資金調達とイベント準備
「いらっしゃい、いらっしゃい! 露店市場はこちらですよー!」
始まりの街の一角に設けられた巨大な広場は、イベント開幕まであと一週間を切ったこともあり、沸騰したような凄まじい熱気に包まれていた。
通りには色とりどりの布を敷いた露店が隙間なく立ち並び、武器や防具、回復ポーションや採掘用ツールを買い求めようとするプレイヤーたちの大声が飛び交っている。露店を冷やかして歩く者、パーティメンバーと装備の新調について議論する者、少しでも安く買い叩こうと交渉する者。まさに「祭り前夜」の喧騒そのものだった。
「よし……ここで勝負だ」
俺は人通りが特に多い大通りの端、ちょうど通りが少し開けた一角に持参した布を広げた。
周りの露店を盗み見ると、並んでいるのはどれも扱いやすい標準的な鉄の剣や革の防具、あるいは低級のポーションばかりだ。要求ステータスが低く、誰が買っても損をしない優等生な商品群。
それに対して、俺の露店に鎮座しているのは、漆黒の金属光沢とどこか重厚すぎる歪さを放つイロモノたちだ。
並べ終えると同時に、俺は詳細なシステムウィンドウを空中に浮き上がらせ、通りからでも一目で効果が見えるように設定した。
【名称:黒鋼の双圧短剣(対の短剣)】
品質:中級(超圧縮) / 攻撃力:60
【要求ステータス】STR 45 / DEX 45
【固有効果】速度転換(AGIを参照しSTR、DEXに補正)
【名称:黒鋼の重打殻】
品質:中級(超圧縮) / 攻撃力:85
【要求ステータス】STR 80以上
【固有効果】構造破壊・中 / 破壊衝動(攻撃すればするほどステータス補正) / 堅牢換算(VITを参照しSTRに補正)
【名称:鋼質の薄刃直剣】
品質:中級(超圧縮) / 攻撃力:71
【要求ステータス】STR 60 / DEX 40
【固有効果】構造破壊・小 / 器用さの真髄(DEXを参照しSTRに補正) / 先端加重(剣の先端を当てるほどダメージ上昇)
【名称:剛鉄の盾】
品質:中級(超圧縮) / 防御力:77
【要求ステータス】STR 50以上
【固有効果】筋力受け(STR値に応じガード時の体勢崩れ軽減) / カウンターバッシュ(軽減分をSTR参照で次の一撃に付与&ダメージの一部をHP回復)
よし、準備完了だ!
俺は大きく息を吸い込むと、腹の底から声を張り上げた。
「いらっしゃい! 特定ビルド特化のカスタム装備だよ! ステータス分配に悩んでる奴、普通とは一味違う立ち回りをしたい奴、ちょっと見ていってくれ!」
俺の威勢の良い声に引き寄せられ、通りを歩いていたプレイヤーたちがチラホラと足を止め始めた。
最初に足を止めたのは、初心者風のパーティと、装備を探していた中堅層のプレイヤーたちだ。彼らは空中に浮くウィンドウの数値を覗き込み、一瞬で顔を顰めた。
「ん? なんだあの露店……なんか黒くてゴツい武器ばっか並んでんな」
「どれどれ……うわっ、なんだこの『黒鋼の双圧短剣』!? 短剣のくせにSTRとDEXが両方45も要るのかよ! 誰が装備できるんだこれ! スカウト職なら普通AGIとDEXに振るだろ!」
「こっちのメイスも見てみろよ! 要求STR80ってバカだろ! 今の上位層レベルだろ!!!こんなの持ったら他のステータススカスカになっちまうわ!」
「盾も防具のクセに要求STR50って……どんな鍛冶屋が作ったらこんな偏った性能になるんだよ」
集まってきたプレイヤーたちから、口々に困惑や呆れ、冷やかしの声が漏れ出す。
そうだろう、そうだろう。バランスよくステータスを振っている一般的なプレイヤーから見れば、要求ステータスが高すぎて装備すらできない「使いづらい失敗作」にしか見えないはずだ。
だが、俺の狙いはそこじゃない。人集りの中で、露骨に目の色を変えた数名のプレイヤーを俺は見逃さなかった。
冷やかしている群衆を押しのけるようにして、一人のスカウト風の男が前に飛び出してきた。その身こなしの軽やかさからして、かなりの高AGIビルドだと分かる。
「お、おい! 露店主! この『双圧短剣』の固有効果……『速度転換』ってマジか!? AGI値を参照してSTRとDEXに補正が入るのか!?」
