第6話:弟子ライフのスタートと筋肉痛
「すー……はー……。よし、集中しろ、俺……!」
カン! カン! カン! カンッ!
工房『鉄槌の獅子亭』に、重々しくもどこかリズミカルな金属音が響き渡る。
カンカンの作業音とともに噴き出す火花が、俺の視界を真っ赤に染め上げた。
「甘い! 叩くテンションが乱れてるぞレイ! 鉄が冷めて硬くなる前に、均等な力で中心から外側へ伸ばせ!」
「はいっ!! ぐ、ぬぬぬ……っ!」
バルドさんの怒号のような指導が飛ぶ。俺は歯を食いしばり、右手の上級者用(とバルドさんに渡された重量級)ハンマーを必死に振り下ろした。
熱風で前髪が焦げ、全身から滝のように汗が流れ落ちる。
五感完全同期の『New World』は伊達じゃない。熱気、腕の疲労感、重金属のズシリとした手応え……そのすべてが容赦なく脳神経へと伝わってくる。
「ふぅーっ! ふぅーっ!……あ、熱い……腕がモギ取れそう……!」
スタミナの残量バーはすでに危険水域の赤色。
だが俺は気合でハンマーを打ち続け、真っ赤に熱された鉄塊をどうにか剣の形へと整えていく。
……そう、俺は今、猛烈な「鍛冶練習」の真っ只中にいた。
時を戻すこと、今朝のことだ。
昨日の「打撃属性+50%の謎の鉄棒」を作り上げてしまった俺は、今日こそまともな『鉄の短剣』を作ろうと意気込んで工房を訪れた。
「バルドさん! 今日こそちゃんと斬れる剣を作りたいです! 指導をお願いします!」
「おう、いい意気込みだ。だがなレイ、刃物を作るにしても、まずは『鉄と話ができるようにならなきゃ』話にならん。今日は日の出から日没まで、ひたすら鉄を叩いて伸ばす基本の『鉄打』を叩き込むぞ!」
「叩き込む……ですか?」
「そうだ。火の起こし方、フイゴの踏み加減、叩く角度、そして鉄が発する『音』で温度を見極める感覚……これを体に染み込ませるんだよ!」
こうして、俺の地獄のスポ根鍛冶修行がスタートしたのだった。
午前中はひたすらフイゴを踏み続ける「火力調整訓練」。
午後は熱した鉄をハンマーで均一の厚さに叩き伸ばす「延べ作業」。
正直、生半可なスポーツより遥かにハードだった。
なにせ、ゲーム的なオートアシスト機能のようなものは一切使っていないのだから。
(くっそ……! VRゲームの生産職って、もっとこう……レシピを選んだら光が包んで『できましたー!』みたいな爽やかでおしゃれな感じじゃないの!? なんで俺は中世のドワーフ工房で本気のガチ体技を修得させられてるんだ……!?)
俺は必死にハンマーを振るいながら、心の中で愚痴をこぼす。
……しかし、ここに大きな『勘違い』があった。
高木黎という男は、事前情報を最低限(「異世界で自由な冒険ができる」「鍛冶職になれる」程度)しか調べずにこの『Infinity Life Online』の世界に飛び込んできたのだ。
もし、先行組であるコウタや、掲示板の攻略情報を熟読している一般的なプレイヤーが今の俺の姿を見たら、間違いなく目を丸くしてこう叫んだだろう。
『えっ、なんでわざわざメニューも開かずに完全手動でやってんの!?』……と。
実はこの『ILO』の生産職システム、基本はもっとスマートだ。
生産ギルドで基本レシピを買ったり、ダンジョンドロップなどでレアな『レシピ』を入手してシステムメニューから選択すれば、システムアシストが発動する。もちろん一瞬で完成するわけではなく、フイゴを吹いたりハンマーを数回振ったりと、職業に応じた一定の制作プロセスを踏むためそれなりに時間はかかる。だが、アシストのおかげで腕力を消費することもなく、ガイド線通りに手を動かすだけで誰でも綺麗で均一な品を作り上げることができるのだ。
さらにプロの生産職プレイヤーたちは、手に入れたレシピのシステムアシストをベースにしつつ『レア素材を隠し味として追加投入・アレンジする』ことで、性能を底上げしてオリジナルの高品質装備を作っていた。
一定の作業時間と工夫は必要だが、レイのように筋肉痛で腕がちぎれそうになるような真似は誰一人としてしていない。
だが、そんな「生産職の常識」を、レイは何一つ知らなかった。
最初にバルドさんから「戯言抜かしてねぇで腕で覚えろ!」と怒鳴られたことと、ゲーム初期にチュートリアルが存在しなかったことが重なり、俺は本気で『このゲームの鍛冶は、レシピなんて生ぬるいものはなく、職人の勘と筋力だけで乗り切る超本格泥臭仕様なんだ』と信じ込んでしまっていたのである。
「よし、そこまでだ! 鉄を水に入れろ!」
「は、はいっ!」
バルドさんの指示に従い、真っ赤な鉄塊をやっとこで掴み、冷水の張られた桶へと叩き込む。
ジュワアアアアアッ――!!
