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貞潔は記憶  作者: monoplayer
1章(現代編)
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二十話 葛藤

「ほら、言ったでしょ?」

「大和は、まだ私のことが忘れられないのね」

「な…に?」


目が覚めると僕は、どこかの教室にいた

そこは…いつか僕が学んでいた教室

里月と一緒に学んだ教室だ

周囲には誰もいない

でも、窓から照らされるオレンジ色の光と、夏虫の音が自分以外の存在を感じさせる

そして目の前の彼女も…


「見てたよ、今日のこと」

「今日のこと?あぁ…唯のことか」

「そう。あんな場面で素直に話してしまうなんて、大和は馬鹿ね、本当に」

「じゃあ、どうすれば良かったんだ」

「黙ってれば良かったじゃない。あの彼女だって、真実だけを知りたかったわけではなかったのに」

「どういうこと?」

「彼女はね、『安心』したがっていたの」


里月はそう言って、黒板の前にゆっくりと歩く

そうして、チョークで何かを描き始める


「安心?」

「そう。安心…誰もが喜ぶような、甘い、甘い言葉を囁けば良かった」

「それは…唯に対して失礼だろ」

「それが間違っているの」

「誰もが誰も、黒い感情とか、内に秘めた感情を持っている」

「それをわざわざ発露するような行為が愚かだと言っているの」

「初恋の子がいるのは結構。今も引きずっていることも人の自由よ」

「でもそれを決して、表に出してはだめ」

「そちらの方が、結果的に相手を尊重することになる」

「…できた」


気づけば里月は黒板にいっぱいの絵を描いていた

その絵は…時計

里月が持っている、その懐中時計と同じ姿をしていた


「相変わらず里月は絵が上手いね」

「その時計…好きなの?」

「ええ、大好き。これは…大切な人から貰った宝物。私は死ぬまで手放さないって決めているの」

「へぇ…」


里月に『大切な人』なんて言われるなんて幸せ者だなと、少し嫉妬してしまう


「ふふ…」


そんな僕の葛藤に気づいたのか、里月は目を細めてこちらに微笑みかける


「…なんだよ」

「ねぇ、これからどうするの?」

「これからって…」

「例の彼女はどうするのってこと」

「このまま喧嘩別れにしたいなら、私はそれでも構わないけどね」

「…」

「ふふ…意地悪しすぎたかしら」

「彼女は貴方にとって…何?」


俺にとって…唯はなんなのだろうか

彼女といると楽しい

変化を恐れる俺に、こんなにも心動かされる経験を与えてくれたのは唯なんだ

でも…目の前にはもう一人同じくらい心動かされた人間がいる

俺は…最初から唯を通じて里月の影を追っていたのか?

