後編 左手
箱は、更衣室の隅で埃をかぶっていた。
中身は大学ノートだった。表紙に年が書いてある。班の引き継ぎに使っていたもので、その日の配置と、機械の調子と、休んだ人の名前が入っている。いちばん古いのは、おれが生まれた年より前のものだった。
慈恩さんは蓋を開けて、床にノートを並べた。それから一冊ずつ、夏の頁だけを開いていった。
おれも一冊めくった。三番の欄に並ぶ名前は、二年と続かない。半年で消える名前もあった。九六年は春に一人、夏に別の一人。九九年は七月から欄が空いていて、九月にまた誰かの名前が入る。空いている月は、たぶん誰も固定で入れなかったのだろう。それでも欄だけは毎年ある。
一九九二年の八月で、慈恩さんの手が止まった。
八月六日。三番、八木沢さん。フード清掃。異常なし。
八月七日。八木沢さん、汗が出ていない。顔が白い。休ませる。
八月八日。八木沢さん、亡くなる。持病。作業は通常。
字は途中で変わっていた。前の二行は丸い字で、最後の一行は角ばっている。
角ばったほうは、いまも毎朝、配置の紙に名前を書いている人の字だった。
黒岩さんは、休憩室で麦茶を飲んでいた。おれがノートを持っていくと、表紙を見ただけで分かったらしい。
「八木沢さんな」
黒岩さんは、おれの向かいに座り直した。
八木沢進さんは五十四で、工場ができたころからいたパートの古株だった。三番の専属みたいなものだったという。若いのは一番と二番に入れて、三番はあの人が一人で立った。誰も替わらなかったし、あの人も替わってくれとは言わなかった。
揚げ油の替えどきを、鼻で当てる人だったらしい。替えるのは時間で決まっているが、あの人が今日だと言った日は、たいてい先に油のほうが傷んでいた。若いのが油をはねさせると、怒鳴らずに、手袋の付け方から直させた。
「あの人が揚げたから揚げは、うまかったよ」と黒岩さんは言った。「同じ機械で、同じ粉でな」
奥さんと二人で、子どもはいなかった。定年のあとも週五で来ていた。年金と、あと少しだけ、と言っていたそうだ。
「あの日も一人だった。俺が休憩に呼びにいったら、フライヤーの前に座り込んでてな」
黒岩さんは湯呑みを置いた。
「服が、乾いてたよ。あんなに暑い日に」
会社は持病で処理した。診断書が出て、家族もそれで納得した。労基署には何も出していない。黒岩さんは当時三年目で、書けと言われたとおりに書いた。作業は通常。次の日から、三番には別の人間が入った。
「三番は熱いからな」と黒岩さんは言った。「それだけの話だ」
それだけの話だ、と言ったあとで、黒岩さんはしばらく湯呑みを見ていた。
「あの夏、俺は二番だった」と黒岩さんは言った。「一回も、代わろうかとは言わなかったな」
それきり、その話はしなかった。おれも訊かなかった。訊いたら、この人が明日から配置の紙を書けなくなる気がした。
夕方の揚げ場は、機械を止めると急に音がなくなる。排気だけが低く回っていた。
慈恩さんは細い線香に火をつけて、三番の足元に置いた。煙はまっすぐ上がって、フードの手前で横に流れた。二番の前でも同じことをした。そちらの煙は、上まで上がりきった。
それから慈恩さんは、三番の前に立った。
目を開けた。細い線だと思っていたところが、そのとき初めて開いた。おれは半歩下がった。
「成岡さん。あなたの汗は、出ていないんじゃありません」
「じゃあ、なんですか」
「先に、使われています」
意味が分からなかった。
「誰にですか」
「もう、いない人にです」
慈恩さんは、それ以上は言わなかった。おれが訊いても、はい、とか、そうです、としか返ってこなかった。
「祓えないんですか」
「祓えます」慈恩さんは言った。「あなたからは、外せます」
「じゃあ、お願いします」
「外したら、次にあそこへ立った人から、出なくなります」
「順番があるんですか」
「あります。そこに立つ人から、順に使われます」
「長く立てば、そのぶんですか」
「そう考えてください」
おれは、二番の若いのの顔を思い出した。今年入った、菅井という十九の子だ。夏の終わりに、日焼けした腕を自慢していた。
「無くすことは、できません」慈恩さんは言った。「動かすことだけです。どうするかは、あなたが決めてください」
その晩は眠れなかった。
外してもらえば、おれは明日から普通に汗をかく。頭も痛くならない。九月の面談も、体のことを言わずに座っていられる。菅井は十九で、来年には正社員の試験を受けると言っていた。おれが黙っていれば、あの子は自分の体に何が起きたのか、一生分からない。
明け方に、母親の顔が浮かんだ。仕送りを送ると、いつも、無理しなくていいと電話がくる。無理をしていないと言うと、そう、とだけ言って切る。それを何年も続けている。
おれは、三番を降りない、と決めた。降りなければ、次の人はいない。ただし、一人で立たなければいい。
面談の三日前に、おれは工場長のところへ行った。
その日に決めたのは、面談の日に言うと、条件の話に聞こえるからだ。工場長室の前で二回引き返して、三回目に叩いた。
三番を一人に固定するのをやめてほしい、と言った。一時間で交代にしたい、と。言いながら、自分の声が薄くなっていくのが分かった。
工場長は、契約の紙を机に置いたまま聞いていた。
「回すのは構わんよ」と工場長は言った。「人が足りたらな」
それだけだった。おれは礼を言って出た。廊下で膝が笑っていた。
実際に決めたのは黒岩さんだ。次の日の配置の紙は、三番の欄が二段になっていた。前半・成岡。後半・菅井。角ばった字だった。
交代の初日、菅井は三番の前で鼻歌をうたっていた。一時間で上がれると分かっている人間の立ち方だった。おれは、自分が去年どんな顔でそこに立っていたか、思い出せなかった。
うまくはいかなかった。人を入れ替える手間のぶん、揚がりが遅れる。盛り付けから、番重が来ないという声が二度上がった。黒岩さんは、上には自分から言っておくと言って、紙の欄を二段のままにした。
三日目に、一番の人が自分から手を挙げて、三番の後半に入った。それで一日の形がついた。誰も、なぜ回すのかは訊かなかった。三番は熱いから、というだけで通った。
一週間して、三番から上がったとき、白衣の背中が濡れていた。
おれは休憩室で瓶の塩を手に取った。握ると粒の角が溶けて、指のあいだで滑った。
揚げ場に戻って、三番の縁を一周した。誰にも見られなかった。見られても、たぶん何も言われなかった。
無地のカードには、自分の字で書いた。
一時間で、代わります。
カードは、ノートの箱の上に置いた。
「ぼくは、揚げ物が好きです」と慈恩さんは言った。「熱いところで作る物は、だいたいうまいので」
それだけ言って、汗を拭きながら帰っていった。
二週間たった。
休憩室で、菅井が笑っていた。
「おれ、今日、全然汗かかないっす。楽っすね」
窓から入る光で、その子の首筋が見えた。
乾いていた。
菅井は麦茶を二杯飲んで、笑ったまま休憩室を出ていった。
おれは自分の背中に手を当てた。白衣が貼りついて、剥がすと湯気が立った。
午後の配置の紙に、おれは自分で書き足した。三番、三十分で交代。
一時間では、たぶん間に合わない。





