資金不足の解決策
学校の期末テストや三者面談期間を経て、夏休みまであと4日。
連日のテスト勉強と面談前の独特な緊張感からようやく解放され、街の空気も心なしかソワソワと浮き足立っているように見える。
そして、それに比例するように『ILO』内のプレイヤーたちの熱気も、日に日に増していっていた。
掲示板やSNSを開けば、どこもかしこも「サマーイベント」の予想やパーティ募集、装備の新調に関する話題で持ちきりだ。街を行き交うプレイヤーたちの表情にも、どこか祭り前夜のような高揚感が漂っている。
「いやー、マジで補習がなくて助かったわ……! これで心置きなくスタートダッシュが切れるぜ!」
放課後、夕暮れに染まる通学路を並んで歩きながら、紘汰が晴れやかな顔で大きく伸びをした。
俺も紘汰も帰宅部だから、部活による夏休みの拘束は一切ない。
残る唯一の懸念材料だった期末テストも、お互い無事に赤点を回避。三者面談でも特に致命的なお説教を食らうことなくクリアできたため、イベント初日から全力でログインできる環境が完璧に整ったのだ。
「本当にな。もし補習に引っかかってイベント初日に遅れるなんてことになってたら、目も当てられなかったぞ」
「だろ? 俺、最後の英語のテストだけはマジで祈るような気持ちで受けてたからな……。これで心置きなくイベントに全集中できる!」
「お前、ギリギリだったのかよ……まあでも、これで準備万端だな」
「おうよ! 攻略組の連中に少しでも追いつく絶好のチャンスだからな。俺も気合入ってるぜ!」
拳を握りしめて熱弁する紘汰の姿を見ながら、俺もフッと口元を緩める。
学校が終われば、待ちに待った夏休み。
そして、ゲーム内でもILO初の大型イベントが目前に迫っている。
リアルとゲームの両方で障害が取り払われた解放感に、俺の胸も高鳴っていた。
「よし、今日も帰ったら即ログインだな!」
「当たり前だろ! 俺はイベントに向けて、もっとハンマー振り回して腕を磨いとかねぇと」
「お互い頑張ろうぜ! イベントで暴れまわるぞ!」
夕日を浴びながら、俺たちは自然と足早になる。
補習なし、部活なし、目の前には最高のイベントと夏休み。
完璧すぎるお膳立てにワクワクした気持ちを抑えきれないまま、俺たちはそれぞれの自宅へと急いだ。
帰宅して速攻で制服を脱ぎ捨て、VRギアを頭に装着する。
視界が鮮やかな光に包まれ、次の瞬間には見慣れた工房の熱気と木と鉄の匂いが俺を迎えてくれた。
「よし、今日もガンガン鍛冶をするぞ!」
威勢よく意気込んで金床へ向かおうとした俺だったが、ふと視界の端に映ったシステムウィンドウの所持金欄を見て、ぴたりと足が止まった。
【所持金:1,200 G】
「……ん? アレ……?」
俺は思わず目を擦り、二度見した。しかし、何度見直しても数字は変わらない。1,200ゴールド。街のポーションを数本買ったら綺麗さっぱり消えてなくなるような、目を覆いたくなるほどの極貧状態だった。
「やっべぇ……金がねぇ……!」
これまでイベントに向けて一心不乱にハンマーを振るい続けてきた。
おかげで【剛力鍛冶】なんていう最高のスキルも手に入ったし、職人としての腕も確実に上がっている。だが、その代償として資金繰りのことを完全に失念していたのだ。
いや、言い訳をさせてもらうなら、鍛冶の練習自体は師匠――バルドさんのおかげで何不自由なくできていたのだ。
「師匠、この素材使っていいですか!」
「おう、裏の棚にあるインゴット持っていけ! 練習なんだからケチケチ叩いてんじゃねぇぞ!」
こんな感じで、修行に必要な鉄くずや基本的なインゴット、炉の燃料に至るまで、バルドさんは「弟子への投資」と言わんばかりに太っ腹に使わせてくれていた。おかげで素材代で破産することなくひたすら打撃の練習に没頭できたわけだが、それは同時に「作ったものを売って稼ぐ」という当たり前の職人ムーブを一切してこなかったことを意味していた。
イベントが始まれば、新しい鉱石や素材の購入費や、採掘に必要なピッケル類、万が一のポーション代など、絶対に金が必要になる。もしかしたら超レアアイテムを逃すことになるかもしれない。このまま数千ゴールド程度の文無しでイベントを迎えるのはあまりにも危険すぎる。
「どうする……? 今から鉱山に籠もって採掘した鉱石をそのまま売るか? いや、それじゃ効率悪いし、せっかくの【剛力鍛冶】を活かせない……」
腕を組み、うーんと唸りながら工房の棚を見渡す。
そこには、俺がこれまでの修行過程で打ち上げてきた試作品や、練習用の装備品がずらりと並んでいた。ほとんどは基礎練習で作った素直な鋼鉄の剣やナイフだが、中には俺の過剰なSTRと超圧縮の癖が色濃く残った、一風変わった装備品も転がっている。
その時、脳裏に数日前の出来事が思い浮かんだ。
そういえば先週、コウタのパーティメンバーの――確か『ライガ』とかいう素早いスカウト職の奴に、試作品の短剣を一本タダであげたことがあったな。
あの短剣は局所的な場面でしか使えないイロモノだったがコウタ曰く重宝していると言っていたな。
「――そうか!」
俺はポンッと手を打った。
世の中の鍛冶師は、基本的に「誰もが使える癖のない王道武器」を作る。要求ステータスが低く、扱いやすい素直な装備の方が市場で売れやすいからだ。
だが、この広大なILOには35万人のプレイヤーがいる。全員が王道ステータスなわけじゃない。一般的な市場には出回らない「変態スペックのイロモノ武器」を喉から手が出るほど欲しがっているニッチな層が絶対に存在するはずだ!
