第6話「神の花嫁」
なぜ、同じ一行が棲みつくのか。
表から入ると、事件は、まるで違う顔を見せた。
如水は、春先に交番へ駆け込んだ者たちを、一人ずつ訪ね直した。
娘が戻らぬと訴えた父。
夜中に、鍵をかけた部屋でマリアを見た、と怯えた男。
神に連れていかれる、と泣いた女。
潜入していたころは、遠くから眺めることしかできなかった相談者たちだ。
今は、手帳を開き、正面から、話を聞くことができる。
だが、聞けば聞くほど、話は、ほどけるどころか、絡まっていった。
夜中にマリアを見た、という男の話を、如水は、まず崩しにかかった。
上の家から男の家まで、坂を下り、里を抜けて、小一時間はかかる。
その夜、マリアは、家にいた。
信者が幾人も、広間で花嫁を見ている。
里の者も、灯りの点いた上の家を、下から仰いでいた。
花嫁が、男の部屋にいられるはずが、なかった。
「そんなはずは、ない」
如水は、男に、そう言った。
男は、首を横に振った。
涙をこぼしながら。
見た。
たしかに、見た。
枕元に、白い衣で、立っていた。
目が、消えるように、笑った。
——覚えている。
何より、はっきりと。
嘘をついている顔では、なかった。
だまされている、という顔でもない。
ただ、心の底から、本当に、そう「覚えて」いた。
ありもしないことを。
初めは、教団の仕込みを疑った。
誰かが、男の家に忍び込み、花嫁の身なりで、立ってみせたのだと。
あるいは、書き付けを、記録を、どこかで一枚、すり替えたのだと。
——如水は、交番の記録を洗い、戸籍を繰り、古い新聞を漁った。
改竄の跡を、探した。
紙の上に、必ず、綻びがあるはずだった。
だが、紙は、どこも、綺麗だった。
記録は、一枚として、書き換えられていなかった。
日付も、名も、数も、辻褄が合っている。
おかしいのは、紙では、なかった。
おかしいのは——人の、頭の中だった。
如水は、府警に出入りする、精神科の医師を訪ねた。
相談者の一人を伴い、話を聞かせた。
医師は、長いこと黙って、それから、静かに言った。
「記録は、どこも、いじられていませんよ。書き換えられたのは——この人の、記憶のほうだ」
繰り返し、暗示をかける。
同じ言葉を、閉じた場所で、幾度も聞かせる。
眠りを削り、飯を薄くし、まわりの全員が同じことを言う。
そうやって囲い込めば、ありもしない光景を、本人の記憶として、植えつけることができる。
——医師の説明は、如水の知っている世界の、言葉でできていた。
人の手だ。
手口が、ある。
ならば、辿れる。
挙げられる。
撹乱だ、と如水は思った。
相談がひとつずつ食い違うのは、教団が、一人ずつ、少しずつ違う偽の記憶を植え、捜査を、かき回しているからだ。
ようやく、筋が、通った。
礼を言って、腰を上げかけた如水に、医師が、ふと、付け加えた。
「ただ——一つ、腑に落ちないことが、ありましてね」
医師の手には、相談者たちの供述の写しが、あった。
年も、住む場所も、上の家へ登ったことすら無い者まで、そこには混じっていた。
花嫁に会ったことも、あの坂を見たことも、無い者たちだ。
植えようが、ない。
それなのに、と医師は、その一枚一枚の末尾を、指で、なぞった。
「この、最後の一行だけは。——いったい、どうやって、この人たちに、植えたんでしょう」
《神は花嫁を選ぶ。》
誰も、会っていない。
誰も、聞いていない。
それなのに、みなが、同じ手で、書いている。
医師の問いに、如水は、答えられなかった。
ようやく通したはずの筋の、その真ん中に、初めから、穴が、開いていた。
書き換えられたのは、記録ではなく、記憶




