におい 前編 におう
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ぜひお楽しみに!
三週間前、育ててくれた人の部屋に上がった瞬間、あのにおいがした。
甘くて、少し、土のような。
わたしはそのにおいを知っている。
人が、あと数週間で死ぬときの、においだ。
以来わたしは、静江さんに会いに行けていない。
このにおいの正体を、うまく言葉にできたことがない。
医者にも、レントゲンにも映らない。
血液検査の数値にも出ない。
本人でさえ、気づかない。
ただ、わたしの鼻にだけ、はっきりと立つ。
甘くて、乾いた土のような、あのにおい。
嗅いだ相手は、たいてい数週間から数日のうちに、静かに逝く。
外れたことは、一度もない。
同じ部屋にいる看護師さんも、ご家族も、そんなにおいはしないと言う。
当たり前だ。
これはたぶん、鼻でかいでいるようで、鼻でかいでいるのではない。
それでも、わたしには、においとしか呼びようがなかった。
最初に嗅いだのは、子どものころだった。
祖父の膝に乗って、へんなにおいがする、と言ってしまった。
祖父はそのあと、ほどなく死んだ。
あのときのことは、いまはまだ、思い出したくない。
人は、口と鼻の、二枚でできている、とわたしは思う。
口は優しいことを言う。
だいじょうぶですよ、また来ますから、と。
けれど、本当のことを言うのは、いつも鼻のほうだ。
そして鼻は、優しくない。
わたしは、特別養護老人ホーム「陽和苑」で、介護福祉士をしている。
二十八歳。
この仕事に就いて、六年になる。
現場では、たぶん、頼られているほうだと思う。
においが立った利用者さんがいると、わたしは主任にそっと伝える。
ご家族を、そろそろ呼んでおいたほうがいい、と。
理由は言わない。
言えない。
ただ「なんとなく」とだけ言う。
それでも当たるから、いつのまにか、そういう役回りになった。
施設長は、わたしのことを「勘のいい子」と呼ぶ。
森下さんの夜勤は安心だ、と看護師さんは言う。
何人ものご家族が、間に合った。
最期の手を、握れた。
去年の暮れにも、遠くに住む娘さんが、においの立ったお母さんの枕もとに、ぎりぎりで間に合った。
ありがとう、森下さんのおかげ、と両手で手を握られたとき、わたしは、うまく笑えなかった。
娘さんが握るべきその手を、いつ握れなくなるのかを、わたしのほうが、先に知っていたからだ。
だから、この鼻は、役に立っている。
人の役に、立っているはずなのだ。
——それなのに。
田所さんという、八十を過ぎた男性の利用者さんがいた。
将棋が好きで、わたしの顔を見るたび「森下さん、一局どうだ」と誘ってくれる、穏やかな人だった。
ある朝、その田所さんから、あのにおいが立った。
それからのわたしを、どう説明したらいいだろう。
担当を、そっと同僚に代わってもらった。
声かけが、事務的になった。
おはようございます、と言うだけで、将棋の話を、しなくなった。
名前で呼ぶのが、少しずつ、こわくなった。
田所さんは、きっと分かっていたのだと思う。
あるとき、ぽつりと言われた。
「森下さん、最近、つめたいね」と。
わたしは、笑ってごまかした。
数日後、田所さんは逝った。
あとで、同僚から聞いた。
田所さん、最期、森下さんに会いたがってたよ、と。
わたしは、そばにいなかった。
においから、逃げていたから。
田所さんだけじゃない。
においを嗅ぐと、わたしは、その人から距離を取る。
無意識に、先回りして。
心の準備、と自分では呼んできた。
逃げている、とは、認めたくなかった。
そして三週間前。
その癖が、いちばん向けてはいけない人に、向いた。
大西静江さん。
六十歳。
わたしが新人だったころ、右も左も分からずに泣いてばかりだったわたしを、根気よく育ててくれた先輩だ。
三年前に体を悪くして施設を辞め、いまは陽和苑の近くのアパートで、一人で暮らしている。
月に一度は、顔を出していた。
お茶を飲んで、昔の現場の失敗話で笑って、また来ますと言って帰る。
それだけのことが、わたしには、大切だった。
三週間前も、いつものように、菓子折りをさげて訪ねた。
静江さんは、少し痩せたけれど、変わらない笑顔で、上がってお茶でも、と言った。
玄関で靴を脱いで、六畳の部屋に一歩、足を踏み入れた。
その瞬間だった。
甘くて、乾いた、土のようなにおいが、すっと鼻の奥に立った。
テレビの音も、台所のやかんの湯気も、急に遠くなった。
わたしは、上がりかけた足を、止めていた。
どうしたの、と静江さんが振り返る。
わたしは、急な用を思い出したふりをして、菓子折りだけを押しつけて、逃げるように帰った。
それきり、会いに行けていない。
育ててくれた人の、残り少ない時間を、わたしは、においから逃げるためだけに、削っている。
耐えられなかった。
このにおいさえ分からなければ。
ただの「勘のいい子」でいられれば。
わたしはいつもの顔で、静江さんの隣に座って、お茶を飲めるのに。
この体質を、消してしまいたい。
神宝町のはずれに、拝み屋がいるらしい、という話を、前に聞いたことがあった。
陽和苑で亡くなった利用者さんの部屋で、妙なものが視える、という騒ぎがあったとき、そのご遺族が相談に行ったのだ、と。
半信半疑だった。
それでも、ほかに、行くあてがなかった。
看板もないビルの、十階だった。
ドアを開けると、煙草と、細い線香の、混ざったにおいがした。
よれたアロハシャツを着た、糸のように目の細い男が、机で古い腕時計のねじを巻いていた。
机の上には、小さな塩の瓶と、ポケット灰皿。
それに、白い、無地のカードが一枚。
拝み屋の机にしては、素っ気なさすぎた。
「拝み屋の慈恩です」
と、男は言った。
顔を上げた気配はあったのに、こちらをまっすぐ見はしなかった。
値踏みも、愛想笑いもない。
ねじを巻く手だけが、規則正しく動いていた。
妙な人だ、と思った。
わたしは、椅子に座って、話した。
うまく話せる自信がなかったから、いつもの申し送りのように、事実だけを、順番に。
子どものころの祖父のこと。
田所さんのこと。
三週間前の、静江さんの部屋のこと。
においのことは、なるべく正確に。
甘くて、乾いた土のような、と。
慈恩さんは、腕時計を置いて、最後まで黙って聞いていた。
「終末期の体からは、においが出るんですよ」
と、慈恩さんは、あっさり言った。
「ケトン、皮膚のガス。数値に出るずっと手前で、体は先に、片づけの支度を始める。……長く介護をやってる人は、それを頭より先に、鼻で覚えるんです。あなたのは、その勘の、うんと上等なやつだ。半分は、そう説明がつきますよ」
半分は。
その言葉に、わたしは、体の力が抜けていくのを感じた。
勘。
思い込み。
体質。
——ずっと、そう呼びたかった。
得体の知れない才能なんかじゃなく、ただの、経験のなせるわざ。
それなら、消せるかもしれない。
慣れれば、鈍らせられるかもしれない。
ほっとしかけた、そのときだった。
慈恩さんが、糸のような目を、わずかに動かした。
わたしの、顔の少し上のあたりを、上から下へ、確かめるように。
「ただ」
と、彼は言った。
「で——それだけ嗅げるのに。静江さんが、いま、あなたに何をしてほしいかは、嗅げなかった」
わたしは、答えられなかった。
甘くて、乾いた土のにおいが、鼻の奥に、まだ残っていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
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