第13話「神の花嫁」
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取り調べは、静かだった。
マリアは、問われるままに、答えた。
奇跡の、種明かし。
臥せった老婆は、初めから、歩けた。
火事は、乾いた季節の、まぐれ当たり。
消えた娘は、人を入れ替えて、見せていた。
家じゅうの無音は、喋るな、音を立てるな、という、長い躾だった。
里の者の記憶は、閉じた家で、繰り返し囁いて、植えた。
——すべて、如水が、いつか机の上で、並べ直したとおりだった。
人の手で、説明が、ついた。
神など、どこにも、いなかった。
女は、その一つ一つを、静かに、頷いて聞いた。
悪びれも、悔いもせず、ただ、水のように。
調書は、埋まっていった。
一枚、また一枚。
乾いた文体で、見たままを、記していく。
如水は、勝っていた。
最後に、たった一つだけ、残った問いを、如水は、女に、ぶつけた。
「あの一行を、あんたは、誰から、聞いた」
《神は花嫁を選ぶ。》
マリアは、初めて、笑った。
笑うと、目が、消えた。
「さあ。……いつのまにか、知っていました」
里の女たちと、寸分たがわぬ、答えだった。
「あなたは、どうです」と、マリアは、静かに、問い返した。
「刑事さん。あなたは——あれを、誰から、お聞きになったの」
如水は、答えられなかった。
自分の調書の末尾に、覚えもなく記された、あの一行を、思い出したからだ。
誰からでも、なかった。
いつのまにか、指が、勝手に、なぞっていた。
女の、消えた目が、それを、見透かしていた。
事件は、閉じた。
マリアは、送検された。
上の家は、取り壊され、更地に、なった。
——だが、如水は、あの祈りの出所を、諦めきれなかった。
谷の奥の、消えた集落。
その村の記録を、如水は、さらに、遡った。
庄屋の家に残された、虫の食った、古い綴り。
そこにも、あった。
村が、まだ栄えていた、ずっと昔の頁に。
同じ、一行が。
《神は花嫁を選ぶ。》
あの神隠しの、はるか前から、その言葉は、谷に、あった。
マリアは、最初では、なかった。
村さえ、最初では、なかった。
遡っても、遡っても、その言葉のほうが、いつも、一歩、先にいた。
やがて、如水は、その事件を、忘れかけた。
平成が、幾年か、過ぎた。
ある日、新聞の隅の、小さな記事が、目に、留まった。
湯呑みを持つ手が、途中で、止まった。
遠い県の、山あいの、名も知らぬ土地。
女が一人、神の花嫁を名乗り、人を集めている、と。
如水の、指先が、冷えた。
あの家は、確かに、壊した。
あの女は、確かに、挙げた。
言葉は、封じた、はずだった。
なのに、それは、別の土地に、また、生えていた。
封じても、消しても、更地に、しても。
——言葉だけが、どこかで、また、芽を、出す。
誰かが、教えたわけでも、ないのに。
いつのまにか、そこに、生えている。
如水は、生涯、神を、信じなかった。
奇跡は、犯罪に、翻訳できた。
花嫁は、ただの女に、引きずり下ろせた。
人の手の跡は、いつも、下から、落ちた。
ただ、一つ。
あの一行の、出所だけが、最後まで、人の手に、還らなかった。
誰が、最初に、言ったのか。
どこまで、遡れば、いいのか。
辿るたびに、道は、一歩、後ろへ、伸びた。
追いつくべき、始まりが、初めから、無かった。
——神は、本当に、いたのか。
如水には、分からない。
分からないまま、その問いだけが、あの谷の霧のように、生涯、如水の裡に、垂れこめて、晴れなかった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
同じ世界の物語は『燃えカスの守り人』に続いています。
良かったら、『燃えカスの守り人』もどうぞ('ω')ノシ




