サマーイベント開幕!!!
「――5、4、3、2、1……イベント開始ッ!」
カウントダウンの数字がゼロになった瞬間、始まりの街の中央広場を埋め尽くしていた数千人のプレイヤーたちが、一斉に蒼白い光の束となって空へと弾けた。
浮遊感と空間が歪むような感覚が全身を包み込む。
ほんの数秒の後、視界を覆っていた光がサッと引いていくと、俺の鼻腔をくすぐったのは――湿り気を含んだ温かい潮風の匂いだった。
「うわ……マジかよ、すご……!」
隣でコウタが声を漏らす。俺も思わず、目の前に広がる光景に息をのんだ。
頭上に広がるのは、雲ひとつないどこまでも澄み切った青空と、ギラギラと照りつける眩しい太陽。
目の前には、絵の具を溶かしたようなエメラルドグリーンの美しい海がどこまでも広がり、白砂のビーチが緩やかな弧を描いている。ビーチの背後には、見たこともない巨大な熱帯植物が鬱蒼と茂るジャングルが広がっていた。
サマーイベント特設エリア――『常夏の孤島』。
「これがイベントエリアか……! テンション上がってきたな!」
「ほんとにな。始まりの街の石畳とは大違いだわ」
コウタが愛用の長槍を肩に担ぎ直し、後ろを振り向く。
転移してきた広大なビーチのあちこちには、俺たちと同じようにイベント開始と同時に転移してきたプレイヤーたちが次々と姿を現し、歓声を上げながら散っていっているところだった。
「さて、レイ。まずはどうする? イベントのメインは島の中央にあるダンジョン攻略らしいけど、いきなり突っ込むか?」
「いや、焦る必要はないだろ。ゆっくり行こうぜ。まずはこの海岸沿いを探索して、見たこともないイベント限定の素材でも探したい」
「ははっ、相変わらず鍛冶屋目線だな! オッケー、俺も限定素材のモンスタードロップには興味あるし、のんびり浜辺沿いから攻めていくか!」
俺たちは顔を見合わせてニヤリと笑うと、大勢のプレイヤーたちが島の中央を目指してジャングルへ雪崩れ込んでいくのを余目に、白砂のビーチ沿いをゆっくりと歩き出した。
波打ち際を歩いていると、砂浜に半分埋まった美しい海鮮系の貝殻や、光を反射して怪しく輝く『潮満ちのサンゴ』といった見たことのない採取アイテムが転がっている。
「おお……! 『潮満ちのサンゴ』か! かなり冷気を孕んだ特殊な鉱物質だな……刀身の焼き入れ時の特殊冷却剤か、耐熱防具の補強材としてかなり良い仕事をしてくれそうだぞ!」
「おいおい、さっそく採取に夢中になってる場合かよ、レイ! 前前!」
コウタの声にハッとして視線を上げると、波打ち際の浅瀬から、ゆらりと巨大な影が姿を現していた。
ザざぁっ、と水飛沫を上げて現れたのは、人間の倍以上はある巨大なヤドカリのようなモンスターだった。ただし、背負っているのは貝殻ではなく、鋭い水晶の結晶が群生した巨大な岩石の殻だ。
【モンスター:クリスタル・ヤドカリ】
レベル:28
概要:孤島の沿岸部に生息する甲殻モンスター。極めて頑丈な結晶甲殻を持ち、並の物理攻撃をほとんどカットする。
「レベル28……! 始まりの街の周辺より一段上の強さだな。しかもあの甲殻、いかにも硬そうだ」
コウタが長槍を構え、警戒感を強める。
「硬い甲殻、ね……」
俺は背中から『深海鋼の重圧大剣』をゆっくりと引き抜いた。
ずしり、と砂浜に重みが沈み込む。漆黒の刀身に浮き出る蒼い重力脈の紋様が、日差しを受けて怪しく輝く。
「コウタ、俺が正面から突っ込むから、合わせられるか?」
「任せろ! でも無理すんなよ、あの甲殻、硬そうだぞ――」
コウタの制止の声を背に、俺は砂を踏みしめて一気に踏み込んだ。
STR140のバカ力と、超重量の大剣。
並の剣士ならまともに振ることすら叶わない重圧の一刃を、俺は右腕一本で大きく上段へと振りかぶる。
クリスタル・ヤドカリが威嚇するように巨大なハサミを振り上げ、硬度を誇る結晶甲殻を前面に出して防御姿勢をとった。
「――ぶち抜くッ!!」
俺は全身の筋力を大剣へと乗せ、上方から一気に振り下ろした。
固有効果――『過剰打撃』発動。
さらに『重力脈同調』により、俺のバカ高いSTR値に比例して、大剣の威力と空間を歪めるような重圧が跳ね上がる。
ドッ―――パンッッ!!!!!
斬撃の音ではない。
まるで大型の砲弾が着弾したかのような、凄まじい衝撃音がビーチ全体に響き渡った。
大剣がクリスタル・ヤドカリの結晶甲殻に触れた瞬間、相手自慢の頑丈な甲殻が、まるで薄いガラス細工のように一瞬で粉々に砕け散った。それどころか、衝撃波が砂浜を激しく巻き上げ、背後の海面までが一直線に大きく割れ開く。
「グガッ……!?」
クリスタル・ヤドカリは悲鳴を上げる暇すらなく、圧倒的な衝撃ダメージによって一撃で光の粒子となって爆散した。
静まり返るビーチ。
波の音だけが静かに戻ってくる中、俺は大剣を肩に担ぎ直してフッと息を吐いた。
「……よし。推進力も衝撃の通り方も完璧だな。深海鋼の硬度もビクともしてない」
「…………」
隣で槍を構えたまま固まっていたコウタが、ゆっくりと首をこちらへ向けた。その顔は完璧に引きつっている。
「……ねぇ、レイ?」
「ん? なんだ?」
「今の、ただの通常攻撃だよな? スキル使ってないよな?」
「おう。普通に上から振り下ろしただけだけど」
「やっぱその武器物理のバグだろ絶対!!!! なんで甲殻類を一撃で粉砕した上に海割り起こしてんだよ!!」
頭を抱えて叫ぶコウタに、俺はへへッと苦笑いを浮かべた。
「いやあ、やっぱり王都の素材とバルド師匠の秘蔵触媒はすげぇよ。思った以上の威力を叩き出してくれる」
「お前のSTR極振りと変態クラフトのせいだよ!!」
コウタのツッコミを聞きながら、俺はモンスターが消えたあとに転がっていたドロップアイテムを拾い上げた。
【ドロップ素材:透明な結晶殻の欠片】
品質:上級
概要:クリスタル・ヤドカリの超高密度な甲殻の一部。防具や武器の補強材として極めて高い硬度を誇る。
「おお……! これ、いい素材じゃないか! 軽くて硬いぞ!」
「はぁ……もう好きにしろよ……。でもまあ、これならどんな強敵が出てきても前衛は安心だな」
コウタは半ば諦めたように息を吐くと、笑いながら槍を肩に置いた。
「よし、限定素材も手に入ったし、この調子で海岸沿いを探索しながら奥へ進むか」
「おう! イベントはまだ始まったばかりだしな。ゆっくり、たっぷり楽しもうぜ!」
燦々とふり注ぐ太陽の下、常夏の孤島での第一歩を大満足で踏み出したのだった。
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