Ⅳ.第二の悪魔①
「随分と楽しそうだが、何を話しているのだろうな?」
巨大画像に映しだされている騎士の姿を見ながら、アルフレートは呟いた。
実際に気にしたのは臣下が見せる軽薄な笑顔の理由ではなく、強い憤りを浮かべる対戦相手の表情――その真意についてだったが。
「聞いてみますか?」
そう確認したのはユリウスだった。
「できるのか?」
首を傾げる皇子に頷いて、ユリウスは副官に声をかける。
「ハールマン中尉、頼む」
「はい」
上官からの命を受けて、ハールマンが即座に拡声魔術を展開した。
距離があるため、初歩的な魔術しか使えないユリウスにとっては難しい術だが、彼の副官は元ディステル隊所属の魔術士官だ。この程度は容易い。
バジリウス・ハールマンはユリウスの不足を補う存在としては理想的なのである。
「卑しい平民の血を引く下民風情が卑劣な真似を!」
いきり立つコンラートの声が会場に響き渡る。しかし目の前の対戦相手に憎悪を滾らせる当人はそれに気づいていなかった。
カミルがくすりと笑う。
「卑劣とは心外ですね。相手に補助魔術を使ってはならない、なんてルールにはありませんでしたよ」
決闘において攻撃魔術は使用禁止。だが補助魔術は認められている。
とはいえ、
「非常識な奴だ。補助魔術を相手の妨害用に使うとはな」
肩に落ちた銀色の髪の毛を弄びながら、アルフレートは興味深げに目を眇めた。
「型に嵌まらないのが彼の強みですからね。それによく助けられたものです」
ともに戦場に立っていた頃を思いだしてでもいるのか、懐かしそうに呟くユリウスの表情はどこか誇らしげでもあった。
決闘場では二人の会話が続いていた。
「邪魔なのでしたら解呪すればいいだけじゃないですか。貴族とは名ばかりの下民が生みだした魔術など、高貴な血を受け継ぐあなたには障害にもならないはずでは?」
「黙れ! 相手の武器を封じなければ戦えない卑怯者が、ふざけた言い訳を!」
相手を責め立てるように怒鳴り散らすコンラートだったが、傍目には彼のほうこそが解呪できない言い訳をしているようにも見える。
「意地悪ですねぇ……カミル様」
呆れた様子のハールマンがぽつりと感想をこぼし、それを見たユリウスが首を傾げた。
「あれはそんなに難しいものなのか?」
「ただの強化魔術ならそれほど難しくありませんが、カミル様のあれは風属性魔術を阻害するような複雑な構成になっています。私でも解くのに手こずるでしょうね」
「まるで詐欺師だな」
アルフレートが鼻で笑う。
ユリウスとハールマンはそろって乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
「文句が多いですねえ」
やれやれと大げさに溜め息を吐きだして、カミルは手にした剣を地面に突き刺した。それにコンラートの剣に施したものと同じ術を展開する。
「なにを……!」
驚くコンラートに呆れた視線を寄越して、カミルは剣から手を離した。
「ご不満なようですから、同じ条件にして差しあげたんですよ」
丸腰であることを示すように両手をひろげ、唇の端を持ち上げる。
「下賤な野蛮人らしく、俺は拳でお相手致しましょう。あなたは重い剣を引きずったまま戦うか素手で応戦するか、ご自由にお選びください」
あくまで丁寧な口調を崩さぬまま、しかし薄灰色の瞳を猟奇的に光らせてカミルがにじり寄る。
重い剣を手にしたまま、コンラートは後退った。
「どうしました? 武器も持たない相手になぜ弱腰になっておられるんです? 公爵家の尊い血筋は優れているんですよね? 俺みたいな貴族もどきに負けるはずはないのでは?」
そう問い質しながらゆっくりと近づいてくる男には、悪魔めいた迫力があった。
どうすればいいのか、頭が働かない。
剣が重い。でも丸腰で戦う方法など知らない。
これまで父親に甘やかされてきたコンラートは、何もせずとも武勲を挙げられた。常に他の誰かが戦い、誰かが守ってくれる。実戦を知らないも同然の身だったが、本人にその自覚はなく、すべて自分の実力だと疑ってはいなかった。
それがコンラートにとっての当たり前だったからだ。
しかし根拠もなく勝てると信じていた幻想は打ち砕かれ、気づけば自分の無力さを晒されて、今は恐怖に足が竦んでいる。
いつの間にか間近まで迫っていたカミルに胸ぐらを掴まれて、コンラートは身を縮めた。
抵抗の仕方も分からずにいるまま、足を払われて体が宙を飛ぶ。
なんだか分からないうちに背中を地面に叩きつけられていた。
「ぐっ!」
息が詰まって吐き気にも似た感覚が咽喉を締め上げる。
同時に、ゴトリ、と重そうな音を響かせて剣が地面に落下した。
カミルがそれを拾い上げる。
重いはずの剣が軽々と持ち上げられてコンラートはぎょっとするが、そのタネは単純なもの。カミルが自分でかけた術を解いただけである。
「公爵家のご令息を殴りつけるのも気が引けますので、一息で楽にして差しあげますよ」
静かにそう言って剣を縦に構える姿を見て、そのまま突き刺す気なのだとコンラートは悟る。冷たく見下ろしてくる騎士が、本物の悪魔に見えた。
「ま、待って……」
コンラートは震える声で懇願しようとしたが、その命乞いはすでに遅く、剣が勢いよく振り下ろされた。




