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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
マリアナの女神と補給兵Ⅲ

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第五章 最後の任務(4)


 アルフレッドは、突進を続けた。

 後ろに迫っているかもしれないエレナのことは、考えないことにした。


 ――ロッティがきっとなんとかする。


 自分を信じ込ませて、走った。


 フェリペの放った最後の弾丸が、左腿を掠めた。

 あまりの熱さに体がびくりと反応するが、気力でそれを抑えこみ、走る速度を増す。

 振り返って逃げに転じようとするフェリペの横腹に、全力のタックルを仕掛ける。

 馬乗りになって、拳を振り下ろそうとしたが、とっさに左膝を間に入れていたフェリペがアルフレッドを蹴り飛ばす。アルフレッドは左に転がるが、これは幸運と言えた。フェリペの逃げ道を塞ぐほうに蹴り飛ばされたのだから。


 すぐに起き上がる。二人の位置は入れ替わり、機械室に近い方に、フェリペ、そこに対面するアルフレッドという形になった。

 見るとフェリペも苦労して起き上がりつつ、両拳を握ってアルフレッドを迎え撃つ構えだ。


 たかが科学者が本職の兵士にかなうとでも思っているのか?


 アルフレッドは、確かにそう嘲りながら仕掛けたことが誤りだったと、あとで認めることになる。

 つまり、甘く見ていた。

 身長百九十センチメートルに及ぶフェリペの長身から繰り出される拳は、実際の倍以上の速さに見えた。加えてリーチも長い。

 かろうじて左腕でガードしたが、そこでアルフレッドの足が止まる。

 こいつはエレナを呼び寄せたはずだが、まだ出てこない、つまり、あの手前の機械室でロッティが足止めをしているのだろう。


 ロッティはエレナに勝てるだろうか。

 たぶん、勝てない。

 一人では。

 だから、たとえ囮役に過ぎなくとも、僕が駆けつけなければ。


 一人の魔人に対して、一人の魔人と一人の補給兵。


 いないよりはマシだ。

 フェリペを倒して、駆けつけねばならない。

 左に見える防弾ガラスの向こうにも動きが無い。

 ちょうど、機械棚の隙間からアユムの背が見える位置だ。

 彼女も動けずにいる。

 ロッティとエレナの均衡を崩せば、ロッティはすぐにアユムたちを救いに行ける。逆もまた然り。


 アルフレッドが勝ちを拾い、ロッティを助け、アユムたちを救うか。

 アユムたちが均衡を破り、ロッティを助け、アルフレッドに加勢するか。


 ――可能性が高いのは、明らかにアルフレッドの勝利だ。アルフレッドの勝負にすべてがかかっている。


挿絵(By みてみん)


 思い直し、気持ちを引き締め直す。

 アルフレッドは油断せずに構えを作り、じりじりとフェリペににじり寄った。

 多少息を上げていても、フェリペは余裕を取り戻してアルフレッドに対峙する。

 拳の一撃が兵士をひるませたことにある程度の自信を持ったと見える。完全にアルフレッドのミスだった。


 飛び掛ったが軽くガードされる。

 二の矢のローキックも一歩引いてかわされる。


 体術の心得があるのか?

 いぶかりながら、攻めあぐねる。

 止まってはだめだ。

 時間は敵に味方する。

 時間がかかればかかるほど、エレナとロッティのわずかな差は、その牙をむき始める。


 ――ロッティ。


 心の中でつぶやきながら、アルフレッドはさらに一歩を踏み出し、左、右、と拳を振るった。

 鍛えられた体から放たれた二連撃にさすがのフェリペもガードしながら一歩下がる。

 さらに前蹴りをしようとしたときだった。


 真正面に見えている廊下の突き当たりの扉の中に、三回、閃光がひらめいた。

 そして、小さな声。

 それは間違いなく、シャーロットのか細い悲鳴だった。


***


 それはもはや精神世界の戦いに近かった。


 シャーロットには、エレナの視界が見える。

 おそらく相手もそうだろう。

 普通の相手なら、その視界がどこを覆っているかはっきり見える。だからそれが逸れる隙を待てばよかった。


 だが、エレナの視界は、はっきりと見えなかった。

 それは、シャーロットが隙を突くだろうという未来視を得て、それを避けるために隙を塞ぐ、ということを繰り返し、その確率が一定の大きさで混じり合ってくるからだ。

 それは、シャーロット自身の自信と決断の度合いによっても左右される。

 ここに隙が生じるという確信が高まれば、その隙を突くであろうというエレナの未来視の確信も高まるのだ。


 初めて対峙したときには、もっとはっきりと見えていた。

 それは、シャーロットが、相手に未来視があるかもしれないという疑いを持たなかったからなのだろう。彼女は容易に確信し、相手にその確信を伝えてしまっていた。今考えれば、エレナにとってシャーロットを相手にすることは子供を相手にする程度に容易いことだったに違いない。

