新鉱石でクラフト
中央転移門の前に立ち、行き先を「始まりの街」に指定する。
視界を覆っていた王都『グラン・ゼリア』の壮大な景観が青白い光の粒子となって弾け、一瞬の浮遊感のあと、目の前には見慣れた始まりの街の穏やかな石畳が広がっていた。
王都の大市場は、とにかくスケールが大きくて圧倒された。
すれ違うプレイヤーたちの装備も豪華だったし、並んでいた品物も珍しいものばかりで刺激的だった。だが、こうして始まりの街に戻ってくると、どこか実家に帰ってきたような妙な安心感がある。
「ふぅ……さてと」
俺は肩にかけた荷物の重みを確かめるように少し担ぎ直し、ふっと息を吐いた。
インベントリの中には、王都の大市場で手に入れた最高の素材たちが鎮座している。比重が重すぎて普通の鍛冶屋では加工ができないという『深海鋼』の原石が3個、高負荷の鍛冶に耐える『高品質・精錬触媒』、そして武器に強力な重量補正を定着させる『重力脈の結晶』。
サマーイベント開幕まで、あとちょうど1週間。
この素材たちを使って、今の俺が打てる最高に尖った一本を完成させる。
「約束通り、まずはバルド師匠に見せてやらないとな」
俺は足早に露店街の賑わいを抜け、すっかりホームグラウンドとなった『鉄槌の獅子亭』へと足を向けた。
暖簾をくぐると、肌を灼くような熱炉の熱気と、煤の匂い、そして静かに響く鍛造の金属音が俺を出迎えてくれた。
外の涼しい風とは対照的な、この独特の熱気。ここに帰ってくると「鍛冶師のモード」にスイッチが入る。
奥の工房を覗き込むと、バルド師匠が頑丈な身体を丸め、巨大な金床に向かって黙々と槌を振るっていた。汗ばんだ太い腕が静かに上下し、金属の形を的確に整えていく。その手つきには無駄がなく、熟練の職人だけが持つ洗練された美しさがあった。
「師匠! 王都から戻りました!」
俺が工房の入り口から大声で呼びかけると、師匠はカン、と最後にひとつ丁寧な槌音を響かせて手を止めた。
手拭いで顔の汗を雑に拭いながら、太い眉をひそめてこちらを振り返る。
「あぁ? なんだレイか。もう戻ってきたのか。王都の見学は満足したんかい」
「ええ、めちゃくちゃ大満足ですよ! 王都の露店街は規模が違いすぎてびっくりしました。それと、王都の大市場で面白い素材を仕入れてきました!」
「ほう……口だけじゃなさそうだな。どれ、何を買ってきたか見してみろ」
バルド師匠は興味深そうに腕を組み、金床の脇に腰を下ろした。
俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、インベントリからあの鈍く青黒い光を放つ重厚な鉱石――『深海鋼』の原石を取り出し、ドカン!と重い音を立てて木製の作業台の上に置いた。
その瞬間、作業台がぎしりと悲鳴を上げ、金属特有の冷たい重圧感が工房の空気を満たした。
「……おいおい」
それを見た瞬間、バルド師匠の太い眉がぴくりと動いた。
気怠げだった表情が一変し、鋭い眼光が深海鋼の原石へと注がれる。腰を上げ、ゆっくりと作業台に歩み寄ると、太い指先で慎重に表面の荒々しい質感を確かめるように撫で始めた。
「レイ……お前これ、どこで手に入れた」
「王都の大市場の奥にある、ドワーフの店主がやってる素材店です。『比重が重すぎて硬すぎるから誰も加工できない』って言って、棚の隅で叩き売りされてたんですよ」
「……たく、相変わらず無茶な買い出しをしやがる」
バルド師匠は腕を組み、呆れたように大きな息を吐いた。だが、その頑固そうな口元はわずかに緩み、瞳には職人特有の熱い光が宿っている。
「深海鋼か。鉱山地帯の超高圧の層で稀に採掘される、極めて高密度な希少金属だ。硬度も比重も桁外れでな、生半可な熱じゃ軟化すら作れん。並の鍛冶屋が槌を振るえば、金属が曲がる前に金槌のほうが砕け散る。だから王都の連中も扱いかねて放り出してたんだろ」
「へへっ、でも俺の『超圧縮』とSTR極振りなら、この圧倒的な硬さと重さは弱点じゃなくて最高の武器になりますよ。これ以上の素材はありません」
「……ふん、相変わらずバカと天才は紙一重な考え方をしやがる」