「おう、マジだぞ。素早さに極振りしてて火力が伸び悩んでる奴向けに作った。AGIが高ければ高いほど、攻撃力と器用さが勝手に底上げされる仕組みだ」
「マジかよ……! 俺、移動速度と回避率だけに命かけてAGI特化にしてたんだけど、火力が低すぎてソロ狩りが地獄だったんだよ! STRとDEXの要求値はきついけど、スキルとアクセサリで補正すればギリ届く……! いくらだ! いくらで売ってくれる!?」
男が興奮気味に身を乗り出すと、今度はその横から大柄な大盾使い(タンク)の男が割り込んできた。全身を重鎧で固めた、いかにも耐久力特化といった風貌だ。
「待て待て! 割り込むな! 露店主、俺はこの『黒鋼の重打殻』と『剛鉄の盾』を見たい! このメイスの『堅牢換算』……VITを参照してSTR補正って、これタンクが持ったらヤバいだろ! カチカチの耐久のまま、アタッカー並みの火力が叩き出せるってことか!?」
「そうだ。しかも『破壊衝動』で叩けば叩くほどステータスが上がるから、ボス戦みたいな長丁場のヘイト稼ぎにもピッタリだぞ。盾の方も、相手の攻撃をガードすればするほど、カウンターで叩き潰しながら自分のHPを回復できる仕様にしてある」
「ぐ、は……ッ!! 完璧すぎる……! タンクの夢が詰まってやがる……! 頼む、この二つセットで俺に売ってくれ! 金ならいくらでも出す!」
さらに、人集りの後ろから静かに歩み出てきたのは、背中に細身のレイピアを差したスカウト兼アタッカーの女性プレイヤーだった。彼女は目ざとく『鋼質の薄刃直剣』のウィンドウを注視している。
「……そこの鍛冶屋。この直剣、DEX参照でSTR補正……それに『先端加重』が付いているわね。剣の先端でピンポイントにクリティカルを狙い続ける技術があれば、理論上のDPS(時間あたり火力)は相当高くなりそうね.......」
「へへ、お姉さんお目が高いね。扱いはめちゃくちゃ難しいが、間合いを完璧に管理できる技量派が使えば、間違いなく化ける一品だ」
「……気に入ったわ。言い値で買い取らせてもらうわね」
ざわ……っ、と周囲の空気が一変した。
最初は「誰が使うんだこんな欠陥品」と冷やかしていた観客たちが、次々と目の前で繰り広げられる熱狂的な商談に口ぐぐぐとぐうの音も出なくなっている。
「な、なんだあの武器……極振り勢には神装備なのかよ!?」
「要求ステータスさえ満たせば、とんでもない性能なんじゃないか!?」
「おい、俺のビルドに合う武器はないのか!? 魔法戦士用のやつとかないのかよ!?」
「あいにく今日はその4つだけだ! 早い者勝ちだぞ!」
喰いついた! 刺さったぞ、尖りまくった変態ビルド勢に!
「おい露店主! さっきの短剣、俺が先に見つけたんだ! 26,000G出す!」
「 俺はセットで58,000G出すね! タンク用のメイスと盾は絶対に譲らん!」
「私を焦らせないで頂戴。直剣に30,000Gよ。今すぐ取引ウィンドウを開きなさい」
「おうおう、喧嘩すんな! 順番だ順番!」
俺はニヤリと口角を上げると、新スキル【剛力鍛冶】と【剛腕圧縮】を駆使して叩き上げた最高に尖った自信作たちを手に、威勢よくオークション状態の商談に応じ始めた。
結局、4つの装備は飛ぶような勢いで競り落とされ、俺の手元には信じられないほどの金貨の山が残された。
【所持金:115,200 G】
「……ぶっ、ひゃくじゅうはちまん……じゃなくて、11万5千ゴールド!?」
二度見、三度見しても数字は変わらない。さっきまで1,200Gしかなかった文無しが、一瞬にして大金持ちに成り上がったのだ。これだけあれば、イベント用のピッケルも、各種ポーションも買い放題だ。
「ははっ! やったぞ! 筋肉と工夫の勝利だ!」
誰も見向きもしないようなニッチな需要を攻め、自分のプレイスタイルである「超圧縮」を利点に変えて稼ぎ出す。
俺はホクホクのインベントリとパンパンに膨らんだ財布を抱え、大満足で露店をたたんだ。
「待ってろよイベント……! 資金も、技術も、準備は完璧だ!」
夕闇が迫る始まりの街の雑踏の中、俺はイベント開幕へ向けて、確かな手応えと胸の高鳴りを抑えきれずにいた。




