二一話 若木ルートエンド
その次の日から、俺は多忙を極めた
朝6時に起き、手早く準備を済ませた後、商店街に向かう
正直、初日から辛いのは覚悟していたが、まさかこれほどとは想像しなかった
………
……
…
「いらっしゃいませー!!」
なるべく口角を上げることを意識する
しかし、慣れないことをやっているからか、筋肉が引きつって痛い
「今日は何をお求めですか?」
「あら?新人さん?」
「ええ、そうです。と言っても、今週だけですが」
いかにも身なりの良さそうな格好の、中年の女性が話しかけてくる
「そうなの?この時期になると、若が働いてると思っていたものだから、男の子が働いてて、びっくりしちゃった」
唯はお客さんにも認知されているのか…凄いな
「その…若は今年はお休みなので、代わりに私が入った次第です」
「あら、残念。若に来年は来るのか聞いてといてくださる?」
「え?ええ…分かりました」
「んーそれで、注文なのだけど、いつものって言っても分からないわよね?」
「そうですね…すみません、勉強不足で」
「えっと、これとこれと…これを…」
そう言って、次々と花を指し、本数と形状を指定してくる
俺はメモを取るのに精一杯だった
………
……
…
花道なんてやったことがない
どうしたら花束を綺麗に作れるのかなんて、そんなのは知った事ではない
それに生まれながらの不器用さなのか、全くのと言っていいほどその才能は無かった
「うーん…これはだめね。やり直し」
裏の作業所で、先程のお客様のために花を結わえていた
しかし、店主からダメ出しを何度も受けてしまう
「…これもダメですか」
「うん。ほら、ここ見て?茎が曲がってるでしょ?力いっぱい花を詰め込めばいいってものじゃないの」
「バランス良く自然な感じにしないとお客様も買ってくれないわよ?」
「はい」
「んーそうね。もう結構な時間お客様をまたせてるから、後は私がやっておくわ」
「待って下さい。ここは…ここだけは…俺にやらせて下さい」
「そう?じゃあ、あと1回だけね。これで失敗したら、私に代わってもらうから」
「はい」
………
……
…
「どうですか」
「ふむ…まあ、及第点ね。お客様に売れるくらいはあるわ」
「ありがとうごさいます!」
「それにしても、大和。アナタ良く頑張るわね」
「正直、アナタを雇った時は雑用程度に考えていたけれど、今は若と同じくらい役に立ってるわ」
「それは買いすぎですよ。唯の方がもっと上手く出来るはずです」
「ふふ…そうでもないわよ?若も、雇いたての時は全然出来なかったんだから」
「そうなんですか?」
「どうして、こんなに頑張るの?」
「それは…俺に目的があるからです」
「それは若に関係あるかしら?」
「…ええ、まあ」
「…若も同じことを言っていたわ。『私にはやりたいことがあるから頑張れるんです』って」
「貴方達、本当にお似合いなのね」
………
……
…
フルタイムのバイトも終わり、家へと帰る
心身はもうぼろぼろだ。数日間、この仕事をしているが、毎日風呂に入って、飯を食べて寝るだけ…のような生活をしている
しかし、それもあと一日。それさえ終われば…
「あっ」
「…」
正面を見ると、見慣れた顔があった
「唯…」
「や、大和。久しぶり」
「…ああ、久しぶり」
「ここ一週間見てなかったけど、何してたの?」
「いや、特には…」
本当のことを言うわけにはいかない
頬をかき、適当に濁す
「…」
唯もこの時間を持て余しているのか、もじもじしている
「ごめん。疲れてるから…」
そう言って、俺は唯の横を通り過ぎようとする
「待って!」
唯に手を掴まれる
「え…?」
しかし、その腕を見た途端、目を丸くした
「どうしたの…これ?」
「別に…転んだだけだ」
「嘘、転んだだけでこんなのならないよ」
唯は、そっと俺の手を撫でる
「痛っ」
「あ、ごめん…」
俺の手は傷だらけだった
日中の作業のせいなのか、あざと擦り傷が多数にある
