十七話 男達の合意
「「――」」
西川、岡宮が前方で楽しく談笑するのを背後から眺める
さっきのことは一度忘れよう
恐らく、目覚めの悪い俺が未だに夢から抜け出せていなかった故の幻想なんだろう、そう思うことにした
…それよりも、今の状況は改めて見ると非常に気まずくないか?
一応形としては振った岡宮が目の前で歩いている
今は西川と話しているから良いものの、こんなに居心地の悪い気分は人生でなかなか無い
「どうしたの?後ろで黙っちゃって」
そんな俺を見かねたのか、岡宮が話を振ってくる
「い、いや…なんでもない」
「あー分かった!さっきの子のこと考えてたんでしょ」
「考えるなんて無駄無駄。そんなこと、今までだって似たような事、いくつもあったでしょ」
「それはそうだが…」
「そんなことより、今は私達と話そうよ…ね?」
…岡宮に気を使わせてしまっている
このなんとも言えない居心地の悪さは、彼女にも伝わっていることだろう
もしかしたら、西川にも伝わっているかもしれない
…どこまで彼女が西川に伝えたのかは知らないけれど
「オホン…大和よ。このまま岡宮に宅飲みの用意を任せてしまって本当にいいのか?」
「岡宮は、度数の高い酒しか基本飲まないし、飲ませてくるぞ」
「大和はそこまで酒が得意というわけでもあるまい」
「確かに、岡宮に任せて良い飲み会になった試しが無いな」
「えーひどいな…私の事をどう思ってるのか」
「前に、若木にアルハラを仕掛けて吐かせたのは誰だったか」
「そうだ。あの後、若木は『もう琳ちゃんとは飲まない』とか言うくらいには怖がってたんだぞ」
「だって…唯ちゃんがあまりにも可愛かったから…」
…なんだろう。少し、岡宮にはそっちのケがあるのか
「だからと言ってあんなに酔わせる必要は無かっただろうに。後、岡宮本人もだ。なにせ、前の飲み会の時だって泥酔して…」
「「「…」」」
西川が何かを言いさして、止める
「と、とにかく!岡宮には任せてられない!行くなら早く行こうぜ。日も暮れちまう」
「…そうだな」
………
……
…
「全く…岡宮はいざ酒の事になると容赦がないな」
「ほんとにな」
買い物が一段落した後、時間が少しあるということで、俺達は商店街のカフェでお茶をすることにした
…一人を除いて全員が全員、疲労困憊と言った様子だが
「ご、ごめんね…?二人に荷物持ちを付き合わせちゃって」
「…まさかこんなに買うとは思ってなかった」
「少しは分かったか、大和。俺の苦労が」
「身に染みるほど」
「普段も、そこら辺にある酒の自販機で勝手に呑んでいるんだ」
「誰も見ないで放置していたら、道端で倒れてるかもしれないな」
俺達の両手には、一升瓶の酒が数本に、山盛りになった酒のツマミが袋の中に収まっている
あまり、こういう小洒落たカフェには相応しくない風貌だなとかそんな下らないことを考えてしまった
「あぁ…なんだか一緒に買い物をすればするほど私の評価が下がっていく気がするよ」
「何を今更」
「…相変わらず小磯くんは厳しいね」
「そんなんじゃ、唯ちゃんにだって嫌われちゃうよ?」
「…大きなお世話だ」
………
……
…
一旦腰を落ち着かせ、注文を受ける
その前後からか、岡宮がしきりにそわそわし始める
「どうした?そんなに挙動不審になって」
「ちょ、ちょっとお花を摘みに行ってもいいかしら…」
「ははあ…岡宮分かったぞ。酒の飲みすぎてトイレが近くなったな?」
「そ、そんなわけあるか!そもそもまだ今日は飲んでないし!」
「…ははっ」
西川がそんな真面目くさった顔で冗談を言うと洒落にならない
思わず、そんなやり取りに笑ってしまう
「ほらぁ…小磯くんにも笑われた…」
「いいから、行って来い」
岡宮は舌をべーっと出すと、席を離れていった
「岡宮は相変わらずだな」
