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神宝町怪異相談 ~働く人の怪異をほどく、神宝町の拝み屋~  作者: K3/KASANE
沈んだ村の鐘

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前編 帰ってきた村


ダムの水が、二十四年ぶりに村を返した。


その夜から、湖の底で、鐘が鳴る。


鐘は撞木もないまま、泥に半分埋まって傾いているのに、だ。


私は湯浅圭介。


遠瀬ダム管理事務所の職員だ。


仕事は、水位を測ること。


貯水率を計算し、取水を調整し、月に一度、本省向けの報告書を書く。


この夏は、その数字が地獄だった。


空梅雨に猛暑が重なって、九月の末、貯水率は湛水以来の最低を割った。


上流から入る水より、下流へ出す水のほうが多い日が、三月も続いた。


湖の水位が下がるにつれて、底から、村が出てきた。


最初は石垣だった。


次に、道。


田の畦。


屋敷の礎石。


火の見櫓の脚。


そして、寺の基壇と、鐘楼の跡。


傾いた梵鐘が泥をかぶって、九月の日差しの下に現れた。


旧遠瀬村。


百二十戸。


一九八三年、このダムの湛水で、湖の底になった村だ。


私は、その村で生まれた。


八歳まで、そこで育った。


引っ越しのトラックの荷台から、小さくなっていく鐘楼を見ていたのを、覚えている。


それきり、村のことは畳んで生きてきた。


皮肉なもので、いまの私は、村を沈めた水を管理する側の人間だ。


村の話は、職場でもしない。


書類の出身欄には、新遠瀬地区、と書く。


嘘ではない。


移転先の地名だから。


村が現れると、人が来た。


見物人。


新聞。


テレビのヘリ。


管理事務所は湖底へ下りる旧道にロープを張り、私は毎日、柵を越えようとする見物人に注意をして回った。


二十四年ぶりに帰ってきた生まれ在所を、私は「立入禁止区域」と呼んだ。


呼ぶたびに、口の中が少し乾いた。


平日の朝には、柵の外に、元村民らしい年寄りがぽつぽつと立った。


誰も柵は越えない。


カメラも構えない。


ただ、何時間でも立っている。


私はその中に見覚えのある顔をいくつも見つけて、そのたびに、目を逸らした。


鐘の音を初めて聞いたのは、九月最後の宿直の晩だった。


日が落ちてすぐ、堤体の上を見回っていると、湖の面を、音が渡ってきた。


ごおん、と。


腹の底に残る、古い鐘の音だった。


私は足を止めた。


あの鐘の音を、体が覚えていた。


子どものころ、夕方のその音で、川から上がって家へ帰った。


翌日、対岸の善法寺に電話をかけた。


住職は言った。


うちは朝六時と夕六時に撞きますよ、昨日も撞きました——。


時刻は合っていた。


秋の夜は、湖の面が凪いで、冷えた空気が音を遠くまで運ぶ。


理屈は、それで通った。


所内でもそう説明したし、私自身、そう思うことにした。


沈んだ寺の鐘が鳴るより、対岸の生きた寺の鐘が届くほうが、ずっとまともだ。


まともで済んだのは、十日だった。


十月の頭、駐在から管理事務所に電話が来た。


夜明け前、湖底の旧道で、老女がひとり保護された。


八十三歳。


元村民のキヨさんだった。


寝間着に上っ張りを羽織って、手ぬぐいを姉さんかぶりにして、膝まで水に入っていたという。


駆けつけた駐在に、キヨさんは笑って言ったそうだ。


「鐘が鳴ったで、寺の掃除に」。


娘さんが管理事務所へ謝りに来た。


お袋は惚けてなんかいないんです、と娘さんは言った。


ふだんは、しっかりした人なんです。


ただあの晩だけ、鐘が鳴ったから行かないと、って——。


私は、規定どおりの注意事項を読み上げながら、自分の声が薄っぺらいのを聞いていた。


その晩から、私は宿直室で耳を澄ますようになった。


鐘は、鳴った。


深夜二時。


善法寺が撞くはずのない時刻に、湖の真ん中から、ごおん、と。