そして、それこそが――高STRと超圧縮、そして新スキル【剛力鍛冶】を持つ俺にしか作れない領域じゃないか!
「王道装備で一陣の職人プレイヤーと性能勝負しても勝てるわけがない。なら、俺は2陣組の中堅層に向けたイロモノ武器で稼ぐ!」
方向性が決まれば行動は早かった。
「バルドさん! ちょっと露店で売る用の武器を新しく何本か作ります!」
「あぁ? なんだ急に。まあ好きにしろ。ただし粗悪品売って俺の店の名を汚したら承知しねぇぞ!」
「大丈夫です! 新スキルを使って、魂込めて叩きますから!」
俺は腕をまくり、金床の前に立った。
ただの適当な失敗作を作るんじゃない。新スキルの【剛腕圧縮】と己のSTRをコントロールし、明確な意図を持って「特定のステータス極振り勢に突き刺さる武器」を狙って打ち上げていくのだ。
カンッ! カンッ! ガァンッ!!
工房に重厚な槌音を響かせる。
数値そのものを跳ね上げる必要はない。大切なのは『ニッチな需要』だ。俺のSTRと新技法を組み合わせ、それぞれのコンセプトに沿って金属を鍛え上げていく。
数時間の集中作業の末、金床の上には今までになかった歪で、けれど確かな輝きを放つ装備たちが完成していた。
名称:黒鋼の双圧短剣(対の短剣)
品質:中級(超圧縮)
攻撃力:60
【要求ステータス】STR 45/ DEX 45
【固有効果】速度転換(AGIを参照しSTR、DEXに補正)
名称:黒鋼の重打殻
品質:中級(超圧縮)
攻撃力:85
【要求ステータス】STR 80以上
【固有効果】構造破壊・中(硬い甲殻や盾に対する削り威力を上昇)
【固有効果】破壊衝動(攻撃すればするほどステータスに補正が入る)
【固有効果】堅牢換算(VITを参照してSTRに補正が入る)
名称:鋼質の薄刃直剣
品質:中級(超圧縮)
攻撃力:71
【要求ステータス】STR 60/ DEX 40
【固有効果】構造破壊・小
【固有効果】器用さの真髄(DEXを参照しSTRに補正)
【固有効果】先端加重(剣の先端を当てれば当てるほどダメージが上昇する)
名称:剛鉄の盾
品質:中級(超圧縮)
防御力:77
【要求ステータス】STR 50以上
【固有効果】筋力受け(装備者のSTR値に応じてガード時の体制崩れを軽減)
【固有効果】カウンターバッシュ(軽減したダメージをSTRを参照した値を加えて次の一撃に乗せる、この効果により与えたダメージの一部を参照し自身のHPを回復する)
攻撃力そのものは控えめだが、どれも特定のビルドやプレイ環境にバチッとハマる、狙い通りの「尖った良品」ばかりだ!
「よし……! 完璧な出来だ!」
出来上がったばかりの装備をインベントリに放り込み、俺は汗を拭った。
「待ってろよイベント資金……! 俺の筋肉と新しいスキルで、ごっそり稼ぎ出してやる!」
俺は鼻息を荒くしながら、プレイヤーでごった返す始まりの街の露店エリアへと威勢よく飛び出していった。




