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Promessa di duo-太陽ト月-  作者: 俺夢ZUN
第4楽章 裏警察編成編
47/50

Ⅱ.拉致 -Taking captive-


――今日、この日、彼女の何よりも高いプライドはバキバキにへし折られてしまったのである。

「……おい、一般人をどうやって拉致る?」


 裏警察(シークレット・ヤード)本部を出た弥王(みお)璃王(りお)

 璃王は街への道を歩きながら、隣を歩く弥王に問う。

 今回は弥王も璃王も、白いシャツに黒いスラックス、その上にコートを着ているだけのラフな格好で、マントや仮面は付けていない。

 街中でそんな装いをしていたら、流石に怪しい人間である。


「知るかよ……。

 大体、誰を拉致るんだよ、誰を」


 弥王の投げやりな言葉に璃王は、グレイから貰った資料を見る。

 資料の名前を確認する前に一緒に添付されている写真が目に留まり、彼女は思わず立ち止まる。

 弥王もつられて立ち止まった。


「……、どうした?」


 立ち止まった弥王は、少し後ろにいる璃王を振り返り、問いかける。

 首を傾げれば、顔を上げた璃王の深い海のようなラピスラズリーの瞳と目が合った。

 

「こいつ……お前の知り合いじゃなかったか?」


 そう言って、璃王は資料を弥王へ突き出す。

 書面には写真と名前が記載されていた。

 名前を見なくてもわかる。

 在学中、嫌というほど顔を見ていた彼奴。

 資料の写真に映っているのは、オレンジ頭に空を映したようなスカイブルーの瞳、如何にもな不良スタイルの……


「ヴァイアー・ゲーゼ!?」


 数秒後、弥王はエメラルドの瞳をいっぱいに見開いて、その名前を驚いたように零す。

 グレイが“拉致って来い”と言っていた少年はヴァイアーの事だったのだ。

 璃王はふむ、と顎に手を当てる。


「なるほど、そうきたか……。

 確かにそれなら……」


 彼女は何かをぶつぶつと言っている。

 そして、弥王へと視線を向けた。


「弥王。 こいつの端末情報を知っていたりしないのか?」

「知らない事はないが……。

 呼び出すのは嫌だ」

「つってもなぁ。

 呼び出さなきゃ、どうしようもねぇだろ。

 ほら、彼奴の事だから、弥王が呼び出しゃあ学校から抜け出してくんだろ」

「げぇー……マジで?」

「大マジ」


 嫌そうに顔を顰める弥王に「ほら、早くしろ」と急かす。

 彼女は渋々携帯端末を開いてメールを打つ。

 文字を打ち終わった弥王は、璃王へと視線を向けた。


「……本当に送信しなきゃダメか?」

「早くしろ」

「本当に本当に?」

「うぜぇ、貸せ」

「あっ!」


 何度も確認してくる弥王に痺れを切らして彼女の手から端末を奪うと、璃王は容赦なく送信ボタンを押した。

 その様子を見た弥王が恨めし気に璃王を睨む。

 弥王としては本当に呼び出したくなかったらしい。


「お~ま~え~」

「ふん、いつまでも女々しくウダウダしているからだ。

 恋する少女じゃあるまいし」

「恋してないけど! 嫌なもんは嫌なんだよー!!」


 弥王が彼にしつこく言い寄られていたのは勿論知っているが、それはそれ、これはこれである。

 そもそも、グレイからの命令なのだ。 どんな手を使ってでも遂行しなければならない。

 いつまでもグダグダ文句を垂れている弥王を「行くぞ」と引きずると、璃王は待ち合わせ場所である路地裏へ向かった。


―― ――


―― ――


 ところ変わってウェストスター校の裏門。

 少年は周りに誰もいないことを確認するように左右を見回していた。

 周りに誰もいない事を確認すると、彼は鋼鉄製の門の隣、煉瓦(レンガ)が積み上がってできた塀の一部を押す。

