前編
一年たって、あのおじいさんが、店に来なくなりました。
一年たって、あのおじいさんが、店に来なくなりました。
代わりに、うちでは扱っていない返品の伝票が、窓口に置かれていました。
その週から、苦情の記録が白いままになった。
わたしは香坂由紀。
二十七歳。
郊外のスーパー「あけぼの」のサービスカウンターで、二度目の冬を迎えていた。
去年の秋から、受けた苦情は日付と時間と用件だけ書いて、店長の机に置いている。
読まれているのかは、長いこと分からなかった。
半年ほど前から、店長は机の端でそれを一枚ずつめくるようになった。
うまくやってくれ、とは、もう言われない。
十二月に入って、あのおじいさんが来なくなった。
週に三度、開店の三十分前から入口のベンチにひとりで座って待っていた人だ。
売場を一周して、レシートを片手に窓口へ来る。
この鰺は昨日より小さい、同じ値段で小さいのは詐欺だろう。
去年までは、そこから一時間だった。
わたしが「確認いたします」と言えるようになってから、十五分になった。
十五分は、持って帰れる長さだった。
最後に来たのは、十一月の終わりの木曜日だった。
鰺ではなく、その日は鮭の切り身だった。
皮の焼き色が均一じゃない、こんなものを客に出すのか、といつもの調子で始まって、いつもどおり十五分で終わった。
伝票を照合して、値引きシールの貼り間違いを一枚見つけて、六十円お返しした。
それで終わりのはずだった。
けれどその日、おじいさんは窓口の前から動かなかった。
杖の先で床を二度、軽く突いた。
何か言いかけて、口が半分開いて、それから閉じた。
ちょうど贈答品の包装を待っているお客さまに呼ばれて、わたしは、少々お待ちくださいと言った。
振り返ったときには、自動ドアが閉まるところだった。
来なくなって三日目に、ほっとしている自分に気づいた。
そのことは、誰にも言わなかった。
年末の窓口は忙しい。
お歳暮の熨斗と、返品と、迷子の呼び出し。
忘れ物棚には傘が十二本あって、去年の帽子はまだ誰も取りに来ていなかった。
四日目の閉店後、忘れ物棚を整理していて、棚の上に紙が一枚あるのを見つけた。
うちの伝票ではない。
もっと薄い、複写式の、宅配の控えに似た紙だった。
差出人の欄に、沢井源三、と書いてあった。
ポイントカードの控えで一度だけ見た名前だ。
あのおじいさんの名前だった。
受取人の欄にも、同じ名前が書いてあった。
品名の欄には、こうあった。
——お客様の声。
日付は、去年の十一月十七日。
わたしが窓口で、初めて「確認いたします」と言った日だった。
その字は、わたしの字だった。
翌日、酒屋の配達のお兄さんが来たので、バックヤードで訊いてみた。
去年、神宝町の拝み屋のことを教えてくれた人だ。
沢井さんね、と、お兄さんは缶コーヒーを持ったまま眉を寄せた。
入院したんじゃないかって言うやつもいるけど、電気はついてるんだよ。
ただ、玄関がさ、荷物で開かないらしいよ。
独居のお年寄りの家が、荷物でふさがっていくのは珍しくない、と民生委員の人も言うのだそうだ。
通販の受け取りを拒む。
不在票が溜まる。
それだけの話だと。
店長に伝票を見せると、いたずらだろ、で終わった。
関わるな、とも言われた。
窓口は窓口の仕事をしろ、と。
その夜、休憩室のロッカーから、倉田さんの引き継ぎノートを出した。
この一年、わたしも書き足している。
おじいさんのページは、付箋が層になって、そこだけ厚い。
倉田さんの几帳面な字のあとに、わたしの字が続いていた。
火曜は魚。
雨の日は膝。
三十分で帰る日と、そうでない日。
書きながら、いつのまにか、看病の記録に似てきていることには気づいていた。
最後の付箋を見て、手が止まった。
