常夏の迷宮庭園の報酬確認
光のパーティクルが弾け、レイの身体はスタート前の賑やかな広場へと戻ってきた。
ポータルから出てきたばかりのレイに、近くにいたプレイヤーが「うわっ!」と驚いた声をあげる。
「えっ、兄さんもう戻ってきたの!? 転送されてからまだ10分経ってなくないか……?」
「うん、9分45秒だったよ。ギミックもいくつかあったから、少し手間取ってしまったけど」
レイが素直に答えると、周囲にいた数人のプレイヤーまで「は!?」と振り返った。
「初見で10分切り!? 嘘だろ、あの生け垣迷路めちゃくちゃ入り組んでるぞ!?」
「最後のボスとか何枚もパズル踏まなきゃいけなくて時間かかるって聞いたのに……! 兄さん、もしかして称号とか良いの取れた!?」
話しかけてきたプレイヤーが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。クリアタイム等に応じて称号が付与される仕組みのため、早く抜けたレイがどんな称号を持っているのか気になったようだ。
「称号か? うーん……」
レイはシステムウィンドウの報酬欄をちらりと確認し、素直に読み上げた。
「『生け垣を破壊せんとする者』……っていうのをもらったよ」
「……え?」
広場が一瞬、シーンと静まり返った。
「……生け垣を……破壊せんとする者……?」
軽戦士が引きつった笑顔で、聞き間違いを疑うように聞き返す。
「いやいや、生け垣って『システム不可壊(Indestructible)』だぞ? 剣で斬っても魔法ぶつけても傷一つ付かない仕様の……」
「うん、すごく頑丈だったね。僕も突っ込んだときは死ぬかと思ったよ」
「突っ込んだ!? ていうか『生け垣を破壊せんとする者』って……まさか兄さん、あの迷路で何したの!?」
「別に特別なことはしてないよ。ただ……ボスを生け垣にぶつけただけだね」
「ぶつけた……!?」
生け垣を切るでも解くでもなく「壁として利用して叩き潰した」というパワープレイの片鱗を感じ取り、周囲のプレイヤーたちは生唾を呑み込んで一歩後ずさる。
「……あ、あの、それ以上は聞かないでおくわ……お疲れ様でした……!」
「? ありがとう」
何故か敬語になって距離を置く軽戦士たちに首をかしげつつ、レイは手に入った限定羽織の着心地を確かめるべく、のんびりとインベントリを開くのだった。
◇
「さて、まずは報酬の確認からだな」
少し引き気味に立ち去っていった軽戦士たちの背中を見送りつつ、レイは広場脇にある日陰のベンチに腰を下ろした。
周囲では相変わらず「あの迷路、右に行っても左に行っても行き止まりなんだが!?」「小鬼が早すぎて捕まらねえ!」といった悲鳴や議論が飛び交っているが、すでにクリアしたレイにとってはどこか他人事のような平和な背景音だ。
レイはシステムウィンドウを開き、インベントリのトップに送られていた報酬アイテムをタップした。
【限定アバター装備:潮風の迷宮覇者・羽織】
・種別:外見固定用アバター(上着)
・耐久度:無限(不可壊)
・装備効果:
①【潮風の加護】:移動速度+5%
②【迷宮走者】:非戦闘時のスタミナ回復速度+10%
・解説:『常夏の迷宮庭園』を圧倒的な速さで走破した者に贈られる特別羽織。濃紺の生地に白い波しぶきと南国の葉模様が染め抜かれており、羽織るだけで涼やかな潮風を纏うことができる。
「お、アバター装備なのに性能補正がついているのか。移動速度アップは地味にありがたいな」
外装枠の装備は、本来装着している防具のステータスや防御性能をそのまま維持したまま、見た目だけを変更できるシステムだ。
さっそく「装着」のボタンを押すと、レイの体を淡い青色の光が包み込んだ。
光が収まると、本来着込んでいた無骨な胸当てが、すっきりと粋な深紺色の羽織に変化していた。袖口や裾には荒波を模した白いグラデーションが施されており、動くたびにふわりと爽やかな潮風の香りが鼻腔をくすぐる。風にそよぐ羽織の裾が涼しげで、まさに夏イベントにうってつけのデザインだ。
「見た目も悪くない。せっかくだし、水着に着替えるか。」
ついでに水着に着替えて移動をしていると、羽織の装備効果である「移動速度+5%」がわずかながら感じられる。