 すると、そこだけレンガの接着が甘かったのか、向こう側に煉瓦が落ちる音がして、ひとマス分の空間が出来上がる。

 そこから自分が出入りできる分だけ煉瓦を取り除いて、少年は学園の外へ足を踏み出した。

 学校からの脱走に成功した少年は、ふと携帯端末が小さく振動していることに気付き、ポケットからそれを取り出す。

 画面にはメールが来たことを知らせる通知が来ていたが、そのアドレスに心当たりはない。

 いたずらメールだろうか、とも思ったが、少年はそのメールを開く。

 一応、内容を確認しておきたい。

 文面に目を走らせた少年は、驚いたような声を小さく漏らす。


「えっ!?」


 メールの差出人は、神南(こうなみ)弥音(みおん)――昨日、突然退学していった女の子からだったのだ。

 メールには短い言葉で「ミオン・コウナミです。町外れの薬屋の裏で待ってます。すぐに来い」とだけあった。

 町外れの薬屋、そこは去年廃業した薬屋だった筈だ。

 そんなスラム街の近くにどうして彼女が?

 もしかして、何か困った事に巻き込まれているのか?

 そうだとしたらすぐ助けなければ!


 少年――ヴァイアー・ゲーゼは、すぐに指定の場所へ向かった。

 どうやら、好きな女の子の事となると、あまり深い事は考えない性格らしい。


―― ――


―― ――


――場所は、町外れの薬屋の裏手。

 そこで弥王と璃王は、ヴァイアーが来るのを待っていた。


「そもそも、ウェストスター校にいる奴だぞ?

 あそこの学校、長期休み以外は外に出られないだろ」

「大丈夫だって。

 お前が呼び出しゃあ脱走してでも来るだろ。

 お前の事、甚く気に入ってたみたいだしな?」


 弥王の言うように、ウェストスター校は全寮制の寄宿学校だ。

 外へ出られるのは長期休みの間と、入院が必要な病気や怪我をした時のみであり、外に出るにしても最高のセキュリティを持つ正門を突破しなければならない。

 その為、脱走は不可能に近い筈である。

 そんな監獄のような場所にいる人間が、呼び出されてホイホイ外に出てこられるとも思えないのだが――。


 と思った弥王だったが、彼女はふと隣の璃王へ視線を向けた時、視界の端に人影の様なものがこちらへ向かって歩いてきているのを確認した。

 その姿をよく見ようと目を凝らして、見えたその姿に自身の目を疑う。

 


「……? 弥王?」


 口を軽く開いて一点を凝視する弥王に声を掛けるが、彼女は璃王の声に反応しない。

 仕方なく弥王が見ている方――自身の後方――を振り返れば、そこには、こちらへ近づいてくる少年の姿が見えた。


「……マジで来たよ」


 陽の光を受けて強く輝くマリーゴールドの短い髪は遠目からでも目立っていた。

 ぽつりと呟いた璃王は、隣の弥王の肩を叩き、命じる。


「弥王は路地裏に奴を追い詰めろ!

 俺は待ち伏せて、奴を捕獲する!」


 璃王の言葉に我に返った弥王は頷くと、地面を強く蹴って少年――ヴァイアーの元へ駆ける。

 璃王は弥王とは逆の方向、路地裏へ向かってその姿を消した。


「そこのオレンジ頭!」


 ヴァイアーが来た方向を塞ぐように回り込んだ弥王は、語気強く彼に声を掛ける。

 彼はその声にゆっくり振り返ると、こちらを睨むように見据えてきた。

 アクアマリンの鋭い瞳が弥王を捕らえる。


「誰だよ、お前?」


 ヴァイアーは疑問を抱きながらも問いかける。

 その声は固く、緊張していた。


神南(こうなみ)か……?

 いや、違うな。

 だが、あの顔立ちは……。

 いやいや、こいつは男だろ。

 それに、神南はそう、かなりスタイルが良い。

 だから、こいつは、神南の兄弟か何か……か?)


