王都への道①
【所持金:115,200 G】
夕闇が迫る始まりの街の露店街で、俺はインベントリに表示された数字を何度も確かめ、ニヤリと口角を上げた。
誰も見向きもしないようなニッチな需要を攻め、自分のプレイスタイルである「超圧縮」と新スキルを利点に変えて稼ぎ出す。筋肉と工夫の完全な勝利だ。
「待ってろよイベント……! 資金も、技術も、準備は完璧だ!」
高鳴る胸を抑えながら手早く露店を片付けた俺は、大金の入った財布の重みを確かめつつ、まずは世話になっている『鉄槌の獅子亭』へと足を向けた。サマーイベント開幕まで、あとちょうど1週間。王都へ向かう前に、バルド師匠へ一言挨拶をしておかなければならない。
『鉄槌の獅子亭』の入り口にかかる大きな暖簾をくぐると、店内には相変わらず金槌が響く熱い金属音と、熱炉から漂う特有の硫黄と煤の匂いが満ちていた。
奥の工房では、バルド師匠が汗だくになりながら巨大な金床に向かって黙々と槌を振り下ろしている。
「師匠! ちょっといいですか!」
俺が大声で呼びかけると、師匠は火花を散らしながら槌を叩く手を止め、太い眉をひそめてこちらを振り返った。
「あぁ? なんだレイか。露店の方はどうなった」
「それがですね……客同士で大喧嘩の競り合いになって、一気に11万5千ゴールドも稼げましたよ!」
「……はぁ!?」
バルド師匠は目を丸くし、持っていた金槌を思わず金床の上に落としそうになった。すぐに気を取り直したようにフンと鼻を鳴らし、その頑固そうな髭の奥で口元をピクピクと引き攣らせている。
「けっ……世の中、物好きな命知らずが多いもんだな。まあいい、素材代で首が回らなくなるよりはマシだ。で、何しに来た。完売の自慢をしに来たわけじゃねぇんだろ」
「はい。実は、イベント開幕までの残り1週間を使って、王都に行こうと思っていまして」
「王都だぁ? お前みたいな駆け出しが、なんでまたそんな遠くまで行くんだ」
「向こうの露店街や大市場なら、この『始まりの街』じゃ手に入らないような珍しい金属や触媒が流れてるって聞いたんです。それに、王都周辺のエリアでレベリングもしておきたくて。……あ、王都には中央転移門がありますよね? ポータルを開放したら、買い出しが終わったらすぐここに戻ってきますから」
俺の説明を聞き、バルド師匠は腕を組みながらじっと俺の顔を見つめていた。やがて、深く大きな溜め息をひとつ吐く。
「……たく、相変わらず落ち着きのない奴だ。だが、職人なら視野を広げるのは悪くねぇ。王都の大市場には、大陸中から怪しい行商人が集まるからな。掘り出し物もあるが、その分詐欺まがいの粗悪品を掴ませようとする狸も多い。せいぜい目利きを怠らんようにな」
「はい! しっかり見極めてきます!」
「おう、気をつけて行って来い。……戻ってきたら、王都で仕入れた珍しい素材で何か一品打ってみせろよ」
「もちろんです!」
バルド師匠の不器用な激励にニッコリと笑って応え、俺は暖簾をくぐって『鉄槌の獅子亭』を後にした。
始まりの街の南門前。
約束の時間の数分前に到着すると、すでにそこには見知った顔が揃っていた。
「おーい、レイ! こっちこっち!」
手を振って走ってきたのは、友人のコウタだ。彼の後ろには3人の男たちが立っていた。
背中に長くしなる長槍を背負ったコウタ(槍使い/アタッカー兼ヘイト管理)、俊敏な動きで敵を翻弄するスカウトのライガ(スカウト兼アタッカー)、パーティ全体の回復と強化を一手に担うソラ(ヒーラー兼バッファー)、そして豪快な攻撃魔法で後方から火力を叩き込む魔法使いのガルド。
コウタのパーティは全員男の4人組で、役割分担が綺麗に整ったバランスの良い中堅パーティだ。
「待たせたな、コウタ」
「いや、俺たちも今来たところだ。露店、大盛況どころかオークションでヤバい価格になってたらしいじゃん! 掲示板で『変なステータス補正の神装備を売る謎の生産職がいる』ってめちゃくちゃ話題になってたぞ」