唯には…見られたく無かったな
「それで?なんの用だ」
唯の手から手を解く
唯は一瞬悲しそうな目をしていたが、それも一瞬だった
「あ、あのね…明日、何の日か知ってる?」
「ああ、知ってる。一日たりとも忘れたことはないよ」
「そ、そうなんだ」
「それでね…もし、良かったらなんだけど…」
「唯、俺達は別れたんだ。そんな事を言っていいのか?」
「違う!別れたんじゃない!少し距離を置こうって言っただけ!」
「…」
「ごめん。でもその答えは今は言えない」
「そっか…ごめんね。迷惑だったよね」
「違うんだ唯…俺は今…いや、明日だ」
「明日、答えを言うよ。俺がどうしたいのか」
「だから待っていてくれないか?」
「…分かった」
俺達はその後、何も話さずに別れた
………
……
…
「はぁ…」
家に着き、そっとため息
この一週間、俺は花屋でアルバイトをしていた
目的は当然唯のため
唯が何を考え、何を行動していたのかを自分の目で触れたかった
いつの日か…多分この時期だろう。唯が花束をくれたことがあった
自分で生けたらしい
当時の俺は、なんともなしにそれを受け取ってしまったが、ここにはどういう意図が隠されていたのか今なら分かる気がする
こんなにも大変な作業をしてまで、俺に渡してきたのだ
その想いは計り知れない
だから俺は…唯に恩返しをしようと思う
そのために俺は…
『いっぱいの花束を渡すことにした』
………
……
…
「ありがとうございました!」
次の日、最後の客を捌ききり、閉店の締め作業を行う
「いやぁ、今週は助かったよ。大和のおかげでパンクせずに済んだ。ありがとう」
「いえいえ、俺がしたことは大したことではないですよ」
「若者が謙遜するもんじゃないよ」
花屋の店主は非常に機嫌が良さそうだ
「それで…約束のことなんですが…」
「ああ、分かってるよ。花束を作りたいんだろう?」
「ええ、そうです。給料はそれで…ということで」
「女のために、ここまでするなんてなんだかロマンチックだねぇ」
「…揶揄わないで下さいよ」
「ああ、分かってる分かってる」
「ほら、作業所に行くよ」
………
……
…
「…出来た」
数時間の格闘の末、俺は完成させた
「ふむ…大和史上最高傑作じゃないか?これは」
「本当ですか!?」
「おうとも、私は嘘はつかないよ」
「本当に、ありがとうございます…」
「ふふ、いいからいいから。若の所に行ってやんな」
「は、はい!」
…
~Another Side~
バタン
大和は大きな花束を抱えると、足音を立てて、若の所へ向かった
私はその後ろ姿を確認すると、ふうと息を吐いた
そして、休憩室の、換気扇の回る音を聞きながら、タバコを蒸す
「青春だね」
そう素直に思った
~Another Side end~
………
……
…
「「誕生日、おめでとう!」」
私は、琳ちゃんと西川くんに祝われながら、ケーキに刺さってるろうそくをふうと消した
でも、心の中では少し引っかかるものがある
こんなに嬉しいのに、なぜだかあんまり嬉しくないのはなんでだろう…
本当は分かってる。大和が居ないからだ
私から、距離を取ろうと切り出した筈なのにこんなに寂しい気持ちになるのはなんでだろう
でも…こうでもしないと大和は私を選んではくれない
それを琳ちゃん達に相談したら、『唯は悪くないよ』って慰められちゃった
「どうしたの?唯ちゃん。ケーキ、食べないの?」
「え?」
気づけば、皿に切り分けられていたケーキがあった
「う、うん…なんかお腹が空いてなくて」
「ふーん。わかった。さっき食べたチキンでお腹いっぱいになっちゃったんだな」
「何を言ってる岡宮。チキンはほとんど、君が食べただろう」
「あれ、そうだったけ?」
「ふふふ…」
琳ちゃんと西川くんのコントは相変わらず面白い
でも分かってる。全部、私に気を使ってだもんね
「ねえ、唯ちゃん。やっぱり大和のこと気にしてる?」
「まあね…」
「あんな奴のこと、忘れてしまいなさい」
