79鬱陶しい令嬢は赤ん坊みたいに泣き出す
「では、宝石に例えようか。大国の宝石を借りたとしよう。汚したり壊したら貴公らはそのまま汚れたまま、壊したまま返すか?」
「そんなことはしません。洗ったり拭ったりして綺麗にしてお返しします」
「そうか」
例え話をすると言ったのにどちらも顔色を変えない。
「お前たちは宝石を汚したまま帝国に返すことになる」
「え」
「そんなことはしていません」
娘は驚き、父の方は否定するが王がまたそうしているのだと言うと怒ったように唱える貴族当主。
「たかが平民です!」
「小さな国の平民ではなく帝国の平民だ。同じではない」
「同じではないですか」
「お前たちのせいで今後帝国の貴族も留学する可能性がなくなった!」
「あ」
「それ、は」
平民のことだけで終わると思いきやそうじゃないと指摘され、気まずげな沈黙が部屋に漂う。
「どう責任を取る」
「責任は……帝国に詫び状を書きます」
「お前が?貴族筆頭とはいえ小国の貴族。帝国などに手紙を送っても読まれもしない」
王も棚に上げるけど理解させるためには王族が話すしか話をまともに聞かなさそう。平民を軽く見ているということは爵位があっても自分たちより低いと下に見るのだ。選民意識がある証拠。
王はもう疲れていた。王子のせいで周りから非難されて周りが突いてきて、疲労困憊。そんなことは知るものかと、ペコラが王の拳を握る姿を見ても遠慮はしない。
王子がやらかして国の秘宝で手を打った下手さには、もうちょっと国政のなんたるかを勉強し直した方がいい。貴族たちがそのことを知り激怒したことで、王家はバキバキに割れてしまったのだから。
次は責めた側の貴族とはいえ、この家が何か言ったわけじゃない。他の人たちが言ったので、もう関係ないなと何もしなかった。
貴族で王家の後ろ盾なのに何も言わないというのも問題になるはずだが、国が小さすぎて影響も何もない。
それでも貴族たちの王家への不満は溜まっている。王子が幽閉された件について次の王候補は、とまだまだ水面下でざわめいているのに。
「責任は貴公らには取れない」
令嬢まで起こしたことに頭に手をやる。
「私たちは王家を支える家です」
「帝国にとってそれは重要視されるのかと聞いている」
グッと色々言っていたマリナサの父は黙る。帝国に重要視されているとは言えない。親しくもない、会ったこともないのだから。
「無関係だろう」
王が相手の胸の内を当てる。それに何も言えず黙りこくる二人。王に怒られているという本来なら焦る事態にポケッと立っていたのに、今は震えている。
「無関係では、ありません……」
マリナサがここぞとばかりに何かを言おうとしている。転生者とでも言うつもりなのか?
言ってもまともに取り合ってもらえるとは思えないし、かと言って転生者だからなんだというのだろうか。
「よし、ここで発動」
ペコラがにっこりと、効果音が出そうなほどの上機嫌になって魔法を作動させた。
「赤ん坊化」
夢に仕込んでおいたからいつでも魔法を使える。今までなにもなかったのはここぞとばかりに使いたかったから。
「実は私はっ……」
言いかけた途中で無言になる令嬢。父親も王も何事かと顔に注目した。
「ふぇええんん」
「は?」
「なんだ?」
いきなり大人に近い年齢の少女が泣き始めて、両者は困惑する。
「ふええっ」
赤ちゃんみたいに泣く。王はついに非難逃れをし始めたのかと、瞼をぴくりと震わせる。
「貴公らは私を馬鹿にしているのか」
「いえ、そのようなつもりは!ま、マリナサ!」
流石に泣かれて困る父親は娘に声をかけるが、泣き声が大きくなるだけだ。
「っな、もういい!貴公は娘を連れて外に出ていけ」
「申し訳ございません!泣き止ませますのでお待ちくださいっ」
当主が言葉を尽くすが娘の鳴き声で聞こえない。
「マリナサ、やめなさい!」
貴族令嬢が王の前で声をあげて泣くなんて、夢にも思わなかったのだろう。元ではあるが未来の王妃になるはずだった者なのだ。
「貴公らは早く出よ。煩くてかなわん!」
王が怒った声の音で二人を圧する。ひっくとマリナサはさらに音量を上げて遂に父親は耳を塞ぐまでにうるさくなる。
女の声はソプラノ声で、感情のままに泣けばとんでもない騒音になっていく。王もこんなに酷い面会は初めてであり、女の泣き喚く声など聞いたこともない。
彼らは貴族なので、いつも整えられたものが誂えられる。わがままな子供を前に出される経験などないのだ。
平民の子供、教育熱心な大人ならば聞き覚えがあるほどの暴走。生憎、ここは王のいる城なので誰にも耐性が無く、兵士たちも無闇に近づかなくなっていた。
「うわあああんんん!」
王が連れていけとハンドサインをしても、兵士たちは上手く動けず二分間さらに延長された。
「ああ!うるさい!連れていけ!衛兵!」
「は、はい」
「マリナサ様、お身体、失礼させていただきます」
「あなた様も」
娘の父親も退出を促されて外へ行く。
「あ、ああ」
最後にちらりと、王の方へ顔を向けた男はすごく怒りを溜めた顔をしている主人の顔に、マズいとどんどん顔が顔白くなる。
「すみません、でした」
「……去れ」
王はぐったりとなりながら椅子に座り、手でシッシッと手を振った。
「は、はい。申し訳ございませんでした。また手紙を送らせていただきますので」
いらないと言いたげな顔で王は二人を見送り、最後に大きな深いため息を吐き出してこう垂れた。




