十五話 若木との逢瀬
俺は…変化は嫌だと言いながら若木との変化を楽しんでいた
そう思うと、俺の心はとっくに決まっていたのかもしれない
「若木」
「うん?何?」
横でガラス越しから景色を眺めていた彼女が、ゆっくりとこちらを向く
夕方で赤い光が差し込んでいるからか、若木の頬は少し赤い
「俺と付き合ってくれ」
「えっ…」
若木が信じられないものを見るような様子で目を見開く
そして…しばらくすると彼女の目元に涙が溜まってくる
「ほんとに…?ほんとうに?」
「本当だ」
「ほんとのほんとに?」
「あぁ…本当だ」
「嬉しい…ッ!」
目元を手で抑え、涙を抑える
そんないじらしい姿でとても愛らしく…
「…ッ!」
そんな彼女を強く抱きしめる
「私ね、ずっと大和のこと好きだったよ…」
「出会った時からずっと好きだった…」
「ようやく…ようやく…言ってくれた…」
「ごめんな…こんなに待たせて」
「いいの…最後は私の所に来てくれたから…」
若木が涙を俺の服でごしごしと拭った
「…おい、俺の服だぞ」
「いいでしょ…私は大和の『彼女』なんだから」
「有難く受け取りなさい」
「俺はヘンタイか…」
止める気にもならず、若木の髪をそっと撫でた
しかし、若木は明確に言ってくれた
私は大和の『彼女』だと
こんな、優柔不断で愚かな俺を好きでいてくれた
若木の愛らしさといじらしさで胸がいっぱいになる
思わず、抱きしめた腕をさらに強くしてしまう
「ん…」
若木が気持ちよさそうに体をよじる
「…ねぇ」
「なんだ?」
「キス…してよ」
「琳ちゃんにされてたでしょ?それがとっても悔しい」
「…意外と嫉妬深いんだな」
「そうだよ。私も初めて知った」
にへらと柔和な笑顔をこちらに向けた
俺は…そんな若木の唇にそっと口づけをした
………
……
…
~Yui Side~
その後、大和と別れ帰路についた
少し、頭が火照っているみたい
私…本当に大和と付き合ってるのかな?
夢なのか、本当なのかふわふわと頭が浮いている感じ
私は、唇をそっと手で触れる
ふわふわの一番正体はこれだった
大和と…キスしちゃった!
今にも小躍りしそう
口に触れているからか、自分の口角が上がっていることに気づくくらい
でも…大和の唇に、琳ちゃんも…
そう思うと少し落ち込んでくる
こんなに嫉妬深かったっけ?…私
テレビとかネットだと、女の子の嫉妬や束縛なんて面倒くさいなと鼻で笑い飛ばしていた
でも、実際に当事者になると違う
手に入れたからこそ、失うことがとっても怖い
あの日…琳ちゃんが大和にキスした日、琳ちゃんは何を思って大和とそんなことをしたんだろう?
本当に好きだったのかな?