激しい水蒸気が立ち上り、工房内に白い煙が充満する。
激痛に耐えるようにキーキーと鳴く金属音が収まった後、俺は水底から冷やされた鉄を取り出した。
完成したのは、相変わらず少し歪で、刃の波打ち方が独特すぎる『鉄の長小刀』らしき何かだった。
「ふぅ……ふぅ……。なんとか、形にはなった……かな……?」
俺は肩で息を吐きながら、視界に浮かび上がった完成品の詳細テキストに目を走らせた。
名称は『鍛冶試作・不揃いの短刀』。分類は片手刃物で変形刃。
品質の項目には、レシピを通していないことを示す『規格外(手製)』という不格好な文字が表示されている。
攻撃力は18。効果欄には、形状補正外による要求筋力増加のデメリットと一緒に、完全手動鍛造による『金属密度過剰:耐久度+80』や、刃の歪みから生じた『微小な波刃:出血付与+5%』といった見慣れない特殊効果がズラリと並んでいた。
「うーん……やっぱり見た目は不格好だなあ……。刃も均一じゃないし、重すぎるし、お店で売ってるような綺麗でスマートな短剣には程遠いな……」
俺はガックリと肩を落とした。
システムのアシストを一切使わずに叩き上げたため、システム側からは「規定のレシピ形状から大きく逸脱した不格好な刃物」と認識されてしまっている。
しかし、バルドさんはその短刀を手に取ると、じっと刃紋を見つめ、ゴツゴツした指先で刃の厚みを確かめた。
「……ほう」
「やっぱりダメですよね……。もっとこう、すっと通った綺麗な刃にしたいんですけど……」
「バカ言え。初日の鉄棒に比べたら雲泥の差だ。……それに、なんだこの重さと密度は。普通、鉄をここまで叩いたら焼き入れの段階で割れるかヒビが入る。お前、火の温度と叩くタイミングを肌で感じ取り始めてやがるな?」
「え? あ、はい。なんか、ハンマーを叩き落とした時の跳ね返り感で『あ、今はここを叩いてほしいんだな』って、鉄の感覚がなんとなく手に伝わってくる感じがして……」
「ハッ……感覚で掴みやがったか」
バルドさんはニヤリと口角を上げた。
本来、他のプレイヤーたちがレシピをベースに素材アレンジして作る装備は、どこまでいっても「システムが許容する性能の延長線上」でしかない。
だが、レイのように「レシピのアシスト」すら使わず、五感完全同期の感覚だけを頼りに「完全手動」で極限まで叩き上げられた金属は、システム側の枠組みを超えて規格外の高密度と特殊な形状変化を起こし始めていた。
耐久度+80や出血付与といった性能は、アシスト機能に頼った素材アレンジ程度では絶対に付与できない、完全手動ゆえの「システムエラー的な異常値」だったのだ。
この時のレイは、まだ知る由もない。
システムのアシストに頼らず、泥臭く自分の身体で鍛冶を覚える道を選んだことで、自分が今、『システム補正の限界を物理的にブチ破る特殊な鍛造技術』の第一歩を踏み出しているということを。
そしてこれが、いずれ高級素材を惜しみなく手動で叩き上げ、全プレイヤーを震撼させる「伝説の鍛冶師」へと至るための、途方もなく頑丈な基礎工事になっているということを。
「よし! 今日の練習はここまでだ! レイ、なかなか筋が良いぞ。明日からはさらに重いハンマーを使って、連続打ちの打力を鍛える!」
「ええっ!? まだ重くするんですか!? 俺の腕、明日には動かなくなってそうなんですけど……!」
「ガハハハ! 鍛冶師の腕肉は叩けば叩くほど引き締まるんだよ! さあ、冷めないうちに冷えたスープでも食いに行こうぜ!」
「うぐぐ……はいっ!」
パンパンに張った上腕二頭筋をさすりながら、俺は苦笑いを浮かべた。
スマートにカッコよく……なんてイメージからは程遠い、汗と煤にまみれた泥臭い毎日。
思っていたファンタジーな生産職ライフとはかなりズレてしまっているけれど――
「……でも、不思議と嫌じゃないんだよなぁ」
夕日に照らされる自分の手のひらを見る。少しだけマメができかけているような、ズシリとした確かな手応え。
自分の手で金属を鍛え上げ、一つの形にしていく手応えは、間違いなくこの『New World』でしか味わえない本物の興奮だった。
「明日こそは……絶対にまともな『綺麗な剣』を打ち上げてやるからな……!」
俺はぎゅっと拳を握り締め、豪快に笑う頑固師匠の後を追って、夕暮れのルーメンの街へと歩き出したのだった。