 逆に言えば、エレナの確信が揺れている今は、エレナに確信を与えない戦いができていることを意味する。


 だが、それでも、エレナの方が圧倒的だった。

 シャーロットが飛び出して引き金を引くかもしれない、という恐れがあるにも関わらず、彼女は凛と立ち、拳銃を水平に構え、いつでも迎え撃つという態勢を崩さずにいる。

 エレナに動きを封じられたシャーロットと、シャーロットの拙攻を待つエレナ。差は歴然だ。


 誰にも見えぬ攻防は、長い時間続いた。

 シャーロットの精神は、消耗の一途だった。

 飛び込んでくる何重にも重なった未来視は、彼女の思考に異常な負担を強いた。


 頭が痛い。

 めまいがする。

 目を閉じたい。


 だが、目を閉じたら終わりだ。

 次に目を開ける前に、エレナはシャーロットをしとめるだろう。

 シャーロットが、現実と未来をしっかりと視ている、それだけが、この拮抗を支えていた。


 廊下で大きな音がする。

 さっきの数発の銃声ではアルフレッドもフェリペもお互い傷つかなかったようだ。

 今の音は、人が倒れた音。

 ついで、バタンバタンと少し小さな音。

 組み付いてもみ合っている。


 アルがあんな奴に負けるはずが無い。


 心の中でつぶやいて、意識の糸を張りなおす。

 エレナの作る死の結界は相変わらず頭上を覆う。

 だが、その基点が、徐々に動いていることに気がつく。

 ゆっくりと出口に近づいている。


 三人のウィザードの援助を得てシャーロットがじりじりとエレナを圧していったときのように、エレナは独力でシャーロットを圧しながらじりじりと出口に向けて歩を進めている。

 このままでは、エレナがフェリペを救うのは時間の問題だ。


 深呼吸をする。

 意を決する。

 その瞬間、将来の自分の位置から未来射線が部屋の入り口方向に延びる。

 サイドステップしながら立ち上がり、銃口を未来射線に乗せて引き金を引いた。


 射線の先には、揺れ動くエレナの姿。

 弾丸の尾部が見える。

 エレナに向かって吸い込まれていく。


 が。

 そこにエレナはいなかった。


 そして、気がつくと、二本の未来線が自分の体を貫いているのを発見する。


 ――回避。

 表情の無い思考がどこかから湧いてきて、筋肉を動かす。

 自分の体の位置が動き、未来射線から逃れる。


 ――はずだったのに。

 その未来射線は突然いくつにも分裂し、彼女の体にねっとりと絡み、彼女を放さない。

 言いようの無い感情が湧き起こり、肺が異常な収縮を見せる。


 全ての『全知』が失われ、視界が真っ暗になる。


 筋肉が感じられなくなり、それは不規則に動く。

 直後、二回の閃光。

 数十ミリ秒遅れて破裂音。

 我に返ったとき、弾丸は彼女の脇腹をかすめて通っていた。

 さっき見た自分の未来位置とは全く違う場所に、自分がいた。


挿絵(By みてみん)


 それから、肺の収縮で吹き出した呼気が、小さな悲鳴となって口から漏れた。


***


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本作は三部作の「第2作」です。

第1作、第3作をお読みいただけるとより作品世界を楽しめます。

■第1作
魔法と魔人と王女様
本作の八百年後。ボーイミーツガールから始まる、王女と高校生の冒険! やがて、宇宙千年史に隠された、全知の知能機械・ジーニー、奇跡の反重力システム・マジック、星界を繋ぐ超光速航行技術・カノンの謎へたどり着きます。


■第2作
マリアナの女神と補給兵
本作。荒廃し見捨てられつつある、惑星マリアナ。戦乱の混乱の中、一人の補給兵が出会った少女は、死を恐れながら戦う女神だった。全知の力はどこから始まったのか。「最初の二人の魔人」とは。千年に渡る罪と絆の原風景。

■第3作
魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh
本作の四百年後。政治と宗教の間で泳ぐ第七位の王女と、千年を生きる不死の伝説。譲れない信念のぶつかり合い、そして、裏切り裏切られる一人の科学者。やがてたどり着く歴史の真実、彼女が四百年後に繋いだものとは――ここから魔法は始まった
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