「マジか……バカ売れしたのはありがたいけど、変な有名になり方は勘弁してほしいな」
苦笑いする俺の背中に背負われた、規格外に巨大で分厚い漆黒の大鉄塊――『黒鋼の圧砕大剣』に視線を留め、ライガがニッと口角を上げた。
「話題になるのも当然だろ。レイの打つ装備はマジで尖ってて面白いからな。……ていうかその背中の大剣、相変わらず鍛冶屋の持つサイズじゃねぇな!」
「レイさん、よろしくお願いします。王都までの道のりは任せてくださいね」と温厚そうなソラが微笑み、大柄なガルドも「後ろの火力は俺に任せとけ!」と豪快に胸を叩いた。
「で、本当にいいのか? 王都までのキャリー、受けてくれて。みんなの狩りの邪魔にならないか心配なんだけど……」
俺が恐縮しながら尋ねると、コウタが長槍の柄をトントンと地面に叩きながら笑った。
「気にすんなって! 俺たちもイベント前の最終調整で、始まりの街から王都までの街道沿いにある強力なアクティブモンスターを狩ろうと思ってたところなんだ。王都までのルートならもう何回も往復して頭に入ってるし、ついでに途中の峠に湧くエリアボスを狩ってから王都入りしようと思ってたんだ。ガッツリ経験値吸わせてやるから安心しろ!」
「助かる……! あ、荷物持ちなら任せてくれ。STRだけは無駄にあるから、回復アイテムとか素材とか、重い荷物があったら全部俺のインベントリに突っ込んでくれて構わないから!」
「お、それは助かる! 予備のポーション類をよろしく頼むよ」
ガルドが大量の薬草とポーションが入った袋を手渡し、パーティの雰囲気が一気に和やかになった。
「よし、じゃあ王都目指して出発だ!」
コウタの号令とともに、俺たちは始まりの街の巨大な石造りの門をくぐり、外の世界へと歩み出した。
始まりの街を抜けると、ゆるやかな丘陵地帯が広がっている。
最初はレベル10前後の穏やかなモンスターが見られる程度だったが、街道を1時間ほど進むと景色が一変し、深く鬱蒼とした『迷いの森』へと足を踏み入れた。
「ここからはアクティブモンスターが増える。レイ、俺とライガの真ん中から離れるなよ」
コウタが長槍を構えながら指示を出す。
直後、木々の隙間から体長2メートルを超える『フォレストウルフ』の群れが牙を剥いて飛び出してきた。レベルは25。駆け出しのソロなら即死級の相手だ。
だが、彼ら4人の連携は完璧だった。
「ソラ、バフを頼む! ライガは左! ガルドは後方からぶっ放せ!」
「任せて! 【エンハンス・フォース】!」
ソラの放った聖なる光が全員を包み込み、能力値を引き上げる。
コウタが鋭い踏み込みとともに、長い間合いを活かして槍を閃かせた。
「【スラスト・タウント】! こっちに来な!」
鋭い突きで敵のヘイトを一手に引きつけ、左へ回り込んだライガが素早い足さばきで敵の隙を突いて足止めのスキルを叩き込む。そこへガルドが長い詠唱を終え、杖を突き出した。
「燃え尽きろ! 【エクスプロージョン・ボルト】!」
ドカァァン!
巨大な炎の爆散が狼たちを飲み込み、一撃で光の粒子へと変えてしまった。
完璧な役割分担、無駄のない動き。まさに中堅パーティの力だ。
このゲームの経験値計算は甘くない。格上のモンスターを1体や2体倒した程度ではレベルが上がるほど生易しくはないが、コウタたちの安定した高速狩りのおかげで、俺の経験値ゲージは勢いよく溜まっていった。
途中、漏れてきた瀕死の『ベアード・ボア(Lv.28)』に対し、俺も背中の『黒鋼の圧砕大剣』を引き抜き、一刀のもとに叩き下ろす。
「ふんッ!!」
ドゴォォォンッ!!
力任せに振るった大剣の一撃を受け、モンスターは爆発的な衝撃音とともに一撃で光の粒子へと消し飛んだ。
「おいおい……今の見たか? 刀身の厚みもヤバいが、威力までアタッカー並みだぞ……」
「大剣職でもあんな重い振り抜きできねぇって。さすがSTR極振り……!」
ガルドとライガからの驚愕のツッコミに笑い合いながら、俺たちは順調に森を進んだ。