一度きり。


翌々日の晩も、二時に一度。


私は堤体に立って、暗い湖面を見ていた。


音は、対岸からではなかった。


下からだった。


水の底から、湧くように鳴った。


鳴ったあとの静けさが、また、嫌だった。


湖はすぐに何事もない顔に戻る。


風の音と取水塔の低いうなりだけが残って、いま聞いたものを、こちらの気のせいにしてくる。


私は宿直日誌に「異音」とだけ書いた。


それ以上の言葉を、書類のほうが持っていなかった。


新遠瀬の集落でも、妙なことが続いていた。


元村民の年寄りが、夜中に身支度をする。


仏壇の前に鍬を揃えて置いた爺さんがいた。


簞笥の奥から二十四年前の野良着を出して、枕元に畳んだ婆さんがいた。


誰も「どこへ行く」とは言わない。


訊くと、みんな、少し困った顔で笑う。


帰り支度、という言葉が、私の頭から離れなくなった。


本省の指示で、業者が水中聴音器を沈めた。


三晩目に、録れた。


解析屋は、印字された波形を前に、首をひねった。


音源の位置は、湖底の鐘そのものだった。


撞木はない。


鐘は傾いて、半ば泥に埋まっている。


だいたい、水の中の鐘は、あんなふうには響かない。


録音は本省へ上がり、一週間、何の音沙汰もなかった。


かわりに、来たのは人だった。


国交省の特別調査班、という肩書きの一団。


ただ、彼らが湖畔に据えた機材は、水を測るものでも、音を測るものでもなかった。


班を率いる年配の男は、戸倉と名乗った。


五十半ばの、目の静かな役人だった。


私が所属を訊くと、戸倉さんは名刺を出さずに言った。


「名前を言っても、あなたの知らない役所です。——そういう役所も、あるんですよ」


その戸倉さんが、三日観測して、私を車に乗せた。


行き先は隣県の、神宝町という古い町だった。


商店街の外れの、看板もない雑居ビル。


エレベーターで十階へ上がると、糸のように細い目をした、アロハシャツの男がいた。


戸倉さんは、その男に頭を下げた。


「今回は、顔のある依頼人を連れてきました」


「学習しましたね」


男は、拝み屋の慈恩と名乗った。


国の関わる話はめんどくさいんですが、と前置きして、それでも私の話を最後まで聞いた。


聞き終えると、一つだけ訊いた。


「その村に、あなたの家は、ありましたか」。


私は、少し黙ってから、うなずいた。


生まれた家の礎石が、いまは日干しになっています、と言った。


慈恩さんは、湯呑みを置いた。


「なら、依頼人はあなたです。国じゃなくて。——行きますよ」


翌日の夕方、慈恩さんは湖に来た。


立入禁止のロープを、私がほどいた。


二十四年ぶりに、私はその道を下りた。


乾きはじめた泥の道は、記憶より狭かった。


道の途中に、小学校の門柱が残っていた。


私が二年だけ通った学校だ。


門柱の丸い頭を、通るたびに掌で叩くのが、村の子の癖だった。


手が勝手に伸びかけて、止まった。


慈恩さんは、何も言わずに、私の手の止まったあたりを見ていた。


寺の基壇の前で、慈恩さんは細い線香に火をつけ、糸目を、少しだけ開いた。


煙は、まっすぐ、傾いた鐘へ流れた。


長いこと、黙っていた。


それから、静かに言った。


「悪いものは、いませんよ。ここにあるのは——置いていったものです。荷物にできなかったぶんが、そっくり、ここに溜まってる」


鐘が呼ぶんですか、と私は訊いた。


年寄りたちを、夜の湖へ。


慈恩さんは、首を振った。


「鐘は、呼んでません。——待ってるんです」


何をです、と訊く私に、慈恩さんは答えず、逆に訊いた。


二十四年前、この村がどうやって沈んだのか。


しまい方を、覚えている人はいますか——。


私の口から、考えるより先に、言葉が出た。


父が。


父が、寺の世話役でした。


慈恩さんは、うなずいた。


「会わせてください」

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