第11話「神の花嫁」
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令状は、とうに、下りていた。
あとは、踏み込むだけだった。
秋の、霧の深い、朝だった。
如水は、府警の一隊を率いて、あの坂を、登った。
白い壁の家は、霧の中に、静かに、建っていた。
抵抗は、なかった。
門は、やはり、開いていた。
幾人もの警官の、革靴が、板張りを踏み鳴らしても、家の中は、あの、無音のままだった。
広間には、白い衣の信者たちが、座っていた。
踏み込んだ警官を見ても、逃げも、騒ぎも、しない。
ただ、穏やかに、笑っている。
——あの、壊れて戻った刑事たちと、同じ顔だった。
その中に。
如水は、見覚えのある背中を、見つけた。
三人目。
戻らなかった、あの男だった。
半年、ここに座っていた同僚が、如水を見上げ、誰だったか思い出せない、という顔で、微笑んだ。
「……選ばれ、なかったんですね。あなたも」
如水は、言葉を、失った。
連れ帰らねば、とその腕を掴んでも、男は、抗いもせず、ただ、坂の上を、名残惜しそうに、振り返った。
奥の間に、マリアは、いた。
白い衣で、ただ独り、座していた。
逃げる素振りも、隠れる気配も、なかった。
この朝が来ることを、初めから、知っていた、というふうに。
「府警の方でしょう」
と、あの夜と同じ、水のような声で、言った。
如水は、令状を、突きつけた。
洗脳。
監禁。
戻らぬ娘たち。
そして——里の者たちへ植えた、偽りの記憶。
マリアは、否まなかった。
部屋の隅に、古い和綴じの帳面が、あった。
その、いちばん古い頁より、さらに前。
文机の裏に、抜き取られ、隠されていた、一束の紙を、如水は、見つけ出していた。
黄ばんで、端の崩れた、それは。
谷の奥の、消えた集落の、記録だった。
祭壇の図。
火の焚き方。
白布の垂らし方。
そして、選ばれた者を、送る、順序まで。
どの頁も、幾度も、なぞり返された跡が、あった。
この女が、生涯を費やして、写し続けた、手だ。
マリアは、それを、写し取り、守り、継いで、いたのだ。
「あんたは、あの村の、生き残りだ」
如水は、言った。
「幼い日に、あの夜を、くぐり抜けた。母に手を放され、それでも、火のほうへは、行かなかった。——ユイと、同じだ」
マリアは、初めて、目を、伏せた。
肯うとも、否むともつかぬ、静かな仕草だった。
「あの晩、火のほうへ行った者は、還りませんでした」
と、女は、言った。
「行かなかった、わたしたちだけが、残された。……神に、選ばれなかった者だけが」
だから、と、マリアは、続けなかった。
だが、如水には、分かった。
選ばれなかった子は、選ばれることに、生涯を、費やしたのだ。
村を真似て、家を建て、花嫁を名乗り、また、人を、集めた。
消えた娘。
数の食い違い。
植えられた記憶。
——あの夜を、里の者へ、切り分けて配ったのも、捜査を、谷の底へ、辿り着かせぬためだった。
過去を、隠すために。
すべて、人の、手だった。
手口が、あった。
ならば、罪状に、なった。
如水は、マリアに、縄を、かけさせた。
女は、逆らわなかった。
白い衣のまま、霧の坂を、下りていった。
信者たちは、抜け殻のように、その背を、見送った。
誰も、追いすがりは、しなかった。
選ばれた者を、見送るように。
ただ、静かに。
事件は——挙がった。
如水の、勝ちだった。
だが、坂を下りながら、如水は、思っていた。
この女は、あの一行だけは、ついに、口にしなかった。
誰から聞いた、とも。
自分が言い出した、とも。
まるで、その祈りだけは、自分の持ち物では、ないというように。
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