十一月三十日、木曜。
晴れ。
用件のあとに、自分でこう書いていた。
——何か言いたそうだった。
忙しくて聞けず。
それから毎晩、伝票は一枚ずつ増えた。
差出人と受取人は、いつも同じだった。
日付だけが、去年の十一月十七日から、一日ずつ、今日のほうへ近づいてきた。
控えだけが窓口に届いて、荷物そのものは、どこか別の場所で受け取られている。
そう考えるほうが、まだましだった。
日曜の夕方、わたしは番地を頼りに、沢井さんの家へ行った。
風のない、暮れるのが早い日だった。
駅の裏の、線路沿いの道だった。
途中に、月極の駐車場がある。
白い線の引かれたアスファルトの隅に、タイル張りの水場だけが残っていた。
魚屋の跡だと気づいたのは、水場の縁が、包丁で叩かれたみたいに細かく欠けていたからだ。
この道は毎日通っている。
十年、ただの駐車場だと思っていた。
木造の平屋だった。
表札は「さわい」。
門柱の脇に、字の消えかけた古い看板が立てかけてある。
さわい鮮魚、と読めた。
雨戸は、昼間なのに閉て切ってあった。
郵便受けには夕刊が一部だけ差してあって、それより古い分は抜き取られていた。
人は、いる。
玄関の前に、包みが積んであった。
茶色い紙で包んで、紐を十字にかけた包み方だった。
魚屋の包み方だ、と思った。
三段、四段と重なって、いちばん上は、わたしの胸の高さまであった。
どの包みにも、あの薄い伝票が貼ってある。
差出人、沢井源三。
受取人、沢井源三。
紙は、うちの店で使っているどれとも違った。
ざらざらして、厚くて、角がきちんと折り込んである。
指で触ると、新聞紙と、氷の溶けた水の匂いがした。
魚を包むための紙だ。
紐は、片手で結べるように、輪の作り方が決まっていた。
四十年、同じ結び方をしてきた人の手つきが、そのまま結び目になっていた。
わたしは、いちばん上の一つに顔を近づけた。
中から、声がした。
「この鰺は、昨日より小さい」
紙の内側でくぐもった、聞き慣れた声だった。
窓口で毎週聞いていた声を、わたしは間違えようがない。
次の包みからも、その次からも、同じ声が聞こえた。
値札が違う、レジの男の目つきが悪い、床が汚れとる——四十分ぶん、五十分ぶん、日付ごとに包まれて、玄関に返ってきていた。
家の中で、何かが動いた気配がした。
雨戸の内側から、声がした。
「取りに来たんか」
かすれた声だった。
それきり、返事はなかった。
ノックをしても、何度声をかけても、雨戸は開かなかった。
わたしは、いちばん上の包みを一つだけ抱えて帰った。
誰かが受け取るなら、それはうちの窓口だと思ったからだ。
包みは、思ったより軽かった。
忘れ物棚の、いちばん下の段に入れた。
備考欄に、日付と、預かり、と書いた。
翌朝、開店前に棚を開けた。
棚は空だった。
鍵はわたししか持っていない。
夜勤の警備の人にも、朝の品出しの人にも訊いた。
誰も窓口には入っていない。
伝票だけが、棚の上に残っていた。
備考の欄に、判を押したみたいに、一行増えていた。
——受取人不在につき、差出人へ返送。
その日の朝礼で、店長は年末のセールの話をしていた。
わたしは制服のポケットの中で、去年のカードの角をずっと触っていた。
窓口が覚えていい言葉を一つ、と言われて選んだ言葉が、いまになって、誰かの玄関に山を作っている気がした。
閉店後、わたしは事務所の電話の前に、しばらく座っていた。
窓口のことは窓口で収める。
この一年、そうやってきた。
人を呼ぶのは、自分の手に負えないと認めることだ。
それから番号を押した。
去年、教わった番号だ。
コードの、繋がっているほうで。
差出人と受取人が同じ荷物は、いったいどこへ返るのでしょう。
後編「うかがいました」に続きます。