 ヴァイアーは目の前の少年を頭からつま先まで視線を巡らせる。

 姿は弥音(みおん)にそっくりだ。

 しかし、髪の色や何より体型が違う。

 目の前の少年は身長こそ弥音と同じくらい高いが、明らかに少年のような体型。

 弥音はスタイル抜群の女の子である。

 髪もフワフワと波打つ綺麗なブルーマロウであり、少年は陽の光を受けて紫に透ける黒、それも太腿まであるだろうストレートの長髪である。

 彼女とは似ても似つかなかった。


「オレの事は良いとして、同行してもらおうか」


 弥王はヴァイアーを目の前にした嫌悪感からか、冷たい口調で吐き捨てると彼に近付いていく。

 早くこの任務を終わらせて帰りたいところだ。

 すると、ヴァイアーは整った眉を顰めて低い声で言った。


「嫌だっつったら、どうするんだよ?」


 彼の挑発にも似た言葉に、軽く苛つきにも似た感情が過る。

 弥王としては、一刻でも早くこいつから離れたいのだ。 遊んでいるような暇はない。

 嫌悪感が先行した彼女は銃を取り出して、ヴァイアーの足元に向かって銃弾を撃ち込む。


――ガンッ、ガンッ!

 鋭い銃声が青空の下に響き、彼の足元の地面が抉れて弾痕が残る。

 手元の銃口からは硝煙が上がり、独特のイオン化合物の臭いが鼻を衝く。


「殺してでも、連れていく」


 緑玉の瞳は冷たい殺気を孕んで、目の前の少年を睥睨(へいげい)する。

 その剣吞な瞳を見て身の危険を感じたのか、彼は弥王の思惑通り路地裏へ向かって走っていった。

 弥王は路地裏へ消えて行ったその背中を追う為、煉瓦が敷き詰められた地面を強く蹴った。


―― ――


―― ――


 路地裏の物陰に潜んでいた璃王は、二つの足音がこちらへ向かってきていることを確認した。

 タイミングを見計らって、ヴァイアーがこちらに近付くと同時に物陰から身軽にその体を踊り出し、彼の行く手を阻むように着地する。

 彼は突然出てきた璃王に驚いたのか、一瞬だけ目を見開いて走る速度を落とした。


冥監獄(ヴォイド・ガッビア)!」


 その瞬間を見逃さず、璃王はヴァイアーへ向かって術式を展開する。

 璃王を中心に青と黒が混ざったような光が溢れる。


――冥監獄(ヴォイド・ガッビア)

 闇属性の呪幻術であり、対象を閉じ込める術式である。

 闇属性の呪幻術は璃王の得意分野。


 ヴァイアーは足元から現れた青黒い囲いに足を止めた。

 軈て、術式が彼を囲うように閉じ込める。

 それを見届けた璃王が近寄った、その瞬間――。


「うわっ!」


 ヴァイアーの居た場所から突然爆発が起きて、爆煙と砂埃が璃王の視界を奪う。

 術式は壊れてしまい、中空に霧散してしまった。


「なっ……何が……」


 璃王の術式が破られるのを初めて見た弥王が狼狽したように声を上げた。

 璃王の呪幻術師としてのレベルは中級。

 闇属性だけで言えば上級に近いくらいのレベルの筈である。

 そんな彼女の術式をいとも簡単に破ってしまった彼は、一体何なのだ?


