師匠の教えと鍛冶の方向性
カンッ!カンッ!カンッ!
ワールドアナウンスが流れてか2日が経ちイベントまでに少しでも強くなりたいと、暇な時間はほとんどILOに時間を費やし、レベルもスキルも成長してきた……が、最近鍛冶でできる装備の性能が伸び悩んでいる。
最近はパッとした成果もなく、ただ超圧縮された金属による高い要求ステータスと攻撃力しか取り柄がないのにその攻撃力もある程度のところで停滞してしまっている。
「師匠、どうしたら強い武器を作ることができるんですか。最近は攻撃力が良くて80くらいで要求ステータスは高いまま、師匠や他のプレイヤーのような武器なんて到底作れそうにないんです……」
「バッカヤロウ!!!!!!まだ鍛冶始めたばっかの見習いのくせにそんな大層なもん作ろうとするんじゃねぇ。お前はまだ発展途上なんだから技術を習得することからやるんだよ。毎日こんなにも金属と火に囲まれハンマーを打つ機会があるだけで感謝しやがれ。」
そもそもの前提を履き違えていたことを師匠に言われて気づいた。師匠なんて今の最前線組のプレイヤーでも拝めないような武器を作る職人、一陣プレイヤーは俺よりも早くプレイしその分ノウハウが有る。
ILO初の大規模イベントということに囚われすぎていたのだ。
「……そうですよね。すみませんでした」
熱気を孕んだ重苦しい空気の中、俺は深々と頭を下げた。
そうだ。焦っていた。イベントという言葉に踊らされ、最前線のプレイヤーやバルドさんのような超一流の職人と自分を、勝手に比べて勝手に落ち込んでいたんだ。
俺はまだ鍛冶を始めてたったの数日。レベルもようやく中堅の入り口に立ったばかりの青二才じゃないか。
「ふん、分かればいいんだよ、分かれば。……だがな、レイ」
バルドさんは顎で俺の腰元――先日の自信作『黒鋼の直剣』を指した。
「お前が力任せに叩き潰して作ったその歪な剣、俺は嫌いじゃねぇぞ。力に物を言わせた『超圧縮』なんて芸芸しい真似、普通の鍛冶師は打つ前に腕の骨が折れるかハンマーを壊す。それはお前が選んだ、お前にしか歩めねぇ歪な道だ。技が追いついてねぇなら、今はその体を叩き上げて技を盗め」
「バルドさん……!」
「ほら立った立った! 愚痴をこぼす暇があるならあと百回ハンマー振れ!」
「はいっ!!」
師匠の言葉が、冷えかけていた心に再び火をつけた。
俺は炉から真っ赤に焼けた鉄塊を取り出し、金床へ据える。
カンッ! カンッ! カンッ!
迷いが晴れた打撃音が工房に響く。
そうだ、俺には知識も繊細な技術もまだ足りない。なら、今できる最高の力で鉄と向き合うだけだ。
師匠の言葉に背中を押されてから、俺の毎日は「ひたすら叩くこと」の連続だった。
イベントが近いとか、他のプレイヤーがどうだとか、そんな焦りはもう頭から消えていた。あるのはただ、目の前にある鉄塊と、それを叩く自分のハンマーだけだ。
工房には乾いた打撃音が響き続ける。
カンッ! カンッ! カンッ!
初めのうちは、ただがむしゃらにSTR任せで叩くだけだった。しかし、何百回、何千回とハンマーを振り下ろすうちに、俺の身体と感覚に変化が訪れ始める。
金属が熱を持ったときにどう広がりたがるのか。どこに力を入れ、どの瞬間に力を抜けば、不純物が外へ逃げていくのか。頭で考えるよりも先に、筋肉と手のひらが「鉄の音と手応え」でそれを理解しはじめていた。
「……おっ、今の打ちは悪くねぇな」
時折、作業の手を止めてパイプをふかすバルドさんが、低く呟く。
以前なら「ただの力任せのゴリ押し」だと怒鳴られていた打撃が、少しずつ、しかし確実に「意味のある一打」に変わってきている手応えがあった。
そして、バルドさんに言われてから何日目か、イベント開幕まで1週間ちょっとの夜のことだった。
いつものように炉で真っ赤に焼けた鉄塊を金床に据え、俺は息を整える。
余計な力みは一切ない。あるのは、数え切れないほどの試行錯誤を経て研ぎ澄まれた、純粋な集中力だけだ。
――行くぞ。
心の中で呟き、俺は全神経を右腕の筋肉とハンマーの先端に集中させ、渾身の一撃を振り下ろした。
──ガァンッ!!
その瞬間、頭の中でカチリと何かが噛み合う音がした。
工房の空気が揺らぐほどの重厚な打撃音でありながら、ハンマーから伝わる衝撃は驚くほど滑らかに金属の芯へと吸い込まれていく。不純物が綺麗に弾き飛ばされ、鉄の密度が均一に引き締められていくのが手に取るように分かった。
『プレイヤーの累計打撃数が条件を満たしました』
『パラメータ【STR】と【鍛冶】の習熟が極限に達しています』
『スキル【鍛冶 Lv.10】が派生・進化します』
視界の端に、鮮やかな青色のシステムウィンドウが次々と浮かび上がる。
【スキル【剛力鍛冶 Lv.1】へと進化しました】
【特殊技法【剛腕圧縮】を獲得しました】
「……っ!」
思わず手が止まり、俺は自分のステータスウィンドウを確認した。
ただの【鍛冶】スキルだったものが、【剛力鍛冶】へと進化している。さらに新しく獲得した【剛腕圧縮】は、スタミナ消費速度が倍になる代わりにSTRに補正が入りさらに密度と強度を高めるという、まさに俺のプレイスタイルに特化した固有技法だった。
「……やっと、自分の道が見えてきやがったな、レイ」
いつの間にか背後に立っていたバルドさんが、フッと初めて確かな笑みを浮かべて言った。
「ただの暴力じゃねぇ。お前の筋肉と、泥臭く積み上げた鍛冶の技が、ようやく一つの形になった証拠だ。……おい、その新しい技法で、今のうちに自分用の新しい武器でも打ってみろ」
「はいっ……! ありがとうございます、師匠!!」
胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
一発逆転の奇跡なんていらない。焦って背伸びをする必要もなかった。俺が積み上げてきたものは間違いなく本物だったんだ。
新しいスキルの力を胸に宿し、俺は再びハンマーを握り締める。
イベントを間近に控えた工房で、俺は一段と気合を込めて、真っ赤な鉄塊へと新しい一撃を叩き落とした。