でも…大和は琳ちゃんと『何もない』って言うばっかりで何も教えてくれないし
あの日、何があったのかとても気になる
もしかしたら、もう琳ちゃんと仲良く出来なくなるかもしれないけど…
でも、中途半端なのは嫌だ
私は意を決して、スマホを取り出す
そして、琳ちゃんの連絡先にダイアルを揃えた
「…」
大和からプレゼントされたぬいぐるみをぎゅっと握って、コールを開始する
『はい。もしもし』
数コールの後、琳ちゃんは出た
「も、もしもし!私だけど!」
『あ、唯ちゃん?どうしたの?』
「え、えっと、その…」
ごく普通の反応に少し驚いてしまう
『…』
『ゆっくりでいいから、唯ちゃんのこと…聞かせて?ね?』
「う、うん…」
琳ちゃんの気を使わせてしまうなんて情けないよ
「あの、あのね?私…」
『うん』
「大和と付き合うことになったよ」
『…っ!』
電話越しからでも分かる
琳ちゃんから息を飲む音が聞こえる
『そっか…おめでとう!私、前々から二人ともお似合いだと思ってたの!』
「…え?」
想定外の反応に困ってしまう
「い、いいの?だって、琳ちゃんは大和の事が…」
『え?何?唯ちゃん、もしかして、私が大和の事好きとか思ってた?』
「う、うん…」
『ふふふ…そんな訳無いじゃん。小磯くんと私はただの友達。これからも、そういう関係だよ』
「で、でも!琳ちゃんは大和とキスしてたし…」
『私が大和とキスしてたこと、気にしてるんだ?』
「あ、当たり前だよっ!」
『あれは、唯ちゃんがあまりにもうじうじしてたから、少し意地悪したの』
「え?どういうこと?」
『私に大和が取られると思って、少し焦ったんじゃない?』
「う、うん」
『だから私の勝ち。そうやって、唯ちゃんを焦らせて大和とくっつけたかったの。私自体は、大和と付き合う気なんて…無かったよ』
「そ、そうなの…?でも…」
理屈では分かるけど納得は出来ない
大和とキスしていた時の琳ちゃんの顔は、明らかに幸せそうで…
『ほら、私ってヨゴレだから。誰とでもキスするの。唯ちゃんにもしたことあるし、西川くんとも』
「そ、そうなの?」
私にはよく酔って、キスしてくるけどまさか男の子の西川くんにもしてるとは思ってなかった
でも、西川くんは琳ちゃんにやけに甲斐甲斐しいし、そういうこともあるかと納得した
『よし分かった。そんなに疑うなら、約束するよ』
「え?」
『金輪際、小磯くんに一切触れないし、二人で会わない。これでどうかな?』
「そ、それは…少し過剰すぎない?」
『ふふ…そんな甘い対応していいの?私は唯ちゃんより先に、小磯くんとキスした女だよ?』
「む、むぅ…」
そう言われてしまうと、約束を守らせるしかないじゃないの
なんでか、琳ちゃんは積極的に大和と離れたがっているように聞こえる
「わ、分かった。約束ね」
『賢明だね』
…
そうして、他愛のない雑談をした後に通話を切った
「ふぅ…」
夜風が気持ちいい
聞くところ、琳ちゃんは大和に何も思ってないようだし敵なしだね
少し引っかかる所はあるけど、本人がそう言って約束までさせられたからね
琳ちゃんは大事な約束は絶対に破ったことはない。多分、これも本気で言ってるように感じた…女の子カンってやつ
でも、そんなこと言ったら大和に『若木に女の勘なんてあるのか?』…なんて、バカにされそうだけど
~Yui Side End~
………
……
…
~Rin Side~
「ばいばいー、また大学でねー!」
努めて明るい声色を出して電話を切った
少し、疲れてしまった
床に寝っ転がって天井を仰ぐ
無機質な白熱灯が少し眩しい
「本当にそれで良かったのか?」
視界の端で、壁に寄りかかっている男の子、西川くんが少し鋭い視線をこちらに向ける
「いいのいいの。て言うか、これしか選択肢は無かったよ」
「…それはそうだが」
結局の所、私は唯ちゃんと関係を悪化させてまでも、大和を奪おうとは思えなかった
だから、こんな中途半端な終わり形になってしまい、大和、唯ちゃん双方ともに猜疑心を与えてしまう結果となってしまった
私は…ただ私達の関係をかき混ぜて、混乱させてそのくせ、それを収めるための術を放棄してしまったのだ
結果、丸く収まったから良いものの、少し手順を間違えれば、4人の関係は決定的に瓦解していただろう
だから、こんな事があっても今まで通り仲良くしてくれる2人にとても感謝している
「…結局、岡宮は何も救われないじゃないか」
「大和には振られ、若木には要らぬ疑いを持たれてしまった」
「…これでいいの」
「『本音を隠して生きている』…か」
大和に偉そうに説教した割に、本当に本音を隠しているのはどちらなのか
結局私は殻に篭り続けている
「うっ…ぐす」
視界が歪んでくる
「岡宮…」
そんな私に、西川くんは心配そうにそっと頭を撫でてくる
それがなんだかとても気持ちよくて、自然とまぶたが落ちてくる
「おやすみ、岡宮。こんなこと、寝て忘れてしまえ…」
そんな優しい西川くんの声を聞きながら、意識を手放した
~Rin Side End~




