第8話「神の花嫁」
月曜・木曜の定期更新に加え、時間ができた時にも随時更新します!
ぜひお楽しみに!
土御門が連れてきたのは、少年だった。
痩せた、十三、四の子だ。
俯きがちで、伸びた前髪の奥から、暗い目が、あたりを窺っている。
挨拶もしない。
如水と目が合うと、びくりと肩を震わせ、すぐに逸らした。
どこにでもいそうな、陰気な子供だ。
——だが、その目だけが、妙だった。
人を、見ていない。
人の、少し上や、肩の脇の、何もない空を、追っている。
まるで、そこに、如水には見えない何かが、浮いているかのように。
「祖母さまと、関西の、とある集まりにいたのを、拝み倒して、借りてきた」
土御門が、声を潜めて言った。
落魄した陰陽師の目に、あの、憧れの色が、また燃えていた。
「この子はな、刑事さん。——本物だ。わしが、生涯かかっても、届かなんだ場所に、この子は、生まれつき、立っておる」
少年は、迷惑そうだった。
帰りたい、と、小さく呟く。
こんなところ、いたくない、と。
——ぼく、なんにも、できません。
ぼそぼそと、そう言った。
人の、視たくないものまで、視えるだけで。
何も、できないんです。
少年は、ふと、如水の顔を見た。
正しくは、如水の、頭の少し上のあたりを。
そして、痛ましそうに、目を伏せた。
「おじさん……ずっと、寝てない。あと、ここ、だいぶ、無理してる」と、自分の胸のあたりを、指でさす。
如水は、ぞくりとした。
図星だった。
この子には、人の疲れも、痛みも、隠しごとまでも、透けて見えているらしい。
すれ違うだけで、他人のいちいちが、目に、流れ込んでくるのだろう。
——だから、こんなにも、疲れた目をしているのか。
まだ、十かそこらの、子供が。
試しに、と土御門が、供述書の束を、少年の前に置いた。
少年は、嫌がりながらも、ちらと、それに目を落とした。
とたん、顔色が、変わった。
「この人たちの、覚えてること……ぜんぶ、あとから、書きこまれたやつだ。本物の、記憶じゃ、ない」
如水は、背筋が冷えた。
相談者たちの記憶が、植えつけられた偽りだと、この子は、一目で言い当てた。
——いや。
聞き流せ。
子供の、出まかせだ。
そう思おうとした如水を、少年の、次の一言が、刺した。
「でも……この一行だけ、へんです」
少年の指が、あの《神は花嫁を選ぶ》の上で、止まった。
指先が、震えていた。
「ここだけ、ぼくの目に、写らない。字は、読めるのに。ぼくの視るやつが、ここだけ、映らないんです。黒でも、白でも、なくて。——"ない"が、ある」
少年は、弾かれたように立ち上がった。
坂の上を、仰ぐ。
杉の梢の向こう、白い上の家が、里を見下ろしている。
少年の、暗い目が、大きく、見開かれた。
喉が、ひゅっと、鳴る。
「あそこ……あそこだけ、ぽっかり、抜けてる。人も、家も、木も、石ころも、ぜんぶ視えるのに。あそこにいるはずのものだけ、まるごと、ない。……なんで。なんにも、ないのに、いる。いるのに、なんにも、ない」
少年の膝が、笑った。
這うように、後ずさる。
今まで、視えないものなど、ただの一度も、なかったのだ、という顔だった。
目を閉じても、瞼の裏にまで流れ込んでくる、視えすぎる地獄の中で生きてきた子が、生まれて初めて、"視えない"に、出くわしていた。
その一点の空白が、この子には、どんな化物よりも、恐ろしいものらしかった。
土御門は、蒼ざめた少年を、抱き起こしもせず、ただ、じっと、見下ろしていた。
少年の怯えを、労わる目では、なかった。
かといって、さっきまでの、憧れの目でも、もう、なかった。
——何か、別のものを、覗き込む目だった。
この子の中にも、上の家のあの穴と、どこか似たものが、潜んでいる。
それを、見つけてしまった、とでもいうような。
その目の意味を、如水は、そのときは、まだ、知らなかった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
次のお話で、またお会いできましたら幸いです。
Nolaノベル
黒田おっさんのなりあがり物語【20話完結済】
最新話はなろうカクヨムで灰はふぁんたじー小説掲載中
https://kakuyomu.jp/works/2912051599581287637
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