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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十五章 人としての価値を決めるもの
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Ⅳ.第二の悪魔②


「コンラートぉ!」


 アウエルンハイマー公爵が息子の名を叫んで立ち上がった。


「落ちつけ公爵」と皇子が声をかける。


「そなたの息子は死んでおらぬ。よく見るがいい」


 促されて映像に目を向けた公爵が、緊張を解くように息を吐きだした。

 振り下ろされた剣は顔の間近の地面に突き立っている。コンラートは右頬と右耳からわずかに出血しているものの、確かに死んではいなかった。


 アウエルンハイマー公は腰を抜かしたように座り込んだ。拡声魔術を通したカミル・フォン・ディステルの声がその耳朶(じだ)に響く。


「簡単に意識を手放せる方はいいですね。よく今まで軍人としてやってこられたものだと思いますが、よほど周囲にいる臣下が優秀だったんでしょう。羨ましいことです」


 興ざめしたような声は揶揄するでもなく冷めきっていた。

 本来ならその無礼さを咎めるところだろうが、呆然とする公爵にそんな元気はなさそうである。


「心臓に悪いことをする」


 皇子が小さく独りごちる。

 実をいえばアルフレートも少し慌てたのだ。だが傍らに立つユリウスが顔色を変えず事態を見守っていたから、それを信じることにした。


「ユリウス様が案じておられたのは、()()のことなのですね……」


 ハールマン中尉が青ざめた表情で確認する。

 カミルが激情に駆られてコンラートを殺すような事態にはならなかったものの、公爵家の体面ごと叩きのめすやり方は、さらに性質(たち)が悪いのではなかろうか……。


 失禁したあげく白眼を剥いて倒れるコンラートに、つい同情的な視線を向けてしまうハールマンだった。きっと彼は明日から外を歩けなくなるだろう、と思いながら。


「やり過ぎのきらいは否めないが、まあ良かろう。最後まで冷静だったことは評価してやらねばな」


 そう言ってアルフレートは立ち上がる。

 最後まで冷静だった、と言うのは、拡声魔術が使われて以降、カミルが彼にしては嫌味成分を控えめにした丁寧な口調を貫いていたからだろう。


「あとは、私の仕事だ」


 前へと進みでるアルフレートの口元に、合図を受けたハールマン中尉が拡声魔術を展開する。


「見ての通りだ」


 会場にアルフレートの声が高らかに響いた。


「コンラート・フォン・ライヘンバッハの戦闘不能により、この勝負はカミル・フォン・ディステルの勝利となる」


 皇子がそう宣言すると、観戦客から拍手と歓声が鳴り響いた。喝采を上げる者の多くが平民たちである。


 人は感情の生き物だ。その内容の正否に関わらず、口汚く罵る人物に反感を持つ者は多い。それ故に、コンラートの言動に眉をひそめる者は多かったことだろう。特に平民たちは、平民の血を引くカミルを「下民」と蔑むコンラートの態度が面白くはなかったはず。


 一方で、カミルの丁寧な口調と落ち着いた声音は、コンラートへの反発心と反比例するように好印象を与えた。

 結果的に平民たちからの人気がカミルに集まった、というわけだ。


 アルフレートが市井(しせい)の民をこの催しに呼んだ理由を、カミルはそれとなく察していたのだろう。


「此度の催しで、我が騎士ユリウス・フォン・ベルツとカミル・フォン・ディステルはその有能さを証明してくれた。特筆すべきことがあるとすれば、それはディステル男爵の出自であろう」


 アルフレートがいまだに決闘場にいるカミルを見下ろすと、会場中から注目を集めた当人は複雑そうに目を眇めた。


「彼は平民の女性を母に持つ複雑な境遇にありながらも、腐らず努力し続け、今は我が騎士として少佐の地位にある。その行いと、そこに付随する結果をこそ称賛すべきだと私は思っている」


 反骨精神でのしあがってきただけの行為を美談に仕立てあげられたカミルが、わずかに頬をひくつかせる。


 皇子の後ろでユリウスは目を伏せて知らぬふりを決めこみ、その隣にいるハールマン中尉が「ものは言いようですね……」と呆れた口調で呟いていた。


 本音をおくびにも出さず、アルフレートは言葉を続ける。


「人は血筋に依らず、その行いによってのみ評価されるべきである。それを証明してくれたディステル男爵を、私は誇りに思う」


 浅葱(あさぎ)色の頭髪を掻きまわしながら、カミルは皇子の真意を悟っていた。


(てい)よく利用してくれますねぇ。困ったお方だ」


 小さく文句を口にしながらも、それを苦笑に(とど)めたのは、皇子の主張に好感を持ってしまったからだろう。


 皇子の演説は続く。


(みな)も自身の血筋に(おご)らず、また腐ることなく、己の才能を磨いてほしい。それこそが私が理想とする誇りある民の姿である」


 市井の民たちから歓声が上がる。


 ヒソヒソと囁きあう貴族たちからはあまり好意的な感情は(うかが)えないが、それで問題はない。元々、アウエルンハイマー公爵と同じ穴の(むじな)たちが多く呼ばれているのだから、この反応は当然のことと承知している。

 これは特権階級に驕る貴族たちへの牽制でもあるのだ。




「血筋に依らず行いによって評価されるべき――血統による正当性を否定するわけか。皮肉なものだな……」


 ぽつりと聞こえた呟きに首を傾げて、ジークベルトは発言者に目を向けた。

 少年の視線には気づかぬ様子で、ウィリアムは砂色の双眸(そうぼう)を細める。


「いや、それともこれは、布石なのかな……?」


 錬金術師がただじっと見つめる先には、銀髪の皇子の姿があった。

 ウィリアムの胸中に、微かな迷いが浮かぶ。


(もう少し、あの皇子のことを深く知る必要があるかもしれない……)


 自身の感情はいったん捨て置いて、ウィリアムは考える。


 ――はたして彼は加害者か、それとも被害者なのか、と……。

【十五章 人としての価値を決めるもの】終了です。

まさかの延長戦で『第二の悪魔』の本性がチラ見えですw

ついでにアルフレートがそれを利用して今後のための種蒔きしてましたね〜

そして次回からようやくウリカが復活です。

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