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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十六章 皇子の訪問
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Ⅰ.弟子と助手②


 ウィリアムの言いようは、ジークベルトの優秀さを肯定しながらも「教科書通りでは意味がない」と煽っているかのようだった。

 赤毛の少年がにこりと微笑む。


「リアムさんは人に喧嘩を売る趣味をお持ちなんですか?」


 朗らかな笑顔と口調。嫌味を感じさせないはずのそれはしかし「売られた喧嘩は買いますよ」というケンカ腰の言葉に聞こえた。


「柔軟な発想力といえば」とジークベルトは記憶を探るように話題を振る。


「先日の闘技会で見たディステル男爵の魔術の使い方には驚きましたね。僕にはない発想だったのでとても勉強になりました」


 少年はウィリアムに笑顔を向けるが、目は笑っていなかった。明らかにケンカ腰の視線を投じて言葉を続ける。


「確かに僕はまだ幼く未熟です。だから多くの知識や考えに触れて学んでいきたいと思っていますので、ご指導いただけるとありがたいですね」


 ――若者を導くのは大人の役目でしょう?


 暗にそう言っている。

 錬金術師は砂色の髪の毛を掻きまわしながらふっと笑った。


「なるほど。おとなしそうに見えて、なかなか負けん気が強い。君なら優秀な錬金術師にもなれそうだ」


 改めてそう認め、にやりと笑う。

 やりとりを見ていたウリカが呆れて吐息した。


「あまのじゃくが過ぎると、今後手伝いに来てもらえなくなるかもしれませんよ」


 思わずそう指摘すると「それは困るな」とウィリアムは真面目な顔になる。


「ジークが手伝ってくれるおかげで時間に余裕ができそうだから、空いた時間で君に錬金術を教えようと思っていたんだが」


「え?」


 思わぬ言葉に、ウリカが目を丸くして錬金術師を見る。

 当分の間は雑用係を卒業できないだろうと覚悟していた。それだけに降って湧いたような話だった。都合の良い夢でも見ているのかと思ったくらいだ。

 そんな子爵令嬢にウィリアムはくすりと笑う。


「湖上花を見つけてくれた礼もしたかったからな、なんとか時間を作れればと思ってジークに手伝いを頼んだんだ」


 ウィリアムにそう告白されて、ウリカは数回(まばた)きを繰り返す。(あお)双眸(そうぼう)が輝きを放ったように見えた。


 彼女はくるりと弟に向き直ると、ぽんと少年の肩に手を置いた。


「たくさんお手伝いに来てくれていいのよジーク」

「手のひら返しが早いです姉上」


 姉弟(きょうだい)の会話に、ウィリアムがふはっと吹きだした。


「仲のいい姉弟だな」


 思ったままを口にすると、姉弟はそろって顔をしかめた。


「節穴……」

「視力に問題があるみたいですね。念のためレフォルト医師(せんせい)を呼びましょうか?」


 真逆の方向に失礼な発言をする姉弟は「反発する」という一点において見事に息が合っていた。

 変なところだけ似たもの姉弟だな、と微笑ましく思いながらも、その感想は心にとどめて、ウィリアムは本題に戻る。


「ともあれ、そういうことだから、次回までにどんな物を作りたいか考えておいてくれ」


「どんな物を作りたいか?」


 ウリカが首を傾げる。


「ああ。何を作りたいかによって、学ぶべき専門分野が違ってくるからな」

「専門分野……」


 言われてから「ああ、そうか」と思った。

 街の商店でも野菜売り、肉屋、料理店、鍛冶屋など、それぞれに専門分野を持っている。

 ウリカだって以前ウィリアムに聞いたことがあったではないか。薬を(おも)に研究しているのか、と……。


 そのとき彼は「それを専門にするつもりはない」と言っていたが、それ以上のことは聞いていなかったな、と思いだした。


「ウィリアムさんは、何か専門分野にしているものがあるんですか?」


 改めて気になったから聞いてみることにした。

 だがウィリアムは「いや」と素っ気なく返答する。


「特に専門はない。俺に錬金術を教えてくれた兄が幅広くやっていたから、その影響だろうな」


 さらりと答えたウィリアムだったが、何げに嫌味な回答だな、とジークベルトなどは思う。

 なるほど。ウィリアムが天才と言われるのはこういうところなのかもしれない。

 しかしウリカが気にしたのは、また別のことだった。


「お兄さんがいるんですか?」


 ウィリアムの素性は未だよく知らない。普段はあまり触れてほしくなさそうだったから、これまで家族や友人について聞く機会がなかった。

 だからチャンスだと思ったのだ。


 ウィリアムは一度ためらうように視線を外したが、一拍を置いてから、ちゃんと答えをくれた。


「正確には『いた』だな。もうずいぶん前に亡くなった」

「そう、なんですか……」


 なんだろう、と思った。

 不意にちくりとした感情が胸を刺す。

 初めて聞く話のはずなのに、既視感めいたものを感じて、ウリカは戸惑った。

 胸騒ぎにも似た感覚が、何かを訴えている気がしてならない。


 ――自分は何か、大事な何かを忘れているのではないか……。


 そんな小さな不安が、ウリカの胸中で渦を巻いていた。

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