「あんなやつって…」
「一週間前に小磯くんと約束したんだから。今日までに結論を決めるって」
「でも、あいつは一向に出てこないじゃない」
「所詮はそんな奴だったってことなのかもね」
「待ってよ。琳ちゃん。まだ3時間近くあるでしょ?」
「まだ大和は約束破ってないよ」
「「…」」
二人ともその発言を聞いて、少し微妙な表情になる
「若木…本当に君というやつは健気だな」
「いやーほんとに。私の嫁に欲しいくらいだよ」
………
……
…
そこから2時間後、時刻は23時を回ったくらいだろうか
時計をちらちらとずっと見ていたが、相変わらず、大和の連絡は無い
私から掛けてやろうか…とも思ったけどそれじゃあダメだ
大和から来てくれないと…
「うう…大和…あいつ…許さん」
琳ちゃんはいつものように酔いつぶれてるし…
「そろそろ私、帰ろうかな」
「え"、泊まっていかないの…」
「岡宮が盛大に床に酒をこぼさなきゃ泊まってくれたかもな」
西川くんは相変わらず、琳ちゃんの介護をしている
どうしてか、大和が居ないとこの空間に私は居づらかった
………
……
…
~Yui Side~
夜道を歩く
この道もいつもなら、大和と一緒に帰っていた筈なのに、今日は一人ぼっち
寂しい、素直にそう感じている
大和は今日、会ってくれないのだろうか
うん…会ってくれないと思う
もう23時だ。普通に考えて、こんな時刻に会おうとする人なんて居ない
このまま、大和との関係は風化してしまうのだろう
そう思うと、夜道が余計に寒く感じてきた
「唯!」
そんな中、大きな声が後ろから響く
「え?大和?」
私が、今一番聞きたかった声が…
「誕生日、おめでとう」
後ろから抱きつかれる
「大和、苦しいよ」
「ご、ごめん」
「でも、好き」
「…あれ?」
手元を見やると、大和の手には大きな花束が抱えられていた
「これ、どうしたの?」
「受け取って欲しい。唯」
「綺麗…白いバラだ」
「唯が好きって言ってただろう?」
「うん、大好き」
「俺が生けてきたんだ」
「そうなの?プロに作って貰ったのかと思った」
「元プロにそう言われるなんて光栄だ」
「…若木、今まですまなかった。俺は…唯に不義理なことばかりしてしまった」
「でも、もうそんなことはしない。唯、改めて俺と…付き合ってくれ」
「ほんとに?」
「ああ、本当だ」
「ほんとのほんとに?」
「本当の本当だ」
「…浮気したら刺すよ」
「…なんか病んでるな」
「誰のせいだと思ってるの!」
大和の頭をべしっと叩く
こんなノリも久しぶりだ
「…遅くなったかもしれないが、改めて誕生日を祝いたい。ケーキも買ってきたんだが」
「ふーん、大和にしては気が利くね。それにまだ今日は一時間も残ってるよ!」
「よし、俺の家で改めて誕生日するぞ!」
「おーう!」
~Yui Side end~
………
……
…
―5年後―
「ほら、大和、早く早く!」
「ま、待て…唯。俺は逃げない」
あれから5年が経った
あの後も喧嘩する時や、ギスギスしたことは何度もあった
数え切れないほどだ
でも、俺達の絆はそれで砕けるほど簡単なものでは無くなっていた
雨降って地固まると言ったものか
気づけば大学を卒業し、就職し、婚約までこぎ着けた
今日は、唯が俺の母親に挨拶に行く日になっていた
初めて会うとは言え…唯なら全く問題ないだろう
というか、母親なら泣いて握手を求めかねない
「今日は、大和の母親の挨拶だよ?遅刻は絶対できないし」
長い髪と、いつか見た白いワンピースをはためかせながら、こちらを振り向く
何か心変わりがあったのかは知らないが、唯は髪の毛を伸ばすようになった
その姿は以前の快活な姿とは一転して、非常におしとやかに見える
まあ中身は…昔と変わらないが
「大和、もしも私がお義母さんに嫌われちゃったらどうしよう?」
「ふん、その時は駆け落ちでもなんでもしてやる」
「そうこなくっちゃ!」
~若木ルートend~