「取り合えず、追うぞ!」


 戸惑う弥王を叱咤して、璃王はヴァイアーを追う。

 漸く視界がはっきりしてきて、前方にヴァイアーの後ろ姿が見えた。

 璃王に追いついた弥王は口を開く。


「彼奴……もしかして、呪幻術師(ユリア)か?」

「違うと思う。

 さっき一瞬、術式の中で彼奴が手首を切っているのが見えた。

 呪幻術師(ユリア)なら自傷行為をしなくても爆発くらいは起こせるし……それに、技の発動が遅かった様に見える。

 あと、呪幻術を使うにしても、自傷行為はしなくていい」


 弥王の言葉に首を振る、璃王。

 彼女の目には一瞬、冥監獄(ヴォイド・ガッビア)の中で彼がカッターの様な物を取り出して手首を切っているのが見えたのだ。

 璃王の言う通り、呪幻術師だとしたら、呪幻術を使う時に自傷をすることはない。


「まぁ、どちらにしろ……」


 璃王は呟く。


「彼奴は殺してでも連れて帰るぞ……」


 そう言った璃王の表情を見て、弥王はぎょっと目を瞠る。

 璃王は自身の術式を破られたことでプライドに傷がついたのか怒りに震え、その端正な顔に般若のような激しい形相を浮かべていた。

 隣にいただけで殺されるんじゃないかというほどの殺気付きである。

 それだけならまだしも、彼女は自身に掛けた(エッソ)(リフレッテ・)(ラスペット)の術式を解いて(クロー)を伸ばしていた。

 頭には黒い猫耳と尾てい骨のある場所からは尻尾が生えている。

 顔には、逆二等辺三角形の黒い痣が浮き出ていた。

 瞳は暗く沈むような深紅に猫のような瞳孔が開いている。


「いや、璃王!

 何、一般人に本気出そうとしてんだよ!?」


 思わず弥王は慌てたような声を上げた。

 璃王のその姿は半猫(はんびょう)。 彼女は自身がその身に宿す呪い“猫呪(びょうじゅ)”を解放したのだった。

 璃王は先ほどよりも身軽に走って、塀の上や屋根に跳び移る。

 そして、あっという間にヴァイアーに追い付くと、屋根から彼の上に飛び降りた。

 ヴァイアーに馬乗りになると、その首筋に(クロー)を当てる。


「観念しろ」


 ヴァイアーを見下ろす身はその瞳とは反対の冷たさを孕ませていた。

 しかし彼は、特に焦る様子もなく璃王の手首を掴んで握り締める。

 すると、ヴァイアーの手から眩いばかりの閃光が溢れて、一気にそれが放出された。

 流れてきたそれは、電流だった。


「くっ……うぁっ!」


 電流に耐えられなくなり、璃王はヴァイアーの上から弾き飛ばされる。

 璃王は地面に体を叩き付けた。 身体に鈍い痛みが走る。

 璃王が離れた瞬間を見逃さず、ヴァイアーは再び、逃走を始めた。


 その一部始終を見ていた弥王は璃王に駆け寄ると、彼女を抱き起こす。


「大丈夫か?」

「彼奴……やっぱ、殺る!」


 璃王は弥王の言葉には応えず、頬から滴る一筋の血を手の甲で乱雑に拭うと、ヴァイアーが逃げていった方を睨みつけた。

 その深紅の瞳には憎悪に似た色が宿っている。


「お前って、何気に“乙女”だよな」


 弥王は璃王を立たせながら、呆れたように言った。

 彼女は、璃王が殺気立った理由が分かってしまったのだ。


 璃王は、それこそ自分に傷付けられる人間がいるとすればそれは、師と仰ぐイリア私騎士団の副団長か自身の両親、若しくは両親の知人である璃王が闇属性の呪幻術の術式を真似た人だけだと思っているのだ。

 その世界一標高の高い山グレート・オリュンポスよりも高いプライドがある璃王にとって、自身に――それも、顔に傷を付けてきた人間は相当憎らしく映るだろう。

 いわば、プライドと顔を傷付けられた“オトメゴコロ”が鬩ぎ合っていると言えばいいのか。

 とにかく、彼女は弥王に、到底恋人の前では見せられないような激しい形相を向けて言った。


「弥王お前、歌え。

 彼奴の内臓をスクランブルエッグにしろ、俺が許可する」

「いや、璃王……一般人にそれはやりすぎなんじゃ……」


 流石の弥王も、一般人相手に何が起こるか分からないような能力を使うことには引け腰だった。

 O.C.波(オーシーは)は、下手したら聞き手に大ダメージを与えてしまうような危険な能力。

 勿論弥王も制御はするが、その制御は何故か聞く人間によっては予想外の方向――この場合は大抵、死――に作用してしまうのである。

 グレイからの命令は“拉致って来い”である。

 O.C.波ではオーバーキルもいい所の作用が出てしまうかもしれない。


 説得を試みようとする弥王に、璃王は最終手段だとでも言いうように肩に乗せていた掌サイズの鰐を掌に乗せ、彼女に突き付ける。


「それが無理なら、アリゲータの餌にするまでだ」


 アリゲータと呼ばれた掌サイズの鰐は、小さな図体で欠伸をするように大きく口を開けてみせた。

 赤黒い咥内にキラリ、と尖った歯先が鋭く輝く。


(こいつ、証拠隠滅含め殺る気だ!)


