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神宝町怪異相談 ~働く人の怪異をほどく、神宝町の拝み屋~  作者: K3/KASANE
落ちていました

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前編 見つかります

便利屋を十五年やっています。町では「探し物なら、はたのさん」で通っています。



 おれには、物が手を離れた場所が分かる。


 落としたのか、置いていったのかは、分からない。


 八月十三日の朝、六時を少し回ったころに、防災無線が子どもの名前を三度読んだ。


 神宝中学校の二年、苅部拓海。


 おれは店の前でホースを握ったまま、三度とも最後まで聞いた。


 名前だけでは何も来ない。


 持ち主の名前と、物の名前。


 その二つが揃わないかぎり、おれの体は何も覚えない。


 水を止めて、軽トラの鍵を取りに戻った。


 九時には町が動いていた。


 電話が家から家へ回り、消防団に招集がかかった。


 青年団も出た。


 警察が二人来て、苅部の家の前で母親から話を聞いていた。


 子どもは携帯を持たされていない。


 呼びようがなかった。


 母親は苅部奈津さんといって、給食センターの調理員だ。


 四十一だと聞いた。


 去年の夏に旦那さんを亡くしていて、今年が初盆だった。


 三和土に、白い提灯の箱が開いたまま置いてあった。


 分団長の梶谷さんが人を分けながらおれを呼んだ。


 五十八で、町内会もやっている。


 「はたのさん、あんた、探せるだろう」


 おれは拓海くんに会ったことがない。


 顔も知らない。


 人は探せない。


 おれに探せるのは物だけで、人はその人の持ち物を通してしか辿れない。


 おれは奈津さんの前に立ち、頭を下げて訊いた。


 「持って出た物を教えてください」


 奈津さんはしばらく考えて、紺のナップサックだと言った。


 息子の名前と、紺のナップサック。


 二つが並んだ瞬間に、体の記憶が一つ増えた。


 行ったことのある場所だった。


 町の外れから山へ入る林道の途中だ。


 おれは軽トラのドアを開けた。


 林道の入口までは、町を抜けて十五分かかる。


 おれは羽田野康平という。


 駅から二本裏の通りで「はたの便利店」をやっている。


 今年で十五年目だ。


 網戸の張り替え、蛍光灯、草刈り、庭木、それから遺品の運び出し。


 店の二階で寝て、朝は自分でパンを焼く。


 それだけの暮らしだった。


 仕事の半分は探し物だ。


 町では「探し物なら、はたのさん」で通っている。


 十五年も同じ町を回れば、道は頭に入る。


 ゴミの収集日も、犬の散歩の道も入る。


 人の癖はもっと入る。


 同じ人は同じところで物を落とす。


 年寄りは坂の下で、子どもは自販機の前で、酔った男は最後の曲がり角で落とす。


 依頼人の話し方でも絞れる。


 買い物の帰りだと思う、と言われた時点で、道は三本に減る。


 だからおれは、地面を覚えているだけの男のつもりでいた。


 六月に、坂上の婆さんの入れ歯を探した。


 婆さんの名前と、入れ歯。


 それを口で言われた瞬間に、体の記憶が一つ増えた。


 行ったことのない場所を、行ったことがあると体が言い出す。


 地図でも景色でもない。


 ただ、そこに立った覚えがあるという感じだけが増える。


 だから説明ができない。


 いつも足で行って、このへんです、と指すしかない。


 入れ歯は郵便局の裏の側溝の蓋の上にあった。


 一昨年の秋には、平尾節子さんの家へ呼ばれた。


 七十九になる人で、四十九日の済んだあと、亡くなった旦那さんの物を片づけたいと言われた。


 その帰りぎわに、主人の煙草入れが見当たらない、と言われた。


 革の、角の擦れたやつだという。


 旦那さんの名前と、煙草入れ。


 二つが並んだ瞬間に、体の記憶が一つ増えた。


 指したのは、三本先の角の集積所だった。


 おれはそれを、べつだん変だとは思わなかった。


 手が離れたのはそこだ。


 それ以上のことは、おれには何も来ない。


 青いネットの下から拾って、おれは戻った。


 いつもどおり渡した。


 「落ちてました」


 節子さんは両手で受け取って、ありがとうございます、と言った。


 声はいつもの声だった。


 それきり、節子さんはおれに挨拶をしなくなった。


 道で会うと会釈だけしていく。


 上等な機械が急に動かなくなったときと同じで、おれには理由が分からなかった。


 三年前には、袴田さんの家に呼ばれた。


 四十五で、奥さんが出ていった直後だった。


