第四章 殺人鬼(3)
翌日、シャーロットが軍病院に収容されているという知らせとともに、彼女の私物を持ってくるようにとの指示があり、アユムが荷物をまとめて届けた。
戻ってきたアユムの話では、面会はできなかったが、容態は落ち着いているとの説明を受けたそうだった。
ただ、退院がいつになるかは分からないと言う。
自傷事件ともなれば精神疾患を疑われるのが当然で、長期間をかけて精神の安定性を確認しなければならないらしい。
そもそも上官の命令に不備があったのではないかと指摘したものの、軍医にそれを調査する権限は無いと一蹴された。
その日も、四人は日常の訓練に参加した。
セシリアは嫌がったが、結局、エクスニューロをつけなければ一般人同然の三人は、それを使って訓練に参加することを余儀なくされた。
午後に、事件についての聞き取り調査が行われた。
他の三人がどのように証言したかは分からなかったが、アルフレッドは、憶測を交えずにありのままに話した。
掃討戦に参加したこと。
村で非戦闘員を殺害したこと。
帰還後にシャーロットが罪悪感に錯乱したこと。
エクスニューロとの関係については何度も質問されたが、アルフレッド自身が語れることは何も無かった。
錯乱がエクスニューロ取り外し直後に起こったことは事実だが、死に対する強い恐れはむしろシャーロットがもともと備えていた性向だ、と語った。
取調官がそれを信じたかどうかは分からない。
だが、エクスニューロの危険性という結論を彼らが導き出してしまったとき、シャーロットだけでなく、アユムたちも何らかの形で拘束されてしまうかもしれないと考えた末の回答だった。
アユムたちも無事に宿舎に戻り、ともかく彼らが拘禁されるという事態はひとまず起こらなかったことが分かった。
しかし、それよりももっと悪い事件が起こったのは、その深夜だった。
***
心配とも焦燥ともつかぬ心のざわめきに邪魔されたものの、疲れからようやくうとうとしかけていたアルフレッドの耳に、突然の喧騒が響いてきた。
明らかに分かるのは男の大声、それから、何度かの硬いものがぶつかる音。そして、たくさんの足音。
何事かと起き上がって、音のするほうを見やる。
その音は、兵舎の廊下で起こっているようだ。
最後に二つ大きな音がしてその足音も消える。
まもなく、真っ暗な中で、アルフレッドたちの部屋の扉が静かに開いたのが感じられた。
足元照明だけで薄明るく照らされた廊下の壁を背に、人が立っているのが分かる。
逆光で顔は見えない。
だが、アルフレッドには、その人影が、何者なのか、すぐに分かった。
その細い整った影は、シャーロットだった。
その左耳の上には、エクスニューロの特徴的な形の影さえ見える。
その瞬間に思い出した。
シャーロットの私物として届けた彼女の鞄の中には、確かに彼女のエクスニューロが入れてあったのだ。
それを彼女自身が着けたのか? 誰かがそれを強要したのか?
「ロッティ……君は一体、何を?」
アルフレッドは、そう尋ねるしかなかった。
「逃げ出してきた。私たちは戦力と言うよりむしろ解剖学的興味の対象となる」
それは、アルフレッドが漠然と感じていた恐怖の一つを言葉にしたものだった。
「だからと言って、君はそれを……エクスニューロを」
「それは私の問題。あなたは私が別人だと思っている。しかしあの私とこの私は同一。今も同一の恐怖を心で感じている」
そう言う言葉の抑揚は明らかに少ない。
それでも、彼女は彼女自身なのだと言う。
その言葉をどのように理解すべきか、アルフレッドには術がなかった。
シャーロットが、再びエクスニューロをつけてしまったことに、彼の心は、絶望を感じていた。
もし――もし彼女が無事に解放されることがあったら、二度と殺戮のないところに、連れて行ってあげたいと、そんなことを考えていた矢先だったというのに。
何か先んじて手を打てなかったのか。
漫然と時間が過ぎるのに任せたことが、悔やまれた。
ただともかく、彼女が指摘した一つの問題は、まず片付けなければならない。それは、少なくとも、他の三人の命の問題に直結する。
「……君たちがその、解剖学的な興味の対象となるというのは、君の直感か?」
「肯定。アユムとセシリアも同様。私が救出する」
「……それと、僕、か。君が直感で危険と言うのなら、間違いが無いのだろうね。アルフレッド、どちらにしろ、もうこれ以上ここにとどまることは無理らしい。アユムたちも連れて、逃げ出そう」
いつの間にか起き上がっていたエッツォが横から言葉を挟んだ。
「これだけの騒ぎを起こしてしまっては、そうだろうな。すぐに支度をしよう。ロッティ、アユムたちに事情を説明してくれ」
「了解した」
返事をすると、彼女の影はすぐに入り口から消えていた。
アルフレッドは、いくつか散らかしたままだった私物を自分の鞄に押し込む。
上手くまとまっていたはずなのになかなか綺麗に収まらない荷物をぐいぐいと押しながら考える。
どうして彼女は自ら再びエクスニューロに手を出したのか。
アユムの言っていた通り、エクスニューロは感情を抑える効果があるのか。
あまりに深い恐怖と悲しみに押しつぶされ、耐えかねてエクスニューロへ逃げ込んだのではないか。
そうだとすれば、彼女をあのままにしておくわけにはいかない。
どこかでその心に安らぎをもたらし、永遠にエクスニューロと決別させねばならない。
臆病だけれど優しいシャーロットを取り戻さなければならない。
――でも、戦いは向こうからやってくる。
振り払わねば、死が待っているだけだ。
この惑星が戦いに満ちている限り、エクスニューロによる戦闘力を抜きに生活を考えることはできない。
彼女一人のために、ウィザード三人に戦ってくれ、と言えるだろうか?
僕が頼めば、きっと彼らは、そうするだろう、と思う。
けれど、それが、今度はウィザード三人に心に深い傷を負わせてしまうのではないだろうか、という別の恐怖が沸き起こる。
他の三人が、シャーロットと同じようにならない保証は無いのだから。
結局僕にとって、シャーロット一人は、他の三人よりも大切なのだろうか。
そんな命の選別を、その責任を、負える気がしない。
だから、答えは一つしかなかったのだ。
僕がシャーロットだったとしても、そうしたはずなのだ。
だったら僕にできることをしないと。
ようやく鞄のジッパーが閉まったとき、シャーロットがアユムとセシリアを説得して連れてきたところだった。
「ともかくロッティが決断したなら、行くしかないわ。準備はいいわね」
廊下からアルフレッドたちに向けて呼びかける。
「問題ない、行くなら急ごう」
応えて、荷物を抱えて踏み出す。
シャーロットが倒して気絶させた警備員がそこかしこに倒れている中、彼らは悠々と兵舎を後にした。
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