 璃王の冗談という言葉などない、と言いたげな殺意の籠った深紅の瞳を見て数秒。


「わーったよ、やりゃ良いんだろ、やりゃあ!」


 最後はやけくそだ。

 弥王ももうどうにでもなーれ!と投げやりに口を軽く開き、息を吸う。


「Tutto è andato, ciò che esiste sono promesse e sentimenti」


 

 低い歌声が路地裏に響く。

 その声は、死を引き寄せる絶望の歌声。

 弥王が得意とする“死の歌声(カント・ディ・モルテ)”であった。


 その歌声は、軽快なテンポでヴァイアーの耳に届いた。

 突然歌い出した背後を走る黒髪の“少年”に驚きつつも、彼はここで彼らに捕まったらどういう目に遭わされるか分かったモノじゃないと予感しているので、全速力で走る。

 何処へ向かって走っているのか分からないまま、ヴァイアーはとにかく、追いかけてくる“少年”二人を撒く為、適当な道を曲がったり塀を超えたりとでたらめに走った。


―― ――


―― ――


「悪夢と瑞夢

 真実と虚構 Ah 揺らぐセカイ――」


 弥王が歌い始めて数分後、漸くその効果が現れ始めた。

 ヴァイアーの身体が一瞬ビクッと痙攣したかと思うと、次の瞬間には走る足元に血の跡が続く。

 それはO.C.波に中り、内臓が損傷したことを示していた。

 歌を中断しようと璃王へ視線を向けるが、彼女はヴァイア―を顎で指し、「続けろ」と無言の圧力をかけてくる。

 仕方なく弥王は璃王の言うように歌を続けた。


 決して、璃王の光の宿らない冷たい目が怖かったわけではない。

 自分の命は惜しいものである。


「È un raggio di speranza

 Il senso della vita nasce dalla disperazione

 Con te lì, non ho paura di niente」


 弥王の歌により、先頭を走るヴァイアーは次第に動きが鈍くなって、遂にその場に足から崩れ落ちるように(くずお)れる。

 ドサリ、と地面に倒れ伏したヴァイアーを璃王は冷たい目で見下ろし、靴先で乱雑に彼の身体を転がした。

 倒れた彼は口の周りを自身の血で汚しているモノの、顔色はそこまで悪くない。

 呼吸が荒いのは今まで走っていたからだろう。


「はっ、ざまぁ見ろ。

 俺の顔を傷付けた罰だ。

 まぁ、これだけで済んだんだから、感謝しろ」


 (あざわらう)うかのように璃王は吐き捨てた。

 まるで自分の手柄のように言っている彼女だが、ヴァイアーを落としたのは弥王である。

 璃王の言葉に肩を竦めながら、弥王はグレイのみならずロランにどう言い訳をしようかと思考を巡らせるのであった。


―― ――


―― ――


 ヴァイアーを無事に捕獲した後、弥王と璃王は気絶した彼を裏警察(シークレット・ヤード)本部の医務室(メディカルルーム)に担ぎ込んだ。

 医務室にはロランがおり、彼女に軽く透過検査とヴァイアーの処置をしてもらい、彼はすやすやと寝息を立ててベッドで眠っている。

 弥王と璃王はというと、ロランから小言を食らっていた。



「弥王も璃王も! 表社会の人間(ライト)にO.C.波はダメでしょ!

 まったく、2人ともすぐにムキになるんだから!