 台所の流しが詰まっているというので行くと、袴田さんは詰まりの話をせずに指輪の話をした。


 妻が結婚指輪をどこかで落としたらしい、と言った。


 奥さんの名前と、指輪。


 おれは台所の窓辺を指した。


 このへんで手から離れてます、と。


 指輪は窓辺の、洗剤の置いてある台の隅にあった。


 袴田さんはそれを見て笑った。


 落としたんだ、と言った。


 落としたんだから、探せば見つかる。


 そう言って上着を着て、奥さんを探しに出ていった。


 あの人はいまも待っている。


 今年の春には、狩野さんに犬の首輪を探してくれと言われた。


 土手を掘ると出てきた。


 泥を落として持っていくと、狩野さんは礼を言って、その足でまた土手へ行き、同じ場所に埋め直した。


 おれは返す。


 いらない、と言った人は一人もいない。


 慈恩さんに会ったのは今月の十日だ。


 駅前の古いビジネスホテルには、月に一度、蛍光灯と網戸の用で入っている。


 三階の廊下の灯りを替えているときに、フロントの人が言った。


 あの黒いスーツの客はもう長い、と。


 おれもその客は見ていた。


 真夏に黒いスーツで、一階の喫茶室にいつも座っている。


 糸のように細い目をした男だった。


 その日は仕事のあとで、おれから声をかけた。


 向かいに座らせてもらい、用件を言った。


 「これは呪いですか。祓ってください」


 男は卓の端にポケット灰皿を置いて、細い線香のような煙草に火をつけた。


 窓の外はアスファルトが白く光っていた。


 この人のまわりだけ、三度ばかり温度が低いように見えた。


 「見つけたくないものまで、見つかるので」


 おれはそう続けた。


 十五年、誰にも言ったことのない話だった。


 名前を訊くと、慈恩といいます、と返ってきた。


 拝み屋だという。


 「まあ、占いみたいなもんです」


 それから男は、おれの顔の少し上のあたりを見た。


 目の高さではない。


 額より上の、何も無い空間だった。


 「先に、商売の話をします。今日は、代金をいただけません。……あなたに憑いているものが、一つもないので」


 「じゃあ、何なんですか」


 「便利屋を十五年やれば、町の道は頭に入ります。人の癖も読める。それだけのことかもしれませんよ」


 おれは食い下がったが、何も出なかった。


 慈恩さんは灰を落としているだけだった。


 伝票はおれが払った。


 帰りぎわに一つだけ言われた。


 「その話は、たぶん、もう一度しに来ます」


 その三日後が、今日だった。


 林道は途中から砂利になる。


 梶谷さんと消防団の四人がついてきた。


 四時を回り、杉の影が道を横に切っていた。


 おれは足で行った。


 カーブを二つ越えて、道の左の杉の根元で足が止まった。


 太い根が三本、地面から出て輪のようになっている場所だ。


 根の外側から先は落ち葉のたまった急な斜面で、そのまま沢まで落ちている。


 「このへんで、手から離れてます」


 おれはそこを指した。


 根のあいだには落ち葉と枯れ枝しかなかった。


 梶谷さんが懐中電灯で照らし、落ち葉をどけた。


 何も無かった。


 十分後に、下から声が上がった。


 斜面の下の沢だ。


 三十メートルは下だった。


 消防団の若いのが水際の石にひっかかった紺のナップサックを持ち上げていた。


 引き上げられたナップサックは片側だけ濡れて、肩の紐が一本ねじれていた。


 おれは受け取って、林道まで上がってきた奈津さんに渡した。


 十五年、変えたことのない言葉で渡した。


 「落ちてました」


 奈津さんの膝が折れた。


 ナップサックを胸に抱えて、地面に座り込んだまま、何度も同じことを言った。


 「落ちたんですね。……落ちたんですよね」


 否定する声は出なかった。


 梶谷さんが無線で本部と話し、明日は沢を下ると決めた。


 水は下へ行く。


 落ちた物も下へ行く。


 子どもも下だ。


 そういう筋だった。


 後ろで誰かが言った。


 さすがはたのさんだ、地元は違う、と。


 何人かが頷いた。


 おれも頷いた。


 誰も、落としたのか置いたのかを、おれに訊かなかった。


 帰りは日が落ちていた。


 荷台に泥のついた軍手を放り込み、運転席で煙草を一本吸った。


 おれが指したのは根元だ。


 沢じゃない。


 十五年やって、こんなふうに外したことはなかった。


 おれが指した場所に、それは無かった。


 それでも明日、町の五十人が沢を下る。


 おれの言ったとおりに、下だけを。


後編「渡す前に」に続きます。

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