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神宝町怪異相談 ~働く人専門の拝み屋は、怪異の奥にある事情を読む~  作者: KASANE
増える合鍵〔全4話〕

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第2話 よく回る新品

時間ができた時にも随時更新します!

ぜひお楽しみに!


四本目の鍵を、おれは会社を半休して、交番へ持って行った。


若いお巡りさんは、書類を出しかけて、途中で手を止めた。


ええと、つまり、盗まれたんじゃなくて、増えた、と。


はい、増えました。


錠を替えたばかりで、です。


お巡りさんは、奥の年配と小声で相談して、戻ってきて、申し訳なさそうに言った。


盗られた物がなく、入られた形跡もなく、増えたのが鍵では、事件になりません。


巡回のときに気をつけて見ておきます——。


それはそうだ。


被害はない。


むしろ増えている。


財産が一円も減らない怪事件に、警察の出る幕はない。


帰り道、自分で言って、乾いた笑いが出た。


笑ったら、少しだけ怖くなくなって、そのぶん、別の何かが胸に残った。


侵入者なら、捕まえれば終わる。


これは、何をどうすれば終わるのか、見当もつかなかった。


その足で、商店街の平井錠前店へ行った。


錠を替えてくれた店だ。


間口一間の店の中は、壁の一面が鍵の見本で埋まっていて、奥の作業台に、蔵のものらしい黒い大きな錠前が、分解されて並んでいた。


油と金属の、堅気なにおいのする店だった。


六十がらみの親父さんは、四本目の鍵を受け取ると、まず素手で重さを確かめ、それから店の奥の作業台で、ルーペ越しに長いこと眺めた。


眺めながら、一度だけ、ちらりとおれの顔を見た。


それから、妙に静かな声で言った。


「兄さん。こいつは、機械じゃ作れんよ」


意味が分からずにいると、親父さんは新品のスペアと並べて見せてくれた。


素人目には同じ形だ。


だが、と親父さんは言う。


まず、刻印がない。


メーカー品なら必ずある型番も、商標も、何もない。


それから、やすりの目。


機械彫りの規則正しい溝じゃなく、手仕上げの、揃っているようで揃っていない目をしている。


こんな仕事のできる職人は、いまはもう、ほとんどいない。


そして——親父さんはルーペをおれに渡した。


「山を見てみな。丸いだろう」


おれはルーペを覗いた。


小さな真鍮の山脈が、丸い頭を並べていた。


角のあるべき場所に、角がなかった。


古い家の手すりの角や、長年使った財布の縁がそうなるような、人の指が何万回も往復した場所の丸さだった。


鍵の山が、ぜんぶ、わずかに丸かった。


新品のスペアの山は角が立っている。


四本目の山は、その角が、すり減って眠っていた。


何十年も、毎日毎日、同じ手で差して回して、そうやってすり減った鍵の丸さだ、と親父さんは言った。


替えて三日の錠の合鍵が、五十年使い込んだ形をしている。


理屈が、音を立てて折れた。


親父さんは、四本目をおれに返して、しばらく、作業台の蔵の錠前のほうを見ていた。


何かを思い出している目だった。


「兄さん、あの部屋か」ふいに、親父さんが言った。


「内海さんとこの、一階の角の」


親父さんは、それ以上は言わず、内海さんに聞きな、とだけ言った。


内海さんの家へ、また行った。


上がり框で済ませるつもりが、まあまあと座敷に通されて、茶と、むいた梨が出た。


おれが四本目の鍵を見せると、内海さんは、座布団の上で小さくなって、しばらく黙っていた。


座敷の奥の仏壇で、線香が細く燃えていた。


それから、ぽつぽつと話してくれた。


おれの前にあの部屋にいたのは、辰巳庄一さんという人だった。


享年七十六。


連れ合いに先立たれて、子はなく、あの部屋に二十年住んだ。


毎朝六時に起きて、アパートの前の通りを、頼まれもしないのに箒で掃く人だった。


挨拶のきちんとした、折り目正しい、静かな人。


ただ、連れ合いを亡くしてからは、口数が年ごとに減って、しまいには、回覧板を届けても、ドア越しに、はあ、と言うだけになった。


三年前の夏、部屋で独りで亡くなった。


誰にも、気づかれなかった。


新聞受けが溢れ、牛乳が溜まり、それでも内海さんは、ためらった。


「うちに、合鍵はあったんだよ」内海さんは、膝の上で手を握った。


「でもね、勝手に開けるわけには、って。留守かもしれない、旅行かもしれない、開けて叱られたら、って。そう思ってるうちに——ひと月だよ。ひと月、誰も、開けてあげなかった」


葬式を出したのも、部屋を片づけたのも、内海さんだった。


辰巳さんの鍵は、遺品と一緒に処分した。


それきりの話だよ、と内海さんは言った。


家賃が少し安いわけを、おれはこのとき、はじめて察した。


怖い、とは思わなかった。


ただ、自分の部屋の間取りを思い浮かべて、あの六畳のどのへんだったんだろう、と考えて、やめた。


平井の親父さんは、話を聞き終えたおれに、渋い顔で言った。


「錠前屋と拝み屋は、昔から筋向かいの商売でな。開かねえ蔵はうちの仕事、閉まらねえ何かは、あっちの仕事だ。神宝町に、若いのが一人いる。看板は出てねえが、腕は確かだ」


その晩、おれは手帳を繰った。


鍵が増えた日を、書き出してみたのだ。


一本目は十月の頭の週。


四本目は今週の水曜。


手帳には仕事の予定しか書いていないから、逆に、空白がよく見えた。


一本目の前の週、おれは風邪気味で、会社と部屋の往復以外、どこにも寄っていない。


先輩の誘いを断って、弁当はコンビニで、レジで金を払っただけ。


四本目の前の週も、似たようなものだった。


妹からの着信に、折り返すのを忘れていた週だ。


並べてみて、認めるしかなかった。


どっちの週も、おれは、仕事の電話以外で、誰とも口をきいていなかった。


鍵は、おれが黙っていた週の終わりに、増えている。


偶然だと思おうとして、思えなかった。


梨をご馳走になった今日は、たぶん、増えない。


そんな確信めいたものまで、あった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


時間ができた時随時更新します!

ぜひお楽しみに!


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