 表社会の人間(ライト)は私たちの体とは強さが違うんだから、呪幻術もO.C.波もご法度なのよ!」


 輝く金色のセミロングに紅玉の目の女医──ロランは、担ぎ込まれたヴァイアーの状態を診てすぐに彼をこんな目に遭わせたのが弥王であり、その弥王は璃王に唆されたのだと状況を見て悟ってしまったのだ。

 幼少期から大人しいと思っていた璃王は実はとんでもない悪ガキなのである。

 それをロランも知っているため、弥王だけを怒ることはなかった。


「ま、まぁまぁ、解ったからさ、ロラン……、取り敢えず、落ち着こう? ってか、落ち着いてくれ」


 お説教がヒートアップしていくロランを弥王は宥める。

 ロランを興奮させてはいけない、というのは、弥王も璃王も幼少の頃から身を以て知っている。


「特に弥王!

 貴方、幻奏者(アウラ)ならちゃんと自分の能力の危険性分かってるんでしょ?

 彼がもし、中毒症状を起こしたら――ゴフッ!」


 弥王へ捲し立てていたロランだったが、彼女は言葉の途中で咳き込んでしまった。

 その口からは血が噴き出し、彼女は口を手で覆う。

 血が飛び散ってしまい、白衣の胸元は赤く汚れてしまった。


「あぁ、ほらもう、言わんこっちゃない!

 N! 悪いが、水を持ってきてくれないか!?」

「は、はい!」


 呆れたように弥王は声を上げると、丁度流しの近くにいたDr.Nへ指示を飛ばす。

 彼女は小さく咳き込みながらも白衣のポケットに入れていた薬を取り出して、1錠だけ口に放り込んだ。

 すぐに苦みが広がって、吐き出したいのを耐えながら、Dr.Nが差し出した水を手に取り、一気に飲み干した。


「ロ、ロランさん、どうしたんですか!?」


 ロランが血を吐いた場面を初めて見たDr.Nが狼狽えたようにロランへ声を掛ける。

 

「あぁ……まぁ、ロランの体質で……。

 自分のO.C.波に(あた)ってるんだよ」

「自分のO.C.波に……?」

「そう。

 自分のO.C.波を上手く放出できないから、その余分なエネルギーが自分に攻撃してくるんだ。

 だから、あれだけ興奮するなって言われてんのに……」

「いわば、自己免疫疾患のO.C.波バージョンだな」


 弥王の説明を璃王が分かりやすく付け足す。


 ロランは生まれつきO.C.波に異常を抱えており、彼女が興奮すればO.C.波が自身の内臓を傷付けてしまう。

 通常であればそんな事は起こらないが、生まれつき何らかの要因でO.C.波が自身を攻撃してくるのだ。

 詳しい原因はまだ分かっておらず、こちらも医術師や幻奏者が原因を解明する為、日夜O.C.波の研究が行われている。

 ロランも自身の病状の究明の為、何より、尊敬する医術師がO.C.波を研究している為、O.C.波の研究も行っていた。


「自己免疫疾患のO.C.波バージョン……そんなのがあるんですね……」

「O.C.波異常反応症……だったか。

 あぁ、これこれ。

 ここに、ロランが執念で集めたカゲツ・ユヅキのO.C.波についての論文があるから、読んでみたらいい」


 そう言って、璃王は本棚から1冊のノートを取って、Dr.Nへ手渡す。

 恐らく、ロランが日夜研究の為に熟読しているのだろう、そのノートは表紙が擦れていた。

 表紙にはロランの特徴的な文字で“O.C.波研究”と書かれており、ページを捲るとそれは、切り取った記事をノートに貼り付けたスクラップ帳の様だった。


「ロランの元で働くなら、こいつの無茶を止めて管理するのも仕事の内になるからな。

 こう見えて俺の主治医でもあり、俺の薬を作れるのはこの国でこいつだけなんだ。

 だからN、頼んだぞ」


 璃王は隣でスクラップ帳を熱心に読み始めたDr.Nの肩をポン、と叩く。

 彼は璃王から彼女の事を頼まれるとは思わなかったのだろう、一瞬だけ驚いたような表情を顔に走らせた後、満礬柘榴石(マンダリンガーネット)の瞳に力強い色を宿し、しっかりと頷いた。


「はい!」


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