みになっていて、それらの操作はノアがしてくれるわ」


 リフィは、小型液晶モニターが付いたリストバンドを取り出して、明日歌へ手渡す。

 明日歌がそれを受け取り、液晶画面を何処に置こうか迷ったように辺りを見回と、それを察してくれたリフィが手を差し出してくれたので、一旦、画面はリフィへ手渡した。

 リフィが見守る中、明日歌はリストバンドを手首に巻きつけようとするが、ベルトの部分を上手く締められない。


「あぁ、ほら、貸して。

 着脱は暫く、誰かに手伝ってもらうことね」


 モタモタとした手つきでリストバンドを付けようと試行錯誤する明日歌からそれを取り上げると、リフィは呆れながらも手際よく手首にリストバンドを巻いてくれた。

 リストバンドは液晶モニターより一番近い穴に留め具を固定しても、明日歌の手首が細すぎるのか、少々ぶかぶかだ。


「……、貴女、ご飯ちゃんと食べてるの?」


 明日歌の手首を持ち上げて、リフィは眉を顰める。

 ただでさえもこんなに小さい子が裏警察(シークレット・ヤード)にいるというだけでも心配なのに、その上、本当にちゃんとした食事や生活をしているのかと疑いたくなるほど、明日歌は小柄だった。

 もの言いたげに眉を顰めてこちらを見つめてくる琥珀色に、明日歌は戸惑いつつも頷く。


「え……っ、食べてる……。

 弥王さまと璃王さまが作ってくれるの……、美味しいから、たくさん食べてるけど……」

「これで沢山食べてる!? 嘘でしょ!?