唯は、里月の中の光のような存在

明るく、楽しく、そして心が動かされる

でもそれはあくまでも『代償行為』に過ぎない

なんと愚かなのか

これじゃあ、唯に愛想を尽かされても何も言えないじゃないか


「どうかしら…?何か分かった?」

「里月の言っている意味が漸く分かった気がする」

「そう…少しは成長した顔つきになったかしら」


里月が面白そうに鼻をならす


「現実を見ろ…そういうことだろ?」

「よく分かってるじゃない。遅すぎるくらいだけど」

「近いうちに…何かしらの結論を出してみるよ」

「賢明ね」


………

……


「…!」


がばっとベットから起き上がる

まただ…また、里月が現れる夢

最近は見なくなったと思ったけれど、なぜ今になって…  

時計を見やると起きる時間よりも5分ほど遅れていた

何か…引っかかる

ああ、そうか。唯が来ていないのか


………

……


大学に向かって歩いていると、向こうに見慣れた姿が見える


「…岡宮?」


岡宮は『あの朝』と同じように道路と歩道を挟むガードレールに座っていた

違いがあるとするならば、その側に西川がおり、二人とも訝しげな目線でこちらを見ていたことだろう


「どうした?二人とも」

「「…」」


二人とも答えない

西川は岡宮を見やると、そっと彼女は立ち上がった


「ねぇ大和」

「な、なんだよ…そんな怖い顔して」


知っているとも

唯なら親友の岡宮に話すに違いない

しかし、実の友人から指弾を受けるのは…あまりされたくなかったな


「どうして…どうして唯ちゃんを泣かせるの!」

「…」

「昨晩ね、唯ちゃんから連絡があったの」

「またいつもの惚気かなとか思ったら、泣いて出てきたの」

「それで、詳しく話を聞いたらアンタが他の女を好きって言うじゃん」

「どういうこと?唯ちゃんと付き合ったのはそんなに軽い気持ちだったの?唯なら傷つけてもいいやって?」

「お、おい落ち着け。岡宮。そんなに食ってかかったら理性的な議論も出来はしない」


西川が割って俺達を遠ざける


「それで?大和。少しは説明してくれ」


西川も決して憤っていないはずがないんだ

でも、こうして相手を汲んでくれている

こんなにいい友人を持ったのは本当に、感謝しきれない


「…そうだ。俺は唯に『別の女が好き』と答えた」

「それで?若木とはどうするんだ?」

「少し時間をくれないか…俺も、考える時間がほしい」

「小磯くん、何様?唯ちゃんはこんなにも苦しんでるのに、アンタは悠長に時間をくれだなんて」


そんな言葉に少しカチンと来てしまう

…何様なんて、どの口が


「…岡宮が変にかき混ぜなきゃこんな羽目にはならなかった」


そう、言ってしまった


「このッ…」


岡宮は拳を固め、顔面に殴りかかる―


「…ッ!」


だが、その寸前でやめてしまった


「私は…唯ちゃんと約束した。だから、こうやって小磯くんを殴ることは出来ない」


…約束?


「1週間!」

「1週間後、なんの日か知ってるよね?」

「ああ、知っている。その日を忘れなかった日なんてない」

「ふん…それまでに結論を決めなさい。それを越したら…許さないから」

「そんな長くは掛からないさ」

「そうだといいけどね」

 

そう言い捨てると、岡宮達は去っていった


………

……


大学に行くことも叶わず、商店街をウロウロすることにする

今は商店街祭という時期もあり、特に活気付いている

唯と一緒に行けばどれほど楽しいことか

…いや、そんなことを思うのも失礼というものか

(ドンッ)


「あ、すみません!」

「きゃっ!」


なんともなしにウロウロしてると、前方からの人とぶつかってしまう

もっとしゃきっとしろと自分に言い立たせて、相手を方を見た


「…あれ?」

「…あら?」


その相手はいつかの花屋の店主であった


………

……


「いやぁ…済まないね。荷物も持ってもらって」

「いえいえ…先程は済みませんでした。こちらの前方不注意で」

「いいよいいよ。こんなに混んでればそんな日もあるからね」


そう言って花屋の店主はからからと笑った

類は友を呼ぶというやつか。なんだか、唯と少しだけ似ているような気がした


「そういえば、一昨日は大丈夫だったかい?」

「一昨日?」

「なんだか、ものすごく慌てた様子で駆けていったみたいだから」

「その節は済みませんでした。花を台無しにしてなければ良いんですが」

「若者がそんなに気を使うもんじゃないよ」


そう言って肩をバシバシと叩く

…少し痛いぞ


「慌てている様子と言えば、ここも随分と忙しそうですが」


先程運んだ荷物も、男の俺が持てるかどうかの絶妙な重量だった

これを一人で運ぶだなんて、よほど切迫しているのか


「そうなんだよ。今年は若も働いてないしね…どうにも限界があるってものさ」

「そういえば、アルバイトを募集しているとかなんとか」

「ああ、でも生憎誰も応募しなかったのさ」

「そうですか…」


待てよ…?

少し考える

俺はある考えが浮かんだ

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