「よし、アバターはこれで決定として……次は獲得称号の確認か」
続けて、ウィンドウに新しく追加された称号欄を開く。
【特別称号:生け垣を破壊せんとする者】
・条件:『常夏の迷宮庭園』にて、システム不可壊領域を利用してガーディアンを破壊する。
・効果:【打撃・衝突時のノックバック距離+10%】
・解説:ダンジョン構造そのものを兵器として利用した破天荒な攻略者に与えられる称号。不可壊の壁は、時にどんな名剣よりも恐ろしい鈍器となる。
「ノックバック+10%……大剣の叩きつけや体当たりと相性がいいな……ん? でも待てよ」
称号の解説文をぼんやりと眺めていたレイは、ふとある重要な事実に思い至り、ピタリと動きを止めた。
『不可壊の壁は、時にどんな名剣よりも恐ろしい鈍器となる』
(……そうだ。生け垣の壁は、ぶつかった対象に凄まじい衝突ダメージを与える)
レイの頭の中に、先ほど迷路の中で小鬼を捕まえた瞬間の映像がスローモーションで蘇った。
ロケットのような超加速。
逃げる小鬼の首根っこを掴んだ爽快感。
そして――曲がり切れずにノーブレーキで生け垣へと豪快に突っ込んだ、あの衝撃。
『判定:自爆・壁面衝突により致死級大ダメージ!』
『装飾品【古樹の守護指輪】の効果が発動しました!』
この指輪は、昨日コウタと倒したグラビドスのドロップで、効果は『HP1で踏みとどまる(戦闘中1回のみ)』という、命綱そのものの超高性能アクセサリーである。
その貴重な効果が。
一度の戦闘で絶対に一度しか助けてくれない命の保険が。
(……僕、ボス戦でもなんでもないただの迷路の道中で……自分のスピードに乗って壁にぶつかっただけで消費しちゃったのか……?)
じわじわと、現実が脳内を支配していく。
「うわぁ……」
レイの口から、情けない声が漏れた。
もしこれがレイドや、未知の強敵との死闘であれば「指輪のおかげで命拾いした!」と心から感謝するところだ。だが、実際に指輪が発動した理由は『自分で勝手に加速して壁にノーブレーキ突撃したから』である。
「……1日1回限定の致死回避バフを、自分の自爆で消すなんて……」
急激な虚無感と申し訳なさがレイを襲った。
せっかくの超性能をマヌケな自爆の保険として消化された指輪そのものに対して、凄まじい罪悪感が込み上げてくる。
「いや……落ち着こう。指輪がなかったら、僕はあの場で『壁に突っ込んで自爆死した愚かなプレイヤー』としてスタート地点に強制送還されていたはずだ。タイムアタックも失敗していた。……そう考えれば、指輪は正しい仕事をしてくれたんだ。うん」
必死に自分を納得させようとブツブツと口の中で弁明を繰り返すレイ。だが、指輪のアイコンについた「クールタイム中(再発動まであと23時間50分)」のグレーアウト表示を見るたびに、ほぼ丸一日残された待ち時間が胸の奥にちくちくと痛く刺さるのは避けられなかった。
「……次は、ちゃんと曲がり角の手前で減速しよう」
深く反省の溜め息を吐き出すと、レイは羽織の裾をパンパンと払い、気を取り直して立ち上がった。失った指輪のバフは戻らないが、手に入ったアバターと称号、そしてイベントコイン500枚は本物だ。
広場の出入り口へ向かって歩き出すと、新しく身に纏った『潮風の迷宮覇者・羽織』がひらりと揺れ、周囲のプレイヤーたちの視線を集めた。
「おい、あの羽織……さっきのイベントの上位報酬じゃねえか?」
「マジかよ、めっちゃ綺麗じゃねえか!?」
「すげえな、どんだけ早く迷路抜けたんだ……?」
指輪を無駄にして意気消沈しているレイの心境など知る由もない周囲のプレイヤーたちは、夏らしい限定羽織を格好良く着こなす彼の姿を「凄腕のトッププレイヤー」として羨望の眼差しで見送っている。
「次は港町の特設ステージで開催されている『巨大スイカ割り一本勝負』に行ってみるか。……あそこなら、壁もないからぶつかって死ぬ心配もないだろうしね」
自分に言い聞かせるように呟くと、レイは潮風が心地よく吹き抜ける港町の賑やかな大通りへと、足取りも新たに踏み出していくのだった。
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