師匠はフッと鼻を鳴らしたが、その言葉には明らかな信頼と期待が込められていた。師匠は振り返ると、棚の奥から厳重に保管されていた小さなガラス瓶をひとつ取り出し、作業台の上へコンと置いた。
中に入っているのは、ギラギラと怪しく赤く輝く、見たこともない細かな粉末だ。
「これを使え」
「これ……何ですか?」
「俺の秘蔵の【高熱化触媒】だ。深海鋼は熱が通りにくい。お前が王都で買ってきた『高品質・精錬触媒』と混ぜ合わせることで、炉の温度を一時的に限界を超えて引き上げられる。お前のバカ力で叩き潰すのに耐えうる熱量を確保するには、これが必要だ」
「師匠……! いいんですか、こんな貴重なものを!?」
「元々、面白いもんを作る時に使おうと思って残しておいたもんだ。その代わり、半端なゴミを作ったらぶん殴るぞ」
「もちろんです! 最高の一本を打ってみせます!」
不器用だが、確固たる技術と情熱で支えてくれる師匠の心遣いに感謝し、俺は深く頭を下げた。
王都で買い込んだ『深海鋼の原石』3個、『高品質・精錬触媒』、そして武器に強力な重量補正を定着させる『重力脈の結晶』を作業台に整然と並べる。
革のエプロンを固く締め直し、愛用の『黒鋼の金槌』を握りしめる。
手のひらに伝わるしっくりとした感触。呼吸を整え、余計な雑念を払う。
「よし……始めるぞ」
熱炉に薪と石炭を追加し、師匠から受け取った【高熱化触媒】と『高品質・精錬触媒』を調合して炉の中へと注ぎ込む。
ゴォォォォォッ!!
一瞬で炉の中から激しい咆哮のような音が上がり、通常ではあり得ない青白く澄んだ高熱の炎が燃え上がった。工房内の温度が一気に跳ね上がり、肌が痛むほどの熱気が肌を刺す。
俺はトングで『深海鋼』の原石を掴み、青白い炎の渦の中へとくべた。
普通の鉄なら一瞬で溶けて蒸発してしまうほどの高熱。しかし、超高圧下で生まれた深海鋼は、じっくりと、時間をかけてゆっくりと熱を蓄えていく。
数分後、青黒かった原石が、内側から太陽のような眩い赤黄色へと発光し始めた。
「今だ……!」
熱せられた深海鋼を取り出し、金床の上へと据える。
ド派手な音や大爆発を起こす必要はない。ここは職人の工房だ。
俺は両足でしっかりと大地を踏みしめ、腰を落とし、全身の筋肉――STR140のすべてのパワーを右腕へと集中させた。
キンッ……!!
金槌が深海鋼に衝突した瞬間、澄み切った高音と重厚な振動が工房を駆け抜けた。
常人なら1ミリも変形させられないはずの深海鋼が、俺のバカ力と『剛腕圧縮』のスキル補正によって、ほんのわずかに、確実に押し潰されて密度を増していく。
カン――!
カン――!
静かな工房に、重く、どこか神聖すら感じさせる一打一打の槌音が響き渡る。
汗が滝のように流れ落ち、体力が削られていくが、俺の集中力はますます研ぎ澄まされていった。
原石の余分な不純物を叩き出し、超高密度の金属同士をさらに密着させ、一つの鋼として統合していく。1個、2個、3個の深海鋼が、俺の力任せの打撃によって強引に、かつ緻密に一つへと融合していく。
横で見守るバルド師匠は、腕を組んだまま一言も喋らない。
ただ、その鋭い眼差しは俺の槌の軌道と、金属が形を変えていく瞬間をじっと見つめていた。
「(まだだ……もっと縮める……! さらに密度を高めろ……!)」
鍛冶スキルの感覚を研ぎ澄まし、限界を超えた圧力を金属へ注ぎ込む。
赤く輝く鋼の中に『重力脈の結晶』を押し込み、その脈動する魔力を高密度の鋼の内部へと均一に定着させていく。
カン――!!
カン――!!
金属が悲鳴を上げるのではなく、俺の意志に応えて密度の極限へと至っていく心地よい手応え。
熱気と汗に包まれた工房の中で、無言の鍛冶仕事が刻一刻と進んでいった。
深海鋼は俺の叩きに完璧に応え、徐々に、暗く重厚な漆黒の大剣のフォルムへと姿を変えていく。
「ほう……いい筋だ」
作業の合間、横から聞こえたバルド師匠の短くも温かい呟き。
俺はそれにニヤリと応え、さらに力を込めて金槌を振り下ろし続けた。
俺の最高の一本が、今この手の中で静かに産声を上げようとしていた。
もし「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです!
ブックマーク登録もあわせてしていただけると、作品を続ける大きな励みになります!