そう呟く
以前の岡宮との逢瀬なんて無かったように、何もかもいつも通り
いや…全員が全員、意識的にそう振る舞っているだけなのか
正面にいる西川を見ても、何食わぬ顔でコーヒーなんて飲んでいる
「そういえば…」
コトリとコーヒーを置き、こちらを見据えてくる
「なんだ?」
「若木と付き合うことにしたのか?」
「…そうだ」
「岡宮から聞いたのか?」
「まあ、ある程度の概要は」
少し苦々しい表情する
『ある程度』とは、どれくらいの領域まで聞き及んだのだろうか
ものすごく気になるが、それを節操もなくずけずけと聞くことは間違っているような気がする
別に、俺達は楽しいゴシップを話している訳ではないのだ
それよりも、この話を聞いた西川がどう俺評価するのかの方が気になる
西川は俺をクズと指弾するだろうか
そうだとしたら、それが堪らなく怖かった
「言うのが遅れてすまない。今日の飲み会で言おうと思っていた」
「いや、いいさ…状況が状況だ。なかなか言い出せないこともある」
「それに、岡宮自身も大和達を祝福していたぞ」
「当然、俺もだ」
「…ありがとう」
無表情の西川の感情は全く読めないが、少なくとも敵意を持っていることは無さそうだ
そんな、自分勝手な感想で落胆すると共に、安堵もした
「岡宮は……非常に大和に執着していたようだ」
それは独白に近い、西川の真意
「…」
「君たちがどんな会話を交わし、どんなことをしたのかは知らない。しかし、少なくとも岡宮は大和にシンパシーを感じていた」
「その姿は傍から見たら、不安に感じるほどだった」
『どうして!!私はこんなに大和のことを理解してるのに!』
商店街で人目を憚らず、大声を出す岡宮を思い出す
あの時の岡宮は、『生き急いでる』と形容できるほど、何かに焦っていた
「俺も岡宮とは似た者同士だとは思っている。でも、それだけじゃダメなんだ」
「将来、岡宮が不幸になる未来しか見えないんだ」
「…そうか。急かされたとは言え、早めに結論を出してくれてありがとう」
想定外の感謝を貰う
曲がりなりにも、俺達は岡宮の未来を憂う人間として利害が一致していた
「西川。こんなことを言うのはとても傲慢で、上から目線で、憎たらしいと思う」
「でも、一つ言わせてくれ」
「…」
「岡宮を…よろしく頼む」
「ふん…そんな事か。言われなくてもそうする」
「…すまない」
「ただいまー」
そんな会話をしていると、岡宮がトコトコと戻ってくる
「ごめんね。遅くなって」
「お茶、冷めちゃったでしょ」
「いいや、それは問題ない。大和と熱い会話をしていたんでね」
え?これ、もしかして洒落だったりするのか?
あんまり面白くない…
「ふーん…?そう」
岡宮は華麗にスルーして、こちらをじっと眺める
「ど、どうした?座らないのか?」
「…なんか、二人の雰囲気変わったね?良い事でもあった?」
「あったと言えばあったし、無かったと言えば無かった」
「えーなにそれー」
………
……
…
カフェでの一服も終わり、商店街から出る
空模様は既に夜に近い、夕方
結局、ダラダラと駄弁っている内に集合時間ギリギリになってしまった
「重くない?大丈夫?」
「問題ない。岡宮に重い物なんて持たせられないからな」
昼間出会った時と全く同じ配置
西川と岡宮が前で俺が後ろ
だが、昼間と違って、自然と気まずい感じはしない
むしろ、これが当然と言わんばかりに配置は安定していた
「それは嬉しいけど…西川くん、すっごく重そうだよ」
「少しは持ってあげるよ」
「や、やめろ…要らないから」
西川と岡宮の肩がくっつく
その姿はなんだか様になっていて、微笑ましい
岡宮…いい奴をもう見つけているじゃないか
俺よりも、何倍もいい男だ…
西川の背中は前よりも随分大きく見えた