 もっと食べなさい、せめて、ここの穴に通したら手首がきつく感じるくらい!」

「えぇ……」


 液晶モニター近くの調節穴を差して、アンバーの瞳が迫ってくる。

 その瞳は、本気で明日歌を心配して言っているのだと言外に伝えてきていて、それを感じ取った明日歌は少し身を引いた。


「は、はい……」


 リフィの剣幕に明日歌はどうにか頷いた。


「話が逸れたわね。

 一応、リストバンドも本体のデバイスも耐水性ではあるけど、なるべく濡らさない様に。

 普通の雨ならまだ耐えるけど、土砂降りレベルに濡れると壊れるから。

 壊れてしまった場合、グレアに言えば直ぐに飛んでいくわ」


 グレアへ視線を向けるため顔を上げれば、後ろにいたグレアと目が合う。

 彼が頷いたのを確認して、彼女は再び、明日歌へ視線を戻す。


「ノアについての説明は以上よ。 何か質問はある?」

「た、多分、大丈夫……。

 あの……ありがとうございます!」


 質問を聞かれても特に思いつかなかった明日歌は、不安はありながらもスカートの裾を摘み上げてしっかり頭を下げる。

 平民と言えど裏警察(シークレット・ヤード)に入隊してからは礼儀作法もきちんと習っているので、最低限の立ち居振る舞いはできている。

 そんな何もかも不慣れな様子の明日歌に微笑み、立ち上がりながらリフィは彼女の頭を優しく撫でる。


「ノアの事をよろしくね、明日歌。

 さて、私はそろそろ帰るわ。 研究員が心配だし。

 彼奴等、目ぇ離すと博打してるからね」


 軽く自身の部下への愚痴をこぼしつつ、ノアが入っていた白い箱を鞄に入れると、リフィはグレアへと近付く。


「それじゃ、また会いましょう、グレア」


 背伸びをしてグレアへ迫ると、リフィは彼の頬へ一つのキスを送った。

 唇が頬に触れた瞬間にそれを離し、琥珀の瞳を細めて微笑む。

 その一部始終を見ていた弥王はその瞬間、胸を締め付けられるような息苦しさに襲われるものの、今見た光景を見なかったことにする。

 弥王とすれ違ったリフィは一礼すると、執務室から出ていった。

 ゆっくりと木製の扉が重い音を響かせながら、静かに閉じられた。


 リフィの姿が執務室から居なくなったその瞬間。

 ヴァイアーはグレアへと迫り、その胸倉を掴み上げる。 その瞬間にカナメはヴァイアーに銃を突き付けた。


「ヴァイアー、やめろ!」


 ヴァイアーの暴挙を目の前に、弥王は彼を咎める声を上げるが、彼はそれを聞かず、グレアを睨み上げる。

 アクアマリンの瞳は怒りで燃え、今にもグレアを殺しに掛かるような殺気を彼へ向けている。

 胸ぐらを掴まれているグレアは、その怒りに燃え盛るスカイブルーの瞳をただ無表情に見下ろしていた。


「やっぱお前、女誑しじゃねぇか……」

「ねー、さっきまでリフィ居たでしょ?」


 殺気立ったヴァイアーの言葉は、窓の方から聞こえてきた何とも間抜けな声に遮られてしまう。

 その声に全員が窓へと視線を向ければ、そこには。


「女王陛下!?」


 窓の外から見えた姿に弥王が吃驚の声を上げる。

 窓の外にはグレイおり、彼女はワイヤーで宙吊りになっていた。 その手には銃が握られており、銃口からワイヤーが伸びている。

 今にも、奇怪な叫び声をあげながら飛び込んできそうだ。


「弥王、受け止めて~!」

「えっ、ちょっ!?」


 体を揺らしたグレイは、反動で大きく揺れ、そのまま銃の引き金から指を離す。

 すると、彼女の身体はそのまま執務室へと投げ出され、近くにいた弥王は反射で彼女の元へ駆け寄り、自分よりも一回り程小さな体を無事に抱き留める。

 彼女が無事なのは良いが、今の出来事で弥王の心臓が胸の中を暴れまわり、嫌な汗が背中を伝う。

 その鼓動のままに弥王はグレイを咎めようと声を上げた。


「へ……陛下!」

「今さっき、グレアの事を「女誑し」って言ったのが聞こえたけど……」


 弥王の心配などどこ吹く風の如く聞き流し、グレイはヴァイアーへ銀灰色の瞳を向ける。

 コツコツとカーペットを踏みしめながら歩く彼女は、Jの隣に立った。


「グレアは女誑しじゃないよ。

 寧ろ、女の子苦手なんだよね~、グレア」

「なっ、おい、グレイ!」


 グレアを見ながら彼をおちょくるように言った言葉は、グレアに咎められるも、本人は気にしていない。

 そして、グレイの言葉にその場にいた全員が驚愕し、目を見開く。 そして、その視線はグレアへと集中した。


「本当なのか、公爵……?」


 弥王はグレアを凝視する。 その瞳は彼へと疑惑の視線を送っていた。

 グレイはグレアに向かって、Jを突き飛ばす。


「うわっ!」

「おっ……と……」


 よろめいて躓き、転びそうになったJは床に倒れる寸での所で、咄嗟に手を差し出したグレアに抱き止められた。

 グレアとJ以外は、彼の顔を凝視する。


「ほら、グレアの顔、若干青いでしょ」


 グレイがグレアを指さす。

 確かに、彼の顔は普段から血色が悪いほど白いものの、それが更に血の気が引いたように青くなっていた。

 Jはグレアの顔を見上げる。 彼女から見たグレアの顔は青く、血色が悪い。

 Jは更に、ある事に気付く。


「公爵……震えてる……?」


 Jを支える彼の身体は強張り、指先が少しだけ震えていた。


「……早く離れてくれないか」

「あっ、わ、悪い……」


 無意識にグレアの口から出た声は低く、心底嫌がっているのが解る。

 Jはグレアを不思議そうに見つめた。


「グレイゼル家もそうだったみたいだけど、ファブレット家の人間って“この人!”と決めた人以外の異性を嫌う傾向にあるんだよねぇ。

 なんだっけ、気の遠くなるような昔、グレイゼルとファブレット家の先祖が何かしらの呪術? まー、呪いを自分に掛けたんだったか、伴侶に掛けたんだったか……、とにかく、その呪いのせいで子々孫々異性嫌いが発症するようになったんだよ」


 はるか遠い昔、グレイゼル家とファブレット家の先祖は、自身の操を生涯捧げたい人の為に自身に呪いをかけたという。

 その呪いが子々孫々にまで解けることなく遺伝してしまった為、ファブレット家の子孫は異性嫌いとなっていた。

 それは、グレイは勿論、グレアも例外ではないが――。


「ただ、グレアは立場とかあるからね~。 顔には出すなって事。

 その代わりに声に出るんだけど、逆に言い寄られてるってワケ。 お分かり?」


 グレイはヴァイアーを睨むように見た。

 ヴァイアーは先ほどの光景を見たから納得したのか、何も言わない。

 むしろ、彼は知ってはいけないことを知ってしまったかのような、後味の悪さを覚えてしまった。


「それで?

 グレイは何か用があって来たんじゃないのか?」


 微妙な空気になってしまった話を変えるようにグレアはグレイへ問いかける。

 すると彼女は何かを思い出したかのように銀灰色の瞳を揺らし、口を開いた。


「あ、いっけない、忘れてた。

 実は、グレア達の方で保護して欲しい子が居るんだけどさ。 その子達をホールに待たせてた!」


 グレイの言葉を聞いたグレアは、自身の妹の忘れっぽさに額を抑えて頭を振る。


「解った、今から迎えに行かせよう。 神南(こうなみ)、たの……」

「そんな必要はないさ」


 グレアの言葉は遮られると扉が開かれ、そして、少女の言葉が投げ掛けられた。


 開かれた扉には、柘榴石(ガーネット)の右目にサファイアの左目、流れるような深い海の髪に白いワンピースに身を包んだ少女と、柘榴石(ガーネット)の右目とサファイアの左目を持つ燃えるような長い炎髪の黒いワンピースに身を包んだ少女がおり、二人の少女の後ろには、紫光の髪にルビーとエメラルドの瞳を持つ少女と少女の後ろにフードを被った、首から錠を下げている人物がいた。

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