2…こんなに幸せなふたりの毎日
「え〜なになに? 君今ひとり?」
後ろから不意に声を掛けられ、プラコは歩きながら振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。
茶髪のロン毛に、見るからにチャラそうな若い男。襟足だけが、やけに長い。弱点のうなじを隠すためのような変な髪型に、地球人は本当に変わり者だな、と改めてプラコは思った。
どうして自然のものに、手を加えたがるんだろう。
「…あんた誰?」
「いや、可愛い子見つけたらさ、普通に声掛けるでしょ?」
「え、知らないんだけど……」
こんにちは、の挨拶もできない奴が何を言うのか、と思いながら、プラコは足を早めた。
しかし、男も負けじと後ろからついてくる。
「君、名前、何?」
「プラコ」
「え?」
「だから、プラコ」
「プラコ?」
鉄砲喰らった鳩の顔。
その丸くなった目に映る自分の顔が、心底嫌そうな顔をしているのを見て、こんな顔をされているのにちっとも怯まない目の前の男をプラコはまるで尊敬したくなった。
したくなった、だけで、実際には、していないけれど。
「なんか、変わった名前?だね」
「よく言われるー」
「なんか、あれ? 名前の最後にちゃみ、とか、ちゃむ、とかつける、みたいな…なんかそういうやつ?」
「まぁ、そんな感じー」
プラコは力なく単調に相槌を打った。
「へぇ、プラコか。 可愛いね」
「知ってるー」
「めっちゃギャルだねプラコ」
「まあねー」
だはは、なんて品のない笑い方で男は笑う。
よく見ると、男の鼻にピアスが開いているのがわかった。あんなところに穴なんて開けて、本当に地球人って変わってて、面白い。
プラコはそんなことを思いながら、人混みの中をするすると進んだ。
男はハエのように、プラコの周りを愉快に飛び続ける。
「ねえプラコ、良かったらさ、これから一緒に遊びに行こうよ!」
「え、行かなーい」
「俺たちせっかく知り合えたんじゃんか」
「知り合ってないよ。 あんたが勝手に絡んできてるだけだよ」
「そう言わずにさ、ほら、あそこのバーガー、奢るから!」
プラコはその場でピタッと止まる。
男もつんのめるようにして、プラコの横で歩みを止めた。
「ダメだよあんた。 奢るんならあそこのバーガーじゃなくて、あっち」
「え?」
プラコのピンクネイルが指差した先は、一本の路地裏だった。
人、二人分が通れるくらいの狭い路地で、そこには名店と言われるお店が品よく立ち並んでいる通りだった。
「この先にある、高級焼肉屋。 あそこの塩タン、めちゃくちゃ美味しいんだよね。 あたし、大好きなの」
「いやいや……あそこは超有名な老舗でしょ。 予約6ヶ月待ちの」
無理だよ。
胸の前で手をブンブン振って、男はせせら笑った。「俺なんかが、行けるところじゃないよ」
するとプラコはあは、と乾いた笑いを漏らした。そしてにっこりと可愛げのある笑みを浮かべて、言った。
「そうなの。 あたし、そんな“俺なんか“は、こっちから願い下げなのー」
じゃあね〜と手を振ってその場を後にする。
男はもうついてこなかった。
これが「ナンパ」というものか、とプラコは喜ぶ。全く面白くて、良い経験をした。
プラコは人差し指で、自身の眉間の間に触れる。するとプラコにだけ聞こえるような小さな音で「ピッ」と機械音が鳴った。
【 『ナンパ』 の経験を果たしました。 記録しますか?】
「おねがーい」
プラコにだけ見えている、目の前に現れた青いデジタルスクリーンに声を掛けると、再びピッと音が鳴った。
【記録が、完了しました。 今後も、良い地球体験をーーー】
「うん、ありがとね〜」
もう一度同じ額のところを指で押すと、そのデジタルスクリーンはパッと目の前から消失した。
周りの歩行者にも、誰にも気づかれていない、プラコだけの秘密のやり取りだ。
すると急に後ろから肩を叩かれた。
もしやまたあのナンパ男か?と思いきや、そこにいたのは、見知った呆れ顔の彼女がいた。「ちょっとプラコ!」
「ナヒア〜!」
「あんた道端で独り言喋んのやめなってば。 注目集めちゃうでしょうが」
「ねえナヒア、聞いて! 今、あたしナンパを経験した!」
「ナンパ」
「そう、ナンパ!」
背後でナヒアのヒールが音を鳴らす。
プラコと違ってナヒアは肌が少し浅黒かった。髪も黒色で、今日もシックでクールな印象。
そういう容姿の人間に、彼女自身が好んで設定したのだ。
「で? どうだった? ナンパ」
「ん〜あんまり…」
「あんまり?」
「気持ちのいいものでは、ないかも」
「でもナンパから恋愛に発展する地球人もいるんでしょ?」
「ん〜あたしはお断りかな〜。 なんか、軽すぎて」
「軽すぎて?」
「愛がないって、かんじ」
「どの口が言ってんだ」
呆れ顔のナヒアの眉毛が、縦横無尽に折れ曲がる。
今日もがっつり引かれたアイラインが彼女の芯の強さを引き立てている。
プラコは、ナヒアのするメイクが可愛くて美しくて大好きだった。
「でもあんた、あんまり無防備に声出すのは控えなよ。 あとボタン、またちゃんとしまいきれてないから」
ナヒアの爪が、プラコの額に食い込む。「あ、ちょ、痛い痛い…」
先ほど出したボタンを引っ込めるのを、どうも忘れてしまっていたらしい。
プラコは度々このボタンをしまい忘れ、その度にいつもナヒアに注意されていた。
「ねぇ、ナヒア〜これさ〜もうちょっと便利になってもいいと思わない? なんで出す時は一回でいいのに、しまう時は二回タッチしなきゃいけないんだろ〜マジ意味分かんない」
「とにかく眉毛の間にボタン付けてるおかしい奴なんてこの星にはいないんだから。 ちゃんと気をつけなよ」
「ん〜〜」
ナヒアの手が、プラコの前髪を撫でる。「ほら、こうやってちゃんと隠しな」
ナヒアは時々、まるでプラコの母親や、お姉さんみたいになるところがあった。
「あたしたちに家族なんて、いないのに。変なの」とプラコは常々思ったりしていた。
「ねえナヒア、今日はなんか新しい経験登録できた?」
「…さっき、野良猫に会ったよ」
「え〜猫!?」
いいなあ!と叫びながら、プラコはその場でぴょんぴょん跳ねた。プラコの履いている厚底が、飛ぶたびにゴツゴツと何度も変な音を出した。
「しかも、顎下に触った」
「いいなあ〜〜!」
「いまだかつて、味わったことのない感触がした」
「いいなあ〜〜!」
「ふかふかしてた」
あれはいい、とナヒアは満足そうに、微笑む。
「ねえナヒア! 今日はこれからどこに行く?」
喧騒の中、たくさんの地球人に囲まれて、プラコとナヒアは顔を見合わせる。
「地球人がいっぱいいるところに行こう」
「え、たとえばどこ?」
「電車」
「電車!」
プラコはナヒアの手を握った。「最高! 乗ろう! 電車!」
飛び跳ねるようにしてプラコはナヒアの手を引っ張って歩き出した。
ナヒアも優しい微笑みを浮かべていた。
プラコもナヒアも幸せだった。こんなにいい星は、他にないから。




